
#265 – 8 years of Tandem bivvy’s with Dad across the entire Alps to Solo big air adventures at 16 with Martin Rejmanek
- 父と子の8年間——アルプス縦断タンデムから17歳のソロ大冒険へ 「Cloudbase Mayhem Podcast」の今回のエピソードは、ホストのGavin McClur...
- [0:00] 「8歳で始まった冒険——父と子だけのX-Alps」 Martinが父Honzaとタンデムでの冒険を始めたのは、わずか8歳のときだった。きっかけは単純で、父が...
- 特筆すべきは、父がMartinに「操縦桿を握らせた」ことだ。幼い頃から「君が操縦していいよ」と言われ、イタリアのドロミテでサーマルを旋回した記憶は、Martinにとって今...
自分では見つけにくい海外Podcastの話題に、日本語で気軽に触れたい人。
Cloudbase Mayhem Podcast / Gavin McClurg
父と子の8年間——アルプス縦断タンデムから17歳のソロ大冒険へ
「Cloudbase Mayhem Podcast」の今回のエピソードは、ホストのGavin McClurgが、5度のRed Bull X-Alps出場歴を持つベテランパイロットHonza Rejmanekの長男Martin Rejmanek(17歳)と対話する特別な回だ。Martinは8歳から父とタンデムでアルプスを縦断する壮大なプロジェクトを続け、昨年ついに2003年X-Alpsの全ルート(DachsteinからMonacoまで)を8年の歳月をかけてつなぎ終えた。そして今、彼はソロパイロットとして飛躍し、Mont Blanc周遊飛行やSierra山脈のMount Whitney上空17,000フィートへの到達など、驚異的なフライトを次々と成功させている。このエピソードは、父から子へと受け継がれるフライトへの情熱、忍耐、そして冒険心の物語であり、同時に一人の少年が自立したパイロットへと成長していく過程を、温かくも率直な口調で描き出している。
「8歳で始まった冒険——父と子だけのX-Alps」
Martinが父Honzaとタンデムでの冒険を始めたのは、わずか8歳のときだった。きっかけは単純で、父が「またアルプスに行きたい、そして君と何かをしたい」と思い立ったことだという。当初は「アドベンチャー」の精神が強く、途中で棒切れを削ってボートを作ったり、どうしても必要でなければハイキングもしないような、のんびりした旅だった。しかし年を重ねるごとに、Martin自身が「もっと頑張ろう」「もう少し谷を歩いてゴールに近づこう」という姿勢を持ち始める。父の5度のX-Alps経験が培った「忍耐」と「空に留まり続けることの重要性」は、こうした旅の中で自然とMartinに刷り込まれていった。
特筆すべきは、父がMartinに「操縦桿を握らせた」ことだ。幼い頃から「君が操縦していいよ」と言われ、イタリアのドロミテでサーマルを旋回した記憶は、Martinにとって今でも鮮明な思い出だという。しかし最近では、タンデム飛行中に操縦を任されるよりも、父の操縦を後ろから眺めて景色を楽しむ方を好むようになった。これは、彼がすでに十分な経験を積み、操縦そのものよりも「飛ぶこと」そのものを味わう余裕を持ち始めた証だろう。
初ソロから「自分だけの翼」へ——自然な成長のプロセス
Martinのソロパイロットとしての道のりは、驚くほど自然なものだった。10〜11歳で2本ラインのカイトを使ったトレーニングを始め、12歳半でモントレーの砂丘で初めてのソロフライト(sledder)を経験。その日は5回の短いフライトの後、風が強まったおかげで5分間のソアリングもできたという。彼は「8歳の頃は、自分がソロで飛ぶことなんて考えもしなかった。ただ父と一緒に冒険するのが楽しかっただけ」と振り返る。
父Honzaの指導哲学は明確だ。「まずは地上で十分にカイトを練習させる。発進で恥をかかないように」。そして何より、タンデム飛行中の膨大な時間を使って、Martinに「考えるプロセス」を伝え続けた。どこでサーマルを見つけるか、何に注意を払うか、状況をどう評価するか——これらはすべて、父の頭の中を音声で聞かされる形でMartinの内面に蓄積されていった。その結果、Martinは「すでに父の知識の多くが自分の頭の中にある」と語る。これは単なる技術の伝承ではなく、思考様式そのものの継承だ。
アヌシーの13日間——「もしあっちに行ってみたら?」という発見
2024年夏、Martinはアヌシーで13日間連続のフライトを経験する。この期間に彼は37時間以上の飛行時間を記録し、それまで「ForclazとBlomfaitの間」に限られていた行動範囲を劇的に拡大した。「最初のフライトで、『もしGrand BornoやAravisの方に行ってみたら?』と思ったんです。そしてどんどん遠くへ飛んで、ヒッチハイクで帰ってくる。それが本当に素晴らしかった」とMartinは語る。
この時期、父と弟Tommyはタンデムで同行し、時には着陸後に「どちらのグループが早くAirbnbに帰れるか」ヒッチハイク競争をしたり、アイスクリームを食べたり——冒険と遊び心が完璧に融合した日々だった。しかし同時に、この13日間はMartinのパイロットとしての成長にとって決定的な転機となった。彼は「自分の限界を押し広げる」感覚を初めて味わい、それがその後のMont Blanc周遊やSierraでの大フライトにつながっていく。
父から子へ——「忍耐」と「地形への敬意」という遺産
HonzaがMartinに最も強く叩き込んだのは、「地形を尊重し、近づきすぎない」ことだ。「強いサーマルは地形から離れて発生する。木のすぐ近くをかすめるように飛んでも、良いリフトは見つからない」。そして常に「着陸地点を把握していること」「雲を読んで雷雨の発生を予測すること」——これらはすべて、Honza自身が5度のX-Alpsで培った知恵である。
エピソード中で特に印象的なのは、Mont Blanc周遊飛行中のエピソードだ。Col de Balmを越える際、Martinは「もうこれ以上上がらない」と判断して先に進もうとした。しかし父は「もう少し粘ろう」と言い、結果的にサーマルが再生してより高い高度を得ることができた。「父は忍耐が本当に上手い。私ならとっくに移動していた」とMartinは認める。この「空に留まり続けることの価値」は、HonzaがX-Alpsで身につけた核心的な教訓であり、今やMartinの血肉となっている。
もう一つの重要な教訓は「常に次の手を考えながら飛ぶ」こと。Aravis山脈をソロで飛んだとき、父は「尾根線に沿って飛び、両側の谷を常に見ておけ。もし尾根でサーマルが見つからなければ、どちら側に降りるべきか、事前に計画しておけ」と指示した。これは単なるテクニックではなく、状況認識と先読みの習慣そのものだ。
モンブラン周遊とシエラの頂——17歳の驚異的なフライト
Martinの2024年のハイライトは、なんと1日でMont Blancの約4分の3を周遊したフライトだ。アヌシーを拠点に、午前11時にシャモニーでテイクオフ。軽い上空風と高い雲頂(約3,800メートル)に恵まれ、イタリア側のCourmayeurを通り、Matterhornの南側を回り込むという壮大なルートを辿った。「Skyway Monte Biancoのゴンドラに乗っている人たちに手を振ったんです。『あの人たち、何やってるんだろう?』って顔で見られました」とMartinは笑う。残念ながら完全周遊はならなかったが、それでも「今までで一番のフライトの一つ」と語る。
そしてもう一つ、Sierra山脈でのMount Whitneyフライト。Owens ValleyのWaltz発射場から午前10時半にテイクオフし、父と弟が地上でバレーウィンドをモニターする中、Martinは単独で北上。Mount Whitneyの頂上でハイカーに手を振りながら17,000フィート(約5,180メートル)に到達し、最終的に45マイル(約72キロ)を飛行した。「酸素は使わなかった。高度には慣れていたし、自分の体調を常にチェックしながら飛んでいた」という。このフライトは彼の自己ベスト(直線距離)となり、父Honzaも「息子がこんなことをするなんて」と興奮して仲間たちにメッセージを送ったという。
8年の集大成——ダッハシュタインからモナコへ
MartinとHonzaの8年にわたるプロジェクトの最終目標は、2003年のX-Alpsルート(DachsteinからMonacoまで)を完全につなぐことだった。2024年夏、アヌシーでの2週間のフライトを経て、彼らはAnnecyを出発点にMonacoを目指す7日間の冒険に挑む。直線距離で240km、実際の飛行とハイキングを組み合わせた過酷な旅だった。
初日、3時間以上の飛行で45kmをカバーしたが、それでも「最低限のペース」に過ぎないと実感する。途中、強風の谷や着陸困難な樹林帯を乗り越え、最終日には60〜70kmの奇跡的な直線フライトで一気に南下。しかしその後、モナコにたどり着くまでに50kmのハイキングを強いられた。「7月の暑さの中でのロードハイキングは本当に過酷だった」とMartinは振り返る。
装備は驚くほどミニマルだ。Zパックの2人用テント(トレッキングポールで支える)、3/4長のウルトラライト・サーモレスト、グライダーを毛布代わりに使い、ストーブは持たず乾物と現地調達の食料で凌ぐ。水はアルプスの至る所にある湧き水や村の噴水で補給する。GPSは父が2011年から使っているGarmin Etrex——地形図すら表示されない、コンパス・時刻・高度・滑空比・速度の5つのデータだけのシンプルな機器だ。「もっといい方法もあるかもしれないけど、これで十分。シンプルだからこそ、自然と向き合い、一歩一歩の判断に集中できる」とMartinは語る。
次なる章——看護師とパラグライダー、そして弟へ
Martinは現在、大学進学と看護師の道を視野に入れている。きっかけは、父の友人で元X-AlpsパイロットのJesseが「旅行看護師として週3日働き、残り4日は飛ぶ」というライフスタイルに触れたことだ。「仕事を職場に置いてこれるし、人を助けられる。それに、看護師の資格があれば全国どこでも働けて、新しい場所を探検できる」。彼は昨夏、認定看護助手(CNA)の資格を取得し、実際に患者と向き合う仕事に「ますます魅力を感じた」という。
一方、弟のTommy(8歳)は、まさにMartinが父と旅を始めたのと同じ年齢だ。2024年夏、3人でDachsteinからZell am Seeまでの区間を、Martinはソロ、父とTommyはタンデムで挑戦した。3日間雨が続き、結局80kmのハイキングになったが、Tommyは「小さな戦士」として最後まで歩き通した。「彼が父と同じような冒険を経験できることを本当に嬉しく思う」とMartinは語る。
そしてMartin自身は、フライトとスキンを融合させた新たな冒険にも挑戦している。Eastern SierraのVirginia Lakesエリアでは、カイトスキーとパラグライダーを組み合わせ、スキーを履いたまま滑空する実験を行った。「この2つは僕の一番好きなスポーツ。これからどれだけ融合させられるか、どんな冒険ができるか、本当に楽しみです」。
まとめ——「飛ぶこと」を通じて育まれた、一生ものの関係
このエピソードの核心は、単なるパラグライダーの技術継承ではない。父Honzaが8年の歳月をかけて息子に伝えたのは、「空に留まり続ける忍耐」「地形を読む目」「自分の限界を知り、それを超える勇気」——そして何より、「冒険を心から楽しむこと」だ。Martinは「父と一緒に飛んでいるとき、僕は一番リラックスできる。ハイキングで疲れ切っていても、飛び立つと『やっと休める』って思うんです」と語る。この言葉には、肉体的な疲労を超えた、精神的な充足感が込められている。
Gavin McClurgが「君たちのやったことは、コミュニティ全体にとって本当に刺激的だ」と語るように、この親子の物語は、パラグライダーというスポーツの本質——競争ではなく、自然との対話、そして人との絆——を鮮やかに示している。Martinが最後に語った「まずはゆっくり始めて、子どもが飛ぶことを好きになるのを待つこと」というアドバイスは、彼自身が父から受けた教育のエッセンスそのものだ。このエピソードは、単なる「すごい子の話」ではなく、親子の時間の作り方、情熱の伝え方、そして成長の見守り方について、深く考えさせられる一編である。