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Ecology Podcast · 2026年5月15日

ビーバーがコウモリの多様性を高める | 論文の舞台裏

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この記事でわかること
  • ビーバーがコウモリの多様性を高める——生態系エンジニアがもたらす予想以上の恩恵 本エピソードでは、スイス連邦森林・雪・景観研究所(WSL)とスイス連邦水産科学技術研究所(...
  • [0:01] 研究の背景:ビーバー再導入と生態系への影響 モーザー氏は幼少期から鳥類に魅了され、その後コオロギ、そして哺乳類へと関心を広げてきた自然主義者である。博士課程...
  • スイスにおけるビーバーの歴史は特筆に値する。19世紀に一度完全に絶滅し、1956年に初めて再導入が行われた。その後、特に過去10年間で個体数が急増し、現在では約5,000...
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ビーバーがコウモリの多様性を高める——生態系エンジニアがもたらす予想以上の恩恵

本エピソードでは、スイス連邦森林・雪・景観研究所(WSL)とスイス連邦水産科学技術研究所(Eawag)の博士課程学生であるヴァレンティン・モーザー氏が、自身が筆頭著者を務める論文「Habitat heterogeneity and food availability in beaver-engineered streams foster bat richness, activity and feeding」(Journal of Animal Ecology掲載)の研究背景と発見を語った。スイスで150年ぶりに再導入され、現在約5,000頭まで個体数を回復したビーバーが、どのようにしてコウモリの種多様性、活動量、採餌頻度を劇的に向上させるのか——そのメカニズムを解明した研究である。モーザー氏の自然への深い愛情と、フィールドワークならではの臨場感あふれるエピソードが交錯する、知的好奇心を刺激する対話となった。

0:01研究の背景:ビーバー再導入と生態系への影響

モーザー氏は幼少期から鳥類に魅了され、その後コオロギ、そして哺乳類へと関心を広げてきた自然主義者である。博士課程でビーバーを研究テーマに選んだのは「幸運な偶然」だったという。修士号取得後、スイス国内で博士号のポジションを探していたところ、ビーバーが生態系に与える影響を研究するプロジェクトに巡り合い、自身の種レベルの知識を生態系レベルへと拡張する絶好の機会だと感じた。

スイスにおけるビーバーの歴史は特筆に値する。19世紀に一度完全に絶滅し、1956年に初めて再導入が行われた。その後、特に過去10年間で個体数が急増し、現在では約5,000頭が生息するまでに回復した。この急激な個体数増加により、ビーバーはスイスの生態系に大規模な影響を及ぼし始めている。研究チームはスイス国内に設置された「ビーバー問題国家事務局(Biberfachstelle)」と協力し、ビーバーが生態系にどのような変化をもたらすのかを包括的に調査するプロジェクトを立ち上げた。

研究デザインはシンプルかつ巧妙である。スイス全土から16のビーバー生息システムを選定し、各システムにおいてビーバーの影響を受ける区域と、その500メートル上流または下流の対照区域を設定した。500メートルという距離は、両区域が同じ景観タイプ(農業地帯など)に属し、かつコウモリの分散範囲や行動圏内に収まるように設計されている。これにより、ビーバーの有無以外の環境要因を可能な限り統制し、比較可能性を高めた。なお、コウモリに関する調査はこの16システムのうち8システムで実施された。

5:03なぜコウモリなのか——個人の情熱と科学的合理性

モーザー氏がコウモリに注目した理由には、個人的なものと科学的なものの二つがある。個人的には、夜間に飛翔するコウモリに強い魅力を感じているという。「私自身も夜が大好きです」と語る彼の言葉からは、夜行性生物への共感がにじむ。

科学的な理由は、コウモリが優れた指標生物(indicator group)であることにある。中央ヨーロッパのコウモリは主に飛翔性昆虫を捕食する捕食者であり、コウモリの個体群が健全であれば、それは生態系全体が健全であることを示す。つまり、コウモリを調査することで、ビーバーが生態系全体に与える影響を間接的に評価できるのだ。

6:05研究仮説と方法論——2つの競合仮説を検証

先行研究では、ビーバーがコウモリに利益をもたらす理由として二つの仮説が提示されていた。第一の仮説は「生息環境の質の向上」である。ビーバーはダム建設により周辺の樹木を枯死させ、立ち枯れ木(standing deadwood)を増加させる。この立ち枯れ木は、多くのコウモリ種が昼間のねぐらとして利用する重要な資源である。第二の仮説は「餌資源の増加」である。ビーバーが作り出す水域は非常に生産性が高く、特に水生幼虫期と陸生成虫期を持つ「ブルーグリーン分類群」(カゲロウ、トビケラ、ユスリカなどの水生昆虫)の abundance を増加させることが知られている。

モーザー氏の研究は、これら二つの仮説のどちらがコウモリの出現をよりよく説明するのかを検証することを目的とした。

方法論は二段階で構成される。第一段階では、自動音響録音装置(acoustic sound loggers)をフィールドに設置し、コウモリの反響定位音(エコロケーションコール)を記録した。このデータから、種の同定、活動量の定量化、さらには採餌試行の検出が可能となる。コウモリが昆虫を捕獲しようとする際、コールの周波数が上昇する「採餌バズ」と呼ばれる特徴的な音響パターンを発するため、これをフィルタリングすることで採餌頻度を抽出できる。

第二段階では、コウモリの出現を駆動する要因を解明するため、フィールドで立ち枯れ木の量と体積、植生の層構造などの生息環境の不均質性(habitat heterogeneity)を計測した。さらに、リモートセンシングデータ(LiDAR)に基づく樹冠不均質性指数(canopy heterogeneity index)も解析に組み込んだ。これらのデータを構造方程式モデリング(structural equation model)で分析し、各要因の相対的重要性を評価した。

9:29主要な発見——予想を超えた採餌増加と種特異的効果

研究結果は、ビーバーのコウモリへの影響が極めて顕著であることを示した。まず、ビーバー生息区域では、1晩あたりのコウモリの種数(種 richness)が対照区域の4〜5種から有意に増加した。活動量は1.6倍、そして採餌頻度は実に2.3倍に増加した。モーザー氏は「ビーバーシステムがコウモリにとって貴重な生息地であることは予想していましたが、採餌がこれほど増加するとは驚きでした」と述べる。対照区域はわずか500メートル離れているだけであり、コウモリは容易に飛来できる距離であるにもかかわらず、ビーバー区域を選択的に利用していることが示唆された。

第二の仮説検証において、構造方程式モデリングの結果は、両方の仮説が部分的に正しいことを示した。すなわち、節足動物の abundance と樹冠不均質性(立ち枯れ木を含む)の両方がコウモリに正の影響を与えていた。しかし、驚くべきことに、立ち枯れ木の影響は節足動物の abundance よりも大きかった。中央ヨーロッパの森林では、美観や安全上の理由から立ち枯れ木が除去されることが多く、これがコウモリにとって制限要因(limiting resource)となっている。ビーバーはこの不足した資源を生態系に戻す役割を果たしているのだ。

さらに重要な発見は、ビーバーの効果がコウモリの採餌ギルド(feeding guild)によって異なることである。モーザー氏はコウモリを三つのギルドに分類した。短距離反響定位ギルド(short-range echolocation guild)は樹木などの構造物の近くで採餌する種、長距離反響定位ギルド(long-range echolocation guild)は開けた空間を高速で飛翔する「夜のツバメ」のような種、中距離反響定位ギルド(mid-range echolocation guild)はその中間で、例えばヨーロッパで最も一般的なアブラコウモリ(Pipistrellus属)が含まれる。

分析の結果、短距離反響定位ギルドにとって、立ち枯れ木の増加は種 richness を高める一方で、立ち枯れ木が多すぎると採餌活動が減少することが判明した。これは、ビーバーがダム建設によって林冠を開き、短距離反響定位ギルドにとって狩猟に適さない環境を作り出すためである。つまり、ビーバーは同じギルドに対して「良くも悪くも」作用する、二面性を持つ生態系エンジニアであることが明らかになった。

14:06フィールドワークの現実——スリルとユーモア

モーザー氏は研究の全過程を楽しんだと語るが、フィールドワークには困難も伴った。都市部や農業地帯のシステムから広大な自然システムまで、多様な環境で調査が行われた。自然システムでの経験は「謙虚になる体験」だったという。「今までスイスに存在するとは知らなかったようなカラフルなシカバエに刺されました。30度を超える暑さの中、本当にハードに働きました」と振り返る。

特に印象的なエピソードとして、最終サンプル回収日の出来事が語られた。雷雨の前線が接近する中、最後のシステムに到着したチームは、水位が急上昇する川を目前に、水中に設置した節足動物トラップを回収する危機的状況に直面した。トラップは水面すれすれに設置されており、水没すればサンプルはすべて無駄になる。チームは「あと少し遅ければサンプルを捨てるしかなかった」というギリギリのタイミングで回収に成功した。

もう一つの逸話は、ビーバーとの遭遇である。モーザー氏はビーバーを一度も見たことがない修士課程の学生を連れて最終システムに向かった。日没直後、平和に泳ぐビーバーを観察できたのは幸運だった。しかし、別のチームは異なる体験をした。好奇心旺盛なビーバーが人間の存在を好まず、尾を水面に叩きつける「テールスラップ」で警告を発したのだ。「研究対象種の縄張りにいるということを思い知らされます」とモーザー氏は笑いを交えて語った。

18:36科学的意義と保全への応用

本研究の科学的貢献は、生態系エンジニア(ビーバー)が一つの生物群集(コウモリ)に与える影響を、水生から陸生への「生息地の境界」を越えて解明した点にある。モーザー氏は「ビーバーがどのようにして小さなエリアでこれほど大きな変化を達成するのか、そのメカニズムを理解することは、私たち自身の河川再生技術に応用できる可能性がある」と強調する。

より広い視点では、ビーバーの再導入が「受動的な再野生化(passive rewilding)」の成功例として位置づけられる。ビーバーは生態系に「カオス」を生み出す存在であり、人間はそれを制御したがる傾向がある。しかし、ある程度の干渉を控え、ビーバーに生態系エンジニアリングを任せることで、生物多様性と生態系再生に計り知れない恩恵がもたらされる可能性がある。モーザー氏は「ビーバーが戻ってきたすべてのシステムで、コウモリの活動と種 richness が増加しているとすれば、これは生物多様性にとって真のブーストになる」と述べる。

21:32生態学者としてのキャリア——情熱と現実の狭間で

博士課程の終盤に差し掛かったモーザー氏は、多くの若手研究者が直面するプレッシャーについても率直に語った。「次はどこへ行くのか、仕事の安定性はどうか、速いペースでの出版を求められるプレッシャーに耐えられるのか——こうした問いに日々直面しています。非常に要求の厳しい仕事であり、多くの時間を消費します」。

そのような状況だからこそ、彼は「自分の情熱に従うこと」の重要性を強調する。「たとえそれが最もトレンディなトピックでなくても、自分が本当に興味を持ち、有用だと感じる研究テーマを選んでください。フィールドワーク、データ分析、指導教官や同僚との関係——研究のあらゆる段階で困難は訪れます。しかし、自分の研究に情熱を持ち、その問いが意味あるものだと信じられれば、乗り越えられます」。

今後の展望として、モーザー氏は修士号から博士号への移行が非常に速かったため、現在はギャップイヤーを取って旅行に出る計画を明かした。「生態学者として、異なる生息地や地域を見ることは非常に有益です。種の相互作用や進化の仕組みをより深く理解できるようになります」。より温暖な地域で鳥類や哺乳類を観察しつつ、並行して研究プロジェクトを完了させ、さらなる研究資金の獲得を目指すという。

まとめ

本エピソードは、一見無関係に見えるビーバーとコウモリの間に、生態系エンジニアリングという見事な因果関係が存在することを明らかにした。モーザー氏の研究は、単なる相関関係の指摘に留まらず、「なぜ」というメカニズムに踏み込んだ点で高く評価できる。特に、立ち枯れ木が餌資源よりも重要な要因であること、そしてコウモリのギルドによって効果が異なるという発見は、保全実務に直接的な示唆を与える。ビーバーの再導入が「受動的な再野生化」の成功例として、河川管理や生物多様性保全の新たなパラダイムを提示した点で、このエピソードは極めて示唆に富んでいる。

要点

  • スイスで再導入されたビーバー(約5,000頭)は、生態系エンジニアとしてコウモリの種 richness、活動量、採餌頻度を有意に向上させる
  • ビーバー生息区域では、コウモリの採餌頻度が対照区域の2.3倍に増加した
  • 立ち枯れ木(standing deadwood)の増加が、餌資源の増加よりもコウモリにとって重要な要因であることが構造方程式モデリングで示された
  • コウモリの採餌ギルドによってビーバーの効果は異なり、短距離反響定位ギルドでは立ち枯れ木が多すぎると採餌活動が減少するという二面性がある
  • ビーバーは水生から陸生への「生息地の境界」を越えて生態系に影響を及ぼす、ユニークな生態系エンジニアである
  • ビーバーの再導入は「受動的な再野生化」の成功例であり、人間がある程度の干渉を控えることで生物多様性に大きな恩恵がもたらされる可能性がある
  • モーザー氏は若手研究者に対し、トレンディでなくとも「自分の情熱に従うこと」の重要性を強調した