
Foraging Ecology (EATING WILD PLANTS) Encore with @BlackForager, Alexis Nikole Nelson
- 食べられる庭:ブラックフォレージャーが教える、身近な自然の恵み このエピソードは、TikTokで100万人以上のフォロワーを持つ「Black Forager」ことアレクシ...
- [7:40] 五歳で始まった「食べられる植物」への終わりなき旅 アレクシスが初めて地面から直接何かを食べたのは五歳の時。シンシナティの実家の庭で、母親が「玉ねぎ草(oni...
- 大学では環境工学に進むが、初日に学部長が「このプログラムは半分が脱落する」と宣言するという逆説的な「激励」を受け、大きな挫折を味わう。一学期休学し、自分の情熱と向き合った...
自分では見つけにくい海外Podcastの話題に、日本語で気軽に触れたい人。
Ologies with Alie Ward / Alie Ward
食べられる庭:ブラックフォレージャーが教える、身近な自然の恵み
このエピソードは、TikTokで100万人以上のフォロワーを持つ「Black Forager」ことアレクシス・ニコール・ネルソンが、私たちの足元に広がる食べられる植物の世界を案内する、まさに宝箱のような回だ。ホストのアリー・ワードとの軽快で温かな掛け合いの中から浮かび上がるのは、タンポポからマグノリア、ジャガイモのような実をつけるポーポーまで、身近な緑が実は驚くほど豊かな食料庫であるという事実。そして、採集という行為が単なるサバイバル術ではなく、歴史的な正義の回復であり、土地との新しい関係を築くラディカルな行為であるという深いメッセージが、ユーモアと確かな知識に包まれて語られる。
五歳で始まった「食べられる植物」への終わりなき旅
アレクシスが初めて地面から直接何かを食べたのは五歳の時。シンシナティの実家の庭で、母親が「玉ねぎ草(onion grass)」を指さし、それが食べられると教えてくれた。「五歳児に『これ、食べられるよ』と言えば、彼らは迷わず口に入れる。そして大興奮するんです」。この「優しい執着」が彼女の人生を決めた。八歳の誕生日には植物図鑑をねだり、母親の園芸書を隅から隅まで読み漁った。週末にはシンシナティの独立系書店「ジョセフ・ベス」で一冊だけ本を買ってもらい、ファンタジー小説と植物の本の間で毎回悩んだという。
大学では環境工学に進むが、初日に学部長が「このプログラムは半分が脱落する」と宣言するという逆説的な「激励」を受け、大きな挫折を味わう。一学期休学し、自分の情熱と向き合った末に、環境科学と演劇の二重専攻というユニークな道を選んだ。「誰も『演劇を専攻しなさい』とは言わない。特に、数学と科学が得意な有色人種の女性にはね」。この「科学者でありパフォーマー」という二面性が、彼女の現在の活動に完璧に生きている。「知識の追求は好きだけど、競争的な要素が入ると嫌になる。今の仕事は、その両方を満たしているんです」。
フィンスタから始まったムーブメント——パンデミックが変えた採集の意味
アレクシスのソーシャルメディアでの活動は、友人たちを植物の話でうんざりさせたことから始まった。「彼らに『もうその話は聞きたくない』と言われて、仕方なくインスタグラムに『フィンスタ(非公開のサブアカウント)』を作ったんです。採った植物だけを載せるために」。ところが、パンデミック初期にTikTokに投稿した採集動画が一夜にして数万ビューを獲得。人々はスーパーに行けない不安の中で、自分の裏庭に食べられるものが生えているという事実に希望を見出した。
「今では、自分のメインアカウントよりフィンスタの方が本当の自分を表現している気がする」とアレクシスは笑う。アリー・ワードが「フィンスタ」という言葉を90年代生まれ以外に向けて解説する場面もあり、このエピソード全体に漂う「教える楽しさ」がにじみ出ている。アレクシスの魅力は、正確な知識とエンターテインメント性の絶妙なバランスにある。彼女の動画では、植物の学名から調理法、そして即興の歌までが一つの流れの中で提供される。
おしっこ問題から除草剤まで——安全に採集するための現実的ガイド
「採った植物に犬がおしっこをかけてないかどうやって分かるの?」というリスナーの素朴な疑問に対し、アレクシスの答えは驚くほど哲学的だ。「緑地であれば、過去一年間に何かがそこでおしっこをした確率はほぼ100%です。小さな無脊椎動物だって常におしっこをしている。スーパーで買うロメインレタスにもね」。彼女が「サークル・オブ・ピー(おしっこの輪)」と呼ぶこの事実を受け入れた上で、現実的な対策を教える。「犬のおしっこゾーン」——歩道沿いの芝生から約1.2〜1.5メートル以内——は避けるべきだという。
より深刻なのは除草剤の問題だ。「除草剤をまいたばかりの場所は、視覚的にはっきり分かります。植物の周りに変色した輪っかができている」。また、二車線以上の道路からは十分な距離を取り、線路沿いはさらに警戒が必要だと指摘する。ディーゼルエンジンの排気ガスが植物に蓄積するからだ。「『線路で採集中、ヘッドホンで音楽を聴いていて轢かれた』——そんな風に採集者が命を落とすのは避けたいですからね」とユーモアを交える。
危険な双子——カウパースニップとジャイアントホグウィードの見分け方
このセクションの白眉は、見た目が酷似しながら、一方は美味で他方は命に関わるという植物の「危険な双子」の話だ。カウパースニップ(cow parsnip)はセリ科の食用植物で、先住民が何千年も前から食べてきた。その味は「セロリにコリアンダーと焦がしたオレンジの香りが混ざったよう」。アレクシスは先日、この葉を練り込んだフラットブレッドを作ったという。
問題は、これと瓜二つのジャイアントホグウィード(giant hogweed)の存在だ。高さは最大5メートルにも達するこの侵略的植物は、樹液に日光が当たると第三度熱傷に相当する水ぶくれを引き起こす。「植物は私たちを標的にしているわけじゃない。虫から身を守るために進化した毒が、たまたま人間にも効くだけ」。見分け方のポイントはいくつかある。カウパースニップの茎には細かい毛が生え、葉の鋸歯は均一。一方、ジャイアントホグウィードの鋸歯は不規則で「混沌としている」。アレクシスは「混沌=危険、整然=安全」という覚え方を提案する。
彼女自身、初めてカウパースニップを口にするまでに、一つの株を丸一年間観察し続けたという。「たとえ99.9%自信があっても、0.1%の致命的リスクを乗り越えるのは難しい」。この慎重さこそ、彼女の知識の裏付けだ。
入門者への三つのステップ——タンポポから始める採集ライフ
「ベビーフォレジャー(採集初心者)」へのアドバイスは驚くほどシンプルだ。第一に、自分の地域に特化した採集ガイドブックを手に入れること。「Midwest Foraging」のような地域別ガイドから、マーサズ・ヴィニヤード島のように島専用のガイドを発行している場所もある。第二に、地域の採集グループに参加すること。FacebookやRedditには地域ごとのグループが存在し、「一日に10〜15回、他のメンバーが今何を採っているかが投稿される。それが季節の移り変わりを教えてくれる」。第三に、経験者と一緒に野外に出ること。「本で百回見るより、実際にその植物を三次元で見ることが一番の学習になる」。
具体的な入門植物として、アレクシスが推すのはタンポポだ。「花も茎も葉も根も、すべての部分が使える。根を焙煎してコーヒーの代用にしたり、花を漬け物にしたり、葉でサワークラウトを作ったり」。もう一つはマグノリア。「多くの人が庭に植えている観賞用の木で、花がショウガのような風味を持つ。マグノリアの花びらでジンジャースナップ風のクッキーが作れるんです」。
侵略的植物を食べる——環境への「おいしい貢献」
侵略的外来種を食べることは、環境にとって実は大きな貢献になる。アレクシスは「除草剤を撒くより、食べた方がはるかに地球に優しい」と断言する。東海岸で問題になっているのが、ガーリックマスタード(garlic mustard)とジャパニーズノットウィード(Japanese knotweed)だ。
特にノットウィードの話は衝撃的だ。1860年代にニューヨークの園芸業者に贈られたこの植物は、現在ではノースダコタ、ネバダ、アリゾナ、ニューメキシコ、テキサス、フロリダ、ハワイを除く全州に広がっている。根の長さは21メートルにも達し、一日に20センチ成長する。イギリスでは、この植物が生えている土地は銀行が住宅ローンを拒否するほど厄介者扱いだ。2012年ロンドン五輪の準備では、わずか4ヘクタールの土地からノットウィードを駆除するのに1億ドル(約150億円)を費やしたという。
しかし、この「ドンキー・ルバーブ(ロバのルバーブ)」という愛称を持つ植物は、春先に出るアスパラガスに似た新芽がレモン風味で絶品だ。「ソルベにしてもいいし、炒め物に入れてもいい。卵料理との相性も抜群」。アレクシスは「街中で人々がノットウィードの新芽を抱えて歩く未来」を夢見ている。
採集の倫理——先住民の知恵と歴史的正義
このエピソードで最も深く、そして重要なテーマが、採集と人種、歴史の関係だ。アレクシスは自身のインスタグラムのハンドルネームを「Black Forager」と名付けた理由をこう説明する。「この分野に自分と同じような姿をした人がほとんどいなかったから」。彼女にとって、有色人種が採集することは「修復的正義の行為」だ。
南北戦争後、南部では解放された黒人たちが採集や罠猟で自活するのを防ぐ法律が次々と作られた。不法侵入は民事違反から刑事犯罪に格上げされ、土地を持たない解放奴隷たちは事実上、小作農としてプランテーションに縛られ続けた。さらに19世紀末の国立公園運動では、「原始の自然」を守るという名目のもと、実際には先住民の管理によって形成されてきた生態系から彼らを排除した。「採集の知識は、先住民の寛大な共有なしには存在し得なかった。それなのに、今その先住民たちは自分たちの伝統的な実践を続けることすら難しい」。
アレクシス自身、父方の祖母はセネカ族だが、祖母が早くに亡くなったため、父は断片的な知識しか受け継げなかったという。「祖父母が採集しなければ、親も教わらない。そして自分も知らないままになる。口承の伝統が失われていく」。だからこそ、彼女の活動は「失われた世代をつなぐ架け橋」としての意味を持つ。
採集の現実——見つける喜びと処理する苦労
「採集で一番大変なのは?」という質問に、アレクシスは意外な答えを返す。「見つけることじゃない。家に持ち帰ってからの処理です」。採集の楽しさの80%は「見つけること」にあるが、残りの20%は労働集約的な下処理だ。特にドングリは毎秋、数週間かかる工程が必要になる。それでも彼女は「無音のキッチンで二時間、植物の処理に没頭するのが最高の自分になれる時間」と語る。
一方で、インターネット上の有名人であることの代償も正直に語る。「九割は素晴らしい経験だけど、一割は『あなたは人間じゃない』と言わんばかりのコメントに対処しなければならない」。特に有色人種の女性として、同じ知識を持つ白人よりもはるかに多くの懐疑に直面するという。「間違いは許されない。フォロワーの安全に関わるから正確でなければならない。でも、そのプレッシャーは白人男性の同業者よりずっと大きい」。
まとめ——「見える価値」が「守る行動」を生む
このエピソードの核心は、アレクシスが最後に語った一言に集約される。「ある場所に価値を感じれば、人はそれをより大切に扱うようになる。採集は、自分の周りの空間に新たな価値を見出す方法なのです」。彼女の活動は、単に「無料の食材を見つけるハック」ではない。それは、歴史的に奪われてきた知識と土地との関係を再構築し、自然を「鑑賞する対象」から「関係を結ぶ相手」へと変える行為だ。
アリー・ワードが「あなたの腸内細菌叢はきっと素晴らしいでしょうね」と尋ねると、アレクシスは「今、赤い芽とタンポポの発酵飲料を飲んでます。でも今朝の朝食はオレオ二枚でしたけどね」と笑う。この絶妙なバランス——深い知識と親しみやすさ、歴史的正義への真摯な思いと軽やかなユーモア——こそが、このエピソードを単なる「採集入門」を超えた、心に残る体験にしている。あなたの裏庭にも、きっと食べられる何かが生えている。それをどう見つけ、どう調理し、どう味わうか。そして、その行為が持つ深い意味を考えるきっかけを与えてくれる、まさに「宝箱のような」一時間だ。