
なぜVCのハイプサイクルは常に間違うのか | VCラウンドテーブル | E2307
- 今週のスタートアップ業界を象徴するVCラウンドテーブル。Cowboy VCのAileen Lee、FloodgateのMike Maples、Lerer Hippea...
- 議論は、ベンチャーキャピタル業界の流動性問題から、AIモデルの選定、政府の規制動向、さらには子育てや社会格差にまで及んだ。3人の投資家は、ファンドサイズを戦略の核心と...
- [5:13] ベンチャー流動性の回復とLPへの影響 近年のベンチャーキャピタル業界における最大の課題の一つが、IPOやM&Aによる出口戦略の停滞だった。しかし、Spa...
英語Podcastの要点を、聴く前に日本語で把握したい人。
This Week in Startups / Jason Calacanis
- Mike Maplesは、AI企業の成長ベンチマークが従来の「トリプル・トリプル・ダブル・ダブル」から「5倍・4倍」へと引き上げられており、これが長期的な価値創造を阻害していると警告した。
- Ben Lererは「企業は買われるものであって、売られるものではない」と述べ、外部からの真剣な買収提案があった場合、最初のオファーを軽視すべきではないと強調した。
- Aileen Leeは、Mutinyの事例を挙げ、Pre-AI企業が「船を燃やす」大胆なピボットを成功させるのは極めて困難であり、顧客基盤や課題の性質によって戦略を変える必要があると指摘した。
- Mike Maplesは「ファンドサイズはあなたの戦略である」と断言し、小規模ファンドの方が出口の選択肢が多く、パワーローに基づく現実的なリターンを追求できると論じた。
- 3人の投資家は、1億ドル規模のシリーズAラウンドを「キングメイキング」と批判し、歴史的に見て巨額のシード調達が10億ドル以上の出口に繋がった事例はWizのみだと警告した。
- Aileen Leeは、GLM-5.2のようなオープンウェイトモデルの台頭により、スタートアップはモデル非依存の姿勢を強めるべきだが、ファインチューニングへの過度な投資は「追いかけるボールが常に前方にある」状態だと指摘した。
- Ben Lererは、AIに対する社会の否定的な見方が深刻化しており、ソーシャルメディア規制の失敗を繰り返さないためにも、業界全体で積極的に対応すべきだと主張した。
- Mike Maplesは、AIが生成する「スロップ」が溢れる世界では、その正しさを証明する「アクセプタンスAI」の価値が高まり、Drataのような企業が重要な役割を果たすと予測した。
今週のスタートアップ業界を象徴するVCラウンドテーブル。Cowboy VCのAileen Lee、FloodgateのMike Maples、Lerer HippeauのBen Lererという3人のベテラン投資家が、AI時代におけるバリュエーションの高騰、資金調達ラウンドの大型化、そして投資戦略の根本的な変化について白熱した議論を交わした。ホストのAlex Wilhelmが進行を務め、各投資家のファンド規模や投資哲学の違いが浮き彫りになる展開となった。特に、従来の「トリプル・トリプル・ダブル・ダブル」という成長のベンチマークが、AI企業では「5倍・4倍」へと引き上げられている現状や、シードラウンドで1億ドルを調達する「キングメイキング」現象について、パネリストたちは強い懸念を示した。
議論は、ベンチャーキャピタル業界の流動性問題から、AIモデルの選定、政府の規制動向、さらには子育てや社会格差にまで及んだ。3人の投資家は、ファンドサイズを戦略の核心と位置づけ、大型ファンドへの拡大を意図的に避ける姿勢で一致した。彼らは、短期的なトレンドに乗った「今この瞬間の課題」を解決するスタートアップではなく、長期的な参入障壁(moat)を構築できる「難しい課題」に取り組む企業への投資を重視している。エピソード全体を通じて、AIバブルの熱狂と、その裏側にある持続可能性への警鐘が交錯する、示唆に富んだ内容となった。
ベンチャー流動性の回復とLPへの影響
近年のベンチャーキャピタル業界における最大の課題の一つが、IPOやM&Aによる出口戦略の停滞だった。しかし、SpaceXやStripeといった巨大企業からのセカンダリー取引による資金還流が、状況を変えつつある。Ben Lererは、自身のファンド規模(1億5,000万〜2億ドル)では、LP(Limited Partner)に還元できる金額は限定的であり、大型ファンドほど流動性の回復を切実に必要としていないと説明した。彼のLPは長期投資を前提としており、短期的なリターンよりも、ポートフォリオ企業の成熟を待つ忍耐力を持っているという。
一方、Aileen Leeは、あるLPがベンチャーへのエクスポージャー目標を25%としていたにもかかわらず、大型ファンドの含み益増加により実際には45%に達している事例を紹介した。この「分母効果(denominator effect)」は、2021年のバブル期にも見られた現象であり、SpaceXなどの大型案件が実際に現金化されれば、LPは再び多様なファンドに資金を配分できるようになる。Mike Maplesは、Floodgateが過去2年間で3億5,000万ドル以上の流動性をLPに還元したと述べ、シードファンドは大型ファンドよりも出口の選択肢が多い点を強調した。
Bending SpoonsのIPOは、この流動性回復の象徴的な事例として取り上げられた。同社は1株29ドル(公開価格レンジ26〜28ドルを上回る)、評価額約185億ドル(非希薄化ベースで110億ドル)で上場。前年比で売上高を倍増させ、GAAPベースで営業利益と純利益を計上する好調ぶりだ。同社はEvernoteやVimeoといった老舗企業を買収・統合する戦略をとっており、Mike Maplesはこれを「Pre-AI企業」の出口戦略として有望視する。従来のSaaS企業が低いバリュエーションマルチプルに苦しむ中、Bending Spoonsのようなロールアップ戦略が、2000年代のユニコーン企業に流動性をもたらす可能性があると指摘した。
「企業は買われるものであって、売られるものではない」—出口戦略の現実
Ben Lererは、出口戦略に関する自身の哲学を「企業は買われるものであって、売られるものではない(Companies get bought, not sold)」と明確に述べた。彼は、不完全な企業を無理に売却しようとしても、まともなバリュエーションを得ることは極めて困難だと指摘する。Lerer HippeauのパートナーであるEric Hippoは、「最初のオファーがおそらく最良のオファーである」という原則を持っており、外部から真剣な買収提案があった場合、それを軽視すべきではないと強調した。もちろん、プロセスを競争させることは重要だが、並外れた企業でない限り、流動性を創出できる機会は限られているという現実を認識すべきだと述べた。
Mike Maplesは、Floodgateが支援したEgnyteの事例を紹介した。同社は2023年2月に約15億ドルでPE(プライベートエクイティ)に売却された。創業者のVineet Jainは長年IPOを目指していたが、SaaS企業のマルチプルが低迷する中で、PE傘下で価値を最大化する道を選んだ。Maplesは、この決断が結果的に正しかったと評価する。上場企業は四半期ごとの業績に常に晒され、一つのミスで市場から厳しく罰せられる。PEへの売却は、長期的な価値創造を優先する選択肢として有効だという。
Aileen Leeは、ポートフォリオ企業の「船を燃やす(burn the boats)」戦略について語った。Mutinyという企業は、成長はしていたがAIネイティブではなかった製品から、完全にAIファーストの製品スイートへと大胆に転換した。この過程で多くの人員削減を伴ったが、結果として顧客に真の価値を提供できる製品を生み出せたという。しかし、このようなピボットを成功させられる企業は多くない。顧客ベースや解決する課題の性質によって、完全な刷新が適さない場合もある。Aileenは、既存の顧客関係を維持しながら進化するDrataのような企業も重要だと指摘した。
成長の新基準:トリプル・トリプル・ダブルから5倍・4倍へ
Mike Maplesは、成長企業の財務規律に関する「ルール・オブ・70」を紹介した。これは、企業が成長率と利益率の合計を70%に保つという原則だ。例えば、成長率が40%なら利益率は30%必要であり、これを下回る場合は成長第一の戦略を正当化できない。Maplesは、自身が関与したKeepSafeの事例を挙げ、同社が成長第一から利益第一へと転換し、10年以上にわたって配当を続けていることを紹介した。Floodgateは150万ドルを投資し、これまでに1,000万ドル以上の配当を得ている。これは「スローARR(年間経常収益)」だが、優れたリターンだと評価した。
しかし、現在のAI企業に求められる成長基準は、従来とは根本的に異なる。従来のエンタープライズSaaSのベンチマークは「トリプル・トリプル・ダブル・ダブル(1→3→9→18→36)」だったが、現在のAIスタートアップには「5倍・4倍(1→5→20)」の成長が求められている。Maplesは、このハードルの上昇はエコシステム全体にとって良いことではないと警告する。なぜなら、この基準は、より困難で時間のかかる課題に取り組む企業への資金流入を阻害しているからだ。
Ben Lererは、この傾向が「今この瞬間の問題」を解決する企業への資金集中を招いていると批判する。現在のAIモデルの能力に合わせたプロダクトを短期間で構築し、簡単に得られる収益を追いかける企業が増えている。しかし、そのような企業の収益は品質が低く、リニューアル率も悪い。Lererは、真の参入障壁(moat)を構築できる「難しい課題」に取り組む企業を支援したいと考えているが、シリーズB以降の資金調達が極めて困難になっている現状を嘆いた。シードラウンドで5,000万〜7,000万ドルの評価額を得る「コンセンサスシード」が横行する中、彼は「不機嫌な老人」のように感じていると冗談交じりに語った。
ファンドサイズは戦略である—小規模ファンドの合理性
Mike Maplesは、「ファンドサイズはあなたの戦略である(Fund size is your strategy)」という持論を展開した。その理由は、パワーロー(冪乗則)が現実だからだ。ファンドサイズは、LPに対する「最大の出口規模」のコミットメントを意味する。例えば、1億ドルのファンドで5倍のリターンを目指す場合、最大の出口案件から2億5,000万ドルの利益を生み出す必要がある。ファンドが大きくなれば、それだけ大きな出口が必要となり、投資対象が限定される。Maplesは、現在の投資環境を「ホットプロジェクト」と「ウィアードプロジェクト」の二つに分類する。ホットプロジェクトはマルチステージファンドが好む案件で、非コンセンサスなのは「その upside がさらに大きい」という点だ。一方、ウィアードプロジェクトはマルチステージファンドのレーダーにすら映らない。Floodgateが支援したSmarterDxは、2022年に投資し、10億ドルで出口を迎えたが、マルチステージファンドにとっては興味すら引かない規模だったという。
Ben Lererも同様の立場をとる。Lerer Hippeauは、ファンド8号が1億4,500万ドル、9号が2億ドルと徐々に規模を拡大してきたが、3億ドルファンドを目指すつもりはない。彼は「我々は骨の髄までアーリーステージの集団だ」と断言する。多くの資金を運用するファンドの手数料収入が魅力的に見えることは認めつつも、シリーズBのリード投資家になることは自分たちのスキルセットではないと語る。彼らが得意とするのは、人材を見極め、初期段階から伴走することだ。
Aileen Leeは、Cowboy VCが2023年に2億3,000万ドルのファンド4号と1億4,000万ドルのオポチュニティファンドをクローズしたことを紹介した。彼女は、現在のファンドサイズに満足しており、ファンド5号の調達は計画していない。3人の投資家は、大型ファンドへの拡大を意図的に避けることで、アーリーステージ投資に特化した戦略を維持している。これは、短期的なトレンドに踊らされず、長期的な視点で価値を創造するという彼らの信念の表れだ。
1億ドル規模のシリーズAとキングメイキングの危険性
Alex Wilhelmは、Star Cloud(1億7,000万ドル)、General Intuition(3億2,000万ドル)、Scale Cognition(1億ドル)、Scout AI(1億ドル)など、1億ドル規模のシリーズAラウンドが相次いでいる現状を提示した。Aileen Leeは、これらのラウンドは「シード」や「A」と呼ばれているが、従来の定義とは大きく異なると指摘する。調達額、バリュエーション、次回ラウンドの期待値、そして最終的に求められるメトリクスが、すべて桁違いなのだ。彼女は、「3週間前に事業を始めた創業者が、プレマネー1億ドルで2,000万ドルのシードラウンドを調達しようとしている」という異常事態を目の当たりにしていると語る。
Mike Maplesは、この現象を「キングメイキング(王様づくり)」と呼ぶ。大型マルチステージファンドが、競争の激しいカテゴリーで「この分野は我々が取った」と市場にシグナルを送るために、巨額の初期投資を行う。しかし、彼は歴史的な教訓を挙げて警告する。ドットコムバブル期、Mark CubanがBroadcast.comで1億ドルのシリーズAを調達していたら、今日のMark Cubanは存在しなかっただろう。史上最大のシードラウンドで10億ドル以上の出口を達成した企業はWiz(2,100万ドル調達)だけだ。巨額の資金を早期に調達することは、選択肢(optionality)を大幅に奪う。もしバブルの中にいる自覚があるなら、様々なシナリオで利益を出せるポジションを取るべきであり、巨額調達はその逆を行く行為だとMaplesは断言する。
Ben Lererは、これらの大型ラウンドの多くが、まだ「爆発(blow up)」していないだけだと指摘する。今後12〜36ヶ月の間に、実態のない企業が明らかになるだろう。数十億ドルの評価額を得た企業が、同時にゼロになるリスクを抱えている。これは伝統的なベンチャー投資では考えられなかったスピード感だ。Aileen Leeは、調達額の多くがトークン(API利用料)に費やされている点を問題視する。しかし、オープンウェイトモデルの台頭によりトークンコストは低下傾向にあり、その前提で巨額を調達すること自体がリスクだと警告した。
オープンウェイトモデルとモデル非依存のジレンマ
中国政府の規制により、AnthropicやOpenAIの最新モデルへのアクセスが制限される中、GLM-5.2のような中国製オープンウェイトモデルへの関心が高まっている。Aileen Leeは、多くのポートフォリオ企業がGLM-5.2をテストしており、同等の結果を「数分の一のコスト」で得ていると報告している。企業はモデル非依存(model-agnostic)の姿勢を強めており、特定のモデルに過度に依存しない戦略を取ろうとしている。
しかし、Mike Maplesは、ファインチューニング(微調整)の有効性に疑問を呈する。CursorがKimi 2.5をファインチューニングしてComposer 2.5を開発したように、特定のモデルに合わせて調整しても、すぐに次世代モデル(2.6、2.7)が登場してしまう。これは「追いかけるボールが常に前方にある」状態であり、時間と資金の無駄になりかねない。Maplesは、企業は「AIピルド(AI漬け)」になるべきだと主張する。つまり、最前線のモデルを使って新しい知識を創造し、その知識を安価なモデルに転移させるプロセスを確立することだ。深い洞察(deep work)を、チェックリストやマニュアルに変換し、モデル費用の階層を下りていくイメージだ。
Ben Lererは、この議論の裏側にある根本的な問題を指摘する。AnthropicやOpenAI、Googleは、オープンソースモデルの品質向上を認識しており、単純にAPI価格を上げ続ける戦略は取れない。彼らはアプリケーション層に進出し、より高付加価値の領域を狙うだろう。その結果、インフラ層とアプリケーション層の境界が曖昧になり、アプリケーション層への投資が極めて難しくなっている。Aileen Leeは、Drataのような企業が「信頼の第三者」としての役割を果たす可能性を示唆した。AIが生成する「スロップ(粗悪なコンテンツ)」が溢れる世界では、その正しさを証明する「アクセプタンスAI」の価値が高まる。これは、かつてOktaがアイデンティティ管理の分野で果たした役割と類似している。
トランプ政権のAI政策と社会的不安
Mike Maplesは、トランプ政権によるAnthropicのMythosおよびFableモデルへの対応について、明確な評価を避けた。彼は、政府がフロントライアモデルに関与すること自体に懸念を表明する。バイデン政権が進めようとした規制の動きが、裏口から再現されることを危惧している。また、Amazonをはじめとするハイパースケーラー(大手クラウド事業者)の対応も問題を複雑にしていると指摘した。中国との競争を考えると、過度な規制は米国の競争力を損なう可能性がある。
Aileen Leeは、マンハッタン計画との類似性に言及した。核兵器開発時と同様に、AIの研究者たちは自らの成果の危険性を認識し、規制の必要性を訴えている。しかし、中国はGLM-5.2で急速に追い上げており、米国だけが規制を強化すれば、競争上の優位性を失うリスクがある。彼女は、連邦政府機関も企業も、AIエージェントによる24時間365日のハッキング攻撃に備えられていないと警告した。
Ben Lererは、より広範な社会問題に焦点を当てた。AIに対する一般市民の否定的な見方は深刻であり、彼の友人たちも「恐怖」を感じているという。特に、OpenAIが「スター・ウォーズの帝国」のように描かれるネガティブなナラティブが広がっている。彼は、富の格差が拡大する中で、AIが短中期的にこの問題を改善するとは思えないと述べた。労働分配率のGDP比は1950年代の60%台後半から現在は約57%に低下しており、これが社会的不満の根源だと指摘する。一方で、ソーシャルメディアに対する規制の失敗を反省し、AIにおいては同様の過ちを繰り返すべきではないと主張した。子供たちへの影響を考慮し、AI時代の子育てについても深い懸念を示した。
結びに
今回のエピソードは、AIバブルの只中にあって、最も冷静で経験豊富な投資家たちが何を考え、どのように行動しているかを生々しく伝えた点で極めて価値が高い。3人のパネリストは、短期的な熱狂に踊らされることなく、長期的な価値創造と持続可能なビジネスモデルを重視する姿勢で一致した。彼らの議論は、単なる投資戦略の話に留まらず、テクノロジー業界が直面する倫理的・社会的課題にまで及んだ。特に印象的だったのは、ファンドサイズを戦略の核心と位置づけ、あえて大きくならない選択をする彼らの姿勢だ。これは、規模の拡大こそが成功の証と見なされがちな業界において、異彩を放つ価値観である。
また、「企業は買われるものであって、売られるものではない」というBen Lererの言葉や、「ファンドサイズはあなたの戦略である」というMike Maplesの持論は、スタートアップ経営者や投資家にとって示唆に富む。彼らは、現在の「キングメイキング」現象や「1億ドルシリーズA」の危険性を明確に指摘し、歴史的な教訓を踏まえた警告を発した。AIの進化が加速する中で、何が本質的な価値であり、何が一時的なノイズなのかを見極めるための、貴重な羅針盤を提供してくれたエピソードだった。
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