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The a16z Show · 2026年8月4日

Ruby Thelot:インターネット文化、AI、そしてテイストの未来

AI generated article / ja / study
この記事でわかること
  • アメリカ人の多くはAIを嫌っていると公言する一方で、日常的にはチャットAIを使いこなしている。この一見矛盾した態度の背後には、「自分にとって何ができる技術なのか」とい...
  • このエピソードは、a16zのホストであるSophia Dew(ソフィア・デュー)とSofia Puccini(ソフィア・プッチーニ)が、デザイナーでありアーティスト、...
  • [0:00] サイバー民族誌学とは何か——オンライン行動の研究 Ruby Thelotが定義するサイバー民族誌学とは、オンライン上の集団を研究し、彼らがどのように振る...
こんな人向け

自分では見つけにくい海外Podcastの話題に、日本語で気軽に触れたい人。

出典Podcast

The a16z Show / Andreessen Horowitz

要点
  1. Ruby Thelotは「サイバー民族誌学者」として、毛皮愛好家からInstagramユーザーまで、オンライン上の集団の行動を定量的分析と深層インタビューで研究している。彼の会社131では、TikTokの2,000本の動画を分析し、「ヘテロペシミズム」が実際には減少傾向にあることを実証した。
  2. インターネットは「バルカン化とバベル化」が進行しており、単一文化が小さなデジタル集落に分割され、それぞれが独自の言語を発達させている。同じ言葉がコミュニティによって異なる意味を持つため、オンライン上の相互理解が困難になっている。
  3. Cloudflareのデータによると、インターネットトラフィックの約50%はボットである。Rubyはこれを「機械的趣味(machinic taste)」の出現と捉え、AIが生成したコンテンツをAIオーディエンスが消費する世界の到来を予測している。
  4. 新しいマス美学が生まれない理由は、文化産業が金融化され、リスク回避的な意思決定が優先されるためである。新しい美学は異文化の合成から生まれるが、人々は「新しいものが欲しい」と言いながら、実際には既存の人気作を消費し続けている。
  5. 「趣味(taste)」は17世紀のイギリスで、過剰な富を持つ新しいブルジョワジーが「美徳を持って消費する方法」として生まれた概念である。AI時代の豊富さを前に、この問いが再浮上している。
  6. アメリカ人はAIを「嫌い」と公言しながら、日常的にはチャットAIを活用している。この乖離は「自分にとって何ができるか」という実用性と「仕事を奪われる」という不安の間にある言語化されていない溝によるものである。
  7. オンライン文化は民族や国家ではなく、プラットフォームによって形成される。Tumblr文化、Twitter文化、Instagram文化がそれぞれ独自の言語とユーモアを持ち、人々は相手の言葉遣いからどのプラットフォームを使っているかを判断できる。
  8. NYUの学生たちはAIを活用して以前は不可能だった規模のプロジェクトに挑戦しているが、重要なのは「クールで大きなものを作ることではなく、批判的で意図的で良心的であること」である。
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他のエピソード

アメリカ人の多くはAIを嫌っていると公言する一方で、日常的にはチャットAIを使いこなしている。この一見矛盾した態度の背後には、「自分にとって何ができる技術なのか」という実用性と、「いつか仕事を奪われるのではないか」という漠然とした不安の間にある言語化されていない溝が存在する。テキサス州ブライアンの母親が蛇口の水漏れを写真に撮ってAIに修理方法を尋ね、実際に直せた体験を「大好きだ」と語る一方で、同じ人物が「AIは嫌い」と答えるのは、この技術に対する認識が「便利な道具」と「脅威」の二層に分かれているからだ。

このエピソードは、a16zのホストであるSophia Dew(ソフィア・デュー)とSofia Puccini(ソフィア・プッチーニ)が、デザイナーでありアーティスト、そして「サイバー民族誌学者(cyber ethnographer)」を自称するRuby Thelot(ルビー・セロー)を迎え、インターネット文化、AI、そして「趣味(taste)」の未来について掘り下げた対話である。NYUのIntegrated Design and Mediaで教鞭をとるRubyは、オンライン上のサブカルチャーからAI時代の創造性まで、幅広いテーマを独自の視点で語る。彼の研究は、毛皮愛好家コミュニティ(furries)からInstagramのストーリー機能の意味論まで多岐にわたり、その方法論は「定量的分析と深層インタビューの融合」にある。本稿では、この示唆に富む会話の全容を、日本の読者向けに詳細に解説する。

0:00サイバー民族誌学とは何か——オンライン行動の研究

Ruby Thelotが定義するサイバー民族誌学とは、オンライン上の集団を研究し、彼らがどのように振る舞い、何をしているのかを理解する学問である。彼の研究対象は、毛皮愛好家コミュニティから、現代のInstagramユーザーまで実に幅広い。最近ではProtein誌のために、人々がInstagramのストーリーをどのように理解しているかを調査し、約500人へのアンケートと20件の詳細なインタビューを実施した。この調査から、ストーリーへの「いいね」が持つ意味を、コンテンツへの appreciation(鑑賞)、恋愛的な親和性の表明、友情の継続という三つのカテゴリーに分類する「三者構造」を構築した。さらに、Mozilla Foundationとの共同研究では、Instagramの「親しい友達(Close Friends)」機能を調査し、この新しいデジタル空間における人間関係の階層構造を分析している。

この分野の先駆者として、Rubyはdanah boyd(ダナ・ボイド)の研究を大きなインスピレーションとして挙げる。ボイドはMicrosoft ResearchでMySpaceの「Top 8」機能に関する研究を主導し、現在はコーネル大学の教授を務めている。Rubyは「あらゆる新しいテクノロジーは、存在の仕方、コミュニケーションの仕方、信念の持ち方に変化をもたらす」と語り、技術の進化サイクルが加速するほど、研究者が調査やインタビューを行う時間が短くなるというジレンマを指摘する。それでもなお、何百万人、何十億人もの人々がこれらのツールを使用している以上、研究を続ける必要があると強調する。

オンライン上の新しい社会現象を特定することの難しさについて、Rubyは「これは本物の現象なのか、それとも『トレンチコートを着た3本のTikTok動画』なのか」という独自の表現で説明する。つまり、トレンドのように見えて実際には極めて小規模で一時的な現象であることが多いというのだ。彼の会社131(ワンサーティワン)では、ソーシャルメディアの定量的分析を通じて、特定の現象が実際にどの程度普及しているかを検証している。例えば「ヘテロペシミズム(異性愛女性の間での男性との交際に対する嫌悪感)」という現象が話題になった際、彼はTikTokとReelsで100万ビュー以上の投稿を分析し、2,000本の動画を調査した。その結果、デート関連コンテンツは概ねポジティブであり、ヘテロペシミズムは2020年以降むしろ減少傾向にあることを発見した。

この現象は「声の大きい少数派(loud minority)」の問題であると同時に、ジャーナリスト自身のアルゴリズムが偏ったコンテンツを彼らに届けているという構造的な問題でもある。Rubyは「私も批評家として雑誌に記事を書く際、ソーシャルメディアで何か面白いものを探すことがある。しかし、それが本当にアメリカ全体で普及している現象なのか、それとも単に私のアルゴリズムが偏っているだけなのかを判断するのは難しい」と認める。彼の基準は「これはブルックリンのブッシュウィック地区だけで起こっていることなのか、それとも外の世界でも実際に起こっているのか」という問いである。

5:42文化の断片化——バルカン化とバベル化

現代のインターネット文化は「複数文化(pluri culture)」の時代にあるとRubyは主張する。かつては5つか10のテレビチャンネルがあり、誰もが同じ番組を視聴していた。しかし現在は、非常に強力で創造的な文化の中心地が複数存在し、それらは時には接触し、時には遠く離れている。例えば、『ホワイト・ロータス』や『サクセッション』のような人気ドラマでも、実際の視聴者数は『M*A*S*H』のような過去の大ヒット作と比較すると驚くほど少ない。しかしX(旧Twitter)を見ていると、まるで全員が『サクセッション』を視聴しているかのように感じられる。これは、デジタル空間における認識と現実の乖離を示している。

Rubyは友人のRuyiと共同で「インターネットのバルカン化とバベル化」という論文を執筆した。バルカン化とは、単一文化が小さなデジタル集落に分割される現象を指す。そして、これらの隔離されたデジタルの島々では、ガラパゴス諸島のゾウガメのように「種分化(speciation)」が起こる。つまり、それぞれのコミュニティが独自の言語、独自の専門用語を発達させるのだ。この隔離と特化の結果として、同じ言葉を使っていても、コミュニティによってまったく異なる意味を持つという「バベル化」が進行する。例えば「looksmaxing(外見の最大化)」という言葉が、インセル(非自発的独身男性)コミュニティから一般に広まったように、特定のサブカルチャーで生まれた概念が外に漏れ出ることがある。

このバベル化は危険であるとRubyは警告する。なぜなら、異なるデジタルバブルに属する人々が同じ言葉を使いながら、まったく異なる意味を理解しているため、オンライン上のコミュニケーションが根本的に困難になるからだ。さらに、企業はマーケティングの容易さから、人々を特定のバブルに誘導するインセンティブを持っている。Spotifyが「あなたはピンクポニープリンセスのポップガール」といったラベルを付けるように、人々は部族の一員であると感じたいという欲求を持ち、企業はそれを利用する。RubyはH&MやPepsiなどのコンサルティング業務を通じて、これらの小さなデジタルコミュニティをマッピングしている。H&Mが昨年発売した「Dime Square」シャツは、異なるデジタルコミュニティの研究に基づいて作られた製品だという。

12:10機械の趣味——AI時代の美的嗜好

Cloudflareのデータによると、現在のインターネットトラフィックの約50%はボットによるものだという。この事実が意味するのは、コンテンツ制作者のオーディエンスが「半分は人間、半分は機械」になったということである。Rubyはこの現象を「機械的趣味(machinic taste)」と呼び、Random Art誌に発表したエッセイで詳しく論じている。彼は、コンテンツ制作の歴史を「友人への投稿」から「フォロワーへの投稿」、「オーディエンスへの投稿」へと進化してきたと説明する。クリエイターがオーディエンスを獲得すると、そのコンテンツはオーディエンスに「捕獲」される。つまり、うまく機能するものを見つけると、それを繰り返すようになるのだ。この「オーディエンス・キャプチャー」という概念は、Redditのインサイト責任者であるMatt Klein(マット・クライン)から学んだものだとRubyは明かす。

さらに、オーディエンスに到達するためにはアルゴリズムという「門番」を通過する必要がある。Mr. Beastが毎回の動画で大きなテキストを使うのは、このアルゴリズム・キャプチャーに対応するためだ。そして今、オーディエンスの50%がボットになったことで、「機械的またはエージェント的キャプチャー」が新たに発生している。X上では、投稿に反応するのは人間だけでなくボットも含まれる。Rubyはこれを「機械アルゴリズムと人間オーディエンスの間の三本足のワルツ」と表現する。もしボットの数が増え続けるならば、いずれはAIが生成したコンテンツをAIオーディエンスが消費する世界が到来するかもしれない。その時、私たちは「エージェント間の接続における美的嗜好」を目の当たりにすることになるだろう。

ホストが「エージェントは多様な嗜好を持つのか、それとも収束するのか」と質問すると、Rubyは「もし豊かなLLMエコシステムが異なる種類のモデルと異なる重みを持つならば、それぞれが独自の美的嗜好を持つだろうと推測できる」と答える。この議論は、AIが単なるツールではなく、文化の生産者として参加する未来を示唆している。機械が独自の「趣味」を持つようになれば、人間の文化と機械の文化が交錯する新しい創造的領域が生まれる可能性がある。

14:20新しい美学の不在——金融化された文化産業

「なぜ新しい美学が生まれないのか」という問いに対して、Rubyは「新しい美学は数多く存在するが、それらはマスにはなっていない」と指摘する。大衆的な美学を新たに生み出すことが困難な理由は、マス文化が金融に従属してしまったからだ。建築や映画の例を挙げると、続編の数は過去と比較して飛躍的に増加している。これは、文化産業の意思決定がすべて金融化され、リスクを避け、確実に成功するものだけを選ぶようになった結果である。

しかしRubyは、オーディエンスにも責任があると主張する。「新しい美学には探索(search)が必要であり、新しい哲学と未来のビジョンが必要だ」と語る。新しい美学は合成(synthesis)から生まれる。例えば、ブラジリアンファンクと日本のポップを融合させた音楽をYouTubeで制作している子供は、3つの画面を同時に使いながらCounter-Strikeをプレイし、ブラジリアンファンクとアニメを同時に聴いている。このような異文化の融合から新しい美学が生まれるのだ。しかし、アメリカでナンバーワンの曲はElla Langleyの「Chasing Texas」であり、人々は「新しいものが欲しい」と言いながら、実際には新しいものに触れていないという「表明された選好と実際の選好(revealed preference)」の乖離がある。

さらにRubyは、批評家自身もその役割を果たしていないと批判する。現代の批評家は広告ベースのプラットフォームで執筆しているため、かつてのように厳しい批判をすることも、ほとんど誰も関心を持たない作品を擁護することもできない。「ポップティミズム(populismとoptimismを掛け合わせた造語で、大衆的な音楽を無批判に称賛する傾向)」が蔓延し、プラットフォームがクリック数で評価されるため、批評家もアルゴリズムに最適化された判断を下すようになっている。これは、人間の判断や趣味そのものがアルゴリズムによって設計されていることを意味する。

17:27趣味の歴史——美徳としての消費

Rubyの著書『A Few Essays on Taste』の第一エッセイ「趣味の簡潔な歴史」では、趣味(taste)が単なる美的嗜好ではなく、「美徳を持って消費する方法」として生まれたと論じている。趣味という問いは17世紀に登場した。1688年のイングランド名誉革命後、貴族の権力が制限され、政治的権力を失った貴族は文化的権力も同時に失った。一方でイギリス植民地の成長により莫大な富が生み出され、新しいブルジョワジーが台頭した。この過剰な贅沢が社会の衰退をもたらすという信念が広がる中で、趣味という問いが浮上したのである。Sokolaが1977年の著書『Luxury』で論じたように、過剰は男らしさを失わせ、男性を柔弱にするという懸念があった。

この時代に、シャフツベリ伯爵やアレクサンダー・ポープといった知識人が趣味について論じた。シャフツベリはイギリス伝統における最初の美学者であり、「趣味とは自然との調和である」と主張した。理神論者である彼にとって、自然は神であり、自然は美であるため、趣味の判断は統一と調和に沿ったものでなければならないという考えだ。一方、ポープは「趣味のない成金」を批判し、その家は門が大きすぎて門のそばに立つ人間が昆虫のように見え、湖が海のように見えると風刺した。つまり、富が過剰であるがゆえに、すべてが大きすぎるというのだ。これに対して、自然で調和のとれた抑制が「趣味の良い」選択として推奨された。良い美的判断を下すことは美徳なのである。

この歴史的視点は現代に直接的に応用できるとRubyは主張する。私たちは現在、同様の産業革命の只中にあり、莫大な富が創造されている。AIによる知能の豊富さ、能力の豊富さを前にして、私たちは「どのように美徳を持って消費するか」という問いに直面している。これこそが趣味の問いが再浮上している理由である。ホストのSophiaが「良い趣味を持つことは、アルゴリズムが設計した小さな箱に適合しないことを意味する。つまり、統治不可能になることだ」と応答すると、Rubyは「美徳は日常の行動に関するものであり、趣味は人生のさまざまな側面で発揮できる」と付け加える。SFの文脈では「シグナル対ノイズ比」という表現で語られるこの問題は、豊富さをいかにして社会を破壊しないように扱うかという本質的な問いなのである。

22:11地域差とAIへの態度——アメリカ横断調査から見えるもの

Rubyは自らを「現代のアレクシ・ド・トクヴィル」と称し、アメリカ各地を旅しながら人々のテクノロジーとの関わり方を調査している。彼はサンフランシスコの合理主義者コミュニティとの関わりも深く、かつてLess Wrong(合理主義者のフォーラム)から禁止された経験を持つ。そのきっかけとなったエッセイは、後にニューヨークのVCファンドであるBetaworksでの講演「The Devil」となった。「時には権力に真実を語ると、物事がうまくいかないこともある」と彼は語る。

アメリカの各都市はテクノロジーの使い方において独自の文化を持っている。ロサンゼルス、ニューヨーク、マイアミ、テキサスでは、言語、テクノロジー、ソフトウェアの使用方法がそれぞれ異なる。Rubyは飛行機で隣に座った若者のスマートフォンを観察し、インタビューを行う。サンフランシスコのアートブックフェアで出会った2人の若い女性の会話では、14回もテキストを送ってきた男性との別れ話が話題になっていた。Rubyは「適切なテキストの回数とは何か」という問いを投げかけ、新しいコミュニケーション様式には新しいルールが必要であり、それを社会全体で見つけていく必要があると指摘する。

AIに対するアメリカ人の態度について、Rubyは「表明された選好と実際の選好の乖離」があると指摘する。Anthropicの調査によると、85,000人がキャリア向上や仕事、生活管理のためにAIを使用している。テキサス州ブライアンの母親は、蛇口の水漏れを写真に撮ってAIに修理方法を尋ね、1〜2時間で直せたことに感謝している。しかし、彼女は「AIは嫌い」と公言する。これは「この技術は私にとって何ができるのか」という実用性と、「近い将来にやってくる負の影響」という不安の間にある言語化されていない溝を示している。人々は無料のチャットAIには満足しているが、雇用への脅威には不安を感じているのだ。

Rubyは「テクノ・オプティミズムは、テクノロジーの主張する利益がアメリカ人の欲望と関心に一致したときに上昇するだろう」と予測する。アメリカ人が望むのは、妻、食べ物、衣服、子供を養うことだ。ギル・スコット・ヘロンの言葉を借りれば、それはシンプルなことである。デイブ・チャペルも「男とそのパン(生計)の間に入るな」と語っている。全国テレビで「あなたは仕事を失うだろう」と人々に伝えることが良いアイデアだと思った者は誰もいないだろうとRubyは皮肉を込めて述べる。平均的な人は「実存的リスク」よりも雇用の安定を気にしているのである。

29:02社会的合図の変化とプラットフォーム文化

オンラインの普及により、私たちが追跡すべき社会的合図は増加している。ストーリーへの「いいね」も、テキストへの返信時間も、すべてが社会的合図となっている。しかし同時に、現実世界では人々がより不器用になっているという感覚もある。Rubyは「誰もがチャーム矯正(charmaxing)をすべきだ」と提案する。小さな手の波、指の動き、ウインクなど、人間同士の相互作用には多くの美しさがあるからだ。「Gen Zスタare(ジョークを言った後の無表情な凝視)」という現象が話題になっているが、Gen Alphaの凝視はさらに深刻になるだろうと彼は予測する。

一方で、ニューヨークでは「Summer of Ludd」と呼ばれる草の根運動が発生している。Gen ZとGen Alphaの若者たちがスマートフォンを拒否し、公園で一緒にダンスをしたりイベントを開催したりする運動で、ワシントン・ポストやWiredも報じている。これはテクノロジーの生活への浸透に対する反発の表れである。しかし、祖母が持っていたようなエチケット本が、すべてのアプリに適用されるわけではない。テキストへの返信に適切な時間は24時間か、3日か、人によって意見は分かれる。72時間を「テキストはメールのようなもの」と考える人もいる。これらのルールを自分自身だけでなく、人生のさまざまな人々に対して保持することは非常に困難である。

オンライン文化は民族や国家に基づくものではなく、どのプラットフォームに属しているかによって決まる。Rubyは「Tumblr文化」「Twitter文化」「Instagram文化」が存在すると主張する。フランス系カナダ人である彼は、会う人に頬にキスをする習慣があるが、オンラインではそのような文化的背景よりも、どのプラットフォームを使っているかが行動様式を決定する。MTS(このポッドキャストの制作チーム)も、XとInstagramでは異なる文化があり、それぞれが独自のアルゴリズムと文化を持っていることを理解しようとしている。実際に、会話の中で相手がどのプラットフォームを使っているかは、その人の言葉遣いやユーモアの感覚から分かるようになっている。

結びに

このエピソードの核心は、テクノロジーが単なる道具ではなく、人間の存在様式そのものを変容させているという認識である。Ruby Thelotの研究は、オンライン上の行動が現実世界の行動と不可分に結びついていることを示している。彼の「機械的趣味」という概念は、AIが単なるツールではなく文化の生産者として参加する未来を予見しており、これは従来の「AIは人間の道具である」という前提を覆すものだ。また、「趣味」を17世紀の消費の美徳という歴史的文脈で捉え直す視点は、AI時代における「何を選ぶか」という問題が、単なる好みの問題ではなく、社会の存続に関わる倫理的問題であることを示唆している。

特に印象的なのは、アメリカ人のAIに対する態度の「二重性」である。人々は日常的にAIを使用しながら、それを「AI」とは呼ばない。この言語化されない溝は、テクノロジーと社会の間に存在する認識論的な断層を示している。Rubyの調査は、この断層を埋めるためには、単なるデータ分析ではなく、実際に人々と対話し、彼らの言葉で理解することが必要であると教えている。彼の方法論は、テクノロジー産業が往々にして見落とす「人間の現実」に焦点を当てている。

NYUの学生たちがAIを使って以前は不可能だった規模のプロジェクトに挑戦しているという話は、この変革のポジティブな側面を示している。しかし、Rubyが強調するように、重要なのは「クールで大きなものを作ることではなく、批判的であり、意図的で、良心的であること」だ。このエピソードは、テクノロジーの進化が加速するほど、人間の判断、美徳、そして「趣味」の重要性が増すという逆説的な洞察を残している。

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