
エピソード140 - マイケル・ウィッチと競技を通じて体験する素晴らしさ
- エピソード140:マイケル・ウィッチと競技を通じて体験する驚異 このエピソードでは、ホストのギャビン・マクラーグが、パラグライダー競技界のレジェンド、マイケル・ウィッチを...
- [0:21] 2015年X-Alps:生死を分けた瞬間 マイケル・ウィッチが2015年のレッドブルX-Alpsで経験したリザーブ投下のエピソードは、このエピソードの核心的...
- 通常なら対処できたはずの状況だったが、彼は極度の疲労状態にあった。レース中、暑さで眠れない日々が続き、ホテルに泊まってもエアコンがないため、目を開けたまま夜を過ごしていた...
自分では見つけにくい海外Podcastの話題に、日本語で気軽に触れたい人。
Cloudbase Mayhem Podcast / Gavin McClurg
エピソード140:マイケル・ウィッチと競技を通じて体験する驚異
このエピソードでは、ホストのギャビン・マクラーグが、パラグライダー競技界のレジェンド、マイケル・ウィッチを迎え、2015年のレッドブルX-Alpsでの壮絶な体験、競技と人生の哲学、そして彼が創設したアイガーツアーについて深く掘り下げている。3度の世界チャンピオンであり、ワールドカップでおそらく最も多くのタスク勝利を収めたパイロットであるマイケルは、エンジニアであり実業家でもある視点から、競技パラグライダーの本質と、それが人生に与える教訓を語る。会話は、生死の境を彷徨うリザーブ投下の体験から、子育てとリスクの関係、そして「耐久力」の重要性まで、多岐にわたるテーマをカバーしている。
2015年X-Alps:生死を分けた瞬間
マイケル・ウィッチが2015年のレッドブルX-Alpsで経験したリザーブ投下のエピソードは、このエピソードの核心的な物語である。レース5日目か6日目、スイスに進入した際、彼はシュテファン・グルーバーと共に高度3,000メートル以上を飛行していた。そこで彼らは「フェーン現象」に遭遇する。フェーンとは、アルプスを越えて吹き降ろす暖かく乾燥した風で、高度が低いほど強くなるという危険な特性を持つ。マイケルは「ボスキアーヴォ」という村の上空で、フルアクセルレートで飛行していたにもかかわらず前進できなくなり、そこに大きなコラプス(翼の一部が折りたたまれる現象)が発生した。
通常なら対処できたはずの状況だったが、彼は極度の疲労状態にあった。レース中、暑さで眠れない日々が続き、ホテルに泊まってもエアコンがないため、目を開けたまま夜を過ごしていたという。その蓄積された疲労が判断を鈍らせた。「3秒待ってから上を見上げた時には、すでに大きなクレバット(翼がねじれて絡まる状態)になっていた」と彼は振り返る。高度も低く、リザーブを投下する決断を下した。
しかし、時速40〜50キロの風に流され、彼は冷たい山岳湖に着水することになる。幸運にも、彼は事前にこの状況を訓練していた。ブリエンツ湖でリザーブ投下の訓練を行い、パラシュートとグライダーが両側に分かれる「振り子現象」を回避する方法、ハーネスから脱出する手順を体得していた。水面5メートル上でショルダーストラップを外し、ダイブして即座にハーネスから脱出した。ラインに絡まることなく生還できたのは、この訓練のおかげだった。
恐怖を乗り越えて:精神的回復と学び
リザーブ投下の後、マイケルは予想外の心理的変化を経験する。それまでは常にトップ5に入っていた彼が、翌日から次々とミスを犯し始めた。特にベルニナ氷河上空を飛行する際、クレバスにパラシュートごと落ちる自分を想像して恐怖に襲われたという。「その瞬間から、私はひどい飛行をするようになった」と彼は認める。本来の強みであった飛行技術が突然失われ、代わりに歩行が新たな強みとなった。彼はクリゲル(優勝者)よりも150キロも多く歩いてモナコに到達したという。
しかし、この経験が彼に与えた教訓は大きい。彼は「あの状況は非常に特殊だった。22年間で唯一のリザーブ投下であり、これが最後であってほしい」と語る。通常の状態ではリザーブを投げる必要はなかったという認識があったからこそ、半年後には精神的に完全に回復できた。この経験から、彼は「自分が何をしているのか理解していること」と「極度の疲労状態での判断力低下」の危険性を痛感した。
ギャビンも同様の経験を共有する。2019年のレースでは、ティトリスへの巨大な垂直移動の後、一睡もできずに翌日に臨んだ。身体的には問題がなかったものの、「文章を組み立てることができず、チームメイトからも異変を指摘された」という。飛行中は物忘れが激しく、何もかもが崩壊した。このエピソードから、X-Alpsのような長距離レースでは「睡眠不足が最大の敵」であることが浮き彫りになる。
X-Alpsアカデミーと「耐久力」の哲学
マイケルは現在、X-Alpsアカデミーのコーチとして活動している(ただし、最近はベン・フッセンにその役割を引き継いでいる)。アカデミーで教える最も重要なコンセプトは「フィットであることではなく、ソリッド(堅牢)であること」だ。これは、離陸に10分遅れても問題ないが、10日間の歩行とハイキングに耐えられる「耐久力」を持つことを意味する。
トレーニング方法は、インターバルトレーニングと筋力トレーニングを組み合わせたものだ。マイケルは「アウトドア派の人々はジムを馬鹿にすることがあるが、持久力だけでなく筋力も鍛えることが重要だ」と強調する。彼自身は週に1日と週末、そして夜のランニングという限られた時間しかトレーニングに割けなかったが、12時間連続で歩き続ける訓練を積んでいた。これがレース最終夜に85キロをノンストップで歩く原動力となった。
また、アカデミーでは精神面のトレーニングも重要視している。トーマス・ダリアという心理学者がクリゲルのサポーターとして参加しており、メンタル面の強化を担当している。さらに、参加者同士のインフォーマルな知識交換も貴重な学びの場となっている。「一緒にハイキングしながら、ベストプラクティスについて話し合い、実際に試してみる」という環境が、競技者としての成長を促進する。
アイガーツアー:スイス山岳レースの革新
マイケルが創設したアイガーツアーは、スイスのベルナーオーバーラント地方で開催される4日間のハイク&フライレースだ。このレースのアイデアは、スイスの山岳レース「ヴィルコフライ」とX-Alpsを融合させたものだ。ヴィルコフライは複雑なルールに悩まされていたが、X-Alpsのシンプルさと前進志向を取り入れることで、マイケル自身が「参加したいと思うレース」を創造した。
最大の特徴は、スイスアルプスクラブが運営する120の山小屋ネットワークを活用している点だ。これらの小屋は高地にあり、シェルター、食事、水、ベッドが完備されている。参加者は重い食料や水を携行する必要がなく、空腹になれば小屋で3分ほど立ち寄ってケーキを買い、すぐに出発できる。これにより、アフリカの草原の真ん中で空腹に耐えるような状況を回避できる。
レースは4日間・3泊で構成され、クリゲルも「完璧なレースの長さ」と評価している。コースは当日の朝に発表されるため、参加者は事前にルートを知ることはできない。しかし、地元の知識が必ずしも有利に働くとは限らない。昨年はクリゲルとパデル、セップが、地元の知識から「西側は決して機能しない」と判断して遠回りしたが、後方のパックが直接ルートを取って全員が同じ時間にゴールするという逆転劇が起きた。
参加者には4つのカテゴリーが用意されている。プロフェッショナル向けのレースカテゴリー(X-Alps経験者、山岳ガイド、パラグライダー指導者に限定)、チャレンジカテゴリー(ハイク&フライレースの経験が必要で、主催者による選考あり)、そしてアイガーツアー・アカデミー(初心者向けと中級者向けの2段階)だ。アカデミーは競争ではなく「体験」を重視し、プロの指導者がブリーフィングとデブリーフィングを行う。
競技人生とビジネスの両立
マイケルは現在、ワールドカップには参加せず、スイス国内のコンペティションに絞っている。昨年はスイスカップとスイス選手権(5日間)の2つの大会に参加しただけだ。時間的制約と、ハイク&フライ関連の活動が増えたことが理由だ。
アイガーツアーの運営はほぼ一年中かかるプロジェクトだ。現在は新しいウェブショップのプログラミングや、ハイク&フライ専用アプリの開発も行っている。このアプリは、従来のフライマスター機器を不要にし、スマートフォン1台でトラッキングも可能にするものだ。しかし、収益面ではまだ課題が残る。「心から始めたプロジェクトだが、3年経ってもまだ収益化の方法を模索している」とマイケルは認める。大学の学生にアイガーツアーの収益化に関する学士論文を書かせるなど、ビジネスとしての持続可能性を追求している。
リスク管理も重要な課題だ。スイスでは「山では各自が自己責任」という精神が根付いており、訴訟リスクは米国より低い。しかし、マイケルは弁護士と相談し、最悪のケースでも「自宅で子供たちに会える状態」であることを確認した上でレースを継続している。「刑務所に行く可能性があるなら、すぐにやめる」と彼は語る。
リスクと子育て:人生観の変化
マイケルにとって、リスクに対する考え方を根本的に変えたのは、2年前に友人が目の前で雪崩に巻き込まれて亡くなった経験だ。「自分も隣の墓に入っていたかもしれない」という実感が、彼のリスク判断基準を明確にした。「何かリスクのある行動をする前に、必ず最悪のケースを考える。最悪が死ならやらない。骨折なら受け入れられる」というシンプルなガイドラインだ。
この基準により、彼のスキー登山は常に30度未満の斜面に限定され、雪崩リスクのあるパウダーは諦めている。しかし、パラグライディングに関しては、X-Alps以外で大きな問題を経験したことがないため、リスク行動は大きく変わっていない。彼は自分の技術レベルを認識しており、「スイスのトッププロよりは少し下」と自覚している。例えば、スイス選手権では、他のプロが岩壁から20メートルまで全速で接近する場面でも、自分は半速で大きく迂回するという。
ギャビンも同様の変化を経験している。彼の娘ファロンは3歳で、2017年のレース中は妻マディが妊娠後期だった。レース中に「帰宅して」という電話が来るのを待ち続けたという。子供を持つことで、リスクと向き合う姿勢がより慎重になったことを両者が認め合う。
パラグライダーが教える人生の教訓
マイケルは、パラグライダーが人生やビジネスに与えた教訓について深く語る。特に重要なのは「フォーカス」の概念だ。これはクリゲルから学んだもので、「高度があるときは戦略を考え、低いときは他人を見ずに、どう上昇するかだけを考えろ」というものだ。ビジネスにおいても、リソースに余裕があるときは戦略を練り、窮地にあるときは目の前の問題解決に集中するという同じ原則が適用できるという。
エンジニアとしてのバックグラウンドも、彼の飛行に大きな影響を与えている。彼は流体力学を専門としており、レイノルズ数(流体の流れの性質を表す無次元数)や誘導抗力(翼端で発生する渦による抵抗)の概念を理解している。これにより、鳥がV字編隊で飛ぶ理由や、アルバトロスが海面すれすれを飛ぶ理由(地面効果の利用)を理論的に理解できる。彼は「スイスのトップ10パイロットの30〜40%は機械工学科出身だ」と指摘し、理論的基盤が経験を補完することを強調する。
マクレディ理論(最適な巡航速度を計算する理論)も、彼の飛行に革命をもたらした。エンジニアとして自らの翼のポーラーカーブ(速度と沈下率の関係)をプログラムし、向かい風・追い風・期待される上昇気流・沈下率を考慮した速度表をコックピットに貼っていた。この理論に従えば、通常考えているよりもはるかに速く飛ぶ必要があるという発見があった。
まとめ
このエピソードは、競技パラグライダーの頂点に立つ人物の内面に迫る貴重な機会となった。マイケル・ウィッチの語る「耐久力」の哲学、リスクとの向き合い方、そして人生の教訓としての飛行技術は、単なるスポーツの枠を超えた深い洞察を提供する。特に印象的なのは、彼が「パラグライダーほど人生について教えてくれるスポーツはない」と断言した瞬間だ。競技での成功と失敗、恐怖と回復、そして家族との関係を通じて、彼は飛行という行為を人生そのもののメタファーとして昇華させている。このエピソードは、競技者だけでなく、リスクと向き合いながら情熱を追求するすべての人にとって、示唆に富む内容となっている。
要点
- マイケル・ウィッチは2015年X-Alpsでリザーブ投下を余儀なくされ、冷たい山岳湖に着水したが、事前の訓練が生死を分けた
- 極度の疲労と睡眠不足が判断力を低下させ、通常なら対処可能な状況でも重大なミスにつながる
- X-Alpsのような長距離レースでは「フィット」よりも「ソリッド(耐久力)」が重要で、10日間耐えられる体力と精神力を要する
- アイガーツアーはスイスの山小屋ネットワークを活用した「プラグアンドプレイ」型の4日間レースで、参加者は重い装備を携行する必要がない
- リスク判断の基準として「最悪のケースが死ならやらない、骨折なら受け入れる」という明確なガイドラインを設定している
- パラグライダーから学んだ「フォーカス」の概念(高度があるときは戦略、低いときは上昇のみに集中)はビジネスにも応用可能
- エンジニアとしての流体力学の知識は、飛行の理論的理解と実践的な判断に大きく貢献する
- マクレディ理論に基づく最適速度は、一般的な直感よりもはるかに速い速度を要求する