motpod
Ecology Podcast · 2026年7月12日

人間と野生動物の衝突を減らす | 論文の舞台裏

AI generated article / ja / study
この記事でわかること
  • 人間と野生動物の衝突を軽減する——現場の声から見える真実 本エピソードでは、英国生態学会(British Ecological Society)の出版アシスタントであ...
  • [0:00] 研究の出発点——ブウィンディの森で見た現実 Douglas Sheilはアイルランド出身で、熱帯林の長期的な変化を研究する生態学の博士号を取得した後、ウ...
  • Emmanuel Akampuriraのキャリアは、大学最終日にDouglasに直接スカウトされたことから始まった。「家に帰る間もなく、そのままブウィンディに連れて行...
こんな人向け

自分では見つけにくい海外Podcastの話題に、日本語で気軽に触れたい人。

出典Podcast

Ecology Podcast / Ecology Podcast

アプリで聴く・質問する

音声を聴く・要約に質問・好きな言語や深さで生成

他のエピソード

人間と野生動物の衝突を軽減する——現場の声から見える真実

本エピソードでは、英国生態学会(British Ecological Society)の出版アシスタントであるAnnaが、ワーゲニンゲン大学の森林生態学・森林管理学教授Douglas Sheilと、ウガンダ野生生物研究研修カレッジの研究マネージャーEmmanuel Akampuriraを迎え、彼らが『People and Nature』に発表した論文「Supporting interventions to lessen human-wildlife conflict」の背景と知見を深掘りする。約10年にわたる700件以上のインタビューを通じて、彼らが直面したのは「成功事例を探していたのに、失敗の構造ばかりが見えてきた」という逆説的な現実だった。会話の随所に、研究者としての誠実さと、現場のコミュニティに対する深い共感がにじみ出ている。

0:00研究の出発点——ブウィンディの森で見た現実

Douglas Sheilはアイルランド出身で、熱帯林の長期的な変化を研究する生態学の博士号を取得した後、ウガンダのブウィンディ原生国立公園内にある熱帯森林保全研究所(ITFC)の所長として赴任した。彼は「休暇中にやっていたことが、友人が職業として学んでいたことと同じだった」と、自然への関心が自然にキャリアへとつながった経緯を語る。当初はIUCN(国際自然保護連合)で東アフリカに携わり、その後インドネシアでも長年活動。経済学者や人類学者との協働を通じて、「生物学者として問題を理解するだけでは不十分で、誰がどのような解決策を支持し、その動機は何かを理解する必要がある」と気づいたという。

Emmanuel Akampuriraのキャリアは、大学最終日にDouglasに直接スカウトされたことから始まった。「家に帰る間もなく、そのままブウィンディに連れて行かれた」と彼は笑いながら振り返る。そこから彼は人間と野生動物の衝突や、地域コミュニティによる自然資源の利用方法に没頭。博士課程では政治生態学(political ecology)へと軸足を移し、「生態学的に見える問題の多くは、実際には人間のニーズや政治力学の誤解に起因している」と認識するに至った。

Douglasがブウィンディに着任した当初、公園周辺の農民と話すたびに、数分と経たずに「動物が森から出てくる問題」が話題に上った。文献を読めば「対策は進んでいる」と書いてある。しかし現場では、あらゆる場所で、常に問題が起きていた。農作物の損失、子供たちが昼夜問わず畑を守るために学校に行けなくなる——「人間が負担するコストは信じられないほど高い」。さらに、保全活動が成功すればするほど、動物は人間を恐れなくなり、個体数も増える。かつては殺せたヒヒが、今では「ただ座ってこっちを見ているだけ」という状況だ。ウガンダでは毎年数十人が野生動物によって命を落としている。「こんなことは西欧諸国では決して許されない」とDouglasは強調する。

12:34方法論の転換——成功事例を探して、失敗の構造に出会う

研究は当初、「成功している介入事例」を探すことから始まった。しかし、コミュニティや関係者へのインタビューを重ねるうちに、彼らは驚くべき事実に直面する。ブウィンディ周辺で「満足している」というコミュニティはほとんど存在しなかったのだ。研究対象を隣接するムガヒンガ国立公園、さらにはクイーン・エリザベス国立公園へと拡大しても、状況は同じだった。

「文献ではすべてが順調に見える。進歩している、良い事例がある、学ぶべきことがある——そう書いてある。でも現実は違った」とDouglasは振り返る。彼はこれを「報告バイアス(reporting bias)」の問題だと指摘する。人々は成功談を語りたがるが、失敗は語りたがらない。保全の文献全般に共通する大きな問題だ。「私たちは失敗を報告しない。成功したときだけ大げさに語る」。この認識に至るまでには時間がかかった。文献で読んだ「良い事例」がなぜ見つからないのか——そのもどかしさが、研究の方向性を根本から変えた。

そして、これまで議論にほとんど参加していなかった主体こそが、コミュニティそのものだった。保全機関の側は「私たちは彼らを助けようとしているのに、感謝もせず協力的でもない」と不満を漏らす。一方で、農民たちの声は聞かれていなかった。「技術的な問題には技術的な解決策が必要だと思われていたが、実際には社会的な問題であり、社会的な解決策が必要だった」。この認識の転換が、研究の核心を形作った。

最終的に、インタビュー数は700件を超えた。それだけの数を集めてもなお、成功事例はほとんど見つからなかった。この事実こそが、問題の深刻さを物語っている。

17:10見えない問題の正体——コミュニティの声から浮かび上がる構造

インタビューを通じて、異なる地域、異なる文化、異なる言語を超えて、同じ不満が繰り返し語られた。コミュニティの人々は、保全政策が「野生動物の命を人間の命よりも上位に置いている」と感じていた。「野生生物当局やNGOは私たちのことを気にかけていない。研究者も同じ質問を繰り返すだけで、何も変わらない」。彼らは保全の意思決定に一切関与させてもらえていないと訴える。

「彼らは野生動物と共存する最前線にいる。私たち研究者や野生生物職員は最終的に家に帰れるが、彼らはそこに留まり続ける。だからこそ、自分たちにもっと発言権が欲しいのだ」とEmmanuelは説明する。

Douglasはこれを「見えない問題(invisible problem)」と表現する。この研究を始めてから10年以上が経過したが、状況は大きく改善していない。「善意の人々が良いことをしようと努力している。しかし、コミュニティのフラストレーションは依然として根深い」。論文の目的の一つは、この問題の規模と深刻さを可視化することだった。そして、700件以上のインタビューから抽出された知見を基に、彼らは8つの提言をまとめた。

「技術的な問題や技術的な解決策にも価値はある。しかし、本当に重要なのは、コミュニティを完全なパートナーとして扱うことだ」とDouglasは強調する。介入を長期的に持続可能にするためには、コミュニティが自らそれを維持したいと思える関係性を構築する必要がある。それは現在見られるようなトップダウンの関係ではなく、正当性(legitimacy)に基づいたパートナーシップでなければならない。

23:09所有感と正当性——壁に穴を開ける人々の論理

研究の中で特に印象的だったのは、一見矛盾する行動だ。壁やフェンス、溝といった物理的な介入に対して、コミュニティの大多数が賛成しているにもかかわらず、誰かがそれらを壊す——壁に穴を開け、溝を埋めてしまう。なぜか。

Douglasはこれを「正当性の問題」として説明する。人々は自分たちで監視(ポリシング)をするとは思っていない。「それは当局の仕事だ」と考えている。また、隣人がその介入に否定的な場合、自分が監視することで隣人との軋轢を生みたくないという心理も働く。さらに、介入そのものに反対しているわけではなくても、「この土地は先祖代々のものだ。お前たちに壁を建てる権利があるのか」という歴史的な怒りや抗議の意味で破壊行為を行う者もいる。

「本当に持続可能な介入を実現するには、コミュニティの規範そのものが介入を支持するような状況を作り出さなければならない。『あなたが穴を開けるのは許さない』とコミュニティ自身が言うようになるためには、まったく異なるレベルの関与が必要だ」とDouglasは指摘する。単に効果的な技術を導入するだけでは不十分であり、コミュニティが責任を引き受けるための関係構築が不可欠なのだ。

26:1210年の軌跡——変化の兆しと変わらぬ現実

Emmanuelは、この研究を始めてから10年近く経った今も、同じコミュニティと関わり続けている。ある日、彼はかつてハイエナに襲われた少年と再会した。8年ほど前、Douglasが写真を撮ったあの少年だ。彼は大人になっていたが、まだ公園のそばに住み、「見ろよ、まだヒヒと戦っている。何も変わっていない」と言った。Emmanuelが当時の写真を見せると、彼は「そうだ、それが私だ」と認めた。「彼はもはや運命を受け入れていた。ハイエナと戦い、今はヒヒと戦う。それが自分の人生だと」。

しかし、希望の兆しもある。ウガンダ野生生物庁(Uganda Wildlife Authority)は、人間と野生動物の衝突問題を担当する部署に、社会科学のバックグラウンドを持つ人材を採用し始めた。また、コミュニティとの関係改善に向けて、教育や対話を専門とする職員の採用も進めている。「かつては『野生動物と人を扱うには生物学者が必要だ』という植民地時代の考え方が残っていたが、それが変わりつつある」とEmmanuelは評価する。

さらに、補償制度(compensation)の導入も試みられている。世界各国で成功例が限られていることは認識しつつも、ウガンダ政府は一歩を踏み出した。電気柵など、かつてはタブー視されていた対策にも挑戦している。「問題を完全に解決することはおそらくできない。目標は『人間と野生動物の衝突』ではなく『人間と野生動物の共存』へとシフトしている」とEmmanuelは語る。

34:14研究者としての倫理——不都合な真実と向き合う

Douglasは、この研究が自身にとって「目を覚まさせる経験」だったと振り返る。「西欧人の多くがそうであるように、私も問題の存在は知っていた。しかし、その規模とコストは想像を絶するものだった」。ブウィンディ国立公園の周辺には1平方キロメートルあたり数百人が暮らし、観光客はゴリラを見るために数百ドルを支払う。「その代償を地域コミュニティが負っている。これは公平ではない」。

ある日、一人の農民がゾウの糞を手にDouglasのところに来て、「これがお前たちのゾウが俺の畑にやったことだ」と言い、彼を畑に連れて行った。ゾウに荒らされた跡を見せ、さらにハイエナに襲われた少年の写真を撮るよう強く求めた。「私はその写真を記事に含めることに最初は抵抗があった。しかし、彼は私たちに知ってほしかったのだ。私たちの不快感が、問題を無視する理由になってはならない」。

Emmanuelは、この研究が自分自身を大きく成長させたと語る。「自分の国を離れなくても、世界を違った視点で見ることができる。ただ、自分の快適ゾーンから一歩踏み出すだけでよかった」。彼は、コミュニティの人々が持つ歴史認識の深さにも感銘を受けた。例えば、クイーン・エリザベス国立公園が創設された際、当時の女王が訪れた時の法律の写しを今も大切に保管している古老に出会った。「歴史家が本に書いていないことを、彼らは覚えている。それは非常に豊かな経験だった」。

41:07生態学というフィールド——喜びと苦悩

Douglasにとって、この分野の最大の魅力は「出会う人々と訪れる場所」だ。ボルネオの狩猟採集民と共に暮らし、ブウィンディではマウンテンゴリラと隣り合わせで生活した。「これらは信じられないような特権だ」。一方で、もどかしさもある。「問題は見えているのに解決策がない。あるいは解決策があっても、人々に届けて実行に移すのが難しい」。保全の世界では「全体的には負け戦が続いている」という厳しい現実がある。それでも、学生たちの指導や、Emmanuelのように現場で活躍する人材を育てられることは大きな喜びだ。

Emmanuelは「最も悲しい瞬間」として、コミュニティの人々が自分に「銀の弾丸(特効薬)」を期待する目で見つめてくる時を挙げる。「彼らは私に『何とかしてくれ』と言う。しかし、私は研究者にすぎない。問題を報告し、提言を書き、関係者と協力して解決策を模索することはできても、最終的な決定権は私にはない。自分はジャーナリストのようなものだ」。それでも、彼はこの仕事を愛している。「23歳の頃から、私の人生はすべて保全に捧げられてきた。小さな変化を生み出せること、志を同じくする仲間と共に働けること——それが何よりの喜びだ」。

まとめ

このエピソードが聴き手に残すのは、「人間と野生動物の衝突」という問題が、単なる技術的課題ではなく、深い社会的・政治的・歴史的コンテクストに埋め込まれているという認識である。DouglasとEmmanuelの10年にわたる研究は、善意の介入がなぜ失敗し続けるのかを、コミュニティの声を通じて克明に描き出した。彼らの提言は「コミュニティを真のパートナーとして扱うこと」という、一見シンプルだが実践は難しい原則に収斂する。そして何より、この問題の背後には、毎日を懸命に生きる人々の現実がある——ゾウに畑を荒らされ、ハイエナに襲われ、それでもなお野生動物と共存し続ける人々の姿が、このエピソードの重みを支えている。

あわせて読む

同じ番組の別エピソードや、近いテーマの記事から続けて読めます。