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The a16z Show · 2026年9月2日

ダニエル・リット:数学者によるAIガイド

AI generated article / ja / study
この記事でわかること
  • 数学の目標は論文を生産することではなく、何らかの理解を生み出すことにある。たとえその理解の一部がモデルの重みの中に宿るとしても、それだけでは満足できない——トロント大...
  • リットは現役の数学者として、AIが生成した数学的結果を実際に検証し、自身の研究にも活用している稀有な存在だ。彼の見解は、AIの数学能力に関するセンセーショナルな報道と...
  • [0:00] AIによる数学の最前線——エルデシュ単位距離問題の衝撃 リットがこれまでにAIが完全自律で解いた結果の中で最も印象的だったものとして挙げたのが、2025...
こんな人向け

自分では見つけにくい海外Podcastの話題に、日本語で気軽に触れたい人。

出典Podcast

The a16z Show / Andreessen Horowitz

要点
  1. リットが最も印象的だったAIの完全自律的な成果として挙げたのは、エルデシュ単位距離問題の解決であり、AIが異なる分野からの古典的技法を導入し、その後の研究に波及効果をもたらした点が画期的だった。
  2. OpenAIとAnthropicのモデルの数学能力はほぼ互角だが、ChatGPT 5.6は説明の明快さと「心の理論」において優れており、Claudeは重要な前提知識を飛ばす傾向がある。
  3. AIは既知の技法を組み合わせて長い計算を実行することは得意だが、直感や大局的な視点、理論構築といった数学者の本質的な活動はまだ苦手であり、その能力差は数学という領域で最も明確に観察できる。
  4. リットは自身の研究において、AIが証明できなかった補題を自分で改善したところ、AIがその改善された命題をすぐに証明できたという経験から、人間の「計算できない」という欠点が発見につながることがあると指摘した。
  5. AIを使って低品質の論文を量産する「スロットマシン」的アプローチが学術界に広がっており、arXivへの投稿急増とともに、同じ定理の同じ証明が数日のうちに複数投稿される事例も発生している。
  6. たとえAIが超人的な数学能力を持ったとしても、研究の多様性を保証するためには人間の数学者コミュニティが必要であり、AIに研究を委ねることは社会設計の観点から問題がある。
  7. AIが短く巧妙な証明を生成する傾向があるのは、長い証明の正しさを検証する能力がまだないためであり、800ページに及ぶAI生成の証明は「正しいはずがない」とリットは断言する。
  8. リットは3歳の娘に数学を教えており、AI時代においても数学を学ぶ理由は「明確に考え、世界をよりよく理解するため」であり、AIを思考の代替ではなく深化のために使うべきだと主張する。
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他のエピソード

数学の目標は論文を生産することではなく、何らかの理解を生み出すことにある。たとえその理解の一部がモデルの重みの中に宿るとしても、それだけでは満足できない——トロント大学の数学教授ダニエル・リットは、a16zのパートナーであるリシャ・リーとの対談の冒頭でこう切り出した。数学という最も古く、最も人間的な知的営みが、AIの急速な進歩によってどのように変容しつつあるのか。そして、AIが数学の問題を解けるようになったとき、数学者という存在の意味はどこにあるのか。このエピソードは、単なるAI能力の評価にとどまらず、数学という学問の本質、ひいては人間の思考の価値そのものに踏み込む、示唆に富んだ対話となっている。

リットは現役の数学者として、AIが生成した数学的結果を実際に検証し、自身の研究にも活用している稀有な存在だ。彼の見解は、AIの数学能力に関するセンセーショナルな報道とは一線を画し、実際に何ができて何ができないのかを冷静に見極めようとするものだ。本稿では、彼が語ったAIによる数学研究の最前線、数学者の直感と理論構築の重要性、そして学術界のインセンティブ構造の変容について、詳細に掘り下げていく。

0:00AIによる数学の最前線——エルデシュ単位距離問題の衝撃

リットがこれまでにAIが完全自律で解いた結果の中で最も印象的だったものとして挙げたのが、2025年5月中旬に発表されたエルデシュ単位距離問題の解決だ。この問題は、平面上の点集合において、互いの距離がちょうど1になる点のペアの最大数が、点の数に対してどの程度のオーダーで増加するかを問うものだ。長年にわたり数学者たちの間では「真である」と広く信じられていたが、AIはその予想を覆す反例を構築したのである。

この結果が特に注目に値するのは、AIが既存の手法を組み合わせるだけでなく、異なる分野からの技法を導入した点にある。リットによれば、その技法自体は1960年代の古典的なアイデアであり、特に深いものや新しいものではなかったが、平面内の点配置を研究するこの分野にとっては目新しいものだった。さらに重要なのは、この結果がその後の研究に大きな波及効果をもたらしたことだ。多くの数学者がこのアイデアを応用し、実数上の和積予想(sum product conjecture)を含む、他の興味深い未解決問題に対する反例を次々と発見したのである。

リットは、数学における結果の価値を評価する方法として、「その結果が導入した新しいアイデアが、他の問題を解くのに役立ったかどうか」「私たちの理解を深めたかどうか」という基準を提示する。この観点から見ると、エルデシュ単位距離問題の解決は、単に一つの問題を解いたという以上の意味を持つ。AIが導入した技法が、数学のフロンティアを広げる触媒となったのだ。

ただし、リットはAIの数学能力について、分野によって大きな偏りがあることを指摘する。AIが得意とするのは、既知の技法を組み合わせて長い計算を実行したり、人間の数学者が読んだことのない多くの論文から技術的なアイデアを引き出したりすることだ。一方で、直感や大局的な視点、理論構築といった能力はまだ弱い。AIが生成する結果は「人間の数学者が行う数学」と本質的に変わらないが、それは数学者が行う活動のごく一部の帯域に過ぎないというのが彼の評価だ。

0:09フロンティアモデルの比較——ChatGPTとClaudeの能力差

リットは、OpenAIとAnthropicのモデルを比較した経験について、両者の数学能力はほぼ互角であると語る。彼はChatGPTをより多く使用しているが、これは単に習慣の問題であり、Claudeが数学研究に有用でなかった時期が長かったためだと説明する。ClaudeのモデルはOpus 4.5または4.6あたりでようやく数学研究に使えるレベルに追いついたという。

ただし、リットは両者の間に微妙な違いも感じている。ChatGPT 5.6は説明の明快さにおいて優れており、自分が何を知っていて何を知らないかについて、より正確な「心の理論」(theory of mind)を持っているように見えるという。一方、Claudeは非常に些細なことを説明する一方で、「もちろん、あなたはこれらのことを知っているはずだ」とばかりに、重要な前提知識を飛ばしてしまうことがある。ただし、リットは両者とも「心の理論」に関してはまだかなり苦手だと付け加える。

より本質的な観察として、リットはAIの推論が自然言語で行われている点に注目する。多くの人が「数学は検証可能な領域だからAIの進歩が速い」と説明するが、実際にはモデルはLeanのような形式検証システムではなく、自然言語での推論をスケールさせている。このことは、AIの数学能力が他の領域にも汎化する可能性を示唆しているとリットは考える。数学はAIの能力を測る「ベンチマーク」として機能しているが、その能力は数学に特化したものではなく、より一般的な推論能力の表れなのだ。

リットはまた、AIが生成する証明の「味」についても言及する。AIの解は、その強みを反映して、長い計算をやり遂げる能力や、多くの分野からの技術的アイデアを結集する能力に依存している。しかし、直感や大きな絵を描く能力はまだ弱い。彼自身の数学者としての活動の多くは、非厳密な哲学——「この概念はあの概念と類比的ではないか」という感覚——から始まり、それを精密化していくプロセスだが、AIの生成する結果にはそのような推論の跡がほとんど見られないという。

0:14数学者の実践——問題解決者と理論構築者の間で

リットは自身を「問題解決者」と位置づけるが、その問題解決の意味は単に未解決問題を解くことではない。彼にとって、未解決問題とは「何かを理解できていないことの指標」であり、一種のベンチマークだという。例えば、彼が特に好む問題の一つであるグロタンディークのp曲率予想は、微分方程式に対する私たちの理解の不足を測るものだ。この予想が解けない限り、私たちはある基本的な対象を理解していないことになる。

では、理解していないことを測る問題にどう取り組むのか。リットは「理解できない最小の状況を見つけて、それをいじくり回す」と説明する。そして、問題を解くために開発した手法を振り返り、それを理論に昇華させる。また、ある概念が別の概念と関連しているという感覚から出発し、対応関係の表を作っていくこともある。彼の研究の多くは、代数多様体のコホモロジーと基本群の表現の間の類比に動機づけられている。この類比は過去30〜40年にわたり、カルロス・シンプソンや望月拓郎らによって豊かな数学を生み出してきた。

重要なのは、このような類比に基づく研究には明確な未解決問題が存在しないことだ。それは「実現しようとしている哲学」であり、非常に非厳密で、記号の操作とはまったく異なる活動である。リットは、数学の進歩は「千の花を咲かせる」こと、つまり多様な数学者たちがそれぞれの好奇心に従って研究を進めることから生まれると強調する。知識のフロンティアは、多様な興味を持つ人々の活動によって、比較的均一に拡大していくのだ。

AIとの関係で言えば、リットはAIが「曖昧な現象」や「明確な問いが定まっていない問題」に対してはあまり役に立たないと指摘する。彼が3〜5年にわたって考えてきたプロジェクトでは、AIは主にGoogleの代わりとして機能し、関連トピックを学ぶために使われる程度だ。しかし、コーディングが苦手だった彼にとって、AIは大きな変化をもたらした。以前なら「疲れ知らずの博士課程の学生」に頼むまで半年間先延ばしにしていたようなコーディングプロジェクトを、今ではAIを使って実行できるようになったのだ。

0:26理論構築の難しさ——AIがまだ到達できない領域

AIが新しい理論や技法を開発することの難しさについて、リットは「おそらく完全に可能だが、まだ実現されていないだけだ」と語る。理論構築は「より曖昧なスキル」であり、報酬を設定することが難しい。数学には難易度の異なる多くの予想が存在し、それらが人間にとってもAIにとっても「カリキュラム」として機能している。しかし、理論構築の中間的なステップに報酬を与えることは容易ではない。

リットは、AIが「既知の技法を非常に技術的に強い方法で適用する」ことには長けているが、彼が考えている多くの問題は、そのようなアプローチでは解決できないと指摘する。彼が取り組んでいる予想の多くは、非常に広い理論的枠組みの中に位置づけられており、単に反例を構築すれば済むというものではない。それらを解決するには、真に新しいアイデアが必要であり、既存の技法を組み合わせるだけでは不十分だと考えられている。

しかし、リットはAIの能力向上に対して懐疑的ではない。「軌道は上向きに続くだろう」と彼は予測する。理論構築のスキルも、継続的な能力向上の一部として発展していく可能性が高い。人間の数学者が博士課程の指導教官からの「それは良いアイデアだ」というフィードバックを通じて理論構築のスキルを獲得するように、AIにも同様の報酬設計が可能かもしれない。

リットはまた、人間の「計算をやり遂げられない」という欠点が、実は発見につながることがあると指摘する。彼が最近発表した論文では、AIが証明できなかった補題があった。彼は自分で多くの例を計算し、「もしかするとこれが真実である理由があるかもしれない」と気づき、より良い補題の定式化を見つけた。すると、AIはその改善された命題をすぐに証明できたのだ。もしAIが最初の補題を証明できていたら、この概念的な発見は生まれなかっただろう。

0:33学術界のインセンティブ構造——AIが生む「スロップ」とその危険性

AIの数学能力が向上するにつれ、学術界には新たな問題が生じている。リットは、AIを使って低品質の論文を量産する「スロットマシン」的アプローチが広がっていると警告する。実際に彼は、Codexに「代数幾何学の最近の予想を5つ見つけて証明せよ」と指示する実験を行い、1時間で3本の「悪いが正しい」論文を生成できたという。これらの論文は彼のハードドライブに保存されたまま、誰にも送られていない。

このようなAI生成論文の氾濫は、学術界のインセンティブ構造と深く結びついている。現在のポスドクは、次の職を得るために多くの論文を生産する必要がある。AIを使って既存の予想を証明する論文を量産することは、短期的にはキャリアに有利に働くかもしれない。しかし、そこには人間の理解や能力開発が伴わない。arXivへの投稿が急増しているが、その多くは低品質で、同じ定理の同じ証明が数日のうちに3〜5本投稿されることもあるという。

リットは、この問題はモデルが向上しても解決しない可能性があると指摘する。数学の進歩は多様な好奇心から生まれるが、AIが生成する結果は「モード崩壊」を起こし、特定の推論経路に集中する傾向がある。もし数学的探求が「モデルが追求したいこと」に従属してしまえば、得られるのは「一人の数学者が千回複製されたもの」であり、真の多様性は失われるだろう。

さらにリットは、たとえAIが真に超人的な数学能力を持ったとしても、人間の数学者が必要だと主張する。それは社会の設計に関わる問題だ。AIに数学研究を委ねることが最適解だったとしても、それが実際に最適な結果をもたらすとは限らない。人間の興味と能力を持つコミュニティを維持することが、研究の多様性を保証する最も確実な方法なのだ。彼の希望は、人間が完全に力を失わない未来であり、そのためには多様な興味とそれを追求する能力を持った人々が必要だと語る。

0:49検証可能性と長い証明——AI数学の信頼性問題

AIが生成する証明の信頼性について、リットは重要な洞察を提供する。AIが短くて巧妙な証明を生成する傾向があるのは、長い証明の正しさを検証する能力がまだないからだという。実際に、AIに「この証明は正しいか」と尋ねると、しばしば「いいえ」と答えることがある。6ヶ月前よりははるかに信頼できるようになったが、それでも間違った結果を生成し、それが間違っていることを認識している場合がある。

リットは、OpenAIとAnthropicが公開している結果よりもはるかに多くの問題を社内で解決している可能性があると推測する。しかし、それらの多くは正しさを確信できないため公開されていないのだろう。最近OpenAIが発表した10の問題はすべてLeanで形式化されており、これは正しさの強い証拠となる。しかし、前提となるオブジェクトがMathlibに実装されていないため形式化できない問題や、長すぎて検証が困難な問題は公開されていない可能性が高い。

実際に、arXivには800ページに及ぶAI生成の証明が投稿された例がある。これは正標数における特異点解消の証明を主張するものだが、リットは「読んでいないが、正しいはずがない」と断言する。そのような長さの証明は、現在のモデルの能力を超えており、人間も読んでいない。AIもこの種の証明を検証する能力を持っていないのだ。

リットは、人間が長い証明を検証する方法として、全体の構造を理解し、様々な方法でストレステストを行うことを挙げる。「この議論は、私が偽だと知っている他の何かを導くか」「この特別な場合に機能するか」といった問いを通じて、証明の妥当性を判断するのだ。しかし、AIはこのような「曖昧なユニットテスト」をまだうまく行うことができない。彼は、数年前に発表された誤った論文をAIに検証させようとしたが、成功していないという。その論文は構造的に明らかに誤りを含んでいたが、AIは特定のエラーを見つけることも、全体像を把握して誤りを判断することもできなかった。

0:59次世代の教育——数学を愛することを教える

対談の終盤、リシャ・リーはリットに、3歳の娘の教育についてどう考えているかを尋ねた。リットは、娘がAIを使ったことはなく、現在は片手で数える程度の足し算と、30までなら確実に、50までなら半信頼で数えられることを誇らしげに語る。数日前には、娘が毛布に隠れて「数学をしている」と言っていたというエピソードも紹介された。彼女は父親が数学を好きだということを感じ取っており、それに影響されているようだ。

リットは、20年後の世界がどう変わっているかはわからないが、教育の本質的な価値は変わらないと主張する。「数学を学ぶ理由は、常に明確に考え、世界をよりよく理解するためだ」。たとえ非常に能力の高いAIが存在しても、この目的は変わらない。本を読むことや人文科学を学ぶことも同様だ。数学という職業や教育の価値は、保存されるべきものなのである。

リットはまた、ブダペストの数学教育の伝統に言及し、ハンガリーでは小学校で群論を教えていると紹介した。彼はかつてハンガリーの数学者バラージュ・セゲディらと共同研究を行っていたが、その経験から、AIが数学の説明に優れている今こそ、このような教育をさらに普及させるべきだと主張する。AIは数学をより身近なものにし、より多くの人々をフロンティアに引き寄せる可能性を秘めているのだ。

しかし、リットは教育現場でのAIの影響についても懸念を示す。クラスでは「二極化」が起きているという。AIを活用して学習を深める学生がいる一方で、AIに宿題を丸投げして他のすべてを失敗する学生もいる。彼は「より良い思考者を生み出す世界に生きるべきだ」と強調し、AIの台頭とともに人間がより悪い思考者になることは避けなければならないと警鐘を鳴らす。AIを理解を深めるために使い、思考を放棄するために使わないこと。それが数学者として、そして親としての彼の願いなのである。

結びに

このエピソードが聴き手に残すものは、AIと数学の関係についての冷静かつ深い考察だ。リットの視点は、AIの能力を過大評価もせず、過小評価もせず、実際に何ができて何ができないのかを、現役の数学者としての経験に基づいて語るものだ。彼が最も強調したのは、数学の目標は論文を生産することではなく、理解を生み出すことだという点である。AIが問題を解けるようになっても、それが理解を伴わなければ、数学の本質的な価値は失われてしまう。

同時に、この対談は数学という枠を超えて、AI時代における人間の思考の価値についての普遍的な問いを投げかけている。AIが知的労働を代替するようになったとき、人間は思考する能力を維持できるのか。リットの答えは、数学という最も純粋な知的営みを通じて、人間の思考の重要性を再確認することだ。AIを理解を深めるための道具として使い、思考を放棄するための道具として使わないこと。それが、AI時代を生き抜くための知恵なのである。

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