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Cloudbase Mayhem Podcast · 2026年6月22日

#275 ハイク&フライレース、サポート、そしてベン・ホジソンとの一体感

AI generated article / ja / study
この記事でわかること
  • ハイク&フライレースの最前線:アスリートとサポーター、両方の視点から見える世界 南アフリカ出身のパイロット兼セーラー、ベン・ホジソンが、ハイク&フライレースの世界をア...
  • [0:00] 南アフリカの現実とパラグライダーとの出会い ベン・ホジソンは南アフリカのヨハネスブルグで生まれ、幼い頃に農業地帯のエスコートという小さな町に移住した。大...
  • パラグライダーを始めたきっかけは、当時夢中になっていたカイトサーフィンのオフシーズンだった。ケープタウンの名物風「ケープ・ドクター」(南東風)が冬になると止んでしまい...
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出典Podcast

Cloudbase Mayhem Podcast / Gavin McClurg

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ハイク&フライレースの最前線:アスリートとサポーター、両方の視点から見える世界

南アフリカ出身のパイロット兼セーラー、ベン・ホジソンが、ハイク&フライレースの世界をアスリートとサポーターの両方の立場から語るこのエピソードは、レースの過酷さと魅力、そして人間関係の重要性を浮き彫りにする。ホストのギャビン・マクラーグとの対話を通じて、2017年のXBergを皮切りにX-PyrやBornes to Flyなど数々のレースを経験してきたベンが、昨年のRed Bull X-Alpsで新人ギャビン・ジャンセンのメインサポーターを務めた経験や、自身の妹をサポーターに迎えたX-Pyrでの奮闘など、生々しいエピソードの数々が語られる。この会話は、単なるレース談義を超えて、なぜ人はこれほど過酷な挑戦に身を投じるのかという根源的な問いへと深まっていく。

0:00南アフリカの現実とパラグライダーとの出会い

ベン・ホジソンは南アフリカのヨハネスブルグで生まれ、幼い頃に農業地帯のエスコートという小さな町に移住した。大学はステレンボッシュで工学を学び、その地でパラグライダーと出会う。父親が熱気球のパイロットだった影響もあり、空への憧れは幼少期から培われていた。16歳の時にニュージーランドのクイーンズタウンでタンデムフライトを経験し、その衝撃は今も鮮明だ。

パラグライダーを始めたきっかけは、当時夢中になっていたカイトサーフィンのオフシーズンだった。ケープタウンの名物風「ケープ・ドクター」(南東風)が冬になると止んでしまい、何をしようかと考えていたところ、カイト仲間がパラグライダーを勧めてきた。デモデイに参加し、3回目のフライトで2時間ものソアリングを経験した瞬間、完全に心を奪われた。学生だった彼は、オートバイやその他全てを売り払ってパラグライダーに資金を注ぎ込み、週末ごとにポータービルまで飛びに行く生活を始めた。

ギャビンが南アフリカの治安について質問すると、ベンは「全体的に誇張されすぎている」と答える。確かにストリートスマートは必要だが、適切なリサーチをすれば安全に旅行を楽しめるという。彼は妹がケニアのナイロビに住んでいることを引き合いに出し、ヨーロッパで妹が信号無視をしたエピソードを交えながら、南アフリカの「暗闇では信号で止まらない」という現実をユーモラスに語る。しかし同時に、同国が多様性に富み、食文化も素晴らしく、人々も魅力的であることを強調した。

12:34ハイク&フライレースへの道:X-Pyrへの執着

ベンのハイク&フライレースのキャリアは2017年のXBergから始まった。このレースは単なるハイク&フライではなく、トレイルランナー、マウンテンバイカー、そしてハイク&フライアスリートが同じルートを競うというユニークなコンセプトだった。しかし国立公園内での開催には多くの調整が必要で、残念ながら現在は開催されていない。

彼が特に惹かれたのはX-Pyr(ピレネー山脈を横断するレース)だった。Red Bull X-Alpsと並ぶ二大レースのうち、なぜX-Pyrを選んだのか。その理由は二つある。第一に、南アフリカを離れてすぐにピレネーを訪れ、その景観が故郷を思わせるものだったこと。第二に、X-Alpsに比べてX-Pyrは「よりアンダーグラウンド」で、スポンサーや注目度の高さに縛られず、冒険としての要素を強く残していると感じたからだ。

ピレネーの特徴についてベンは、アルプスと比較しながら説明する。アルプスでは卓越風が山塊によって遮られ、複雑な微気象が生まれるが、ピレネーは標高がやや低く、立地条件から南側に強い南西風が吹くことが多い。そのため「ポータル(ポータル・ド・パイエルタスなど、ピレネーを横断する伝統的なルート)」のような飛び方が求められ、風を常に意識しながら飛行する必要がある。また、アルプスに比べて谷はより人里離れており、村や避難場所が少ない。ギャビンが「アルプスではどんな谷にも村がある」と指摘したのに対し、ベンは「ピレネーはよりワイルドで遠隔地だ」と応じた。

27:11妹とのチーム:予期せぬサポーター

X-Pyr出場にあたり、ベンは当初チームを組んでいたが、直前にメンバーに家庭の事情が発生し、参加できなくなった。残り3週間というタイミングで、彼はケニアに住む妹メグに連絡を取る。彼女はパタゴニアで10日間の自給自足型ホースレースを完走した経験があり、姉弟の関係も良好だった。メグは二つ返事で引き受け、レース前日に初めてベンが飛ぶ姿を見たという。

メグはパラグライダーについて全くの無知だった。ベンは彼女にトラッカーを渡し、「食べ物と水の準備だけしてくれれば、あとは全部僕がやる」と伝えた。レース中、彼女はインタビューで「ベンの今日の計画は?」と聞かれ、「わかりません。初めてなんで」と答える場面もあった。しかし彼女は見事に役割を果たし、ベンがピンで指定した場所に正確に到着し、山頂でダンスを踊るほど楽しんでいた。

この経験は、アスリート自身がナビゲーションやルート選択の全てを担うことの負荷を如実に示した。ベンは「僕にとっては、自分自身のピレネー横断の冒険だった」と振り返る。しかし同時に、それがレースのペースに大きな影響を与えたことも認める。3日目、彼はメインの尾根を越えようとして天候に阻まれ、急遽徒歩で山を越える決断をする。標高差1600メートル、距離15キロのルートを、雷雨の中、4時間半で踏破した。午後9時のレース終了時刻の2分前に、彼は妹が待つキャンプ場に到着した。

42:19ギャビン・ジャンセンとの出会いとRed Bull X-Alps

ベンとギャビン・ジャンセンの出会いは、ブラジルでのハイク&フライレースに遡る。ベンはX-Pyrへの出場資格を得るため、可能な限り多くのレースに参加しようとしていた。オーストリアの変わり種レース「Hike, Smile and Fly」で2位に入賞し、賞品としてブラジルのレースへの無料エントリーを得た。船のスケジュールが変更になり、出場が可能になったのはレースの2週間前だったが、主催者はポルトガル語が話せない彼のために英語を話すサポーターを手配するなど、手厚く迎えてくれた。

そのレースでベンはギャビンと競い合う。最終日、ベンはリーダーに3キロ差まで迫り、ショートカットのルートを選んで一時的に逆転する。しかしギャビンは同じラインを見抜き、600メートルの岩壁を登るベンと、ソアリングで高度を維持しながら競り合い、最終的にギャビンが勝利した。ベンは「あと100メートル垂直距離でターンポイントに届かないところで、一瞬どん底に落ちたが、そこで自分を奮い立たせた」と語る。この経験は彼にとって、競争心と幸福感のバランスを見出す重要な転機となった。

レース後、ギャビンはベンに「X-Alpsは達成可能だと思うか?」と尋ねた。ベンが「彼らはアルプスに住んでいて、14歳から飛んでいる」と一般的な障壁を挙げると、ギャビンは「でも彼らもただの人だよ、ベン」と返した。この言葉に感銘を受けたベンは、ギャビンをX-Pyrに誘い、彼はそこで初日の3日間リーダーを務める活躍を見せる。その後、二人はX-Alpsでもタッグを組むことになる。

55:07新人がトップと渡り合えた理由

ギャビン・ジャンセンは、X-Alps出場時点でパラグライダー歴わずか3年、アルプスでの飛行経験は皆無だった。それにもかかわらず、彼はレース序盤でトップ5に食い込み、世界最高峰のパイロットたちと互角に渡り合った。ベンはその理由をいくつか挙げる。

第一に、ブラジル南部の特異な環境で培った技術だ。同地域は常に曇りがちで、リフトは弱く、標高の低い丘からの離陸が基本である。上昇率0.2m/sの微風の中でも粘り強く滞空し、条件が良くなるまで待つ忍耐力が身についている。第二に、徹底した準備と分析力だ。ギャビンはGoogle EarthとOSMAND(ハイキング用ナビゲーションアプリ)を用いて、レースルートの4分の3以上を事前に分析し、各セクションにA案、B案、C案を用意していた。第三に、彼の性格的な特性がある。ベンは「彼はブラジル人特有の幸福感を持っている」と述べ、レース中も町の人々一人ひとりに挨拶し、常に笑顔を絶やさなかったことを紹介する。

サポーターとしてベンが取ったアプローチも重要だった。彼は「私はギャビンに何をすべきか指示しない」と決めていた。これはトム・デ・ドリドから学んだ教訓で、「空にいる者と地上にいる者では状況認識が全く異なる」というものだ。ベンは他のパイロットの動き、ライブ風況、可能なルートオプションなどの情報を徹底的に収集し、ギャビンに「武器」として与えた。最終的な判断は常にパイロット自身に委ねる。このスタイルが、ギャビンの自由な判断力と自信を引き出した。

1:05:00リスクと報酬:なぜこの挑戦を続けるのか

近年のX-Alpsでは、ソーシャルメディア上で「リスクが高すぎる」「グラディエーター化している」という批判が噴出した。ギャビンはこれに対し、実際のリスクは以前と変わらず、むしろ天候に恵まれた今年はリスクが低かったと指摘する。問題は、全てのチームがメディア担当者を抱え、膨大なコンテンツが発信されるようになったことで、視聴者の「アームチェア評論家」が増えたことにある。「競技をしていない者に意見を言う資格はない」とギャビンは断じる。

ベンにとって、この挑戦を続ける原動力は「方程式」にあるという。Bornes to Flyで父親と過ごす時間、新品の翼を岩で破損しながらもレースを続け、最後はシャツ一枚で雪の中を歩いてフィニッシュした経験。これら全てが「このスポーツは他に類を見ない形で自分を試す」という確信に繋がっている。「暗い場所に連れて行かれ、自分ができると思わなかったことをやらされる。しかし、全てが噛み合った時の結果は、この世に他にないものだ」と彼は語る。

特に印象的なのは、ブラジルのレースで出会った主催者から贈られた言葉だ。「あなたの体は、あなたの心よりも強い」。ベンはこれを「あなたの体は、あなたの心が想像できるよりもはるかに強い」と自分流に解釈し、トレーニングの3ヶ月と船上での3ヶ月を繰り返す不規則な生活の中でも、70キロのランニングをこなす原動力にしている。

1:11:21サポートチームの力学と未来への展望

X-Alpsのサポート体制は年々大規模化している。かつては2人程度だったチームが、今では5人、7人と増え、複数のバンを運用するケースも珍しくない。ベンは自身の経験から、サポートには「アスリートと直接コミュニケーションを取る役割」と「チーム全体のロジスティクスを管理する役割」の明確な分離が必要だと結論付ける。彼自身は両方を兼任しようとして、アスリートへの集中がおろそかになったと反省する。

2台のバンを「デイジーチェーン」のように運用することで、前方に先回りするバンと後方から追跡するバンを配置できる。しかし、これには高度な調整能力が求められる。ベンは「少人数のチームには多くの利点がある」としながらも、レースの高速化に対応するにはある程度の規模も必要だと認める。

今後の展望について、ギャビン・ジャンセンは既に次のX-Alpsに向けて動き出している。ベンは「彼が望むなら、またサポーターとして参加する」と語る一方で、自身もアスリートとしてX-Pyrに再挑戦したいという思いを明かす。前回は最後のターンポイント手前でリタイアしており、「未完成の仕事」が心に残っている。しかし同時に、巨額の費用とトレーニングの負荷を考えると、ニュージーランドでの冒険のような別の選択肢にも心が揺れると正直に認める。

まとめ

このエピソードが聴き手に残すのは、ハイク&フライレースが単なる競技ではなく、人間の限界と可能性を探求する壮大な冒険であるという認識だ。ベン・ホジソンの語りは、アスリートとしての経験とサポーターとしての視点を併せ持つからこそ、レースの表と裏、光と影をバランスよく描き出している。特に印象的なのは、彼が「競争心」と「幸福感」のバランスを重視する姿勢だ。勝利だけを目的とせず、プロセスそのものを楽しむことが、結果的に最高のパフォーマンスを引き出すという逆説は、あらゆる挑戦に通じる普遍的な教訓と言える。また、妹やギャビンとの関係に見られる「信頼」と「役割分担」の重要性は、チームスポーツの本質を鋭く突いている。

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