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ゆる言語学ラジオ · 2026年5月26日

結局、日本語は乱れているのか? #460

AI generated article / ja / study
この記事でわかること
  • 概要 「違くない」「ヤバみ」「すごい美味しい」——世間で「日本語の乱れ」と批判される表現の数々を、言語学の知見から徹底的に擁護する回。ホストの堀元見と水野太貴が、ゲス...
  • [0:02] 「違くない」と「違うくない」——動詞が形容詞化するメカニズム 堀元がまず取り上げたのは、「違くない」と「違うくない」という二つの表現。堀元は当初、これら...
  • 「違う」という動詞には「違い」という名詞形が存在し、これが「い」で終わる点で形容詞(例:長い)と形態的に類似している。さらに「違う」は動作ではなく状態を表す動詞であり...
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出典Podcast

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概要

「違くない」「ヤバみ」「すごい美味しい」——世間で「日本語の乱れ」と批判される表現の数々を、言語学の知見から徹底的に擁護する回。ホストの堀元見と水野太貴が、ゲストの日本語学者・高田祥司先生を「最強の弁護人」に迎え、それぞれの表現が生まれた背景にある言語変化のメカニズムを解き明かしていく。単なる「若者言葉」への擁護論ではなく、日本語の歴史の中に同種の変化が繰り返し現れてきたことを示すことで、「乱れ」という評価そのものの相対化を試みる、知的で痛快な内容となっている。

0:02「違くない」と「違うくない」——動詞が形容詞化するメカニズム

堀元がまず取り上げたのは、「違くない」と「違うくない」という二つの表現。堀元は当初、これらを「動詞『違う』に形容詞の否定形『くない』を無理やりつけている」と捉え、典型的な「日本語の乱れ」だと考えていた。しかし高田は、この現象を「動詞の形容詞化」という観点から説明する。

「違う」という動詞には「違い」という名詞形が存在し、これが「い」で終わる点で形容詞(例:長い)と形態的に類似している。さらに「違う」は動作ではなく状態を表す動詞であり、意味的にも形容詞に近い性質を持つ。この「形の面」と「意味の面」の二重の理由から、「違う」が「違くて」「違くない」という形容詞的な活用をするようになったのだという。

高田はさらに、東北方言や俗語表現を例に挙げる。「ちげえよ」という言い方は「長い」が「なげえ」になるのと同じ音変化であり、その背後に「違い」という形容詞的な語形の存在を仮定しなければ説明がつかない。つまり「違くない」を批判する人が「ちげえ」を気にしないのは、言語学的には不整合だと指摘する。

8:32「くない」の独立——接尾辞化する確認表現

続いて議論は「違うくない」へと移る。これは「違う」に直接「くない」をつけた形で、堀元は「これはさすがに乱れでは」と疑問を呈する。しかし高田は、この現象を「くない」という形式が独立した接尾辞として機能し始めた結果だと説明する。

もともと「長くない」は「長く」+「ない」という分析が可能だが、話し手の意識の中で「くない」が一つのまとまりとして再分析され、動詞や形容動詞にも付加できるようになった。リスナーから寄せられた「無理くない」「あったくない」「嘘くない」といった用例は、この拡大が着実に進行していることを示している。

高田はこの変化を、日本語史における「けれども」の成立と同列に位置づける。「たかけれども」(高けれども)が再分析されて「けれども」という独立した接続詞が生まれたように、「くない」も同様のプロセスを経ている。つまり「違うくない」に違和感を覚える人は、「けれども」にも同じ基準で違和感を覚えるべきだが、実際には誰もそうしない——この指摘は、「乱れ」の基準がいかに恣意的かを浮き彫りにする。

17:28「ヤバみ」「尊み」——接尾辞「み」の主観性

「ヤバみ」「尊み」「バブみ」——形容詞に「み」をつけて名詞化するこの用法も、よく槍玉に挙がる。しかし高田は、形容詞の名詞化には「さ」と「み」という二つの接尾辞があり、両者には明確な意味の違いがあると指摘する。

「さ」は客観的・定量的な性質を表す(深さ4メートル、重さ20キロ)。一方「み」は主観的・感覚的な性質を表す(深みにはまる、重みがある)。「臭さ」が客観的な状態を指すのに対し、「臭み」は魚の生臭さのような具体的な感覚を伴う。この区別に従えば、「ヤバみ」は「ヤバい」という状態を主観的な実感として表現するための、きわめて合理的な造語だと言える。

水野はさらに、この用法を現代の「断定調回避」の傾向と結びつける。「嬉しい」と直接言うのではなく「嬉しみがある」と名詞化することで、表現を遠回しにし、柔らかくする効果がある。これは「〜みたいな」「〜って感じ」といったぼかし表現の系譜に連なるものであり、SNS時代のコミュニケーションスタイルと親和性が高い。

22:06「すごい美味しい」——副詞化と程度表現の拡大

リスナーから最も多く寄せられたのが、「すごい美味しい」のように「すごい」を副詞的に使う用法だった。本来は「すごく美味しい」と連用形にするべきところを、「すごい」のまま形容詞に接続するこの表現も、しばしば「乱れ」の代表例とされる。

高田はこの現象を、程度副詞の歴史的変化の中に位置づける。現代語では「とても」「非常に」などが副詞として定着しているが、もともとは「とても」も「とてもかくても」という連語から派生したものだ。また「すごい」自体、古典語では「凄まじい」と同源でネガティブな意味を持っていたが、現代ではポジティブな評価にも使われるようになった。この「意味の拡大」と「用法の拡大」は、言語変化の常道である。

ここで話題は高田の新刊『文法、どこにありますか?』の紹介へと移る。同書は、Twitterで人気のキャラクター「ニホゴン」と高田、そして「闇落ちしたニホゴン」の三者対話形式で、日本語の様々な疑問を解説する内容だ。特に「かわいいがすぎる」のような表現の分析が特典映像として収録されており、本エピソードの延長線上にある読み物として紹介された。

24:03言語変化の普遍性——「乱れ」という評価の相対化

エピソード全体を通じて浮かび上がるのは、「日本語の乱れ」という評価そのものへの根本的な問い直しだ。高田は、現代の「乱れ」とされる現象のほとんどに、日本語史における先行例が存在することを示す。

「すごい」のポジティブ転用は、古典語「意味じ」(イミジ)がネガティブから程度の甚だしさへと意味を拡大したプロセスと完全にパラレルだ。英語の「awesome」が「畏怖すべき」から「素晴らしい」へと変化した例も同様である。つまり、言語の意味変化には一定の方向性があり、それは「乱れ」ではなく「言語の自然な営み」なのだ。

堀元と水野はこの議論を受け、むしろ「乱れ」を批判する側の基準の不整合を指摘する。「ちげえ」は許容するのに「違くない」は許容しない、「けれども」は使うのに「違うくない」は使わない——こうしたダブルスタンダードは、言語変化に対する無自覚な態度の表れに他ならない。

まとめ

このエピソードの核心は、「日本語の乱れ」という概念そのものを言語学的に解体した点にある。個々の表現の擁護論としても面白いが、それ以上に「なぜ人は言語変化を『乱れ』と感じるのか」というメタレベルの問いを投げかけている。高田の解説は、変化の背後にある規則性と歴史的連続性を明らかにすることで、聴き手に「乱れ」という評価の相対化を促す。結果として、言語に対する寛容さと、変化を楽しむ視点をもたらす、知的で爽快な一編となった。

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