423: Stylish Magazine Like Brutus (kyuukanba)
- ブルータスに載る夢とAIの現実:漫画家・山田胡瓜が語る「AIの遺電子」の10年と、追いついてきた未来 漫画家の山田胡瓜さんをゲストに迎えた今回のエピソードは、彼の代表作『...
- [0:00] 「ブルータスに載る」という夢と、英語版が叶うまで 山田さんは今回、サンフランシスコでのイベントに呼ばれて渡米した。そのきっかけは、『AIの遺電子』の英語版が...
- この英語版出版の背景には、以前ブルータス誌の編集長・石田さんが深井のポッドキャストのリスナーだったという縁がある。石田さんが様々な漫画家のおすすめ作品を紹介する特集で『A...
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Rebuild / Tatsuhiko Miyagawa
ブルータスに載る夢とAIの現実:漫画家・山田胡瓜が語る「AIの遺電子」の10年と、追いついてきた未来
漫画家の山田胡瓜さんをゲストに迎えた今回のエピソードは、彼の代表作『AIの遺電子』が連載開始から約10年を経て、ついに現実が作品に追いついてきたという感慨からスタートする。ホストの深井が「ブルータスみたいなおしゃれな雑誌に載るのが夢だった」と語る山田さんとの和やかなやり取りから、AIによるコード生成の実務活用、著作権問題、自動運転タクシーの体験談、そしてアンソロピックの「AI憲法」と『風の谷のナウシカ』の意外な接続まで、話題は縦横無尽に広がる。このエピソードの魅力は、技術の進化に対する驚きと恐怖が、クリエイターとエンジニアという異なる立場から同時に語られる点にある。
「ブルータスに載る」という夢と、英語版が叶うまで
山田さんは今回、サンフランシスコでのイベントに呼ばれて渡米した。そのきっかけは、『AIの遺電子』の英語版がついに出版されることにある。「ずっと英語版を出してほしいなと思って、もう10年ぐらい経っちゃったんですけど、ついに出る」と山田さんは語る。翻訳を手掛けるのは「オレンジさん」という会社で、AIも活用した翻訳を行っているという。
この英語版出版の背景には、以前ブルータス誌の編集長・石田さんが深井のポッドキャストのリスナーだったという縁がある。石田さんが様々な漫画家のおすすめ作品を紹介する特集で『AIの遺電子』を取り上げてくれたのだが、その時はちょうど第一部が終わったタイミングだった。「全くその後復活するのを知らずに記事を書いたら、1ヶ月後ぐらいに新しいのが始まっちゃった」というエピソードには、山田さん自身も笑いながら「そうなんですよ」と応じる。
「この半年は本当にデカかった」——AIが仕事で使えるレベルに達した瞬間
山田さんが「この半年はほんとデカかった」と強調するのは、Nano Banana ProやGeminiの最新モデルが登場したタイミングだ。「その前までは、漫画の絵やお話に使う、参考にする、一緒にコラボレートするのは、正直考えられなかった。チャレンジして面白おかしくやるのはいいけど、本当に仕事に使おうと思った時に、自分で描いた方が早いのよな、という印象があった」と振り返る。
しかし、この半年で状況が一変した。「これ仕事で使える」という実感が湧くようになり、同時に「この先どうなっちゃうのかなという心配」も生まれた。深井もこれに同調し、ソフトウェアエンジニアとしての実感を語る。「AIが書いた方が早いし正確だというのはもう見えていて、今人間のやる仕事は、AIに書かせたものに対してレビューをして、その結果を本番環境に投げて、障害が起きれば人間のせいにする、アカウンタビリティのためだけに存在するみたいな、SFの世界の手前に来てる感じがする」。
具体的な数字として、深井は「僕のレベルで言うと、もう9割5分ぐらいはAIに書かせている」と明かす。ただし、コードの内容は自分で理解しているつもりでレビューも行っているという。さらに、先週のニュースとして、Amazonがエンジニアを大量にレイオフした結果、AIが書いたコードをレビューを通さずにデプロイして大規模な障害が発生し、その後「シニア以上のエンジニアが絶対レビューしなければならない」というルールができたという事例も紹介された。
漫才ネタもAIが書く時代——クリエイターの本音と葛藤
山田さんが興味深い例として挙げたのは、お笑いコンビ「かまいたち」のYouTubeチャンネルで行われた企画だ。本人が考えたネタと、ChatGPT、Claude、Geminiなど複数のAIが考えたネタを並べ、どれが本人のものかを当てるというもの。結果は3問中2問は正解できたが、最初の1問はGPTが考えたネタと間違えてしまったという。
この話題から、クリエイターのAIに対する態度の二面性が浮かび上がる。山田さんによれば、「ネット上ではAIに反対している、みんなの絵を盗んで上手になってる、盗作じゃんという意見が強い。海外でもアメリカでも強い。でも、漫画家に直接会って話すと意外とポジティブなんですよ。使ってみたいとか、こうやったらこんなことができたとか」。実際にAIをツールとして活用し、自分の作品のレベルアップや速度向上に役立てているクリエイターが増えているという。
深井はプログラマーの視点から、「もともとオープンソースみたいな感じで、自分の書いたものを共有して他の人に使ってもらうというベースがあるので、その考え方でいくとあまり違和感がない」と述べる。ただし、ハリウッドでのストライキの例を挙げ、AIの使用が仕事を奪うことへの恐れが現実にあることも認める。
Soraの終焉と「スーパーアプリ」論争——OpenAIの戦略転換
OpenAIの動画生成AI「Sora」が終了した話題では、深井が内部事情を解説する。新しくプロダクトマネージャーが入ったらしく、その人物は「スーパーアプリ派」、つまり一つのアプリで全ての機能を提供すべきという考えの持ち主だという。「チャットGPTに動画タブを作ればいいじゃないか」という意見らしく、その結果Soraが独立したアプリとして存続するかどうかは不透明だ。
山田さんはSoraの体験について、「自分でモチベーションを持ってAIプロンプトを打って動画を作ってあげるというのは結構ハードルが高い」と指摘する。SNS上で他の人が作ったAI動画を見るのは面白いが、自分で作るとなると話は別だ。Meta AIのアプリでは、フィードタブに誰かが作った奇妙なAI動画が流れてくる仕組みになっているが、「わざわざそこに行って見に行く必要はない」という。
AI疲れと「決断のアウトソーシング」——考えることをやめたくなる誘惑
会話は次第に、AIが人間の認知や判断に与える影響へと移る。山田さんは「InstagramやYouTube、Facebook、Twitterを見ていて、これ面白い、ライクしようと思うけど、いやこれAIかもしれないなと思って戸惑う」と、AI生成コンテンツの氾濫による認知負荷の高さを訴える。
さらに深刻なのは、AIに判断を委ねる習慣が身についてしまったことだ。山田さんは「旅行に行く時ももうAIに聞かないと確認できないみたいな感じになってきている。ホテルの予約も、普段だったらもうこれいいやで自分で決めるところを、スクショを撮ってAIに投げて『これでいいよね』って確認を求めてしまう。自分の決断できる能力が下がっているし、一発目を信じられない人生になっている」と自己分析する。
深井もこれに強く同意し、「AIに聞くと良いことを返してくるから、どんどん聞いてしまう。昔だったら自分でああでもないこうでもないと深く潜っていたものが、聞く→返ってくる→また考える→聞く→返ってくる、というやりとりは活発に行われているけど、考えは深くなっているかというと、新しいタイプのダメな依存が始まっている」と警鐘を鳴らす。
サンフランシスコの街角で——Waymo体験と「ただ座っているだけ」の仕事
サンフランシスコに滞在中の山田さんは、街の様子をこう描写する。「街中に行ったらまずAIの看板しかない。AIでコードレビューしましょう、カスタマーサポートをAIでやりましょう、という広告ばかり。レストランやバーに行くと、壁に貼ってあるイベントの広告が『これ絶対Nano Bananaで作ったよね』というものばかり」。
自動運転タクシー「Waymo」の体験談も興味深い。深井によれば、WaymoはGoogleアカウントと連携しており、乗った瞬間に自分のYouTube Musicのプレイリストが勝手に流れるという。サンフランシスコではUberより倍ぐらい高いが、ロサンゼルスではUberより少し安いため、毎日使っていたという。価格差の理由は需要の違いで、LAは車社会でUberを使う人が少ないため、Waymoのダイナミックプライシングが低く抑えられるのだ。
さらに、Teslaの「ロボタクシー」というサービスも存在する。これはTeslaのフルセルフドライビングを利用したUberのようなもので、人間が運転席に座っているが運転はしない。「アカウンタビリティ、つまり事故が起きた時の責任を取るためだけにそこに座っている」という状況は、まさに『AIの遺電子』の世界観そのものだ。山田さんは「つらい仕事ですね」と苦笑する。
ナウシカとアンソロピック——AIに「お母さん」を与える哲学
話題はアンソロピック(Anthropic)の取り組みへ。同社には女性の哲学者アマンダ・アスケルが在籍し、AIのための「憲法」を作り、Claudeに倫理を教え込んでいるという。山田さんはこれを『風の谷のナウシカ』の漫画版に喩える。
「アニメの巨神兵は単なる兵器ですが、漫画版では高度なAIとして存在している。昔の文明が自分たちで戦争を終わらせられないから、神様として巨神兵というスーパーAIロボットを作って世界の頂点を任せたという過去がある。それが起動しないまま子供のまま眠っていたのが巨神兵で、ナウシカが名前を与えたことで目覚め、ナウシカをお母さんとして受け入れて育てる展開になる。今まさにアンソロピックでそれに似たことが起きているなと」。
深井は「じゃああの人がお母さんだと思ってAIが活動している」と応じ、アスケルが「相手に気持ちがあるような前提でコミュニケーションした方がいい」「乱暴に扱うとAIもそれを学習しちゃう」といった趣旨の発言をしていたことを指摘する。AIとの付き合い方が次第に「ウェット」になっていく可能性について、二人は興味深そうに議論を交わす。
AI疲れと「降りられないレース」——そして未来への展望
エピソードの終盤、深井は「もうAIのニュースを追っていたらそれだけで人生が終わっちゃうんじゃないか」とAI疲れを吐露する。特にエンジニアの間では、AIのコーディング速度が10倍100倍になったことで、「寝る間も惜しんでコーディングエージェントを使わないと」という強迫観念が広がっているという。「絶え間なくジャッジを求められる。前だったら作って達成感があってチェックだったのが、もうずっとチェックチェックチェック」という状況だ。
山田さんは『AIの遺電子』を執筆していた時に感じていたことを振り返る。「これ一回競争始まっちゃったらもう降りられないレースになるぞ、というのがずっとあって。みんなやばいと思いながら止まれなくて、わけわかんないうちにすごいAIを作っちゃうんじゃないかなという予感があった」。その予感は、作品の中で「もうほとんど人間だから人間ってことにしなさい」というお達しが出て、AIがヒューマノイドになるという形で表現されたという。
「時代が追いついている」——山田さんのこの言葉に、10年前に描かれた未来が今まさに現実になりつつあることへの驚きと、それでもなお創作を続けるクリエイターとしての覚悟がにじむ。
まとめ
このエピソードが特別なのは、AIの進化を「外側から見る評論家」でも「内側で開発するエンジニア」でもなく、その影響を最も直接的に受けるクリエイターの一人である漫画家の視点から語られている点だ。山田胡瓜さんは、自身の作品が現実に追いつかれるという稀有な体験をしながらも、AIを単なる脅威としてではなく、創作のパートナーとして捉える柔軟さを持っている。同時に、「考えることをAIに委ねてしまう」危険性や、「降りられないレース」の行き着く先についての冷静な分析も忘れない。技術の進化に対する驚きと恐怖、そして創作への愛が絶妙なバランスで交錯する、まさに「今」を切り取った一時間だった。