
エピソード99 - 2019 レッドブル X-Alps(第2回)
- エピソード99:2019年レッドブルX-アルプス(第2部)——世界最高峰のアドベンチャーレースの内側 このエピソードは、パラグライダーと徒歩でアルプス山脈を横断する過酷な...
- [12:08] 7度目の挑戦で初のモナコ到達——Tom De Dorlodotの進化 Tom De Dorlodot(ベルギー代表)は、今回が7度目のX-アルプス出場であ...
- 彼が最も重視したのは「ポジティブな姿勢」だった。過去のレースではミスを引きずってネガティブになる傾向があったが、今回は「笑顔を絶やさず、楽しみ、真剣に受け止めすぎない」こ...
自分では見つけにくい海外Podcastの話題に、日本語で気軽に触れたい人。
Cloudbase Mayhem Podcast / Gavin McClurg
エピソード99:2019年レッドブルX-アルプス(第2部)——世界最高峰のアドベンチャーレースの内側
このエピソードは、パラグライダーと徒歩でアルプス山脈を横断する過酷なレース「レッドブルX-アルプス」の2019年大会を、出場選手たちの生の声で振り返る特別編の第2弾である。ホストのGavin McClurgは、優勝者Chrigel Maurer(6度目の優勝)から、初出場で苦闘しながらも完走したCody Mittanckまで、実に異なる立場の5人の選手にインタビューを行い、レースの戦略、精神的な葛藤、技術的な進化、そして未来への提言までを引き出している。全体を通して、このレースが単なる体力勝負ではなく、経験、判断力、チームワーク、そして何より「考える力」が問われる究極のアドベンチャーであることが浮き彫りになる。
7度目の挑戦で初のモナコ到達——Tom De Dorlodotの進化
Tom De Dorlodot(ベルギー代表)は、今回が7度目のX-アルプス出場であり、初めてモナコに到達した最後の選手である。彼はこれまでのレースで「あと一歩」のところでモナコに届かず、悔しい思いをしてきた。今回、彼はアプローチを根本から変えた。プロのトレーナーを雇い、ギアの見直しを行い、アルプスで2ヶ月間をバンで過ごしながらルートと全ターンポイントを徹底的に下見した。さらに、チームメンバーも一新し、「自分に何が必要か、誰が必要か、どんなプロフィールの人材が自分と相性が良いか」を考え抜いてチームを構築した。
彼が最も重視したのは「ポジティブな姿勢」だった。過去のレースではミスを引きずってネガティブになる傾向があったが、今回は「笑顔を絶やさず、楽しみ、真剣に受け止めすぎない」ことを意識的に心がけた。この変化は、チーム全体の雰囲気にも良い影響を与えたという。また、同じく出場したPaul Guschlbauerから「勝つつもりで来なければ意味がない。2位や3位で満足するなら、来る必要すらない」と言われたことが、彼のマインドセットを大きく変えたきっかけだったと語る。
最高の日は最終日だった。モナコまで155kmを残してスタートしたが、天候は決して良くなかった。強い西風がサーマル(上昇気流)を壊し、最初の一本は3800mまで上がったものの、その後は苦戦の連続だった。モナコまで40kmの地点で着陸し、そこから歩いてゴールした時の喜びは格別だったという。一方、最悪の日はInnsbruckでの判断ミスで着陸を余儀なくされた日だと振り返る。
彼が初心者に贈るアドバイスは「とにかく山で過ごす時間を増やすこと」だ。コンペティションやクロスカントリー飛行の練習よりも、バックパックとグライダーを持って山に分け入り、困難なコンディションの中で過ごし、外で寝て、少し傷つく経験を積むことが、レースの精神的プレッシャーに対処する力を養うという。この点で彼が名前を挙げたのがNick Nannenで、「彼はいつも笑顔で、何にも動じず、ただひたすら進み続ける」と称賛した。
最下位グループの死闘——Cody Mittanckの「ポジティブフィードバックループ」
Cody Mittanck(アメリカ代表)は初出場ながら、レース後半まで失格回避の瀬戸際で戦い続けた。彼の最大の課題は「一度遅れると、取り戻すのがほぼ不可能」というレースの厳しい現実だった。彼は「自分はネガティブなフィードバックループに陥っていた」と率直に認める。焦って判断を誤り、着陸し、さらに疲労が溜まり、また誤った判断をする——この悪循環から抜け出せなかったのだ。
彼が語った最もスリリングな体験は、Brenner峠での突風(ガストフロント)との遭遇である。雷雨が過ぎ去るのを待って飛び立ったが、次の雷雨がゆっくりと迫ってくるのを空中で目撃した。高度を稼ごうとした瞬間、突如として時速30〜35マイル(約50〜55km/h)の風に巻き込まれ、送電線が張り巡らされた狭い峡谷の中で後ろ向きに着陸する羽目になった。この時、彼は「レースの優先順位が最低になり、生存モードに切り替わった」と振り返る。
しかし、彼の準備には光るものがあった。Gavinからアドバイスされた「ワンサイズ大きい靴を持参する」という対策が功を奏し、足の腫れに対応できたことで、水ぶくれ一つできなかったという。また、トゥソックス(足指を個別に包む靴下)と摩擦防止用のランニングループの組み合わせも効果的だった。物理的な体力面では自信があったが、最大の誤算は「地元の知識の欠如」だった。彼は「もしあのエリアで1〜2ヶ月飛んでいれば、スタート地点の選択を間違えなかった」と悔やむ。レース序盤の小さなミスが、その後の全てを決定づけてしまったのだ。
彼は「Kriegelに勝つことなど夢にも思わなかった。ただ真ん中くらいの順位で、12日間を生き延びてモンブランを越えられれば十分だと思っていた」と語る。しかし、参加者全体のレベルが想像以上に高く、同じ距離を移動しても最下位だったという現実を、どこか諦めにも似た口調で受け入れていた。
安定した強さと若き挑戦——Patrick Von Kanelの冷静な分析
Patrick Von Kanel(スイス代表)は、Kriegelとその兄弟Michealをメンターに持ち、アドバンスド社のテストパイロットを務める若手のホープである。彼は初出場で8位に入賞し、今後の活躍が大いに期待される選手だ。
彼が最も苦しんだのは、レース終盤の3日間に続いた「安定した天候」だった。晴天が続いたにもかかわらず、サーマルが発生せず、全く距離を伸ばせなかったのだ。「天気予報では良さそうなのに飛べない」という状況が、精神的に非常にストレスだったと語る。Gavinもこれに同調し、「あの安定した天候は理解不能だった。今まで見たことがないほど安定していて、暑くて、歩くには涼しかった中盤の嵐の日の方がまだマシだった」と振り返る。
彼の最大のミスは、ゴールまであと80〜90kmの地点でのルート選択だった。BenoitとGuschlbauerを追うため、メイン集団が南側のルートを取ったのに対し、彼は単独で谷を直進するルートを選んだ。最初は順調だったが、谷の終点で海風による強い安定層に阻まれ、着陸を余儀なくされた。この判断で数人の選手に追い抜かれ、順位を落とした。しかし彼は「メインの目標はモナコに到達することだった。その意味では大きなミスではなかった」と冷静に分析する。
Kriegelについて尋ねられた彼は、「今年はMaximeがKriegelに食らいついていたが、Kriegelは重要な決断で驚くほど冷静でいられる。彼を超えるのは非常に難しい」と認める。一方で、自身の準備については「長距離歩行のトレーニングをもっと早く始めるべきだった」と反省点を挙げた。3月から始めた長距離歩行で膝を痛め、レース開始まで慎重に調整せざるを得なかったからだ。
雷雨に飲まれたメキシコ人 rookie——Eduardo Garzaの生存戦略
Eduardo Garza(メキシコ代表)は、2018年のX-Pyr(ピレネー山脈の同種レース)で好成績を収めた後、初めてX-アルプスに挑戦した。彼は中位グループで粘り強く戦い、その経験を「忘れられないもの」と総括する。
彼の最大の恐怖体験は、LermosからDavosに向かう途中で発生した。彼は直接ルートの谷を選んだが、そこに雷雨が急速に迫っていた。着陸しようと高度を下げると、対地速度が50km/hから30、10、0、そしてマイナス40km/hへと減少し、フルバー(加速システム)を踏んでも後退する一方だった。眼下の「茂み」と思っていたものが、実は45度に曲がる大木だったことに気づき、本格的な生存モードに入る。車が止まり、人々がスマホを構えて「何が起こるか」を待っている光景を見て、「これは朝のニュースになりたくない」と決意する。
彼は唯一の脱出方法として、谷の曲がり角にある岩の突起(スパイン)を利用して再び高度を稼ぐことを選んだ。毎秒10メートルという急激な上昇率で2600mまで上がったが、今度は翼に雨粒が当たる音が聞こえ始める。そこで着陸を決断し、5分でパッキングを済ませ、リフト駅に避難した。その後、地元の人がライブトラッキングを見て駆けつけ、温かいお茶やスイカ、バナナを差し入れてくれたエピソードは、レースの持つ温かい側面を象徴している。
彼が「最も過小評価していたこと」は、アルプスの地形知識の重要性だった。X-Pyrではルートがほぼ固定されているが、X-アルプスではEigerからMont Blancに至るまで無数のルート選択肢があり、天候と地形の知識が勝敗を分ける。彼は2週間の下見を行ったが、全長1138kmのルートのうち実際に飛んだのは20%に過ぎず、残り80%は完全に未知の領域だった。この点が、彼の最大の戦略的ミス——「飛び立つのが早すぎたこと」——にもつながっている。彼は「あと30分待ってから飛び立てば、40kmのアドバンテージを得られた」と悔やむ。
X-PyrとX-アルプスの難易度比較を求められた彼は、「X-Pyrを60とするなら、X-アルプスは100だ」と答えた。山の高さ、歩行距離、レース期間の長さ全てが桁違いだと説明する。そして、X-アルプスに挑戦する前には、必ずX-Pyrのような短いレースで経験を積むべきだと強くアドバイスした。
6度目の王者——Chrigel Maurerの完璧に近いレースと改革への提言
Chrigel Maurer(スイス代表)は、6度目の優勝を「これまでで最高の勝利」と評する。2017年は初日に膝を痛めて7週間の回復を要したが、今回は「安全な動き」を最優先し、チームと共にチェックリストを徹底することで、健康な体でモナコに到達できたことに大きな誇りを感じている。
彼の戦略は明確だった。「スイスまではMaximeと競り合っても構わない。しかし、Titlisのターンポイントを越えた時点で勝負を決める」というものだった。実際、4日目にTitlisにトップランディングした時点で、彼はMaximeに対して45分のリードを獲得し、最終的にはほぼ1日分の差をつけた。この日が彼にとって「最良の日」であり、最も困難なターンポイントをクリアしたことで精神的にも大きく楽になったという。
一方、「最悪の日」は故郷のスイスを通過した日だった。慣れたエリアだからこそ楽勝を期待していたが、実際には標高差5400mの登攀を強いられ、雨の中でグライダーが完全に濡れ、予備のパラシュートまで乾かさなければならない事態に陥った。この日はたった9時間で行動を停止し、夕食を食べる気力すら失っていたという。
彼が最も強調したのは、レースの未来についての提言だった。2019年大会ではターンポイントが増やされたが、これによってルートが固定化され、選手の創造性が奪われたと批判する。「ターンポイントはメディア向けの演出にはなるが、競技としては面白くない」と断じ、代わりに「3日間で200kmずつ進み、1日休息を挟んで再スタートする」というステージ制の導入を提案した。これにより、選手は休息を取って安全にレースを続けられ、ファンも各地点で選手と交流できるようになる。また、全員が同じスタートラインに立つことで、彼のようなトップ選手にもプレッシャーがかかり、レース全体の競争性が高まると主張した。
自身の準備については、冬のジムトレーニングをレース直前まで継続し、スキーツーリングレースで基礎体力を作り、春からランニングを始めたと説明する。次回への改善点として「レース直前にもっとフライングコンペティション(ハイク&フライだけでなく、通常のワールドカップも含む)に出て、飛行感覚を研ぎ澄ますこと」を挙げた。
X-Alpsアカデミーと次世代育成——Kriegelの哲学
Kriegelは、スポンサーである「teamwork」と共に約1年半前に「X-Alps Academy」を立ち上げ、若いパイロットにハイク&フライのノウハウを伝授している。Patrick Von Kanelはその最初の成功例であり、「通常2回の出場が必要な準備期間を、1年で完了させた」と評価する。
彼がアカデミーで教える最重要ポイントは「小さなことの積み重ね」だ。グライダーのパッキング速度、わずか500mの追加滑走、全てが10日間のレースで大きな差を生む。Gavinもこの教えを実践し、パッキングの練習を重ねたが、それでもPatrickと同時に離陸準備を始めて5分の差をつけられたエピソードを披露し、Kriegelのレベルの高さを改めて認識したという。
レース後の「虚脱感」について、Kriegelは「ピラミッドの頂上に立った後は、落ちるしかない」と表現する。2009年や2011年はこの感覚に数週間苦しめられたが、今では「レース後1週間は子供と休暇を過ごし、その後トレーニングを再開し、Eiger Tourなどの次の大会に目標を移す」という明確なスケジュールを組むことで、精神的な落ち込みを防いでいる。Gavinもこれに深く共感し、「レース後の数週間は人生で最も辛い。何をすればいいかわからなくなる」と語った。
最後に、X-アルプスに挑戦したいと考える世界中のパイロットへのアドバイスとして、Kriegelは「これは競技会ではなく、冒険だ」と断言する。「最初の2日間は楽しいが、その後は本当に辛くなる。メディア対応も大変だ。もし本当に競技がしたいなら、もっと短いレースに出るべきだ」と、その過酷さを率直に伝えた。同時に、「準備期間の1年間は、毎日のトレーニングにモチベーションを与えてくれる。装備を最適化し、チームと素晴らしい時間を過ごす。レースそのものより、その準備期間こそが価値なのだ」と、このプロジェクトの本質を語った。
まとめ
このエピソードが聴き手に残すのは、X-アルプスというレースの「多層的な難しさ」である。トップのKriegelでさえ「安全第一」を掲げ、体力だけでなく判断力とチームワークの重要性を強調する一方、最下位グループのCodyは「一度のミスが全てを決める」という残酷な現実を体現している。Tomの「ポジティブシンキング」、Patrickの「冷静な自己分析」、Eduardoの「生存本能」——それぞれの立場で異なる課題に直面しながらも、全員が「このレースは考えることが全て」という一点で一致している。そしてKriegelが提案したステージ制改革のアイデアは、このレースが単なる伝統の継承ではなく、より安全で競争的で観客を魅了する形へと進化すべきだという、王者ならではの責任感と先見性を示している。単なるスポーツドキュメントを超えて、人間の限界と成長、そしてコミュニティの絆を描いた、深みのある内容だった。
要点
- Tom De Dorlodotは7度目の挑戦で初のモナコ到達を果たし、プロのトレーナー起用、チームの一新、ポジティブな姿勢の徹底が成功の鍵だった。
- Cody Mittanckは「ネガティブフィードバックループ」に陥り、焦りと疲労が判断力を鈍らせる悪循環を経験。地元の地形知識の欠如が最大の誤算だった。
- Eduardo Garzaは雷雨のガストフロントに巻き込まれ、後退しながらも岩稜を利用して高度を回復する生存戦略で危機を脱した。
- Chrigel Maurerは6度目の優勝を「最も安全で完璧な勝利」と評し、ターンポイント増加によるルート固定化を批判。3日間ステージ+休息日の導入を提案した。
- KriegelのX-Alps Academyは、Patrick Von Kanelを1年で実戦投入可能なレベルに育て上げ、「小さなことの積み重ね」の重要性を伝授している。
- 全選手が一致して「地元の地形知識」と「精神的なタフネス」が体力以上に重要だと指摘。特に「考える力」が疲労で低下する終盤の判断が勝敗を分ける。
- レース後の「虚脱感」は共通の現象で、Kriegelは明確なポストレーススケジュールで対処。Gavinも「準備期間の方がレース本体より価値がある」と述べた。