
2025年ベスト本を語り尽くします。#438
- ゆる言語学ラジオ本大賞2025:堀元と水野が選んだ今年のベスト本を徹底解説 2025年の締めくくりとして、堀元見と水野太貴の二人が「刊行から3年以上経過した本」に限定して...
- [0:02] ゆる言語学ラジオ本大賞2025のルール この企画は、出版業界がどうしても新刊に注目しがちな現状に対して、「ちょっと古いけど本当にいい本を発掘して紹介しよう」...
- [8:47] 堀元ベスト本:『フォークの歯はなぜ四本になったか』 堀元が選んだのは、平凡社ライブラリーから刊行されている『フォークの歯はなぜ四本になったか』。著者はヘンリ...
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ゆる言語学ラジオ / Yuru Gengogaku Radio
ゆる言語学ラジオ本大賞2025:堀元と水野が選んだ今年のベスト本を徹底解説
2025年の締めくくりとして、堀元見と水野太貴の二人が「刊行から3年以上経過した本」に限定して、今年読んだ中で最も優れた一冊をそれぞれ発表する回。堀元はプロダクトデザインの本質を「形は機能に従う」という定説から覆す『フォークの歯はなぜ四本になったか』を、水野は写真集でありながら添えられた25ページの論考が圧巻の『立体交差/ジャンクション』を選出。二人の選書はまったく異なるジャンルでありながら、「形は失敗に従う」「生麦事件はジャンクションがなかったから起きた」という共通の思考の枠組みが浮かび上がり、収録中にそのシンクロに興奮する場面も見られた。普段は言語学をテーマにする二人だが、今回は「ものの見方を変える教養書」の魅力を存分に語り合っている。
ゆる言語学ラジオ本大賞2025のルール
この企画は、出版業界がどうしても新刊に注目しがちな現状に対して、「ちょっと古いけど本当にいい本を発掘して紹介しよう」という意図で始まった。対象は「今年1年で読んだ中でベストな本」かつ「刊行から3年以上経過した本」。つまり新刊ではなく、いわゆる「死蔵されがちな良書」に光を当てるのが目的だ。昨年は大規模な発表イベントを行ったが、今年は年末の全国五大都市ツアーなどで多忙だったため、収録形式での発表となった。堀元と水野がそれぞれ一冊ずつ選び、互いにその魅力を語り合う構成である。
堀元ベスト本:『フォークの歯はなぜ四本になったか』
堀元が選んだのは、平凡社ライブラリーから刊行されている『フォークの歯はなぜ四本になったか』。著者はヘンリー・ペトロスキーで、原題は"The Evolution of Useful Things"。堀元はこの本を「むちゃくちゃ面白かった」と絶賛するが、同時に「読む前のイメージとまったく違った」とも語る。彼は当初、この本を「設計思想の本」だと思っていた。つまり、優れたデザイナーが意図を持って製品を設計する、というストーリーを期待していたのだ。しかし実際はその逆で、「設計に思想などない」とでも言うべき内容だったという。
この本の核心は、ありとあらゆる人工物のデザインに共通する原理を解き明かそうとする点にある。ナイフ、フォーク、スプーンの進化を徹底的に調べれば、テクノロジーによって生み出された全てのものがどのように進化したのか、という理論を導き出せる——著者は前書きでそう宣言している。堀元はこれを読んで「嘘つけ」と思ったが、読み進めるうちに「マジじゃん」と認識を改めたという。
「形は機能に従う」という定説への挑戦
本書が真っ向から挑戦するのは、「form follows function(形は機能に従う)」という、デザイン界で長年信奉されてきた格言だ。このフレーズは「機能を突き詰めればおのずと正解の形にたどり着く」という思想を表しており、デザイナーにとっては「自分はデザインしたのではなく、機能にデザインさせられた」とドヤ顔で言える、気持ちのいいフレーズでもある。
しかし著者は、この定説では説明できない現象が多すぎると指摘する。「物を食べる」という機能は世界中で共通しているのに、なぜ西洋ではナイフとフォーク、東洋では箸という異なる道具に分かれたのか。もし「形は機能に従う」という原則が本当に普遍的なものなら、どちらか一方の道具に収束するはずではないか。この疑問に対して「文化が違うから」と答えるのは、著者にとっては「それっぽいことを言ってごまかす」言い訳にすぎない。本書は、そうした安易な説明を退け、より本質的な原理を探求する。
フォークの歯が4本になるまでの進化の物語
堀元は、この本のタイトルの問い——フォークの歯はなぜ4本になったのか——を出発点に、著者が提唱する新説を紹介する。まず、ナイフとフォークのどちらが先に生まれたかというと、ナイフである。昔の人々はナイフ一本だけで食事をしていた。片手で肉を押さえ、もう一方の手で切って、そのまま手づかみで食べるというスタイルだった。しかしこれでは洗練されていないため、次に「ナイフ二本」で食べる方法が生まれた。二刀流である。
ところが、ナイフ二本での食事には重大な欠点があった。口を切る危険性と、肉を刺して抑えようとしても、一点で刺すために肉がくるくる回ってしまう問題だ。この「抑えるのが難しい」という失敗を解決するために、刃を二本に分割した「二股のフォーク」が生まれた。これがフォークの起源である。
二股フォークはプロ用の調理器具としては今でも使われている。鉄板焼きの店などで見かけるあれだ。プロにとっては、肉を刺したり抜いたりを素早く行う必要があるため、二本刃のほうが効率が良い。しかし一般の食卓では、二股フォークは「抜けやすすぎる」という新たな問題を生んだ。ステーキを刺してもポロポロ落ちてしまい、口に運べないのだ。
そこで、歯を三本に増やしたフォークが登場する。食べやすくなったが、「もう少し増やしてもいいのでは」という発想で四本刃も作られた。さらに五本刃、六本刃も試みられたが、今度は「抜けづらすぎて食べづらい」という失敗が生じ、淘汰されていった。こうして四本刃が安定した形として定着したのである。
「形は失敗に従う」——プロダクトデザインの本質
このフォークの進化の物語から、著者が導き出す新説が「form follows failure(形は失敗に従う)」である。堀元はこのフレーズの格好良さに興奮しながら、その意味を解説する。全てのプロダクトは、何らかの「失敗」から生まれてくる。ナイフ二本では肉が回るという失敗から二股フォークが生まれ、二股ではこぼすという失敗から三本刃が生まれ、さらに四本刃が定着した。五本刃や六本刃は「離れなくて食べづらい」という失敗によって淘汰された。
つまり、実用品のデザインとは、誰かが意図を持ってゼロから作り出すものではなく、失敗を繰り返しながら進化していくものだというのが本書の主張である。堀元はこれを「生物の進化とパラレル」と表現する。突然変異種が次々に生まれては消えていくように、工業製品もまた、無数の試行錯誤の末に現在の形に落ち着いているのだ。
この視点に立てば、デザイナーの仕事は「ゼロから作ること」ではなく、「既にあるものを少し進めること」になる。堀元は「人類が積み重ねてきたから、今のマイクもパソコンも机もあるんだな」と感慨を述べる。この本を読んで以来、身の回りのものを見るたびに「人類の英知がここに詰まっている」と感じるようになったという。
水野はこの本の価値を「世界へのプロジェクションのしやすさ」と評する。建築や構造物の本は面白くても、地方に住む人にとっては日常的に目にする機会が限られる。しかしプロダクトデザインの本は、スーパーに行けばすぐに何百もの人工物に囲まれる。つまり、この本を一度読んでおくだけで、日常の見え方が根本から変わるという点で、非常に「割のいい教養書」だというのだ。
水野ベスト本:『立体交差/ジャンクション』
水野が選んだのは、大山顕(おおやま・あきら)の写真集『立体交差/ジャンクション』である。水野は以前の回でも大山の別の写真集『ジャンクション』を紹介したことがあるが、今回はその姉妹編とも言える一冊だ。ただし水野が強調するのは、この本の最大の売りは「写真ではない」という逆説的な点である。
この写真集には、巻末に「立体交差論」と題された25ページの書き下ろし論考が収められている。水野はこの文章こそが「凄まじい」と断言する。その凄さを「視点」「雑学」「構成」の三要素に分解しつつ、具体的に紹介していく。
論考の冒頭はこう始まる。「1862年(文久2年)、現在の横浜市鶴見区で重大な交通事故があった。薩摩藩の行列と横浜に滞在していたイギリス人らが衝突した——いわゆる生麦事件である」。水野はここでまず、「生麦事件を『交通事故』と呼ぶ」という大山の視点の斬新さを指摘する。従来、生麦事件は「文化の衝突」として語られることが多い。大名の前を横切るという無礼な行為が、攘夷運動の高まりと相まって武力衝突に発展した、というのが一般的な理解だ。
しかし大山は、これを「交通の衝突」として捉え直す。島津久光の一行は現代ならグリーン車や新幹線を利用していたはずだ、と仮定する。もしそうなら、生麦事件は起きなかった。つまり、この事件は「大名行列という長距離移動手段」と「一般歩行者」という、異なるモードの交通が衝突した事故だったのだ。
大名行列にもブレーキはなかった
大山の論はさらに深まる。目的地までの距離が異なれば、移動の性質も変わる。遠くに行くなら飛行機や新幹線のような高速手段を使い、近くなら歩く。そして、移動速度が上がるということは、「一時停止しなくなる」ということも意味する。新幹線は停車駅が少ないように、高速で長距離移動するための道具は、そもそも「止まる」ように設計されていないのだ。
この視点を大名行列に適用すると、興味深い帰結が得られる。大名行列が前を横切ることを禁止したのは、単に「無礼だから」という文化的理由だけではない。長距離移動する大集団は、容易に止まれないという現実的な理由もあったのだ。ぎっしりと詰まった行列が急に止まるのは難しい。「ストップ、ストップ」と後ろに伝達するだけでも大変である。つまり、大名行列には「ブレーキ機能がなかった」からこそ、前を横切ることを禁止するマナーが生まれたのだ。
堀元はこの説明に、自身が最近読んだ美食ブログの記事を重ね合わせる。高級レストランのテーブルマナーについて、ナイフとフォークをハの字に置けば「まだ食べている」、斜めに揃えれば「下げて良い」という合図になる。これは会話を途切れさせずにウェイターとコミュニケーションを取るための実利的な機能であり、単なる「人を貶めるための無意味なルール」ではないという話だ。堀元は「機能性が一人歩きした結果、カルチャーになった」という点で、大名行列のマナーも同じ構造だと指摘する。
ジャンクションは生麦事件の悲劇を繰り返さないためにある
大山の論の核心はここにある。異なるモードの交通——つまり、ブレーキ機能が貧弱な長距離移動手段(大名行列)と、普通に移動する人々——が衝突しないように、高さの違いによって分離する。それがジャンクション(立体交差)の本質的な機能だというのだ。
この視点に立てば、生麦事件は「ジャンクションがなかったから起きた」と説明できる。もし当時、大名行列と歩行者を立体交差で分離する仕組みがあれば、あの悲劇は起こらなかった。そして実際に、2017年には生麦事件の現場近くに「生麦ジャンクション」が完成している。論考は「生麦事件の話で始まり、生麦ジャンクションの話で終わる」という、見事な構成で締めくくられる。堀元はこのラストを「素晴らしい。余韻がしっかり残る」と絶賛した。
水野はさらに、大山顕という人物の特異性について語る。大山は工場、ショッピングモール、団地、高架下建築など、同時代の人々からは価値を評価されていないものを撮り続けてきた。工場萌えという概念の提唱者としても知られる。そうした対象を「価値あるものだ」と見抜き、記録として残す行為は、後世にとって大きな財産となる。実際、大山が無断で撮影していた工場の写真を、後になってその会社から感謝されたというエピソードも紹介された。
まとめ
このエピソードは、単なる「おすすめ本の紹介」を超えて、ものの見方を変える二つの視点を提供している。堀元の選んだ『フォークの歯はなぜ四本になったか』は、身の回りの工業製品を「人類の失敗の積み重ね」として見る目を養う。水野の選んだ『立体交差/ジャンクション』は、高速道路やジャンクションといった巨大インフラを「交通の衝突を防ぐための装置」として読み解く視点を与える。そして驚くべきことに、両者は「形は失敗に従う」という共通の原理に収束する。ジャンクションもまた、生麦事件という「失敗」から生まれたのだ。このシンクロに二人が収録中に興奮したのも納得である。リスナーにとっては、二冊をセットで読むことで、日常風景の見え方が劇的に変わる体験が得られるだろう。
要点
- 堀元の2025年ベスト本は『フォークの歯はなぜ四本になったか』(ヘンリー・ペトロスキー著)。「形は機能に従う」というデザイン界の定説を覆し、「形は失敗に従う」という新説を提唱する。
- フォークの歯が4本になった理由は、2本では肉がこぼれ、5本以上では抜けづらくなるという「失敗」の積み重ねによる進化の結果である。
- 水野の2025年ベスト本は大山顕の写真集『立体交差/ジャンクション』。巻末の25ページの論考「立体交差論」が圧巻で、写真以上に価値があると評される。
- 大山は生麦事件を「交通事故」と定義し、大名行列にはブレーキ機能がなかったため、異なるモードの交通を分離するジャンクションが必要だったと論じる。
- 生麦事件は「ジャンクションがなかったから起きた」という視点で捉え直され、2017年に完成した生麦ジャンクションの話で論考は締めくくられる。
- 両方の本に共通するのは「形は失敗に従う」という原理。工業製品もインフラも、何らかの失敗を解決するために進化してきた。
- プロダクトデザインの本は日常的に触れる機会が多いため、一度読むだけで世界の見え方が変わる「割のいい教養書」である。
- 大山顕は工場やショッピングモールなど、同時代に価値を認められていないものを記録し続ける稀有な存在で、後世への貢献が大きい。