
世界中の色を調べたら、衝撃の事実が分かりました。#442
- 世界中の言語の色の語彙を調べた研究者たちが、偶然にも「色の語彙には普遍的な発展段階がある」という衝撃の法則を発見した。このエピソードでは、ホメロスの奇妙な色遣いから始まっ...
- [0:51] 古代人は色をどう見ていたのか:ホメロスからガイガーへ 前回のエピソードで取り上げられた「ホメロスの色遣いの異常さ」が、今回の議論の出発点となる。ホメロスは「...
- ガイガーの調査から浮かび上がったのは、現代の色の概念が最初から存在したわけではないという事実だった。例えば、英語の「blue(青)」は、多くのヨーロッパ言語で「black...
英語Podcastの要点を、聴く前に日本語で把握したい人。
ゆる言語学ラジオ / Yuru Gengogaku Radio
世界中の言語の色の語彙を調べた研究者たちが、偶然にも「色の語彙には普遍的な発展段階がある」という衝撃の法則を発見した。このエピソードでは、ホメロスの奇妙な色遣いから始まった「古代人は色をどう見ていたのか」という謎が、20世紀の記念碑的研究『基本の色彩語』へとつながる知的冒険が描かれる。堀元見と水野太貴の二人は、色の語彙が少ない言語は「劣っている」のかという倫理的な問いにも踏み込み、工学の発展が語彙を爆発的に増やすという視点から、人間の認識と言語表現の関係を深く掘り下げていく。
古代人は色をどう見ていたのか:ホメロスからガイガーへ
前回のエピソードで取り上げられた「ホメロスの色遣いの異常さ」が、今回の議論の出発点となる。ホメロスは「ワイン色の海」など、現代の感覚では奇妙な色の表現を用いており、これに対してグラッドストンは「古代人は色を正しく認識できていなかった」という仮説を唱えた。この衝撃的な主張を検証するため、文献学者のガイガーは、インド・ヨーロッパ諸語の色の語源を徹底的に調査した。
ガイガーの調査から浮かび上がったのは、現代の色の概念が最初から存在したわけではないという事実だった。例えば、英語の「blue(青)」は、多くのヨーロッパ言語で「black(黒)」を意味する語から派生していることが判明した。少数派では「green(緑)」から派生したケースもあり、青という概念が独立する以前は、黒や緑に包摂されていた時代があったことを示唆している。さらに驚くべきことに、青と黒を表す語根は「輝く」「燃える」という意味を持ち、ギリシャ語では「白」を指す語にも同じ語根が使われていた。つまり、同じ語根が黒、青、白、灰色にまで使われているケースがあるのだ。
黄色についても同様の現象が見られ、黄色を意味する語は「赤みがかった色」から派生したケースが多数派だった。これらの語源調査からガイガーは、人類の色の認識には進化の順序があると結論づけた。すなわち、最初は「黒と赤」の二元的な状況があり、次に黄色、緑、そして最後に青と紫に対する感度が発達したという仮説である。しかし、水野はこの仮説の問題点を指摘する。ガイガーは「色の語彙」と「色覚」を混同していたのだ。語彙がなくても色の違いを知覚できることは、後の研究で明らかになる。
基本の色彩語:バーリンとケイの金字塔
色の研究における記念碑的な論考が、ブレント・バーリンとポール・ケイによる1969年の論文『基本の色彩語』である。彼らは98言語を対象に、マンセル・カラー・チャートと呼ばれる色見本を使って調査を行った。このチャートは、赤から黄色、緑、青、紫へとグラデーションが並んだもので、被験者に「典型的な赤はどれか」という焦点色を尋ねたり、「どこまでが赤か」という色彩カテゴリーの境界線を聞いたりした。
この研究の動機は、当時幅を利かせていた「サピア=ウォーフ仮説」への疑問だった。特に「強い仮説」は、言語が話者の思考を決定すると主張し、言語ごとに全く異なる世界を見ていることになる。もし色のカテゴリーの切り分け方が言語ごとにバラバラなら、この仮説を支持する証拠となる。しかし、バーリンとケイが98言語を調べた結果、焦点色はどの言語の話者もほぼ同じ場所を指し、色彩カテゴリーの境界線も完全に恣意的ではなく、ある程度似通っていることが判明した。これは、サピア=ウォーフの強い仮説への強力な反論となった。
色の派生法則:白と黒から始まる普遍的な順序
バーリンとケイの研究で最も画期的だったのは、98言語の色の語彙リストを眺めているときに気づいた「奇妙な現象」だった。彼らは、色の語彙の発展には法則性があることを発見した。具体的には、二色しか持たない言語は必ず「白と黒」しかあり得ず、青を持っている言語は必ず赤を持っている、というパターンである。
この法則を段階的に示すと、第一ステージは「白と黒」のみ。実際にパプアニューギニアのダニ語は白と黒しか持たない言語として有名で、明るいものと暗いものという大まかな区分で色を表現する。第二ステージで「赤」が加わり、第三・第四ステージで「黄色」と「緑」が任意の順番で現れる。そして第五ステージでようやく「青」が登場する。つまり、赤を持たない言語が黄色や緑を持つことはなく、三色しか持たない言語は必ず「白、黒、赤」の組み合わせになる。堀元はこの順序に驚き、「青の方が黄色より優先順位が高いと思っていた」と述べるが、水野はそれは後天的な文化の影響だと説明する。例えば、アメリカでは昔、男の子が好む色はピンクだったというデータもあるという。
基本の色彩語への不満:例外と限界
しかし、この美しい法則にも例外や問題点が多く見つかっている。まず、日本語はその例外の一つで、昔の日本語では緑色のことを「青」と呼ぶケースが多く、文献上では「青」の方が「緑」より圧倒的に多く登場する。これは「緑の後に必ず青が来る」という法則に反する。また、バーリンとケイは「茶色」と「橙色」を基本の色彩語に含めているが、橙色は明らかに柑橘類の果物に由来しており、基本の色彩語の条件を満たしていない。
さらに、研究の方法論にも限界があった。98言語のうち、ネイティブスピーカーのインフォーマントがいたのは20言語だけで、残りは文献やフィールドワーカーからの情報に頼っていた。特にホメロスの時代の古代ギリシャ語の扱いは問題で、バーリンとケイはホメロスの専門家ではなかったため、色の語彙を現代の感覚で分類してしまった可能性がある。前回のエピソードで触れたように、ホメロスの色彩語は多感覚的な使い方をされている可能性があり、単純に色として分類できないのだ。その後、研究が進むにつれて、この単純な段階モデルでは説明できないケースが増え、現在ではより複雑な「四大原則」モデルに修正されている。水野は「最新モデルは飲み会で話すにはつまらなくなった」と嘆くが、学問の健全な歩みとして受け入れるべきだと語る。
基本の色彩語の認知的な裏づけ:開眼手術と子供の色覚
バーリンとケイの法則を支持する興味深い証拠として、先天盲の人が開眼手術を受けた後に色の語彙を獲得していく順序がある。認知知覚心理学者の餅月俊子先生の研究によると、生後10ヶ月後に失明した人が開眼手術を受けた後、最初に使えるようになった色は「赤」だった。手術後9~14日で赤が現れ、次に白黒、緑、茶色、そして青が来た。黄色は非常に遅く、手術後2年3ヶ月以上経ってから出現した。
この順序はバーリンとケイのモデルと完全には一致しないが、大枠では対応している。赤が最初に来る点、白黒が早い点、青が遅い点は共通している。また、永場美央先生も自身の子育て経験から、子供が最初に覚える色は「赤」で、次に白黒、そして青と黄色だったと報告している。発音の難易度という要素もあるため一概には言えないが、発達過程においてもバーリンとケイのモデルに近い順序が見られることは、この法則に認知的な裏付けを与えている。堀元は「色の三原色で言えば緑が明るさに寄与するから、緑が先かと思ったが、実際は赤なんだ」と驚きを隠せない。
多様性と他者理解:認識は普遍的、言語表現は多様
ここまでの議論から導き出される結論は、「認識は普遍的であるが、言語表現は普遍的ではない」ということだ。人間はマンセル・カラー・チャートをどのように切り分け、どこを焦点色と感じるかという点では共通している。しかし、その認識を出力する際に言語が介在するため、バーリンとケイのような一般化が可能になる。水野はこの事実を「嬉しい」と表現する。なぜなら、認識が普遍的でありながら、文化の一つである言語には多様性が残っているからだ。
堀元はこの考え方を「異文化理解に役立つ」と評価する。全く異なる世界を見ているというサピア=ウォーフの強い仮説とは異なり、私たちは共通の認識基盤を持っている。だからこそ、相手のことを理解する取っ掛かりがある。一方で、言語表現が異なることで多様性も保たれている。この「共通点と多様性のバランス」こそが、異なる文化の人と接する際の程よいラインだと堀元は指摘する。
色の語彙が乏しい言語は劣ってる?:未来人の味覚調査
エピソードの終盤では、倫理的な問いが投げかけられる。「色の語彙が乏しい言語は劣っているのか?」という問いに対して、水野は見事な思考実験で答える。未来から来た人類学者が、現代人の堀元に対して「味覚のマンセル・チャート」を使って調査をすると仮定する。1024個の味のチップを用意し、それぞれを日本語で何と呼ぶか尋ねる。堀元は「甘い」「しょっぱい」「苦い」「甘じょっぱい」など、素朴な語彙でしか表現できない。未来人は「なぜこんなに貧弱な語彙で味を表現しているのか」と驚き、「現代人の味覚は発展途上だ」と結論づけるだろう。
しかし、堀元に「隣り合った味のチップを区別できるか」と尋ねると、ちゃんと区別できる。つまり、語彙が少ないことと、知覚能力が低いことは全く別の問題なのだ。未来人の「なぜ正確な語彙を持たないのか」という問いに対して、堀元は「そんな語彙、必要だと思ったこともない」と答えるだろう。これは色の語彙が少ない言語の話者にも全く同じことが言える。彼らは自分たちの持つ語彙で十分な生活をしており、外から「なぜ水色と群青を分けないのか」と問われるのは、未来人から「なぜ甘いとしょっぱいしか言えないのか」と問われるのと同じくらい的外れなのだ。水野は「工学の発展で語彙が爆発的に増える」と指摘し、現代人がRGBで色を厳密に指定するようになったように、未来の味覚3Dプリンター技術が発展すれば、味の語彙も爆発的に増えるだろうと予測する。
まとめ
このエピソードは、ホメロスの奇妙な色遣いという一見些末な謎から出発し、人類の認識と言語の関係という深遠なテーマにまで到達した。バーリンとケイの発見した色の派生法則は、その後の研究で修正を受けながらも、人間の認知の普遍性を示す重要な証拠として残っている。そして何より、色の語彙が少ない言語を「劣っている」と判断する愚かさを、味覚の思考実験を通じて見事に描き出した点が印象的だ。このエピソードが示すのは、多様性を尊重することの重要性と、工学技術が私たちの言語や認識をどのように拡張していくかという、未来への展望である。
要点
- ホメロスの「ワイン色の海」などの奇妙な色遣いから、古代人の色覚を疑問視する研究が始まった。
- ガイガーは語源調査から、色の認識には「黒・赤→黄色→緑→青・紫」という進化の順序があると仮説を立てたが、語彙と色覚を混同していた。
- バーリンとケイは98言語を調査し、色の語彙には「白・黒→赤→黄・緑→青」という普遍的な発展段階があることを発見した。
- この発見は、言語が思考を決定するという「サピア=ウォーフの強い仮説」への強力な反論となった。
- 日本語の「青葉」のように、緑を青と呼ぶケースなど、この法則には多くの例外も存在する。
- 先天盲の開眼手術後の色語彙獲得順序や子供の色覚発達は、バーリンとケイのモデルを認知的に裏付けている。
- 色の語彙が少ない言語を「劣っている」と判断するのは誤りで、それは工学技術の発展に応じて語彙が増えるという、言語の実用性の問題である。