
ラテンアメリカ向けフィンテックの成功戦略
- コロンビアのフィンテック企業Addi(アディ)は、創業から7年半で、Buy Now, Pay Later(BNPL)の単一プロダクトから、決済、マーケットプレイス、物...
- Santiago Suárezは、コロンビアから奨学金を得てイェール大学に留学し、米国のスタートアップでCEOを35日間務めた後に解雇された経験を持つ。その後、JPモ...
- [0:00] ラテンアメリカ市場の特異性と逆張りの戦略 Santiago Suárezがコロンビアを市場として選んだ理由は、単なる出身国だからではない。彼は、米国の金...
自分では見つけにくい海外Podcastの話題に、日本語で気軽に触れたい人。
The a16z Show / Andreessen Horowitz
- Santiago Suárezは、コロンビアの銀行UXの低さ(Tシャツ購入に22分、オンラインバンキングの利用回数制限と課金)を「顧客の痛み」と捉え、参入障壁ではなく破壊の対象としてビジネスチャンスに変えた。
- Addiは創業時にモノレポとイベントソーシングアーキテクチャを採用。この7年前の決断が、現在200以上のAIエージェントを本番稼働させる基盤となり、カスタマーサービスの100%処理・80%完全解決を実現している。
- AI導入の最初のユースケースとして法務を選んだのは逆説的だが、48時間以内の回答がCEOの逮捕リスクに直結する「Tutela」訴訟への対応が、最も高精度なパイプライン構築を強制したためである。
- 同社はコロンビア企業でありながら社内公用語を英語に設定。これは非スペイン語圏の人材獲得だけでなく、現地の優秀な人材に「バーの高さ」を示すプレミアムとして機能している。
- KaspiのCEOから学んだ「NPSは1,000人未満の企業には不適切」「5〜10年は投資家を無視しろ」という教訓が、Addiの長期戦略と顧客中心主義の根幹を形成している。
- OKRを廃止し、収益性という単一の北極星指標に全社を集中させることで、複雑な目標管理のオーバーヘッドを排除。現在は3事業ラインごとに1〜3のL1メトリクスに絞る実験を開始している。
- AIによる効率化の結果、同社は予算比で150名少ない人員で成長目標を上回っており、Suárezは「5年後も社員数は数百人」と予測。AIが企業スケーリングの定義そのものを変えると確信している。
- 「コンセンサスプレイにはアルファはない」という信念のもと、ブラジルやメキシコではなくコロンビア一国に集中する逆張り戦略が、結果的にAI時代に最適な企業構造を生み出した。
コロンビアのフィンテック企業Addi(アディ)は、創業から7年半で、Buy Now, Pay Later(BNPL)の単一プロダクトから、決済、マーケットプレイス、物流、そして銀行ライセンスを取得した包括的な金融プラットフォームへと進化を遂げた。現在、300万人以上の消費者と5万以上の加盟店パートナーを抱え、コロンビア国民の25%以上にサービスを提供するまでに成長している。本エピソードでは、a16zのパートナーであるAngela StrangeとGabriel Vásquezが、Addiの創業者兼CEOであるSantiago Suárezを迎え、ラテンアメリカという特異な市場におけるフィンテック企業の構築方法、技術インフラへの投資判断、AIエージェントの大規模実装、そして組織設計の哲学について深く掘り下げている。
Santiago Suárezは、コロンビアから奨学金を得てイェール大学に留学し、米国のスタートアップでCEOを35日間務めた後に解雇された経験を持つ。その後、JPモルガンの戦略部門でJamie Dimonの下で6年間学び、そこで得た「偉大なCEOの運営方法」への理解が、現在のAddiの組織設計の根幹を成している。彼は「コンセンサスプレイにはアルファはない」と断言し、ブラジルやメキシコではなくコロンビアに集中するという逆張りの戦略を選んだ。その背景には、スマートフォンの爆発的な普及と、銀行のUXが極めて低い水準にあったという市場の歪みへの確信があった。本稿では、同社の技術的優位性、AI導入の実践、人材戦略、そして今後の展望について、エピソードの詳細を基に解説する。
ラテンアメリカ市場の特異性と逆張りの戦略
Santiago Suárezがコロンビアを市場として選んだ理由は、単なる出身国だからではない。彼は、米国の金融サービスに深く精通していたがゆえに、米国では規制や競合の存在から「10通りの失敗理由」しか思いつかなかったと振り返る。一方、コロンビアではその知識が不足していたため、むしろチャンスを見出すことができたという。具体的には、2014年から2016年にかけてスマートフォンが富裕層のものから国民全体のものへと普及した現象に着目した。銀行の最大の課題は「流通(distribution)」であり、スマートフォンは限界流通コストがゼロの端末として機能する。この認識が、彼の戦略の出発点だった。
さらに、コロンビアには「分割払い(installments)」の強い文化的伝統があるにもかかわらず、それを実現するための仕組みが未発達だった。VisaやMasterCardが分割払いに対応している数少ない国の一つであったが、実際のユーザー体験は極めて劣悪だった。Suárezは、Tシャツを分割払いで購入しようとして22分もかかった経験を語る。銀行は本人確認のために指紋採取、写真撮影、さらには2人の友人への電話確認を要求し、しかもこれらの手続きは営業時間内にしか行われなかった。また、コロンビアの銀行はオンラインバンキングの利用回数が月に3回を超えると課金していた。これは、コストの高い支店やコールセンターへの誘導を防ぐためではなく、単に顧客を搾取するための仕組みだった。Suárezは、このような「顧客の痛み(customer pain)」こそが最大のビジネスチャンスであると見抜いた。
外部の観測筋は、コロンビアの決済の65〜70%が現金であり、クレジットカード保有率が20%未満であることから、同国でのフィンテック事業は困難だと見なしていた。しかしSuárezは、この「低いバー(low bar)」こそが参入障壁ではなく、むしろ破壊の対象であると捉えた。彼は「コンセンサスプレイにはアルファはない」と強調し、ブラジルやメキシコといった大市場に薄く広がる戦略ではなく、コロンビア一国に深く集中する道を選んだ。この決断は、後にカザフスタンのフィンテック大手Kaspi(カスピ)から学ぶことになる「一国集中」の成功モデルと合致する。
Kaspiから学んだ教訓とプロダクトロードマップの哲学
Santiago Suárezは、コロンビアに集中する決断をした後、同じく一国市場で成功したKaspiのCEOに4回LinkedInでメッセージを送り、ようやく返信を得てカザフスタンまで会いに行った。この出会いから得た教訓は、Addiの戦略に決定的な影響を与えた。第一に、KaspiのCEOは「NPS(ネットプロモータースコア)は従業員1,000人未満の企業には不適切な指標だ」と述べ、代わりにカスタマーサービスコールを直接聞くことを推奨した。Addiは現在、毎週のビジネスレビューを「先週、顧客に何が起きたか」から始め、無作為に抽出した2件のカスタマーサービス transcript を必ず確認している。
第二に、KaspiのCEOは「すべてを同時にやろうとするな」と助言した。これは直感に反する教訓だが、Addiは最近のイベントで、銀行口座、翌日配送、そして国内のPOS端末の3分の1との統合を同時に発表した。これは一見無秩序に見えるが、すべてが「商取引と金融サービスの基盤」という一貫したビジョンに基づいている。第三に、彼は「エクイティ投資家はこのプレイを理解しない。5年から10年は無視しろ。そしてある日、彼らが『なぜ連絡してこなかった』と言ってきたら、『何度も試した』と答えればいい」と語った。この「高確信・低コンセンサス」の姿勢が、Addiの長期戦略の根幹を成している。
さらに、Kaspiから学んだ「モジュラー思考」も重要だ。Addiは初期にはすべての本人確認(KYC)を内製していたが、現在は生体認証のようなコモディティ化した機能は外部プロバイダーに委託し、真の価値が生まれるアルゴリズムやソフトウェアに集中している。Suárezは「今日、Facebookを2004年のようにゼロから作ることはない。マーケットプレイスも同様だ」と述べ、自社で全てを所有するのではなく、価値連鎖の中で差別化できる部分にのみリソースを集中する重要性を強調した。
モノレポとイベントソーシング:AI時代の基盤を7年前に準備
Addiが現在、200以上のAIエージェントを本番稼働させ、カスタマーサービスの100%をエージェントが処理し、その80%を完全解決(フルレゾリューション)できている背景には、創業当初からの2つの技術的決断がある。第一に、同社はマイクロサービスが全盛だった時代に、あえて「モノレポ(monorepo)」を採用した。これは全コードを単一のリポジトリに格納する方式で、GoogleやAnthropicが採用していることで現在注目されているが、当時は異端だった。Suárezは「最高のCTOを雇ったからだ」と笑いながら語る。モノレポにより、AIエージェントが全コードベースを容易に読み取れるようになり、またコンポーネントの再利用が自動化されるため、60人のプロダクトエンジニアで巨大なプロダクト表面をカバーできる経済性を実現した。
第二に、同社は「イベントソーシングアーキテクチャ(event sourcing architecture)」を採用した。これは、テキスト送信からショッピングカートへの追加、信用スコアの変動まで、企業内で発生するすべてのイベントをログに記録する方式である。現在、Addiは1日あたり1,000万件以上のイベントを生成している。このアーキテクチャは、従来はクエリが困難で多くの企業が途中で放棄するものだが、AddiはDatabricksと連携することで、リアルタイムにイベントをベクトル形式(LLM用)とSQL形式(従来の機械学習用)の両方で利用可能にしている。この「統一データアーキテクチャ」こそが、LLMが実用化された際に、同社が他社に先駆けてAIを大規模導入できた最大の要因である。
AI導入の最初のユースケースとして、Suárezは直感に反して「法務(legal)」を選んだ。コロンビアには「Tutela(トゥテラ)」と呼ばれる緊急憲法訴訟制度があり、企業は48時間以内に回答しなければCEOが逮捕される可能性がある。同社はこの訴訟に一切和解せず、最高裁直前まで戦う方針を取っている。この高リスクな環境でAIを活用するため、まず6ヶ月をかけてパイプラインを構築し、すべてのカスタマーサービス履歴、金融コアデータ、取引履歴を統合した。このパイプラインが完成した後、カスタマーサービスエージェントのV1は90日で構築され、初日から100%のハンドリング率と60%の解決率を達成した。Suárezは「訴訟を解決できれば、ほとんどのカスタマーサービスは解決できる」と語る。
英語運営とリモートファースト:グローバル人材を引き寄せる組織設計
Addiはコロンビアの企業でありながら、社内の公用語を英語に設定している。これは一見矛盾しているように思えるが、Suárezはその理由を明確に説明する。第一に、非スペイン語圏のグローバル人材を引き寄せることができる。第二に、そしてより重要なのは、スペイン語を母語とする現地の優秀な人材が「英語で運営される会社」に魅力を感じるという逆説的な効果である。英語で仕事をすることは「バー(基準)を引き上げる」プレミアムとして機能し、社員は「ここは真剣な仕事をしている」という意識を持つようになる。実際、創業者の一人がスペイン語への移行を提案した際、マネージャー層の200人を集めたオフサイトで議論した結果、英語を維持する決断を下した。
同社はまた、リモートファーストを採用している。これは単なる働き方の選択ではなく、AIエージェントの導入を前提とした戦略的な決定である。リモート環境では、すべてのコンテキストが明示的に文書化される必要がある。対面でのホワイトボード議論では暗黙のうちに伝わる情報も、リモートでは明示的なAPIや文書として残さなければならない。この「明示性の強制」が、AIエージェントがコンテキストを取得し、自律的に動作するための基盤となっている。Suárezは「もし3人で会社を経営していたら、メモを送り合う代わりにホワイトボードで議論するだろう。しかしそれではエージェントがコンテキストを得られない」と説明する。
人材獲得において、同社は「世界クラスのリーダー」と「若手の育成」の組み合わせを重視している。各採用には平均9ヶ月をかけるが、その結果、組織の質は極めて高い。Suárezは「私が以前の職場で長続きしなかった理由の一つは、チームメイトが素晴らしくなかったからだ。今は一緒に働く人を選べる」と語る。また、同社は「北極星指標(North Star metric)」として収益性を掲げ、OKRのような複雑な目標管理システムを避けている。2022年夏の資本市場の閉鎖を機に、リスク調整後マージンから始まり、粗利益、EBITDAへと指標を絞り込み、全社員が共通の目標を暗唱できる状態を維持している。現在は3つの事業ラインを持つようになったため、L1メトリクスとして1〜3のKPIに絞る実験を始めている。
AI導入の文化変革:CEO自らコードを書き、全社に浸透させる
シリコンバレーではAIの話題がコーヒーショップでも聞かれるが、ボゴタではそうではない。この環境差を乗り越えるため、Suárezは自ら率先してAIスタックを構築した。彼は自身のクラウド環境をプロビジョニングし、空のEC2インスタンスからすべてを手作業で構築した。DevOpsのサポートをCTOに深夜に求めるような状況だったが、この経験により「自分が会議の合間にこれを作れるなら、全社員ができるはずだ」という確信を得た。この「CEO自らが手を動かす」姿勢が、組織全体のAIへのマインドセットを変える原動力となった。
同社のAI戦略は4つの柱から構成される。第一に、カスタマーサービスと加盟店オンボーディングのエージェント化。現在、加盟店オンボーディングエージェントは月に2,000〜3,000の加盟店を処理し、100%のハンドリング率と20%以上のコンバージョン改善を達成している。第二に、自社トランスフォーマーモデル「Addi DNA」の開発。自社GPUを使用して独自のLLMをトレーニングしており、初期結果は極めて有望だという。第三に、エンジニアリングコードベースのリファクタリング。リアクティブJavaから宣言型言語への移行を進めており、コードを「ハードネス(hardness)」として扱うアプローチを取っている。第四に、エージェントとAIを前提とした企業のオペレーティングモデルそのものの変革である。
この変革の具体的な成果として、Web版マーケットプレイスの開発がある。従来は6〜9ヶ月と5人のエンジニアが必要だったものが、2人のエンジニアで2ヶ月でリリースされた。また、同社は現在、予算比で150名少ない人員で成長目標を上回る業績を達成している。Suárezは「コスト対サービス(cost to serve)の経済性が異常な水準にある」と述べ、AIによる効率化が人員削減ではなく、成長率に対する採用の伸びを抑制する形で現れていると説明する。彼は「5年後も社員数は数百人規模だろう。1,000人にはならない」と予測し、AIが企業のスケーリングの在り方そのものを変えると確信している。
書く文化と北極星指標:組織の結束力を高める経営手法
Addiの組織運営の根幹には「すべてを書く(write things down)」という文化がある。これは、Amazonのメモ文化への共感、コンサルタント時代のパワーポイントへの反感、そして「なぜ(why)」を明確に言語化するという価値観に由来する。Suárezは「たとえ最も自明な理由であっても、なぜそれを行うのかを説明できなければならない」と語る。この文化は、銀行ライセンス取得の決断を再確認する際にも機能した。経営陣の一部が「なぜ銀行になるのか理解できない」と述べたため、Suárezは自らメモを書き、そのプロセスで新たな発見があったという。
この「書く文化」は、リモートファーストの環境と相性が良い。対面での暗黙の合意ではなく、明示的な文書がすべての意思決定の基盤となる。そして、この明示性こそが、AIエージェントが組織の知識を活用するための前提条件となっている。すべての標準業務手順書(SOP)が文書化されているため、エージェントはそれを読み取り、自律的に実行できる。Suárezは「エージェントが来るから書き始めたわけではない。しかし結果的に、それがエージェント時代の基盤になった」と振り返る。
同社はOKRを採用せず、代わりに「北極星指標」を組織の唯一の組織原理としてきた。2022年夏以降は「収益性」がその指標となり、全社員が毎週のビジネスレビューで同じ数字を見つめてきた。収益性を達成した後は、「犬がバスを追いかけて捕まえた後のような状態」になり、新たな指標の模索が始まった。現在は、3つの事業ラインごとに1〜3のL1メトリクスを設定する実験を行っている。Suárezは「5つや7つのKPIを設定しても、誰も覚えていない。全社員が暗唱できなければ多すぎる」と断言する。このシンプルさへのこだわりが、組織の集中力を維持している。
結びに
本エピソードが特に印象的なのは、Santiago Suárezが「シリコンバレー以外の場所」で、しかも「AIが普及する前」から、現在のAI時代に最適化された企業を構築していた点である。モノレポとイベントソーシングという技術的基盤、英語運営とリモートファーストという組織設計、そして「書く文化」と「北極星指標」による集中経営は、いずれもAIエージェントの導入を前提とした場合に極めて有効である。しかし、これらはすべてAI時代を見越して計画されたものではなく、創業時の直感と、その後の試行錯誤の結果として生まれたものだ。
Suárezの「コンセンサスプレイにはアルファはない」という言葉は、単なる投資の格言ではなく、企業建設の哲学そのものを表している。彼は、ブラジルやメキシコではなくコロンビアを選び、BNPLから銀行まで事業を拡大し、OKRではなく単一の指標で組織を動かす。これらの決断はすべて、当時の「常識」に反するものだった。そして、その逆張りが、結果としてAI時代に最適な企業構造を生み出した。彼の「5年後も社員数は数百人」という予測は、AIが企業のスケーリングの定義そのものを変えるという確信に基づいている。
このエピソードは、ラテンアメリカのフィンテックという特定の文脈を超えて、テクノロジー企業の本質的な構築方法について深い示唆を与える。特に、技術的基盤への長期的な投資、組織文化の明示性、そしてCEO自らが手を動かして変革を牽引する姿勢は、どの地域、どのセクターの起業家にとっても普遍的な教訓を含んでいる。Addiの物語は、「場所」や「タイミング」ではなく、「どのように考えるか」が企業の命運を分けることを示している。
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