
078 航空冒険 2020年から2022年
- 078 Aviation Adventures 2020 to 2022 本エピソードは、ポッドキャスト「Why We Fly」のホストであるマイク・ハリス(テネシー州ナ...
- [0:12] エピソードの背景と趣旨 マイク・ハリスは、このポッドキャストを「Why We Fly by Forge Flight Works」としてリニューアルした経緯...
- [6:59] 2020年:パンデミック下のグラスルーツ飛行 2020年の最初のフライトは1月、ナッシュビル南方のグラスストリップ「ハンターフィールド」から始まる。マイクは...
英語Podcastの要点を、聴く前に日本語で把握したい人。
Why We Fly / Mike Harris
078 Aviation Adventures 2020 to 2022
本エピソードは、ポッドキャスト「Why We Fly」のホストであるマイク・ハリス(テネシー州ナッシュビル在住の自家用パイロット兼航空機オーナー)が、2020年から2022年までの3年間に行った全フライトを、自身のログブックを基に一挙に振り返る内容である。パンデミック、離婚、キャリアチェンジといった人生の大きな転機を経ながらも、彼がどのようにして「飛ぶ理由」を見出し、時には週末の買い物やランチタイムのひとときさえも飛行の口実にしてきたかが、具体的なフライト記録とともに語られる。全体的なトーンは親しみやすく、まるでハンガーで仲間と語り合っているかのような雰囲気であり、年間飛行時間が激減した2021年(わずか22時間)の苦悩から、2022年のカリフォルニア横断という壮大な旅まで、起伏に富んだ3年間が描かれる。
エピソードの背景と趣旨
マイク・ハリスは、このポッドキャストを「Why We Fly by Forge Flight Works」としてリニューアルした経緯を前回のエピソード(第77回)で語ったことを受けて、今回のエピソードでは長年のリスナーにはおなじみの「年間フライト振り返り」を3年分まとめて行うと説明する。彼は2016年から毎年、前年の全フライトをログブックに沿って一便ずつ振り返るエピソードを制作しており、特に2019年の振り返り回は全エピソードの中で最もダウンロード数が多い人気回だという。しかし、2020年から2022年にかけては、ポッドキャストの休止や個人的な事情(離婚、キャリアチェンジ)により、この伝統を継続できていなかった。彼は「飛行時間が減って落ち込んでいたため、このエピソードを録音するモチベーションが湧かなかった」と率直に認めつつも、それでもなお3年間には語る価値のあるフライトが数多くあったため、改めて振り返ることにしたと述べている。年間80〜100時間の飛行を目標とする彼にとって、2021年の22時間はパイロット人生最低の記録であり、その要因としてパンデミックによるイベント中止(サン・アンド・ファン、オシュコシュなど)や個人的なストレスが重なったことを挙げている。
2020年:パンデミック下のグラスルーツ飛行
2020年の最初のフライトは1月、ナッシュビル南方のグラスストリップ「ハンターフィールド」から始まる。マイクは当時、愛機のパイパー・トライペーサー(機体記号06 Tango November)をこの2000フィートの芝生滑走路に格納していた。この日は2.7時間のフライトで、友人2人をジョン・トゥーン空港からガラティン空港へ運び、彼らがフライングクラブのセスナ172を移動させるのを手伝った後、全員でジョン・トゥーンに集まってオイル交換会を開催したという、まさに「整備を兼ねた飛行日」だった。2月には、テネシー州中部のモンテーグル地域に積もった雪を見に飛び、高地の雪景色を楽しんだ。彼は「テネシーでは雪を上空から見る機会がほとんどない」と語り、このフライトの写真を今もスマートフォンに保存していると述べている。
3月には、当時6歳だった息子のリアムとの特別なフライトがあった。トライペーサーの後部座席にはヘッドセットジャックがなく、それまでは耳栓だけで飛んでいたリアムが、初めてヘッドセットを装着した瞬間だ。マイクは前年のオシュコシュの抽選会で当てたヘッドセットを息子に与え、リアムはインターコムで父親と会話し、無線交信を聴くことに夢中になったという。さらに次のフライトでは、リアムを初めて前部座席に座らせ、巡航中に操縦桿を握らせた。マイクは「飛行機を飛ばしてるよ!」と興奮して叫ぶ6歳の息子の動画を今も大切に保存しており、「一生忘れられない思い出」と語る。このエピソードは、彼がパイロットとしてだけでなく父親としても飛行を生活に組み込んでいることを象徴している。
セスナ182への挑戦と初の長距離クロスカントリー
2020年6月、マイクは初めてセスナ182を操縦する機会を得る。これは、引退した航空会社機長であるフライトインストラクターのフィリップとのフライトレビューだった。しかし、トライペーサーに慣れ親しんだ彼は、より大きく重い182の着陸に苦戦し、「自分に腹が立った」と振り返る。ショートファイナルでパワーを残しすぎず、着陸は無事だったものの「美しくなかった」という。この経験から、彼は現在、さまざまな機種を飛ぶことで操縦特性の幅を広げようと意識していると語る。
同月末には、息子リアムと当時の妻(現在は元妻)とともに、ナッシュビルからデイトナビーチへの家族旅行を敢行する。6.9時間のフライトだったが、途中の天候回避のためのジグザグ飛行や視界不良により、予定より大幅に長い時間を要した。アラバマ州とジョージア州モールトリーで給油し、ニュー・スミルナ・ビーチ空港に到着。彼の叔母がポンス・インレットに所有するビーチハウスで1週間を過ごした。帰路は5.6時間と短縮され、好天に恵まれた。この旅行は、パンデミックによる移動制限の中でも飛行機があれば家族での休暇が可能であることを示す好例となった。
2020年のハイライト:キーウエストへの壮大な旅
2020年8月、マイクは最高の旅に出る。当初はコロラド州デンバーへ山岳飛行訓練に行く計画を立てていたが、トライペーサーの性能では夏場の高密度高度が厳しいと判断し、代わりに父親を誘ってキーウエストへ向かうことにした。パンデミックの影響で観光客が激減しており、リゾート料金が「超格安」だったという。
旅程は以下の通り:ナッシュビルからクリーブランド(テネシー州)で父親をピックアップし、モールトリー(ジョージア州)で雷雨のため一泊。翌朝、ベロビーチで給油中にまたもやポップアップストームに遭遇し、約1時間待機した後、レーダーで隙間を見つけて離陸、見事に天候の裏側へ抜け出した。その後、エバーグレーズ上空を通過し、マイアミのクラスB空域を迂回してキーラーゴからオーバーシーズ・ハイウェイに沿って島々をたどり、キーウエストに到着。彼にとって初めてのキーウエストへの着陸であり、「アメリカ合衆国の四隅」を飛ぶという目標の一つ(南東端)を達成した瞬間でもあった。
3泊の滞在中、自転車を借りてバー街を巡り、サンセット・セレモニーを見学し、シュノーケリングツアーにも参加。帰路はパンタ・ゴルダで給油後、父親の故郷であるイングルウッド上空を遊覧飛行し、さらにオカラで叔父の家に一泊。翌日、モールトリーで再給油し、クリーブランドで父親を降ろしてナッシュビルへ戻った。この旅の最終盤に充電系統のトラブルが発生し、バッテリー上がりをFBOの助けを借りてジャンプスタートするというハプニングもあったが、全体としては大成功の旅となった。2020年の総飛行時間は54.5時間で、彼の目標には及ばなかったものの、デイトナビーチとキーウエストという二大長距離旅行を達成した年となった。
2021年:離婚とキャリアチェンジによる飛行の激減
2021年は、マイクのパイロット人生で最も厳しい年となる。年明け早々、彼は長年愛用してきたハンターフィールドのグラスストリップを離れ、ルイスバーグ空港の新しいハンガーにトライペーサーを移動させた。ハンターには燃料がなく、給油のために毎回別の空港へ飛ぶ必要があったこと、また将来別の機種に乗り換える可能性を考慮しての決断だった。新しいハンガーでは夜間照明が充実しており、初めてのナイトフライトを楽しんだという。
1月には、テネシー州を横断してピジョンフォージへ「スキージャケットの買い物」に行くという、彼らしいフライトもあった。ガトリンバーグ空港でレンタカーを借りてコロンビア・アウトレットへ向かったが、目当てのジャケットは見つからず、代わりにスキー用手袋と軽量レインジャケットを購入。結局ジャケットはオンラインで注文したという。彼は「飛行する口実が欲しかっただけ」と笑いながら語る。
しかし、2021年6月以降、状況は一変する。彼は新たにハーモニーLSA(軽量スポーツ機)を購入し、フライトスクールへのリース事業を開始。この機体をフロリダ州セブリングからナッシュビルまでフェリーするため、7.3時間の訓練飛行を行った。しかし、同時期に彼は離婚とキャリアチェンジ(エンタープライズ社からフォージ・フライトワークスへの転職)という人生の大きな転機を迎え、精神的ストレスから飛行そのものから遠ざかってしまう。7月にハーモニーのソロサインオフを受けたフライトが、2021年の最終飛行となった。年間たった22時間という記録は、2014年にパイロット免許を取得して以来最低であり、彼は「悲しい数字だ」と認めつつも、当時の自分にはどうしようもなかったと振り返る。
2022年:復活とカリフォルニア横断
2022年3月、約6か月のブランクを経て、マイクはようやく操縦桿を握る。まずはインストラクターとともにリカレント訓練を行い、錆びついた技量を回復。5月には10回の着陸練習を単独で行い、トライペーサーへの感覚を取り戻した。6月には、フォージ・フライトワークスへの入社(2022年4月)に伴い、トライペーサーをルイスバーグからスミルナ空港(勤務先の拠点)へ移動。「朝の通勤を飛行機でする」という夢を実現し、その日のうちにフライトレビューも受けた。
特筆すべきは、2022年7月のハーモニーLSAによるカリフォルニア横断飛行である。木曜日の仕事後、スミルナを出発し、リトルロック(アーカンソー州)で一泊。金曜日はマングム(オクラホマ州)で給油後、アルバカーキ(ニューメキシコ州)まで8.6時間を飛行。土曜日にはアルバカーキからグランドキャニオンへ向かい、遊覧飛行のパイロットからアドバイスを受けてグランドキャニオン上空を横断、そのままロングビーチ(カリフォルニア州)へ向かった。総飛行時間20.5時間、距離1700海里。ハーモニーLSAの航続距離の長さを活かし、向かい風の中を低速で進みながらも、天候に恵まれて一切の遅延なく完遂した。彼は「LSAでナッシュビルからカリフォルニアまで21時間で横断できるとは思わなかった」と感慨深く語る。日曜日には航空会社でナッシュビルに戻り、月曜日には通常通り出勤したという、まさに「飛ぶためなら手段を選ばない」姿勢が表れたエピソードである。
その後も彼は、ランチタイムにスミルナを離陸して近隣の空港へ飛び、1時間ほどで戻ってくるという「ランチタイムフライト」を頻繁に行うようになる。これは、勤務先の空港に機体を置けるようになったからこそ可能になった習慣であり、彼の飛行スタイルの新たな楽しみ方として定着した。2022年の総飛行時間は56.2時間で、2021年からは大幅に回復したものの、依然として目標には届かなかった。しかし、カリフォルニア横断という最大の成果を挙げた年となった。
2022年後半のローカルフライトと整備トラブル
2022年後半、マイクはトライペーサーでのローカルフライトを中心に飛行を続ける。10月には、モンテーグルのパインクリーク・エアパークを訪れ、秋の紅葉を楽しみながら住宅型飛行場の雰囲気を体感。11月には、エンジンアウト訓練やスリップ着陸などのマニューバ練習をランチタイムに行い、美しい湖上空を飛行した。また、仕事関連のフライトも増え、顧客の機体を視察するためにデイトン(テネシー州)へ飛んだり、チャタヌーガの私有グラスストリップに着陸して顧客と面談したりと、飛行機をビジネスツールとしても活用している。
しかし、12月に入るとブレーキ系統のトラブルが発生。修理を試みたものの症状が再発し、結局機体は整備工場に入ることになる。この整備問題は2023年まで持ち越され、彼の飛行ペースに再び影を落とすこととなった。それでも彼は「飛ぶ口実を見つけるのは難しくない」と語り、2022年を通じて飛行への情熱を取り戻したことを強調している。
まとめ
このエピソードは、単なるフライト記録の羅列ではなく、パイロットとしての人生が人生のイベントとどのように交錯するかを描いた人間ドラマである。パンデミック、離婚、転職という三重苦の中で飛行時間が激減した2021年、そこから立ち直り、カリフォルニア横断という最大の冒険を達成した2022年への軌跡は、聴く者に「飛ぶ理由」とは何かを改めて考えさせる。特に、6歳の息子に初めてヘッドセットを装着させ、操縦桿を握らせたシーンや、父親とキーウエストへ旅した思い出は、飛行が単なる移動手段ではなく、家族との絆を深める媒体であることを示している。マイク・ハリスの語り口は決して大げさではなく、むしろ「飛べることに感謝する」という謙虚な姿勢が一貫しており、それがこのポッドキャストの根底にある魅力である。
要点
- 2020年の総飛行時間は54.5時間で、デイトナビーチとキーウエストへの二大長距離旅行がハイライトとなった。
- 2021年は離婚とキャリアチェンジの影響でわずか22時間と、パイロット人生最低の記録となった。
- 2022年は56.2時間に回復し、ハーモニーLSAによるナッシュビル〜ロングビーチ間の20.5時間・1700海里の横断飛行を達成した。
- 6歳の息子リアムが初めてヘッドセットを装着し、操縦桿を握ったフライトは、マイクにとって一生の思い出となった。
- キーウエスト旅行では、パンデミックによる観光客減少でリゾート料金が格安だったことが幸いした。
- 2022年からは勤務先のスミルナ空港に機体を置き、ランチタイムに気軽に飛ぶスタイルが定着した。
- トライペーサーのブレーキトラブルが2022年末に発生し、2023年まで整備が長引いている。
- マイクは「飛ぶ口実は何でもいい」という姿勢で、買い物やランチさえも飛行の理由にしている。