motpod
99% Invisible · 2026年5月10日

Citizen of the World

AI generated article / ja / deep
この記事でわかること
  • 国籍を捨てた男——「世界市民」という挑戦の75年 2024年10月、ニューヨークのマディソン・スクエア・ガーデンでドナルド・トランプが大規模な政治集会を開き、スティーブン...
  • [0:00] 「世界市民」という発想——なぜ今、この話なのか ローマン・マーズは最近の海外旅行で、パスポートを提示するたびに感じる「あの独特の緊張感」について語り始める。...
  • この問題意識から、マーズは頻繁に99% Invisibleに寄稿しているスコット・グリオンが制作したポッドキャスト「Far From Home」のエピソードを紹介する。グ...
こんな人向け

英語Podcastの要点を、聴く前に日本語で把握したい人。

出典Podcast

99% Invisible / Roman Mars

Read
Open episodeFind more episodes

国籍を捨てた男——「世界市民」という挑戦の75年

2024年10月、ニューヨークのマディソン・スクエア・ガーデンでドナルド・トランプが大規模な政治集会を開き、スティーブン・ミラーが「アメリカはアメリカ人のためのもの」と叫んだ。その同じ頃、パンデミック、気候変動、AIといった国境を無視する地球規模の問題が山積している。このエピソードは、そんな矛盾に満ちた時代に、75年以上も前に「国民国家」という概念そのものを拒否した一人の男、ゲイリー・デイヴィスの物語である。彼は自らアメリカ国籍を放棄し、自ら「世界パスポート」を発行し、34回もの収監を経験しながら、5百万人以上に「世界市民」としての身分証明書を発行した。ホストのローマン・マーズと、この物語を取材したスコット・グリオンが、国籍とは何か、国境とは何か、そして「人間の価値」を決めるものは何かを問いかける、知的で痛快な一時間だ。

0:00「世界市民」という発想——なぜ今、この話なのか

ローマン・マーズは最近の海外旅行で、パスポートを提示するたびに感じる「あの独特の緊張感」について語り始める。アメリカのパスポートは世界で最も強力なものの一つだが、それでも税関職員の前に立つたびに、自分が「どこの国から来たか」で人間の価値が判断されるシステムに違和感を覚えるという。特に、何億人もの人々が実質的に移動の自由を制限されたパスポートしか持てず、約8億5千万人が国籍や法的存在を証明する書類すら持っていない現実を考えると、このシステムの不条理さが浮かび上がる。

この問題意識から、マーズは頻繁に99% Invisibleに寄稿しているスコット・グリオンが制作したポッドキャスト「Far From Home」のエピソードを紹介する。グリオンは2009年、当時88歳だったゲイリー・デイヴィスをバーモント州サウス・バーリントンの自宅で取材した。玄関には「Sovereign World Territory(主権的世界領域)」と書かれた看板があり、デイヴィスは最初に「世界市民カードを見せてくれ」と要求したという。この出会いが、5時間に及ぶインタビューの始まりだった。

12:34国連の壇上で叫んだ男——「私はあなた方の最初の市民だ」

デイヴィスがアメリカ国籍を放棄したのは1948年5月25日、パリのアメリカ大使館でのことだった。彼は聖書に手を置き、「アメリカ合衆国の国籍を完全かつ絶対的に放棄する」と宣誓した。驚いた職員たちは「我々はあなたを守るためにいるんだ」と説得しようとしたが、デイヴィスは「あなた方は私の兄を守れなかったし、私が殺した人々も守れなかった」と反論したという。

国籍を失ったデイヴィスは「無国籍者」となり、フランス政府から国外退去を命じられる。ところが、運命のいたずらか、退去期限の1948年9月11日は、ちょうどパリのトロカデロで国連総会が開かれる日だった。会場は「国際領域」と宣言されており、デイヴィスは「ここが私の行ける唯一の場所だ」と、仲間とともに国連の階段にキャンプを張った。そして11月、彼は総会の傍聴席に忍び込み、マイクを握って演説を始める。「あなた方が代表する国家は我々を分断し、第三次世界大戦の奈落へと導いている。我々に必要なのは一つの世界のための一つの政府だ」。警備員に引きずり出されるまで、彼は叫び続けた。

この行動は世界中の注目を集めた。リチャード・ライト、アルベール・カミュ、さらにはアルバート・アインシュタインまでもがデイヴィスを支持する声明を発表。第二次世界大戦とホロコーストの記憶が生々しいヨーロッパでは、彼のメッセージは深く響いた。国連乱入から2週間も経たないうちに、パリの講堂で開かれた彼のスピーチには2万人が詰めかけた。

16:56「世界政府」の設立——パスポートは「冗談」なのか

デイヴィスはニューヨークに戻り、ブロードウェイでの俳優業を捨てて「世界平和のために働く」ことを決意する。しかし、無国籍者としての法的地位は極めて曖昧だった。彼はニューヨークの著名な公民権弁護士に相談し、「私は市民でも移民でもビザ滞在者でもない。私の法的地位は何か?」と問うた。弁護士事務所は総出で検討した末、驚くべき回答を返す。「あなたはアメリカ政府によって『主権者』として認められている。イロコイ族のように、あなた自身が国家なのだ」。

この助言に従い、デイヴィスは1953年9月4日、「世界市民のための世界政府(World Government of World Citizens)」を正式に設立する。非営利団体「World Service Authority」を通じて、出生証明書、結婚証明書、国際居住許可証、そして政治的亡命カードを発行し始めた。そして何より象徴的なのが「世界パスポート」だ。7ヶ国語で印刷され、人工言語エスペラントも含まれている。

グリオンが「このパスポートは本当に合法的なのか?」と問うと、デイヴィスは逆に問い返す。「アメリカ合衆国は合法的なのか?戦争は合法的なのか?誰が『合法』を決めるのか?」。彼の論理はこうだ——世界パスポートの根拠は国連の「世界人権宣言」第13条第2項にある「すべての人は、自国を含むいかなる国をも離れる権利、および自国に帰還する権利を有する」という条文だ。トマス・ペインが「我が祖国は世界である」と言ったように、地球全体を一つの国と見なせば、世界パスポートは自然な帰結だという。

ただしデイヴィス自身はパスポート制度そのものを馬鹿げていると考えていた。「我々のパスポートは冗談だ。でもそれは彼ら(国家)に対する冗談だ。一方、君たちの国民パスポートは君たち自身に対する冗談だ」。彼はシステムを茶化すことで、国境の不条理を可視化しようとしたのだ。

20:08実際に「機能した」パスポート——難民を救った書類

デイヴィスの世界政府は単なる政治的なパフォーマンスではなかった。彼の元には、自ら望んで無国籍になったわけではない難民や避難民からの手紙が殺到した。例えば、ナイジェリア南部のオゴニ族は、シェル石油による環境破壊に抗議した後、隣国ベナンの難民キャンプに逃れたが、身分証明書がなかった。世界政府は約2,000人分のパスポートを発行し、彼らはそれを使ってビザを取得し、国外脱出に成功した。

さらに劇的なのは、ウガンダのインド系少数民族の事例だ。独裁者イディ・アミンがインド系住民を国外追放した際、空港で一人の女性が赤ん坊を出産した。翌日にはイギリス軍の飛行機で避難する予定だったが、新生児には出生証明書が必要だった。デイヴィスはタイプライターで世界初の「世界出生証明書」を作成し、文房具店で印鑑を買って押し、郵送した。翌朝、空港で母親がその書類を機長に手渡すと、機長はそれを受け入れ、赤ん坊は無事にヒースロー空港へと飛び立った。

世界政府はこれまでに500万以上の法的文書を発行し、そのうち約100万がパスポートだ。エクアドルとアフリカ5カ国が公式に承認した時期があり、世界中のほぼすべての国が少なくとも数回はこれらのパスポートを受け入れたという。もちろん、すべてが成功したわけではない。批判者たちは「虚偽の希望を売っている」と非難する。しかしデイヴィスは言い返す。「パスポートはただの道具だ。ハンマーは自分では何もできない。それを使う人間の意識こそが重要なんだ」。

26:41「私は法的フィクションだ」——国家と個人の奇妙な共存

デイヴィス自身は、世界パスポートを使って34回も投獄された。時にはパスポートが拒否され、時には国境を公式の検問所を通らずに自転車で森の中を抜けたために逮捕された。しかし彼はアメリカ政府との間で奇妙な「膠着状態」を作り出していた。最高裁は彼の上告を却下したが、下級審は「国外追放すべき外国人だが、送還できる場所がない」と判断した。ある移民局職員は「ゲイリー・デイヴィスは法的フィクションだ」と語ったという。つまり、国家の法体系の外に立つことで、彼は「存在しないこと」にされたのだ。

スコット・グリオン自身も世界パスポートを入手したが、一度も使ったことはないと認める。「国境で何時間も拘束されるリスクを冒してまで、政治的な議論をしたいとは思わない」。デイヴィスはこれを聞いてグリオンを「臆病者」と呼んだという。しかしグリオンは、デイヴィスにとってはそれが人生をかける価値のある大義だったと理解している。

デイヴィスは2013年に91歳で亡くなるまで活動を続けた。死の直前には、エクアドル大使館に潜伏していたジュリアン・アサンジと、ロシアに滞在するエドワード・スノーデンに世界パスポートを送っている。彼の死後、組織は「World Citizen Government」と名称を変え、世界人権裁判所の設立を訴えたり、高校や大学に「世界市民クラブ」を設立するなど、活動の幅を広げている。

35:12現代における「世界市民」の意味——ローマン・マーズとスコット・グリオンの対話

インタビューの後半では、マーズとグリオンが現在の世界情勢とデイヴィスの遺産について語り合う。グリオンによれば、世界政府は今もパスポートを発行し続けており、その数は約100万に達する。ロシア・ウクライナ戦争後は、両陣営から「徴兵を逃れたい」という依頼が殺到したという。パレスチナ地域からの問い合わせも多い。

マーズは、デイヴィスの姿勢が「国境は壊れている」という従来の議論を根本から覆すと指摘する。「民主党も共和党も『国境問題を解決しなければ』と言う。でもデイヴィスは『君たちの書類や移民ステータスなんて、まったく気にしない』と言い放つ。この視点のリセットが素晴らしい」。グリオンも同意し、アメリカ人がこれまで旅行の特権を享受してきたこと、そしてトランプ政権の入国禁止措置によって、アメリカ人も「世界の他の人々が経験してきた制限」を味わい始めていると指摘する。

ただし、マーズは「一つの世界政府」というアイデア自体にも慎重だ。「それが民主的なのか独裁的なのか、誰が決めるのか?」。グリオンはデイヴィス自身が具体的な統治形態について深く考えていなかったと認める。「彼は挑発者だった。『これじゃダメだ』と叫ぶだけで、『どうすればいいか』は他人に任せていた」。しかし、その「具体性の欠如」こそが有用なのだとマーズは言う。「国境警備隊が仮面をかぶって令状なしで人を拘束する時代に、『人間の価値は書類で決まらない』と断言する人がいること自体が希望だ」。

まとめ——「私は存在しない」と言った男の遺産

ゲイリー・デイヴィスは、国家という概念を「我々全員が信じ込まされている法的フィクション」と呼んだ。彼はそのフィクションの外側に身を置くことで、システムの不条理を暴き出した。彼の世界パスポートは「機能する」こともあれば「機能しない」こともある。しかし重要なのは、その成功率ではない。彼が問い続けたのは「なぜ人間の価値が、生まれた場所によって決められなければならないのか」という根本的な疑問だ。

このエピソードが心に残るのは、デイヴィスが単なる理想主義者ではなく、実際に行動し、投獄され、それでも笑い飛ばしながら戦い続けたからだ。彼は「世界市民」という概念を、哲学的な議論から現実の運動へと変えた。そして今、気候変動やパンデミック、AIといった国境を無視する問題に直面する私たちにとって、彼の問いは75年前よりもむしろ切実さを増している。パスポートを提示するたびに感じるあの緊張感——それは、私たちが無意識に受け入れている「フィクション」の重みなのかもしれない。

Citizen of the World | 99% Invisible | motpod | motpod