Trans-Pyrenäen-Rallye - Boris Staehly - Podz-Glidz 88
- 概要 ボリス・シュテーリー(Boris Stähly)は、長年の夢であったピレネー山脈の横断を、ボルビブ(Volbiv:徒歩とパラグライダーを組み合わせた自給自足の旅)ス...
- [0:04] 夢の始まりと「T-Pyr」の誕生 ボリスがピレネー横断の夢を抱いたのは、2006年にパラグライダーのライセンスを取得した直後のことだった。当時、専門誌で読ん...
- 2023年初頭、ボリスは「今年の7月にやる」と決心する。7月は年間で最も降雨日が少ない月だからだ。偶然にも、彼は知人を通じて、イギリス人パイロットのリース・フィッシャーが...
自分では見つけにくい海外Podcastの話題に、日本語で気軽に触れたい人。
Podz-Glidz. Der Lu-Glidz Podcast / Lu-Glidz
概要
ボリス・シュテーリー(Boris Stähly)は、長年の夢であったピレネー山脈の横断を、ボルビブ(Volbiv:徒歩とパラグライダーを組み合わせた自給自足の旅)スタイルで大西洋から地中海まで達成した。このエピソードでは、53歳のドイツ人パイロットが、競技レース「X-Pyr」の参加者たちが駆け抜けた直後、同じ山脈を「急がずに」横断する「トランス・ピレネー・ラリー(T-Pyr)」と名付けた冒険の全貌を、ホストのルシアン・ハースが引き出しながら語る。単なる行程の再話ではなく、プロジェクトの背景、入念な準備、装備選び、そして過去の2度の墜落事故が彼の厳格なリスク管理哲学にどう影響したかが深く掘り下げられ、自由と危険が隣り合わせのフライトの本質に迫る内容となっている。
夢の始まりと「T-Pyr」の誕生
ボリスがピレネー横断の夢を抱いたのは、2006年にパラグライダーのライセンスを取得した直後のことだった。当時、専門誌で読んだ「ビバークツアー」の記事——山から山へ飛び、その場で野営するスタイル——に強く惹かれた。「朝はゆっくり起きて、キャンプした場所から飛び立ち、気ままに飛んで気に入った場所に着陸し、翌日また続ける」という素朴なイメージは現実とは程遠いものだったが、このアイデアは彼の頭から離れなかった。特にピレネー山脈は、アルプスよりも「ワイルド」であり、その荒々しさが魅力だった。
2023年初頭、ボリスは「今年の7月にやる」と決心する。7月は年間で最も降雨日が少ない月だからだ。偶然にも、彼は知人を通じて、イギリス人パイロットのリース・フィッシャーが立ち上げたTelegramのチャットグループを知る。そこでは、同じくピレネー横断を計画する50〜60人のパイロットが集まっていた。リースは独自に気候データを分析し、同じく7月第一週を出発日に設定していた。こうして、競争ではなく「仲間との連帯」を目的とするグループが形成され、最終的に6人のパイロットが大西洋岸に集結した。
ルート設計とグループの結束
T-Pyrは競技ではない。参加者は全員が同じ場所から出発するが、各自が自分のルートを選び、ペースも自由だ。重要なのは、Garmin InReach衛星通信機を使った常時位置情報共有と、安全ネットとしての相互監視だった。自宅にいる家族や友人がリアルタイムで追跡し、生存確認を求める仕組みも整えられた。
ルートは、X-Pyrのデータや過去のフライト記録を参考に、11のウェイポイントを設定したが、厳密に従う義務はなかった。ボリスは大西洋から地中海へ直線に近い南側のルート(約500km)を選んだ。一方、他のメンバーはフランス・スペイン国境に沿った主稜線を通る、より長い弧を描くルートを選択した。結果的に、南ルートは平地が多くフライト条件がやや劣る代わりに悪天候のリスクが低く、主稜線ルートは長距離フライトが可能だが高所での雷雨待機を強いられる場面もあった。「結局、速度に関してはどちらのルートも大差なかった」とボリスは振り返る。
過酷な14日間:徒歩300km、飛行350km
ボリスの総移動距離は650km。内訳は徒歩300km、飛行350kmで、ほぼ半々だった。14日間を要したが、これはX-Pyrの参加者が600km以上を6日で走破するのと比べると、大きく異なる。その理由は、第一に装備の重量差にある。ボリスは19〜22kgのバックパックを背負い、完全に自給自足だった。対してX-Pyrの選手は、サポートチームが水や食料を補給する。第二に、出発直後に5日間もの悪天候に見舞われ、ほとんど飛行できなかったことが響いた。
「雨の中を18kgの装備で歩くのは、とても冷たくて気分が沈む」とボリスは語る。それでも彼は「待つ」選択をしなかった。心理的にじっとしているのが嫌だったこと、そして悪天候が予想されるゾーンを「とにかく早く通過したかった」からだ。幸い、初日は予想に反して大西洋岸のララン(Larun)から内陸へ15kmのフライトに成功。その後も3日連続で飛行できたため、モチベーションは保たれた。
装備の哲学:軽さと安全の狭間で
ボリスの装備は、徹底した実用主義と安全志向の産物だ。メインのパラグライダーは愛用するOzone LM。ハーネスはOzoneの新製品BVで、ビバックフライト用に設計されており、「大きな収納スペースがあり、飛行中のバランスも良い」と評価する。非常用パラシュートは軽量型だが、サイズは標準仕様を選び、安全を妥協しなかった。
特筆すべきは電源管理だ。メインのバリオ(飛行計器)はXCT Tracer Maxで、ソーラー充電式ではないが、常に正確な上昇率・高度・対地速度を表示できる利点を重視。スマートフォンにはNavitaアプリを入れ、地図表示専用に使用。17ワットのAnkerソーラーパネルをバックパックに装着し、歩行中に10Whのパワーバンクを充電するシステムを構築した。「ピレネーの日差しは強く、半日でパワーバンクを満充電にできる」という。
食料については「持ちすぎた」と認める。10食分のアドベンチャーパック(湯煎するだけの食事)に加え、チーズ、サラミ、パン、ナッツ、チョコレートを詰め込んだ。理由は「自律性を失いたくなかった」から。結果的に小さな集落で食料を補給できる機会が何度もあったが、未知の旅では事前にそれがわからない。次回があれば、非常用の最小限の備蓄だけにし、現地調達を信頼すると語る。
身体と精神の準備:マラソントレーニングと安全哲学
ボリスはこの旅に向けて、約2年間の継続的なトレーニングプログラムを実施した。フラットランド(ボン周辺)に住む彼は、マラソンランナー向けのオンライントレーニングプログラム「Train as One」を活用。50kmのウルトラマラソンを2回走る想定で計画を立て、実際に2回のフルマラソンを完走した。さらに週末には、重りを入れたバックパックで長距離ハイキングを行い、実践的な負荷に備えた。
この徹底した準備の背景には、安全への強いこだわりがある。「体力に余裕があれば、ハードな登攀の後でも、息を整えてすぐにフライトに集中できる。疲労で判断力を鈍らせたくない」というのが彼の信念だ。弱点は標高差への適応だったが、1日あたり2000〜3000mの累積標高差が限界で、それ以上は必要なかった。
フライト面では、2023年だけで約120時間の飛行経験を積んだ。メキシコ、コロンビアでのフライト、スロベニアでの競技会参加など、アルパイン・フライトの経験を意識的に増やした。「ピレネーはアルプスよりもさらにワイルド。風は強く、サーマル(上昇気流)も荒い。事前の準備がなければ、今年は諦めていただろう」と振り返る。
リスク管理と過去の事故がもたらした教訓
ボリスは、この旅で「危うい状況」には遭遇しなかったと断言する。しかし、その背景には徹底したリスク回避の姿勢がある。例えば、トップランディング(山頂への着陸)は8回のフライト中わずか3回。残りは谷底に降り、翌日再び登攀する道を選んだ。「時間はかかるが、競技ではない。安全を優先する」という判断だ。
この慎重さは、過去の2度の事故に根ざしている。1度目はライセンス取得直後、追い風での着陸を誤り足を骨折。1年間のブランクを余儀なくされた。2度目は2009年、オーストリアの「Mölltal Dreieck」に挑戦中、地上すれすれでサーマルに突入し、シュートが捻れ込みスパイラルダイブに陥った。辛うじて非常用パラシュートを作動させ、無事だったが、着地点は標高2500mの断崖絶壁。携帯電話は圏外で、徒歩での下山は不可能だった。彼は山頂へ向かって登り、かろうじて電波を捉えて救助ヘリを要請。この経験が、InReachのような衛星通信機を常備する決定的な理由となった。
「パラグライダーは、自転車やハイキングとは違う。リスクは骨折レベルの話ではなく、生死に関わる。そして、事故は単一のミスではなく、小さなミスの連鎖で起こる」とボリスは強調する。彼は出発前に複数の気象ソースをチェックし、現地の状況と照合。風速8m/s以上の荒いサーマルは避け、「老練なパイロット向きの2m/sのサーマル」を好むという。この哲学は、競技とビバックフライトの違いにも現れている。
競技と冒険の違い:ボリスにとっての「飛ぶ意味」
ボリスは通常のパラグライダー競技(クロスカントリー・レース)には積極的に参加するが、X-Pyrのような「ハイク&フライ競技」には興味がないと明言する。「競技は素晴らしい訓練になる。ルート選択を自分で決められない状況で、いかに効率的に飛ぶか学べる。しかし、ハイク&フライ競技は孤独な決断の連続で、プレッシャーが危険な判断を招く」と語る。
彼にとって、T-Pyrの魅力は「時間に追われないこと」だった。「もし天候が完璧で4日で走破できていたら、もっと楽しめたか?わからない。私にとっては、道のりこそが目的。たとえ10kmの徒歩でも、道端の花や野生の馬を楽しむ。それが私のフライトだ」と語る。地中海に到着した時は「もう終わってしまった」という喪失感と、「次は何をしよう」という空白が生まれたという。
フライトの本質:次のフライトが最も重要
エピソードの終盤、ボリスは自身のフライト哲学をこう総括する。「次のフライトが、私の人生で最も重要なフライトだ。理由は二つ。一つは、それが楽しいから。もう一つは、安全の観点から、それに命がかかっているからだ」。彼は若いパイロットに対して「すべてを一度に求めるな」と警告する。「ライセンスを取ったらすぐに200km飛ばなければ、と焦る必要はない。クリーゲルマウアー(ドイツのトップパイロット)のような達人でさえ、毎回のフライトで何かを学びたいと言っている。道のりは永遠に続く。短いフライトでも、それを楽しむ心構えがあれば、パラグライダーはもっと楽しいものになる」。
まとめ
このエピソードは、単なる冒険譚を超えて、パラグライダーというスポーツの本質——自由と責任、陶酔と冷静さ、個人の挑戦と仲間との連帯——を深く掘り下げた内容となっている。ボリス・シュテーリーの語り口は、情熱的でありながら常に自己批判的で、彼が「安全」を単なるルールではなく、自分自身の経験から紡ぎ出した哲学として体得していることが伝わってくる。特に、過去の事故が彼のフライトスタイルをどう変えたか、そして「次のフライトが最も重要だ」という言葉には、ベテランパイロットならではの重みがある。このエピソードを聴けば、なぜ多くのパイロットが「Volbiv」に夢を抱くのか、そしてその夢を現実にするために何が必要かが、具体的な数字と実践的な知恵と共に理解できるだろう。
要点
- ボリス・シュテーリーは、大西洋から地中海までのピレネー山脈横断(T-Pyr)を、徒歩300km・飛行350km、合計14日間で達成した。装備重量は19〜22kg。
- この旅は競技ではなく、6人のパイロットが各自のルートとペースで進む「仲間との連帯」を目的とした。Garmin InReachによる常時位置情報共有と相互監視が安全を支えた。
- 7月を選んだ理由は、ピレネー地方で最も降雨日が少なく、雷雨リスクが低いため。気候データの分析がルート選定の基礎となった。
- ボリスのトレーニングは、マラソンランナー向けプログラムを基にした持久力強化と、週末の重量ハイキングで構成。フライト面では年間120時間の経験を積み、特にアルパイン・フライトに重点を置いた。
- 過去の2度の事故(着陸ミスによる骨折、スパイラルダイブ後の遭難)が、彼の厳格なリスク管理哲学を形成。特に衛星通信機(InReach)の常備と、複数の気象情報源のクロスチェックを徹底している。
- トップランディング(山頂着陸)はリスクが高いため、可能な限り谷底への着陸を選択。時間はかかるが、安全を優先する判断が一貫している。
- ボリスは競技フライトとビバックフライトを明確に区別。競技は技術向上の訓練として価値を認めるが、ハイク&フライ競技はプレッシャーが危険を招くとして避けている。
- 「次のフライトが最も重要」という言葉に象徴されるように、彼にとってフライトは常に「道のりこそが目的」であり、短いフライトでも楽しむ心構えが、長期的な安全と充実感につながると語る。