
RoboUmp Hits the Big Leagues
- ロボット審判がメジャーリーグにやってきた──正確さと人間らしさの狭間で メジャーリーグの審判は1試合あたり約14回の誤審を犯し、年間34,000もの誤った判定が下されてい...
- [0:00] なぜ人間の審判は「間違える」のか──1997年の悪夢 1997年のナショナルリーグ優勝決定シリーズ第5戦。フロリダ・マーリンズの新人投手リバン・ヘルナンデス...
- メジャーリーグでは4人の審判がフィールドに立ち、その中でもホームプレートの後ろに立つ球審が最も重要な役割を担う。ストライクは「バッターの胸から膝までの間で、ホームプレート...
英語Podcastの要点を、聴く前に日本語で把握したい人。
99% Invisible / Roman Mars
ロボット審判がメジャーリーグにやってきた──正確さと人間らしさの狭間で
メジャーリーグの審判は1試合あたり約14回の誤審を犯し、年間34,000もの誤った判定が下されている。97%という高い正確率を誇るとはいえ、人間の目には限界がある。そこでMLBは2026年シーズンから、画期的なシステムを導入した。完全なロボット審判ではなく、選手が判定に異議を唱えられる「チャレンジシステム」だ。本エピソードは2023年に放送されたオリジナルストーリーの再放送と、プロデューサーのクリス・ベルーブによる最新アップデートで構成され、正確さと野球の持つ人間的な魅力の間で揺れる球界の現在地を描き出す。ホストのローマン・マーズとクリス・ベルーブの軽妙な掛け合いが、技術論と人間ドラマの両方を生き生きと伝える。
なぜ人間の審判は「間違える」のか──1997年の悪夢
1997年のナショナルリーグ優勝決定シリーズ第5戦。フロリダ・マーリンズの新人投手リバン・ヘルナンデスは、アトランタ・ブレーブスを相手に15奪三振の快投を見せた。しかし、彼の投じた球の多くは明らかにストライクゾーンを外れていた。野球解説者のケイティ・ノーランは当時を振り返り、「あれはおそらく私が記憶する中で最悪の審判だった」と語る。球審のエリック・グレッグは、ストライクゾーンから1フィート以上外れた球を次々とストライクと宣告した。この試合は、人間の審判が持つ本質的な限界を象徴する出来事として、今も語り継がれている。
メジャーリーグでは4人の審判がフィールドに立ち、その中でもホームプレートの後ろに立つ球審が最も重要な役割を担う。ストライクは「バッターの胸から膝までの間で、ホームプレート上を通った打てる球」と定義されるが、時速95マイル(約153キロ)の球を肉眼で正確に判定するのは極めて困難だ。2018年の研究によれば、審判は1試合あたり約14回の誤審を犯し、その多くが試合の行方を左右する。ヘルナンデスのケースでは、マーリンズがそのままワールドシリーズを制覇した。もし正確な判定が下されていたら、歴史は変わっていたかもしれない。
ロボット審判の系譜──1950年代のバーベキューからミサイル追跡技術へ
ロボット審判のアイデアは決して新しいものではない。1950年代、ブルックリン・ドジャースはゼネラル・エレクトリック社が開発したロボット審判をテストした。その機械は「バーベキューグリルに特殊なホームプレートを接続したような」代物で、ボールがプレート上に影を落とすと大きな赤いボタンが光ってストライクを知らせる仕組みだった。しかし、誤判定が多く、夜間の試合ではまったく機能しなかった。技術が未熟だったのだ。
21世紀のロボット審判は、はるかに洗練されている。実際には「ロボット」ではなく、複数のHDカメラで構成される「Integrated Camera Baseball Tracking System(統合カメラ野球追跡システム)」だが、誰もその正式名称を使わない。プロデューサーのクリス・ベルーブは「ロボ」という呼び方を好む。このシステムは、もともとミサイル追跡技術を応用したもので、すでに全メジャーリーグ球場に設置されている。テニスのホークアイやサッカーのゴールライン技術と同様、ボールの軌道を正確に追跡できる。しかし、これまで審判はこの情報にアクセスできず、テレビ中継を見ているファンだけが「あれはストライクなのに、なぜボールと判定するんだ?」と苛立つ状況が生まれていた。
マイナーリーグでの実験──「ロボット審判」と人間の奇妙な共演
2019年から、ロボット審判技術はマイナーリーグで「ABS(自動ボール・ストライクシステム)」としてテストされてきた。プロデューサーのクリス・ベルーブは、テキサス州エルパソで行われたマイナーリーグの試合を観戦しようとしたが、COVID-19に感染し自宅での観戦を余儀なくされた。しかし、その経験はむしろ示唆に富んでいた。
驚くべきことに、人間の審判は依然としてフィールドに立っていた。ロボット審判は完全に人間を置き換えるのではなく、イヤピースを通じて判定を伝え、人間の審判がそれを声に出して宣告するという協働システムだった。実際に使用した最初の審判フレッド・デヘスースは、「ローマにいるならローマ人のするように」と語り、システムに従うことに抵抗はなかったという。彼のイヤピースは現在、野球殿堂に展示されている。「選手として殿堂入りできなかったから、イヤピースで入ったんだ」と彼は冗談を飛ばす。
ABSシステムの正確さは圧倒的だった。しかし、問題も明らかになった。テキストブック通りのストライクゾーンを厳密に適用すると、人間の審判ならストライクと判定する「打てる球」がボールと判定され、試合のテンポが悪化したのだ。そこでMLBは、ABSを「わざと不正確に」プログラムし直し、プレートから1〜1.5インチ外れた球もストライクとしてカウントするように調整した。つまり、完璧な正確さよりも、野球というスポーツの「感触」を優先したのだ。
正確さvs.魅力──野球が失うもの、得るもの
ニューヨーカー誌の編集者ザック・ヘルファンドは、核心的な問いを投げかける。「人々がスポーツを観るのは、最も公平で正確な結果を見たいからではない」。野球は100年以上にわたり、不完全な人間によってプレイされ、不完全な人間によって審判されてきた。その過程で、多くの小さな癖や非効率が積み重なってきた。例えば、球場の寸法は標準化されておらず、フェンウェイ・パークでのホームランがドジャー・スタジアムではただのフライになることもある。
人間の審判は、状況に応じてストライクゾーンを無意識に変化させる。雨が降れば「早く終わらせよう」とゾーンを広げ、点差が開けば「もう帰ろう」とさらに広げる。ピッチャーが苦しんでいる時には、ゾーンが最大50%も拡大する「思いやりのある審判効果」と呼ばれる現象もある。ヘルファンドは言う。「これらの不正義や運命のいたずら、誰かがまばたきをしたり、目にゴミが入ったりして誤審を犯し、すべてが変わる瞬間。それこそが野球を観る理由だ」。怒りや不満も含めて、野球は感情を揺さぶるためにある。
しかし、審判に対する罵倒は時に深刻な問題を引き起こす。ケイティ・ノーランは、審判の仕事の厳しさを語る。「顔に木片が飛び込んできたり、時速100マイルの弾丸が顔面を直撃したりする危険と隣り合わせで、最高の日でも『お前は最低の審判だ』と罵られる仕事だ」。実際に審判が暴行を受ける事件も発生している。クリス・ベルーブ自身も、少年野球の審判時代に駐車場でコーチに待ち伏せされた経験を持ち、「それが審判を辞めた最大の理由だ」と告白する。
ロボット審判がもたらした静寂──怒りの矛先が消える瞬間
ロボット審判の最大の利点は、正確さではなく「試合の温度を下げる」ことにあるかもしれない。ザック・ヘルファンドが実際にロボット審判の試合を観戦した際、ファンが審判に野次を飛ばそうとした瞬間、誰かが「それは審判じゃない。あの機械がストライクゾーンを決めているんだ」と指摘した。すると、そのファンは「恥ずかしそうに、実際にはかなり良い判定をしているじゃないか」と認めたという。
クリス・ベルーブが観戦した試合でも、印象的な場面があった。アルバカーキ・アイソトープスの三塁手テイラー・スナイダーが、明らかに内角の球をストライクと宣告され、激怒して審判の方を向いた。しかし、彼はそこで立ち止まり、何も言わずにベンチに戻った。ローマン・マーズは「そんな光景は見たことがない」と驚く。機械が判定を下していると分かれば、怒りの矛先が失われるのだ。
2026年、ついにメジャーリーグへ──「チャレンジシステム」という妥協点
2023年の放送から3年、ロボット審判は予想とは異なる形でメジャーリーグに導入された。完全なロボット審判システムではなく、人間の審判が判定を下し、選手が異議を唱えられる「チャレンジシステム」だ。各チームには1試合2回のチャレンジ権が与えられ、成功すれば権利を維持できるが、失敗すれば失う。これにより、選手は本当に重要な場面でのみチャレンジするようになる。
クリス・ベルーブは、アトランタ・ブレーブス対カンザスシティ・ロイヤルズ戦の実際のチャレンジ映像をローマン・マーズと共に確認する。投球が低めに外れたように見えたが、キャッチャーがヘルメットを叩いてチャレンジを要求。球場のスコアボードに判定結果が表示されると、ボールはかろうじてストライクゾーンの下端にかすっていた。審判の判定は正しかったのだ。このシステムは、予想に反して新たなドラマを生み出している。選手と審判の対立に、ロボットが仲裁者として加わる構図が、観客の興奮を高めているのだ。
CBバックナーの屈辱──ロボット審判が暴いた人間の脆さ
しかし、このシステムは審判にとっては両刃の剣だ。26年のキャリアを持つベテラン審判CBバックナーは、シンシナティ・レッズ戦で6回もの判定を覆された。特に印象的だったのは、三振と思われた投球が明らかに低めだったケースだ。ユージニオ・スアレスがチャレンジし、判定は覆り、観客は大歓声を上げた。さらに次の投球でも同様のことが起こり、バックナーは明らかに動揺していた。この映像は瞬く間に拡散され、バックナーは全米の笑いものになった。
クリス・ベルーブは指摘する。「バックナーはメジャーリーグで数少ない黒人審判の一人だ。彼がこれほど集中的に批判の対象になるのは理想的ではない」。バックナーは統計的に平均以下の審判であることが知られているが、それでも同情せざるを得ない。さらに不運は続き、その週の後半にはファウルチップがマスクを直撃し、試合を途中退場することになった。
ローマン・マーズは複雑な心境を吐露する。「2023年の放送では、ロボット審判が審判を人間として見る助けになると考えていた。しかし、このケースではまったく逆の効果を生んでいる」。ロボット審判は、審判の誤りを可視化し、むしろ彼らへの攻撃を強化してしまったのだ。
まとめ
本エピソードは、技術の導入が単なる「正確さの向上」では済まない複雑さを浮き彫りにした。ロボット審判は確かに誤審を減らすが、同時に野球というスポーツの根幹にある「人間らしさ」──不完全さ、不公平さ、そしてそれに伴う感情の起伏──を脅かす。MLBが選んだチャレンジシステムは、両者のバランスを取ろうとする巧妙な妥協点だが、それが生み出す新たな問題も無視できない。CBバックナーの事例が示すように、技術は時に人間を守るどころか、より残酷に露出させる。野球ファンならずとも、技術と人間性のせめぎ合いを考えさせられる、示唆に富んだ回だった。