
The Thermal - Episode #65
- 暗闇のグライダー、1800キロを翔ける——ネバダからカンザスへの記録飛行 2025年12月、パイロットのゴードン・ベットガーとコパイロットのブルース・キャンベルは、ジェッ...
- [0:12] 「ゾナルフロー」という奇跡——なぜこの日だけが特別だったのか ベットガーによれば、このような長距離追風飛行のチャンスは年に1〜3日しかない。その鍵を握るのが...
- さらに、暗視ゴーグルの導入が飛行の可能性を劇的に広げた。従来は冬季の短い日照時間が大きな制約だったが、ゴーグルのおかげで「飛行可能な時間枠が年間2〜3ヶ月から、一年中に拡...
英語Podcastの要点を、聴く前に日本語で把握したい人。
The Thermal Podcast / Herrie ten Cate
暗闇のグライダー、1800キロを翔ける——ネバダからカンザスへの記録飛行
2025年12月、パイロットのゴードン・ベットガーとコパイロットのブルース・キャンベルは、ジェットエンジン搭載のグライダー「Arcus J」で、ネバダ州ミンデンからカンザス州ドッジシティまで1789キロメートルを12時間半かけて飛行し、アメリカ大陸記録とアメリカ国内記録を樹立した。このエピソードは、ホストのハリー・ティンケイトがベットガーにインタビューする形で進行し、40年来の夢がどのように実現したのか、その全貌が克明に語られる。夜間飛行用暗視ゴーグル、極寒のコックピット、そして最新の気象予測技術「Skysight」への絶対的な信頼——この飛行は、テクノロジーと人間の執念が織りなす、まさに現代グライダー界の金字塔である。
「ゾナルフロー」という奇跡——なぜこの日だけが特別だったのか
ベットガーによれば、このような長距離追風飛行のチャンスは年に1〜3日しかない。その鍵を握るのが「ゾナルフロー(帯状流)」と呼ばれる気象パターンだ。ジェット気流が西から東へ一直線に流れ、アメリカ西海岸からカンザスまでまっすぐに風が吹き抜ける。このパターンをベットガーは出発の1週間前から察知していたという。「この日は本当に稀な日だった。1週間前から窓が開いているのが見えたんだ」と彼は語る。
さらに、暗視ゴーグルの導入が飛行の可能性を劇的に広げた。従来は冬季の短い日照時間が大きな制約だったが、ゴーグルのおかげで「飛行可能な時間枠が年間2〜3ヶ月から、一年中に拡大した」とベットガーは説明する。彼はあえて午前3時過ぎの離陸を選んだ。その理由は、夜間はネバダ州の地形に慣れているため暗視ゴーグルでの飛行が容易であり、ロッキー山脈の14,000フィート級の峰々を越えるタイミングを日照時間に合わせたかったからだ。もし朝6時や7時に離陸していれば、ロッキー越えが夜間になっていた——その計算は数日かけて練られたものだった。
悪夢のテイクオフ——横風32ノット、そしてキャノピーの氷結
離陸は午前3時9分(太平洋標準時)。滑走路16からの出発だったが、風は230度方向から18ノット、突風は32ノットに達する強烈な横風だった。「スポーティーだった」とベットガーは控えめに表現するが、実際には極めて危険な状況だった。しかも彼は後部座席からの操縦。身長196センチのベットガーにとって、後部座席の方が視界も含めて快適だからだという。
離陸直後から激しいロータ(乱気流)に見舞われ、高度約11,000フィートでようやく層流(スムーズな気流)に乗った。しかし上昇率はわずか毎秒0.5メートル。「これは本当に長い一日になるぞ」と彼はその時思ったという。
さらに深刻だったのはキャノピーの氷結問題だ。ベットガーは「クリアビジョンパネル」と呼ばれる旧来の手法——キャノピー内部に別のプレキシガラス層を設け、空気層で断熱する方式——を採用していたが、このパネルとキャノピーの隙間から湿気が入り込み、最初の3時間は深刻な着氷に見舞われた。「グライダーに乗っているのに、外が見えない。計器飛行に近い状態で、非常に方向感覚を失い、閉所恐怖症のような感覚になった」と彼は振り返る。暗視ゴーグルは雲を昼間の肉眼よりも鮮明に映し出すが、氷で曇ったキャノピー越しではその利点も半減した。
テクノロジーが拓いた青空の航路——Skysightへの信頼
この飛行で特筆すべきは、気象予測ソフトウェア「Skysight」への全面的な依存だ。ベットガーはIFR(計器飛行方式)の飛行計画を、Skysightが示す上昇気流エリアに完全に一致させて作成した。彼はオークランド、ソルトレイク、デンバー、シアトルの各航空管制センターと事前に覚書(LOA)を交わしており、クラスA空域(18,000フィート以上)への進入が許可されていた。最大高度はフライトレベル280(約28,000フィート)まで。ただしRVSM空域(29,000フィート以上)は認められていない。
「10年前にはこの飛行は不可能だった」とベットガーは断言する。20年前、彼は1971年製のケストレル(旧式グライダー)で同じような試みをしていたが、その時は「目視で山を見て、ここに波状雲ができるはずだ」と推測するしかなかった。Skysightは、レンズ雲やロータ雲といった視覚的な手がかりが一切ない「ブルーウェーブ」の状況でも、正確に上昇気流の位置を示した。特にユタ州モンティセロ付近では、Skysightが示した「小さな塊のような上昇気流」が生死を分けた。ベットガーは「あそこであと一つの上昇気流を得られなければ、飛行は終わっていた」と語る。彼はその小さな上昇気流の中で8時間でも待つ覚悟で、高度を稼ぐために狭いエリアを8の字に旋回し続けた。
極限のコックピット——酸素、寒さ、そして排泄の問題
高度28,000フィート、外気温は氷点下。ベットガーとキャンベルは8,000メートル級の登山用スーツ(マウンテンハードウェア製)を着用していた。電熱服は消費電力が大きすぎるため、あえて伝統的なダウン装備を選んだという。ただし電熱インソールだけは別の12アンペアのバッテリーで駆動していた。
酸素はカニューラ(鼻管)方式を採用。4本の酸素ボトルと4つのレギュレーターを搭載し、バックアップは二重三重に確保されていた。両名ともパルスオキシメーターを装着し、血中酸素飽和度を常時監視。ベットガーは「自分の体の声を聞くことができる。いつ酸素が足りないか分かる」と言う。ただし、高度24,000〜25,000フィート以上では、ATCとの交信やライブ配信での長時間の会話が低酸素症のリスクを高めるため、彼は意図的に会話を短く切り、深い呼吸で酸素レベルを回復させるようにしていた。
そして、長時間飛行に伴う排泄の問題。ベットガーは「3つの大きなジップロックバッグを使う」と率直に認める。水分補給を怠れば脱水症状で判断力が低下するが、寒さと忙しさで飲水を忘れがちになる。彼は現在、軍用のリリーフシステムを提供している企業と連絡を取っており、グライダーコミュニティにその情報を共有したいと語った。「これは誰もが直面する問題で、僕のインスタグラムでも一番質問が多い」とのことだ。
サングレ・デ・クリストの奇跡——500キロ手前で確信した勝利
飛行の最大の難関は、ロッキー山脈の横断だった。ベットガーはあえて南寄りのルートを選んだ。50マイル北のルートは山脈が広く、緊急着陸可能な空港が少なく、地上風が30〜40ノット、山頂では70〜80ノットの突風が予想されたからだ。デュランゴ方面への南ルートなら、山脈から南に逸脱しても安全な空港が複数あった。
コロラド州東部に位置するサングレ・デ・クリスト山脈に到達した時、運命は一変した。Skysightが予測した通り、ここで毎秒10メートル以上の猛烈な上昇気流に遭遇。高度23,000フィートで「20メートル毎秒を超える」上昇率を記録した。この時点でベットガーはまだ目標のガーデンシティから500キロメートル以上離れていたが、「もう勝った」と確信したという。「まだ500キロも残っているのに、もう祝杯をあげていたんだ」と彼は笑う。
この山脈では、デンバーセンターの管制官から思わぬサプライズもあった。「お前、ソーシャルメディアでやってるあのクレイジーなグライダー乗りだろ?」と管制官が話しかけてきて、「ずっと追跡してたんだ。おめでとう。必要なものは何でも言ってくれ」と激励された。さらに、通過する航空機のパイロットたちも「フライトレベル280にグライダー? どこから来たんだ?」と驚き、フライトレーダー24やFlightAwareで彼の飛行を追跡する者が続出した。
ゴールへの滑空——そして奇跡のチームワーク
ガーデンシティを通過した後、ベットガーはさらに東のドッジシティまで滑空できると判断。コンピューターは「残り高度300フィートでドッジシティ到達可能」と示していた。ガーデンシティの空港を11,000フィートで通過し、フィニッシュゲートをくぐった。
着陸後、さらに驚くべき展開が待っていた。カンザスシティからスティーブ・レナードという人物が3時間かけて車を飛ばし、Arcus用のテールドリーとウィングランナーを携えて待っていたのだ。彼はArcusのオーナーですらない。そしてわずか5分後、17回の全米チャンピオンであるゲイリー・エトナーがトレーラーを牽引して到着。彼は前日の木曜朝にミンデンを出発し、1,200マイル(約1,930キロ)を走破してきたのだった。「まさに同じタイミングで全員が揃った」とベットガーは感動を込めて語る。
その夜、一行はドッジシティのステーキハウスでビールとステーキで祝杯をあげ、翌朝には21時間かけてノンストップでミンデンに帰還した。
記録の詳細と未来への展望
この飛行で樹立された記録は2つ。大陸記録の「直線距離 to ゴール」がミンデン〜ガーデンシティ間の1,664キロメートル。そして「自由距離(フリーディスタンス)」がミンデン〜ドッジシティ間の1,704キロメートル。さらに、この飛行は世界最長の追風飛行(ダウンウィンドフライト)である可能性が高いとベットガーは語る。
しかし彼の野心はここで終わらない。クラウス・ウルマンが持つ世界記録の2,300キロメートルは「十分に達成可能」と彼は言う。その鍵はRVSM空域(29,000フィート以上)への進入許可を得て、サングレ・デ・クリスト山脈で38,000フィートまで上昇することだ。実際、この飛行中も41,000フィートを飛行する旅客機が同エリアで強い山岳波を報告していた。また、春先にロッキー東側で熱気流(サーマル)を利用すれば、さらに500〜600キロメートルの延伸も可能だと構想を語る。
さらに、シエラネバダ山脈を南北に往復する3ターンポイント飛行も計画中で、これは現在3,008キロメートルの世界記録に挑戦するものだ。「山を動かすことはできないが、必要なのはたった一つの大きな上昇気流だけだ」とベットガーは静かに語る。
まとめ
このエピソードが特別なのは、単なる記録飛行の報告に留まらないからだ。40年にわたる夢、最新テクノロジーへの絶対的な信頼、そしてそれを支える人間関係の温かさ——すべてが一つの物語として結晶している。ベットガーの語り口は冷静で、危険を誇張せず、失敗の可能性にも正直だ。暗視ゴーグル越しの夜明け、Skysightの画面上の小さな「塊」に全運命を託す瞬間、そして見知らぬ管制官やグライダー仲間からの思いがけない支援。このエピソードは、グライダーというスポーツが持つ「孤独な協力」の本質を、これ以上ない形で描き出している。次回、ベットガーがどのような夢を現実にするのか——その時が待ち遠しい。