
The Thermal - Episode #67
- エピソード67:オーストラリア大陸記録更新と南アフリカ・グライディングサファリの興奮 オーストラリアの灼熱の空で、2人のパイロットが36もの記録を塗り替えた。一方、南アフ...
- [0:00] 灼熱のアリススプリングスから南海岸へ—1266kmの挑戦 オーストラリアの真夏、アリススプリングスでは気温が42度から50度に達する日々が続いていた。そんな...
- この飛行は単なる記録更新ではなかった。ヤンセンは「20メートル級の記録をすべて書き換えた」と語る。彼らが滞在中に達成した記録は実に36にも上り、そのうち7つが大陸記録とし...
英語Podcastの要点を、聴く前に日本語で把握したい人。
The Thermal Podcast / Herrie ten Cate
エピソード67:オーストラリア大陸記録更新と南アフリカ・グライディングサファリの興奮
オーストラリアの灼熱の空で、2人のパイロットが36もの記録を塗り替えた。一方、南アフリカでは4人のドイツ人パイロットが「グライディングサファリ」と称する冒険飛行を敢行し、未踏の地にグライダーを降ろすスリルを味わった。ホストのハリー・テン・ケイトが、記録破りの飛行と純粋な冒険心という、グライディングの二つの魅力を鮮やかに描き出すエピソードである。
灼熱のアリススプリングスから南海岸へ—1266kmの挑戦
オーストラリアの真夏、アリススプリングスでは気温が42度から50度に達する日々が続いていた。そんな過酷な環境の中、パイロットのデイビッド・ヤンセンとグラント・アンダーソンは、ASG32MIというエンジン搭載型グライダーで、オーストラリア大陸記録(ニュージーランドを含むオセアニア地域)を更新する1266kmの飛行に成功した。出発地はオーストラリア中央部のアリススプリングス、目的地は南海岸アデレード近郊のバラクラバ・グライディングクラブである。
この飛行は単なる記録更新ではなかった。ヤンセンは「20メートル級の記録をすべて書き換えた」と語る。彼らが滞在中に達成した記録は実に36にも上り、そのうち7つが大陸記録として認定された。ヤンセンは「利用可能なすべての記録に、グラントと私の名前が刻まれた」と誇らしげに述べている。
記録飛行の舞台裏—酸素バルブとロガーのトラブル
この記録飛行は決して順風満帆ではなかった。離陸直後、ロガーがパイロットを正しく認識せず、一度着陸して修正する必要があった。さらに、高度10,000フィートに達したところで、酸素システムが作動していないという警告が鳴り響く。後部座席のグラントが体をねじり、シートベルトを外してバルブに手を伸ばし、なんとか酸素を供給した。ヤンセンは「グラントがいなければ、この問題は解決できなかった」と感謝を述べる。
気温42度の地上から離陸し、高度を上げると気温は2度まで低下した。グラントは「地上の40度より、むしろ高空の2度の方が快適だった」と冗談を交えて振り返る。エンジンの冷却にも細心の注意が必要で、125度に達した冷却温度を115度以下に下げてからエンジンを格納するという手順が必須だった。
1,700フィートの危機と奇跡的な回復
飛行の序盤、彼らは深刻な危機に直面した。予想よりも対流が弱く、マクドネル山脈上空で高度が1,700フィートまで低下したのだ。前方にも後方にも安全に着陸できる飛行場はなく、眼下には岩肌の尾根だけが広がっていた。もしエンジンが始動しなければ、尾根の上昇気流に頼るしかなかった。
「1,700フィートは集中力を高める」とヤンセンは語る。通常、彼は1,500フィートでエンジンの準備を始めるという。幸運にも、その瞬間に積雲が発生し始め、彼らはそこから高度を回復することに成功した。この経験は、記録飛行が単なる技術ではなく、判断力と運のバランスであることを物語っている。
時速300kmの高速巡航と軍事制限空域の幸運
高度10,000フィート以上に達すると、飛行は一変した。風速が強く、対地速度は150ノット(時速約300km)を超えた。雲の並び方には二つの選択肢があり、一つは成功、もう一つは失敗に直結する分岐点があった。彼らは西側の積雲を追い、東側の青空(雲のない領域)を避ける判断を下した。
さらに幸運だったのは、この日が週末だったことだ。ウーメラ軍事制限空域がすべて非アクティブになっており、彼らは制限なく通過できた。もしこれが平日であれば、東側の青空を迂回せざるを得ず、記録達成は困難だっただろう。ヤンセンは「あの空域が開放されていなければ、おそらく目標は達成できなかった」と振り返る。
日没との戦い—安全な着陸を選んだ理由
飛行の終盤、彼らは時間との闘いを強いられた。オーストラリアでは日没後20分を過ぎての飛行は記録無効となる。目的地の選択肢は二つあったが、東側のワイカリーは天候が崩れ始めており、エンジン使用と日没超過のリスクがあった。彼らは安全を優先し、西側のバラクラバへの着陸を選んだ。
「誰もアイアンサーマル(エンジン)を回したくない」とヤンセンは語る。エンジンは非常用であり、使わずに済むならそれに越したことはない。結果的に彼らは日没前に着陸し、現地のグライダークラブのメンバーから温かい歓迎を受けた。冷えたビールが待っていたという。
帰路の悪戦苦闘—エンジンオイルと44度の壁
記録達成後、彼らはグライダーをアリススプリングスに戻す必要があった。しかし、帰路はさらに困難を極めた。予定では2日間で戻る計画だったが、対流が発生せず、エンジンを使って東へ移動せざるを得なかった。ワイカリーでは気温が44〜45度に達し、その温度にならなければサーマルが発生しないという状況だった。
さらに、長距離飛行でエンジンオイルが不足し、現地のグライダーパイロットから特殊なオイルを譲り受けるという幸運に恵まれた。帰路ではクーバーペディ上空で砂漠のマイクロバースト(局地的な下降気流)を目撃し、それを回避しながらの飛行となった。ヤンセンは「ドーナツ状の砂塵雲が印象的だった」と語る。
南アフリカ・グライディングサファリ—計画なき冒険の美学
後半のインタビューでは、南アフリカで行われた「グライディングサファリ」が紹介される。ドイツ人パイロットのクリスティーン・グローテ(通称クリッシー)とそのチームは、アルカスMという複座グライダーで南アフリカを縦断する9つのレッグ、総距離5,633kmの飛行を達成した。
このサファリの特徴は、ほとんど計画がなかったことだ。クリッシーは「計画はすべて変更した」と笑う。当初はボツワナのオカバンゴデルタ上空を飛行し、アンゴラ国境まで北上する予定だったが、南アフリカを出国する許可が遅れたため、国内での冒険に切り替えた。彼女は「計画は、そこから逸脱するためにある」と語る。
未踏のパンへの着陸—初めてグライダーが降り立った場所
サファリのハイライトは、これまでグライダーが着陸したことのない「パン」(乾燥した平らな地面)への着陸だった。トランスフォンテン公園近くのパンに着陸するため、現地のロッジに連絡を取ったが、到着直前に「誰も知らない」と言われるハプニングが発生。結局、小型車で滑走路を示してもらい、無事着陸に成功した。
翌日、そのパンから自力離陸する際には、農家から借りた長いロープで車に牽引してもらい、加速を補助するという離れ業も披露した。クリッシーは「車の運転手は砂塵で何も見えなかったが、パイロットは無事だった」と笑いながら振り返る。
エンジン使用時間わずか35分—9日間の冒険の真髄
驚くべきことに、この9日間のサファリで使用したエンジン時間はわずか35分だった。チーム内では「誰が最も短いエンジン使用時間で済ませるか」という競争が繰り広げられ、最終的に25リットルの燃料の半分も使わずに帰還した。クリッシーは「私たちは発見することに重点を置いていた」と語る。
彼女の夫ウリとクリッシーが最初のレッグを担当し、その後は航空会社のパイロットであるマルコとその弟デイビッド・バートが交代で操縦した。クリッシーの息子フィンはグライダーに興味がなく、車で地上クルーを務めた。「彼は飛行場で生まれたようなものだから、もう飽きてしまった」とクリッシーは苦笑する。
まとめ
このエピソードは、グライディングというスポーツが持つ二つの顔を見事に描き出している。一つは、ヤンセンとアンダーソンが示した「記録への執念」—緻密な計画、技術的な課題への対処、そしてリスク管理の重要性。もう一つは、クリッシーとそのチームが体現した「冒険心」—計画を柔軟に変更し、未知の場所に降り立ち、現地の人々との交流を楽しむ自由さ。
どちらの物語にも共通するのは、グライダーパイロットたちの「空への情熱」と「仲間との絆」である。ヤンセンが「グラントがいなければ達成できなかった」と語り、クリッシーが「チームの協力がすべてだった」と振り返るように、記録も冒険も、一人では成し得ないものだ。このエピソードは、グライディングが単なる飛行技術ではなく、人間関係と判断力の芸術であることを教えてくれる。