
EP 785: フィットネスだけでは不十分な理由
- エピソード785「なぜフィットネスだけでは不十分なのか」完全ダイジェスト ウルトラランニングの真髄は、単なる体力や科学データではなく、実行力、適応力、そして目的意識に...
- [0:01] 「アート」としてのウルトラランニング イアン・シャーマンは、なぜ自著のタイトルを『The Science of Ultrarunning』ではなく『Th...
- この本は栄養やペーサー、クルーの扱いなどについて深く掘り下げるのではなく、イアンが毎日コーチとして語っている高次の概念に焦点を当てている。各章は相互に重なり合い、一貫...
自分では見つけにくい海外Podcastの話題に、日本語で気軽に触れたい人。
Trail Runner Nation / Trail Runner Nation
- ウルトラランニングは科学と芸術の融合であり、知識を実際の実行に移す能力が成功を分ける
- すべてのランに目的を持ち、内的動機(トレイルを愛する気持ちなど)が外的報酬(SNSの「いいね」など)よりも持続力がある
- レースでは大きな目標を掲げつつも、スタートと同時にそれを脇に置き、現状に応じて目標を柔軟に調整する「適応力」が不可欠
- 一貫性はヒーローワークアウトよりも重要で、「1は0よりまし」の精神で継続することが長期的な成長をもたらす
- トレーニングは体力づくりではなく、ペーシング、身体認識、問題解決などの意思決定スキルを練習する場である
- グランドスラムでのニック・クラークとの戦いは、競争と友情が両立するウルトラランニングの文化を象徴する
- 「自分のレースを走れ」とは、レースの大部分で自分をケアし、適切なタイミングでのみ競争するという戦略的なアプローチを意味する
エピソード785「なぜフィットネスだけでは不十分なのか」完全ダイジェスト
ウルトラランニングの真髄は、単なる体力や科学データではなく、実行力、適応力、そして目的意識にある——このエピソードでは、伝説的なコーチ兼ランナーであるイアン・シャーマンが、彼の新著『The Art of Ultrarunning』の哲学を余すところなく語る。グランドスラム・オブ・ウルトラランニングの記録保持者であり、数百人のアスリートを指導してきた彼の経験から、トレーニングのマイル数と同じくらい重要な「思考の技術」が明らかにされる。ホストのドン・フリーマンとスコット・ワーとの親密な対話形式で、科学と芸術の融合、失敗から学ぶ姿勢、そして競争と友情の絶妙なバランスが描かれる。
「アート」としてのウルトラランニング
イアン・シャーマンは、なぜ自著のタイトルを『The Science of Ultrarunning』ではなく『The Art of Ultrarunning』にしたのか。その理由は、スポーツ科学が非常に価値がある一方で、すべてを網羅できるわけではないという認識にある。彼は「科学知識と実際の実行をどう組み合わせるか、そこに芸術がある」と説明する。レースでは計画を立て、ペースを計算しても、実行の要素が常に存在する。自分に合う方法、前回はうまくいったが今回はうまくいかない理由、それらをリアルタイムで判断する能力——これこそが「芸術」なのだ。
この本は栄養やペーサー、クルーの扱いなどについて深く掘り下げるのではなく、イアンが毎日コーチとして語っている高次の概念に焦点を当てている。各章は相互に重なり合い、一貫した哲学を形成する。彼は「このスポーツの魅力的な点は、すべてに直接的な答えがあるわけではないことだ。『N=1』(個人固有の条件)が常に存在する」と語る。
目的を見つける——すべてのランの「なぜ」
イアンは、すべてのランに目的を持つことの重要性を強調する。彼自身、ランニングを始めた当初は「健康で活動的になりたい」「ロンドンでのパーティー中心の生活から脱却したい」という明確な目的があった。しかし、目的は必ずしもポジティブである必要はない。ネガティブな結果を避けること(「DNFしたら後悔する」という感覚)も強力な動機になり得る。
彼のコーチとしての経験から、多くのランナーが誤った目的を設定しているという。例えば「Western Statesでシルバーバックル(24時間以内の完走者に与えられるバッジ)を獲得する」という目標自体は悪くないが、それを「達成か失敗か」の二択で捉えることが問題だ。イアンは「プロセスベースの目標」と「アウトカムベースの目標」を区別し、長期的な成長を重視するよう指導する。重要なのは「その目標が自分にとって本当に意味があるかどうか」であり、SNSの「いいね」のような外的報酬よりも、トレイルを愛する気持ちのような内的動機の方が持続力がある。
目標が崩れたときの適応力
イアンが「このスポーツをこれ以上ないほど正確に描写した」とスコットが絶賛したのが、この適応力のセクションだ。彼のアプローチは明確だ:レースのスタートラインでは大きな目標を掲げてトレーニングに励むが、スタートと同時にその目標を一旦脇に置く。そしてレースの大部分では「後半戦に備えて体を一つに保つこと」に集中する。
Western Statesを例に挙げると、彼は62マイル地点のForest Hillまでは順位やスプリットを気にせず、自分のリズムを確立することだけを考える。その後、残りの距離で「現時点での最善の結果」を再評価する。目標が24時間だったとしても、24時間半が現実的なら、そこに目標を移動させる。「24時間半でも、24時間にかなり近い。次回は達成できる。一方で、諦めて29時間で歩いてゴールすれば、目標からはるかに遠ざかる」と彼は説明する。
この適応力を妨げる最大の障壁は「エゴ」だ。「自分が思っていたようなランナーじゃなかった」という認識や、「みんなにPRを宣言したのに」という思いが、柔軟な思考を阻む。イアンは「完璧でないことにも段階がある」と指摘し、2401分(24時間1分)と2901分では大きな違いがあると強調する。
一貫性がヒーローワークアウトに勝る
イアンが一貫性の重要性を学んだのは、初期の試行錯誤の経験からだ。彼は最初の4年間で100回のマラソンとウルトラを走ったが、これは「おすすめできない」と笑う。しかし、この経験から「単に同じことを続けるだけで向上する」ことを実感した。
彼が語る印象的なエピソードは、2017年のLeadville 100でのマックス・キングとの対決だ。マックスは2時間14分のマラソン記録を持ち、100km世界チャンピオン、オリンピックトライアル出場経験もある圧倒的な実力者。イアンは「彼のトレーニングを1週間もこなせない」と認めつつも、「100マイルでは実行力がものを言う」と自分を信じた。マックスのトレーニングを真似すれば怪我をするだけだと判断し、自分の経験と自分に合った方法に徹した。結果、マックスは75マイルまでコース記録ペースで走りながらも、標高の問題で失速。イアンは80マイル地点で逆転し、勝利を収めた。
この話は「他人のやっていることを気にするな。自分に合ったことを続けよ」という教訓を体現している。スコット・ワーも自身の経験を共有する:COVID禍でコーチをつけたとき、8マイル走る時間がなくても「何かをする」ことの重要性を学んだという。この「1は0よりまし」の精神は、ポッドキャストの15年間の継続にも通じている。
トレーニングは意思決定の練習
イアンは「トレーニングは単に体力をつけるだけではない。すべてのスキルを練習する場だ」と主張する。ペーシング、体の読み方、問題解決能力——これらは毎日の練習で磨かなければ、レース当日に突然発揮できるものではない。
特に「身体認識(body awareness)」の重要性を強調する。テクノロジーに頼りすぎると、この能力は退化する。トレイルランニングでは、標高、気温、路面の状態が常に変化する。心拍数やペースだけでは対応できない。「暑いか寒いか、脚の疲労度はどうか、モチベーションはどうか——脳はこれらすべてを処理できる。大切なのは、その読み取り能力を鍛えることだ」と彼は言う。
彼自身の失敗例として、10kmレースでのペーシングミスを挙げる。ウルトラランナーにとって「速い」というカテゴリーは5kmからマラソンまで全て同じに感じられるが、実際には5分のレースと40分のレースでは大きく異なる。この微妙な違いを体で覚えていなかったため、10kmの最終マイルをマラソンペースで走ってしまい、赤線状態になったという。
グランドスラム——ニック・クラークとの死闘
2013年、イアンはグランドスラム・オブ・ウルトラランニング(Western States、Vermont 100、Leadville 100、Wasatch Front 100の4つの100マイルレースを同一夏季に完走する挑戦)に挑んだ。このセクションでは、親友であり最大のライバルでもあるニック・クラークとの壮絶な戦いが語られる。
二人は2010年のWestern Statesで初めて出会った。ニックはキリアン・ジョルネと直接対決し、4位でフィニッシュ(イアンは8位)。それ以来、イアンは一度もニックに勝ったことがなかった。グランドスラムで再会したとき、イアンの第一声は「素晴らしい。お互いを高め合える」だった。
4つのレースの結果は以下の通り: - Western States:イアン4位、ニック6位(イアンが初勝利) - Vermont 100:ニック3位、イアン4位(イアンは前夜のパスタパーティーで食べ過ぎ、トイレトラブルとコースミスで時間をロス) - Leadville 100:イアン1位、ニック2位(標高12,000フィートのHope Passでの攻防。イアンはゴール直前、後方のヘッドランプをニックと誤認し、必死にスパート。実際はただの歩行者だった) - Wasatch Front 100:ニック1位、イアン2位(イアンは人生初の嘔吐を経験。50マイル地点で30分のリードを失い、残りを必死に耐えた)
最終的な総合タイムでは、イアンがニックを約30分上回り、グランドスラム記録を樹立した。ニックも従来の記録を約5時間更新していたが、イアンがさらにその上を行った。イアンは「この4つのレースは、それぞれ異なる章の教訓を体現している」と語る。
自分自身のレースを走れ——競争と友情の狭間で
「Run your own race(自分のレースを走れ)」という格言は、アマチュアからエリートまで全てのランナーに共有されている。しかし、イアンはこれをより洗練された形で解釈する:「レースの大部分では自分自身をケアし、適切なタイミングで競争する」。
Wasatch 100では、ニックが序盤から飛び出したが、イアンは追わなかった。「彼は上りが強い。無理に付いていけば消耗するだけだ」。自分のペースを守り、後半に備えた。50マイル地点でリードの半分を失い、嘔吐に見舞われながらも、最終的に総合記録を達成した。
特筆すべきは、二人の関係性だ。イアンは「このスポーツには悪者がいない。倒したいと思うような嫌な奴はいない。互いに挑戦し合い、高め合う友人がいる」と語る。実際、グランドスラムの数年後、ニックはイアンのペーサーとしてLeadvilleで彼の勝利を助けた。このエピソードは、競争と友情が両立するウルトラランニングのユニークな文化を象徴している。
まとめ
このエピソードが聴き手に残すものは、ウルトラランニングが単なる体力勝負ではないという確信だ。イアン・シャーマンの哲学は、科学と芸術、計画と適応、競争と友情のバランスに根ざしている。彼の最大のメッセージは「自分自身のレースを走れ」というシンプルな格言を、実践的な戦略へと昇華させたことにある。トレーニングは体力づくりではなく、意思決定の練習であり、レースは目標達成ではなく、その時々の最善を尽くすプロセスである。この考え方は、ランニングを超えて、人生のあらゆる挑戦に応用できる普遍性を持つ。
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