
X-Pyrに向けてどうトレーニングするか?
- 概要 パラグライダーの長距離レース「X-Pyr」への参加を目指してトレーニングを積んできた25歳の若手パイロット、ダグフィン・グラネンが、大会中止という予期せぬ事態に直面...
- [0:00] X-Pyrとは何か:ピレネー山脈横断レースの全貌 X-Pyr(クロス・ピレネー)は、スペインの大西洋岸の砂浜をスタートし、ピレネー山脈を縦断して地中海に到達...
- ダグフィンはこのレースについて「歩いて登り、這って登り、ジョギングで登り、様々な山頂でへとへとになりながら、そこから離陸して可能な限り遠くへ飛ぶ」と説明する。このレースは...
自分では見つけにくい海外Podcastの話題に、日本語で気軽に触れたい人。
Flybart / Team Streamer
概要
パラグライダーの長距離レース「X-Pyr」への参加を目指してトレーニングを積んできた25歳の若手パイロット、ダグフィン・グラネンが、大会中止という予期せぬ事態に直面しながらも、その準備過程で得た知見を惜しみなく語る。ホストのアルネ・クリスチャン・ボイエセンとプロデューサーのオードネ・リース・ハロースが、物理的トレーニングから装備選び、メンタルマネジメント、そしてパラグライダーキャリアの歩み方に至るまで、実践的で示唆に富む対話を展開する。このエピソードは、単なる競技準備の話ではなく、アマチュアからトップレベルのアスリートへと成長する過程における「自分自身の限界を知る」ことの本質に迫る内容となっている。
X-Pyrとは何か:ピレネー山脈横断レースの全貌
X-Pyr(クロス・ピレネー)は、スペインの大西洋岸の砂浜をスタートし、ピレネー山脈を縦断して地中海に到達するという過酷な Hike & Fly(ハイク&フライ)レースである。参加者は山を登り、時には走り、時には這うようにして頂上を目指し、そこからパラグライダーで可能な限り遠くまで飛行する。複数の通過点を経由しながら、最終的にはスペインの反対側に到達するという構造だ。
ダグフィンはこのレースについて「歩いて登り、這って登り、ジョギングで登り、様々な山頂でへとへとになりながら、そこから離陸して可能な限り遠くへ飛ぶ」と説明する。このレースは年々規模が拡大しており、参加者のレベルもプロフェッショナル化が進んでいる。ダグフィンにとっては、このような大会に参加すること自体が「正直かなり怖い」というのが本音だ。
もともと2020年6月中旬に開催予定だったX-Pyrは、新型コロナウイルスの影響でまず延期され、その後完全に中止となった。しかしダグフィンは、この大会に向けて積み重ねてきたトレーニングと知識を無駄にはしていない。むしろ、その準備プロセス自体が彼にとって貴重な学びの機会となっている。
動機と覚悟:なぜ自ら過酷な挑戦を選ぶのか
ダグフィンがX-Pyrに参加しようと思った最大の動機は「冒険(eventyret)」だと語る。彼は「テントを持って飛び、自分で山を登る」スタイルのフライトが大好きだが、そこに「時間的プレッシャー」が加わることで、より自分を追い込むことができるという。「できるだけ速く頂上に到達し、できるだけ睡眠を削ってから再び出発する」というサイクルは、彼にとって魅力的な挑戦なのだ。
しかし彼は同時に、このレースがもたらす恐怖についても正直に認めている。「睡眠不足や速さへのプレッシャーは、飛行そのものから注意力を奪う」と彼は指摘する。それでもなお挑戦する理由は、これまでにない経験と、自分自身を限界まで追い込むことへの好奇心にある。
ダグフィンは「おそらく自分の能力を超えていただろう」と認めつつも、たとえ失敗しても「貴重な経験になる」と前向きに捉えている。経験豊富な参加者から学び、その知見を将来の挑戦に活かすことができるという考えだ。この姿勢は、彼が単なる結果主義ではなく、プロセスそのものを重視するアスリートであることを示している。
フィジカルトレーニング:重い荷物を背負って山を駆ける
X-Pyrのようなレースでは、参加者は15キログラムもの荷物を背負って山岳地帯を移動しなければならない。ダグフィンのトレーニングは、基本的に「重いバックパックを背負って歩くこと」に集中している。時には走ることもあるが、それは「非常に限られた範囲」だという。
15キロの荷物を背負って走ることの現実について、ダグフィンは「良いランニングフォームなどありえない」と率直に語る。むしろ、その負荷は脚と全身に大きなダメージを与えるため、1週間続くレースでは「力を温存する」ことが極めて重要になる。他の参加者が大きく先行していても、冷静さを保ち、本当に重要な瞬間のためにエネルギーを蓄える判断力が求められる。
彼はトレーニングにおいて、意図的に困難な状況を設定する哲学を持っている。通常の離陸場所ではなく、あえて「断崖に近い斜面」を選び、一歩後退すれば危険な状況になる場所で練習する。これにより、自分の限界を正確に把握し、本番で冷静な判断を下すための経験を積んでいる。
装備選びの極意:軽さと性能のトレードオフ
X-Pyrのようなレースでは、装備の選択が勝敗を分ける重要な要素となる。特に重要なのが「ウイング(パラグライダー本体)」の選択だ。ダグフィンは「非常に軽量でありながら、自分が恐れずに飛ばせるウイング」が必要だと強調する。
彼が使用しているのは「Omega X-Alps 3」という2ライナー(2本の主吊り線を持つ)ウイングで、これは技術的に要求レベルの高いカテゴリーに属する。以前は「Mantra 6」というDウイング(より扱いやすいクラス)を使用していたが、今回のウイングは「一段上の難易度」だと認める。しかし、十分な飛行時間を積んだことで、恐怖を感じることなく最大限にウイングの性能を引き出せるようになったという。
このレースの特徴的な点は、通常のコンテストでは決して飛行が許可されないような「非常に乱暴な気象条件」でも飛ばなければならないことだ。そのため、ウイングには「激しい乱気流に耐える能力」が求められる。しかし同時に、ダグフィンは「自分の限界を知ること」の重要性を強調する。どんなに高性能なウイングでも、パイロットがコントロールできなければ意味がない。彼は「状況が許容できないと判断したら、ためらわずに歩き続ける決断をする」と語る。
メンタルマネジメント:恐怖と冷静さの境界線
ダグフィンは、トレーニングを通じて「自分の限界を知る」ための具体的な方法論を確立している。その核心は「立ち止まって考える」という単純だが強力なテクニックだ。離陸前に肩の力を抜き、自分に問いかける。「なぜ今、この決断をしようとしているのか?なぜ5分待てないのか?なぜ草むらに横になって1時間休んでしまってはいけないのか?」
この思考プロセスは、飛行中のルート選択にも適用される。彼は「感情に流されて行動するのではなく、その感情がどこから来ているのかを分析する」ことが重要だと説く。競争のプレッシャーの中で、この冷静さを保つことは容易ではないが、長期的には最も効果的な戦略だと彼は考えている。
彼は過去の経験から、無理な離陸を試みることの危険性を痛感している。ある時、彼は谷に降り立ち、悔しさから無理な離陸を試みようとした。しかし、その場所は風が弱く、地図に記載されていた小川も干上がっており、彼は脱水症状に陥りかけた。最終的にウイングをたたんで歩いて下山し、羊の鐘の音を頼りに水を見つけて一命を取り留めた。この経験から、彼は「競争モード」と「安全モード」の切り替えの重要性を学んだ。
戦略的休息:待つことの価値
X-Pyrのような長距離レースでは、休息のタイミングが勝敗を分ける。ダグフィンは「3時間の飛行で信じられないほどの距離を稼げる」と指摘する。つまり、無理な離陸を試みて失敗し、再び山を登るのに3時間を費やすことは、順位を大きく落とすことにつながる。
彼の戦略は「アイス・イン・ザ・マグマ(冷静さ)」を保つことだ。例えば、上空が曇っている場合、1時間仮眠を取る。サポーターが「日が差してきた」と起こしてくれた時、彼は休息を取り、コンディションを最大限に活用できる。この「待つ」という選択は、短期的には時間のロスに見えるが、長期的には最も効率的な方法なのである。
ダグフィンは「1日中焦り続ける必要はない」と語る。レースは複数日にわたるため、リラックスして頭を切り替える時間を意図的に作ることが重要だ。離陸のタイミングも、競技モードではなく、普段のフライトと同じように自然な判断に委ねるべきだと彼は考えている。
装備の細部:靴からストックまで
X-Pyrのようなレースでは、装備の細部がパフォーマンスに大きな影響を与える。特に重要なのが「靴」の選択だ。過去の参加者は、状況に応じて5足以上の異なる靴を使い分けていたという。アスファルト歩行が多い場合は柔らかいソール、荒れた地形では硬いソールが必要となる。しかし、共通しているのは「ローカット(低いアンクル)」であることだ。ノルウェーのPP2(パラグライダー初級ライセンス)コースではおそらく認められないだろうが、重量を減らすためには不可欠な選択だ。
ダグフィン自身は、軽量でありながら硬いソールを持つローカットシューズを愛用している。これは「中間的な状況」に最適で、特に荒れた場所での離陸時に重要なサポートを提供する。
もう一つの重要な装備が「ストック(トレッキングポール)」だ。ダグフィンは当初、ストックを使うことに対して「70歳の老人が使うもの」という偏見を持っていた。しかし、X-Alpsのビデオでトップアスリートたちがストックを使用しているのを見て、考えを改めた。超軽量のストックを購入し、その効果を実感している。ストックは長時間の歩行で正しい姿勢を維持するのに役立ち、上半身の筋肉の疲労を分散させる。また、登り坂ではストックに体重を預けることで、より速く歩くことができるという。
さらに、ストックはテントのポールとしても使用できる。ダグフィンは、テントのポールを別に持つ代わりに、ストックをポール代わりに使えるテントを選んでいる。これにより、数グラムの重量削減が可能になる。
キャリアの歩み方:PP2で3年過ごした意味
ダグフィンは、自身のパラグライダーキャリアにおいて「PP2(初級ライセンス)の期間が3年以上続いた」ことを重要な経験として語る。多くのパイロットが「できるだけ早くPP3(中級ライセンス)に進みたい」と焦る中、彼は自分のペースで進むことの価値を強調する。
彼は「PP2の段階こそ、グラウンドハンドリング(地上でのウイング操作練習)に集中する絶好の機会」だと指摘する。風の強い日に離陸できなくても、着陸地で数時間グラウンドハンドリングを練習すれば、それは「100回のフライトに相当する経験値」になるという。
ホストのアルネも自身の経験を共有する。彼は16歳でパラグライダーを始めたが、PP2になるまでに3年かかった。しかし、それを「非常に賢明な選択だった」と振り返る。16歳の自分には、飛行に関する判断を下す能力が十分ではなかったからだ。
ダグフィンは「フライトキャリアの各段階で喜びを見つけること」の重要性を強調する。PP2の段階では、ウイングを立ち上げ、初めての浮遊感を味わうこと自体が大きな喜びだ。また、具体的な小さな目標を設定することも有効だ。「今日はサンデヴォレン(練習場)で5回滑空する」といった目標が、モチベーション維持につながる。
コミュニティの力:同じレベルの仲間を見つける
ダグフィンは、同じレベルのパイロットと一緒に飛ぶことの重要性を強調する。自分よりはるかに経験豊富なパイロットとばかり一緒にいると、モチベーションが下がることがあるからだ。彼は「自分と同じレベルで、同じように成長している仲間を見つけることが、長期的な成長につながる」と語る。
アルネは自身の経験を例に挙げる。2000年代初頭、17歳でパラグライダーを始めた彼は、同年代のパイロットが周りにいなかった。そこで彼は「No Limits」というフォーラムの「Skyforum」に「一緒に飛べる仲間を探しています」という投稿をした。これがきっかけで、後に有名パイロットとなるフレドリック・イェンセンと出会い、共に成長していくことになる。
ダグフィンは「恥ずかしがらずに質問すること」の重要性も強調する。特に若いパイロットは「あの有名なパイロットに話しかけるのは気が引ける」と感じがちだが、実際には「彼らも普通の人間で、飛行への愛情は同じ」だと彼は言う。パラグライダーのコミュニティでは、経験や職業の違いを超えて、飛行という共通の情熱で結ばれる。この「クラスや立場の壁を取り払う」性質こそが、このスポーツの素晴らしさの一つだとダグフィンは語る。
まとめ
このエピソードは、単なるパラグライダーレースの準備解説に留まらない。ダグフィン・グラネンという一人の若者が、自分の限界を知り、それを超えるためにどのように準備し、どのように考え、どのように成長してきたのかという、人間の成長物語として深く響く。特に印象的なのは、彼が「PP2で3年過ごした」という経験を、恥ずかしがるどころか、誇りとともに語った点だ。現代社会が「速さ」と「成果」を重視する中で、彼は「自分のペースで進むこと」の価値を体現している。
また、このエピソードは、パラグライダーというスポーツが持つコミュニティの力も浮き彫りにした。経験者も初心者も、職業や年齢を超えて一つの情熱で結ばれる。ダグフィンが「恥ずかしがらずに質問しろ」と語る言葉には、このコミュニティへの深い信頼が感じられる。
X-Pyrは中止になったが、ダグフィンはその準備で得た知識と経験を、次の挑戦(X-Alpsへの参加)に活かそうとしている。彼の姿勢は、目標が達成できなくても、そのプロセス自体が価値を持つことを教えてくれる。
要点
- X-Pyrはピレネー山脈を大西洋岸から地中海まで縦断する過酷なHike & Flyレースで、2020年は新型コロナウイルスの影響で中止となった
- ダグフィンは15kgの荷物を背負っての歩行トレーニングを中心に、意図的に困難な離陸場所を選ぶなど、実戦を想定した準備を行ってきた
- ウイング選びでは「軽量さ」と「自分が恐れずに飛ばせる性能」のバランスが最重要で、彼はOmega X-Alps 3という高性能2ライナーウイングを使用している
- メンタルマネジメントでは「立ち止まって考える」テクニックが核で、感情に流されずに判断する習慣が安全とパフォーマンスの両立に不可欠
- 長距離レースでは「待つこと」も戦略の一部で、無理な離陸で3時間をロスするより、1時間の仮眠でコンディションを待つ方が効率的
- 装備では靴(ローカット・硬質ソール)と超軽量ストックが重要で、ストックはテントのポールとしても使用可能
- ダグフィンはPP2(初級)の期間を3年以上過ごした経験を肯定的に捉え、焦らず自分のペースで進むことの価値を強調
- 同じレベルの仲間を見つけ、恥ずかしがらずに質問することが、長期的な成長とコミュニティへの参加につながる