
量子が30年間「あと10年」と言われ続ける理由 | E2316
- 本エピソードは、東京で開催されたFounder Universityのイベントから収録されたもので、ホストのJason Calacanisが、量子コンピューティングの...
- 議論は、量子ビット(qubit)の基本的な概念の説明から始まり、エラー率の高さという根本的な課題、そしてそれを克服するための「量子誤り訂正(QEC)」の重要性へと展開...
- [3:20] 量子ビット(Qubit)の本質と誤解:なぜ「超高速」ではないのか Nakashoji氏はまず、量子コンピュータに関する最大の誤解を解くことから始めた。多...
英語Podcastの要点を、聴く前に日本語で把握したい人。
This Week in Startups / Jason Calacanis
- 量子コンピュータは「超高速なCPU」ではなく、組み合わせ最適化や暗号解読など特定の問題に特化したアクセラレータである。この誤解を解くことが、技術を理解する第一歩である。
- 量子ビットのエラー率は依然として高く(100~1,000回に1回)、実用化には「量子誤り訂正(QEC)」が不可欠。この課題は、1980年代の古典コンピュータの黎明期と類似している。
- Yaqumoが採用する「中性原子」方式は、超伝導方式と比較してコストを100分の1から1,000分の1に削減できる可能性があり、スケーラビリティと経済性で優位に立つ。
- アルゴリズムの進化により、実用的な計算に必要な量子ビット数は、10年前の予想(100万量子ビット)から1%(1万量子ビット)にまで減少しており、2030年頃の実用化が見えてきた。
- AIは量子コンピュータのエラー訂正に既に活用されており(AI for Quantum)、将来的には量子コンピュータが生成する独自データがAIモデルをさらに進化させる(Quantum for AI)という相互進化のサイクルが期待される。
- 「Harvest Now, Decrypt Later」戦略により、国家レベルの攻撃者が現在の暗号化データを収集し、将来の量子コンピュータで解読する脅威が現実化しつつある。ビットコインを含む暗号資産も標的となる。
- Yaqumoのビジネスモデルは3段階で計画されている:研究機関向け販売(~2028年)→ データセンター向け販売(2030年~)→ 量子データ/エントロピーのサービス化(2035年~)。
- 日本の大学発ディープテックは、IPの商用化プロセスが未成熟であり、創業者と大学の間の交渉は困難を伴う。しかし、トップ研究者との強固な連携は、国際的な人材獲得における強力な武器となる。
本エピソードは、東京で開催されたFounder Universityのイベントから収録されたもので、ホストのJason Calacanisが、量子コンピューティングのスタートアップYaqumo(ヤクモ)のCEO、Kazuhiro Nakashoji(中庄司和宏)氏を迎え、約1時間にわたって行われた対談である。量子コンピュータは「この30年間、常にあと5~10年先の技術」と言われ続けてきたが、なぜ実用化がこれほど難しいのか、そして今、なぜその状況が変わりつつあるのかが、ハードウェアとソフトウェアの両面から深く掘り下げられた。Nakashoji氏は、自社が採用する「中性原子(neutral atoms)」方式の優位性、大学発ディープテック・スタートアップの現実、国際的なサプライチェーンの構築、そしてAIと量子コンピュータの相互進化について、具体的な数字と事例を交えながら詳細に解説した。
議論は、量子ビット(qubit)の基本的な概念の説明から始まり、エラー率の高さという根本的な課題、そしてそれを克服するための「量子誤り訂正(QEC)」の重要性へと展開した。さらに、従来1,000万量子ビットが必要と考えられていた計算が、アルゴリズムの進化により1万量子ビットまで削減されたという驚くべき進歩が明らかにされた。Nakashoji氏は、2030年頃には実用的な量子コンピュータが登場し、データセンターに設置されるという見通しを示した。また、現在の暗号技術(RSA)が量子コンピュータによって破られる「Harvest Now, Decrypt Later(今収穫し、後で解読する)」という脅威についても警鐘を鳴らし、ビットコインを含む既存の暗号資産や軍事機密に及ぼす影響について議論した。ホストのCalacanisは、この対談を「10年前のOpenAIやDeepMindとの会話のようだ」と評し、量子コンピューティングがまさに転換点を迎えているとの認識を示した。
量子ビット(Qubit)の本質と誤解:なぜ「超高速」ではないのか
Nakashoji氏はまず、量子コンピュータに関する最大の誤解を解くことから始めた。多くの人は量子コンピュータを「従来のCPUやGPUの超高速版」と想像するが、それは正確ではない。量子コンピュータは、組み合わせ最適化問題やRSA暗号の解読といった、特定の種類の「難しい問題」に対してのみ威力を発揮する。これは、従来のコンピュータがすべての計算に使えるのとは対照的であり、量子コンピュータはあくまで特定の用途に特化したアクセラレータとしての役割を担うという点が強調された。
量子ビットの本質は「重ね合わせ(superposition)」にある。従来のビットが0か1のいずれか一方の状態しか取れないのに対し、量子ビットは0と1の両方の状態を同時に取ることができる。しかし、この状態は非常にデリケートであり、外部からのわずかなノイズや干渉によって簡単に崩れてしまう。この「 fragile(脆弱性)」こそが、量子コンピュータの実用化を阻む最大の壁の一つである。Nakashoji氏は、現状の量子計算では「100回や1,000回に1回の割合でエラーが発生する」と述べ、このエラー率の高さが実用化への大きな障壁となっていることを認めた。
このエラー問題を解決するために不可欠なのが「量子誤り訂正(Quantum Error Correction: QEC)」である。量子ビットが持つ情報を保護し、エラーを検出・訂正することで、スケーラブルでロバストな量子コンピュータを実現する。Calacanisはこの状況を、1980年代のパーソナルコンピュータの黎明期に例えた。当時はメモリリークやハードディスクの不調が頻発し、ユーザーは2時間おきに再起動するのが当たり前だった。量子コンピュータは、まさにその「古典コンピュータの50~60年前の状態」にあるとNakashoji氏は同意し、現在の苦労は技術の成熟過程における必然的な通過点であると位置づけた。
ハードウェアの競争:超伝導、イオントラップ、そして中性原子
量子ビットを実現するためのハードウェア方式は、現在もなお競争が続いている。Nakashoji氏は、主要なアプローチとして、GoogleやIBMが採用する「超伝導量子ビット(superconducting qubit)」、イオンに電荷を持たせて制御する「イオントラップ(ion trap)」、そして自社Yaqumoが採用する「中性原子(neutral atoms)」方式を挙げた。超伝導方式は極低温(絶対零度近く)まで冷却するための大型冷凍機が必要であり、システム全体が大規模化・高コスト化する傾向がある。
Yaqumoが選択した中性原子方式は、電荷を持たない原子を真空中に配列し、レーザーを用いて制御する。この方式の最大の利点は、量子ビット間の干渉が少なく、理論上は非常に高いスケーラビリティ(拡張性)を持つことだ。Nakashoji氏は、この方式を「トヨタ自動車」に例えた。トヨタはタイヤやエンジンをすべて自前で作るわけではなく、それらを設計・統合して一台の自動車として市場に送り出す。Yaqumoも同様に、レーザー、真空チャンバー、制御機器などのコンポーネントをサプライヤーから調達し、それらを統合して「フルスタックの量子コンピュータ」を提供することを目指している。
このアプローチの優位性は、コスト面でも顕著である。Nakashoji氏は、超伝導方式では1物理量子ビットあたり約100万ドル(約1.5億円)のコストがかかるとの試算を紹介した。一方、中性原子方式では、そのコストを100分の1、あるいは1,000分の1にまで引き下げられる可能性があると主張する。この圧倒的なコスト優位性こそが、Yaqumoが競合に対して持つ最大の強みであり、実用的な量子コンピュータの普及を加速させる鍵になると同氏は考えている。
大学発ディープテックの現実:京都大学からのスピンアウト
Yaqumoは、京都大学と自然科学研究機構 分子科学研究所(IMS)という二つのトップ研究機関からスピンアウトしたスタートアップである。Nakashoji氏は、日本の大学における技術移転(IPの商用化)の現状について、米国と比較して「まだ経験が浅い」と率直に認めた。米国ではスタンフォード大学などが積極的にベンチャーキャピタルと連携し、学生や教授の研究をスピンアウトさせるエコシステムが確立されているが、日本ではその方法論がまだ固まっていないという。
大学とのIP交渉は「常に難しい交渉」だとNakashoji氏は述べる。大学側は研究投資の回収と利益を求める一方、創業者側は事業を成功させるために有利な条件を獲得する必要がある。交渉の結果、大学が株式(ストックオプション)を受け取るケースや、一定期間のロイヤリティ(使用料)を支払うケースなど、様々な形態がある。このプロセスは、ディープテック・スタートアップにとって最初の大きなハードルの一つである。
Yaqumoの強みは、二つの研究機関のトップ研究者をアドバイザーとして迎え入れている点にある。京都大学の高橋義朗教授は、中性原子の一種である「イッテルビウム(Yb)」の基礎研究において、30年以上にわたり世界の60~70%の知見を生み出してきた第一人者である。また、IMSの大森健二教授も同分野の権威である。この二人の「ロックスター」科学者が協力する体制は、世界中から優秀な人材を引き寄せる強力なセールスポイントとなっている。実際、Yaqumoの70名の従業員のうち約55名が技術系であり、その20~30%はオーストラリアやトルコなどからの外国人である。CTO直属の3つの部門のうち2つは外国人がトップを務めており、国際色豊かな組織文化が形成されつつある。
AI for Quantum、Quantum for AI:相互進化のシナリオ
AI(人工知能)の急速な進歩は、量子コンピューティングの開発にも大きな影響を与えている。Nakashoji氏は、この関係を「AI for Quantum」と「Quantum for AI」の二つの側面から説明した。まず「AI for Quantum」は、すでに現実のものとなっている。量子コンピュータの計算中に発生するエラーを特定・推定するために、従来の古典コンピュータ(GPUやCPU)が使われるが、このエラー訂正のプロセスに、LLM(大規模言語モデル)を含むAI技術が積極的に活用されている。AIはエラーのパターンを学習し、より効率的な訂正を可能にする。
一方、「Quantum for AI」は、まだ実用的な例は存在しないものの、将来の大きな可能性として語られた。量子コンピュータは、古典コンピュータでは決して生成できない種類のデータ(例えば、流体力学のシミュレーション結果など)を生み出すことができる。この「量子データ」をAIモデルの学習に利用することで、従来よりもはるかに賢く、高精度なAIモデルを生み出せる可能性がある。MITの研究者による理論的な論文も発表されており、Nakashoji氏はこの分野が量子コンピュータ企業にとって「莫大な収益源」になると予測する。
さらに、将来のコンピュータは、CPU、GPU、そしてQPU(量子処理ユニット)が連携する「ハイブリッド・システム」になるとの見解が示された。これは、トヨタのハイブリッド車(プリウス)に例えられ、タスクに応じて最適なプロセッサに処理を振り分けるアーキテクチャが想定されている。例えば、組み合わせ最適化はQPU、画像認識はGPU、一般的な制御はCPUが担当する。このハイブリッドシステムの研究は、日本の筑波研究学園都市ですでに始まっているという。また、量子コンピュータの消費電力は、同等の計算を行う古典コンピュータよりもはるかに少なく、40~50量子ビットの規模で既にその優位性が確認されているというデータも紹介された。
「Harvest Now, Decrypt Later」:暗号の終焉と国家の関与
量子コンピュータがもたらす最も差し迫った脅威の一つが、現在のインターネットを支える公開鍵暗号(RSA暗号など)の破壊である。Nakashoji氏は、量子コンピュータ研究者の間では「今後5~10年以内にRSA暗号が解読可能になる」という認識が広がっていると述べ、これは誇張ではなく現実的な見通しであると強調した。特定の規模の量子ビットを搭載したQPUが実現すれば、RSA暗号を解くことができるという研究結果は既に存在する。
特に警戒すべきは「Harvest Now, Decrypt Later(今収穫し、後で解読する)」という戦略である。これは、国家レベルの攻撃者が現在の暗号で保護されたデータ(軍事機密、外交文書、金融情報など)を先に収集・保存しておき、将来、量子コンピュータが実用化された時点で一斉に解読するという手法である。Nakashoji氏は、一部の国がすでにこの戦略を実行に移している可能性に言及し、データの「賞味期限」を考慮する重要性を訴えた。ビットコインなどの暗号資産も、この脅威の対象となる。
このようなデュアルユース(民生用と軍事用の両方に使える)技術を扱うスタートアップとして、Yaqumoは政府との透明性の高い対話を重視している。米国政府は2028年までに実用的な量子コンピュータを実現するという野心的な目標を掲げており、Nakashoji氏はこの目標を「アグレッシブ」と評価しつつも、技術の保護と悪用防止のために政府との協力関係を構築することの重要性を強調した。また、中国も量子コンピューティング分野で非常に積極的に研究開発を進めており、米国、EU、日本と並んでトップグループを形成しているとの認識を示した。ただし、中国は研究成果のすべてを公開しているわけではなく、情報管理には慎重な姿勢が見られると指摘した。
Yaqumoのビジネスモデル:研究用からデータセンター、そしてデータaaSへ
聴衆からの質問に答える形で、Yaqumoの具体的なビジネスモデルと収益化のロードマップが明らかにされた。現在、競合の量子コンピュータ(例:IBMや東芝のSQBM)は1時間あたり90ドルから3,000ドルと非常に高価である。Yaqumoは、中性原子方式による圧倒的なコスト優位性を武器に、この価格を劇的に引き下げることを目指す。
同社のビジネスモデルは、3つのフェーズに分けて計画されている。第1フェーズ(今後5年間)は、主に大学や研究機関向けに「研究用ボックス」としてフルスタックの量子コンピュータを販売する。これはまだ商用利用を想定したものではなく、研究者が量子アルゴリズムの開発や実験に使用するためのプラットフォームとして位置づけられる。第2フェーズ(2030年以降)は、FTQC(Fault-Tolerant Quantum Computer:誤り耐性型量子コンピュータ)の実現を目指し、これをデータセンター向けに販売する。この段階では、ラック単位での販売が想定されている。
そして第3フェーズ(2035年以降)は、量子コンピュータを「サービス」として提供する時代を見据えている。具体的には、量子計算によって生成された独自のデータ(量子データ)や、量子エントロピー(乱数)をサービスとして販売する「Quantum Data as a Service」や「Quantum Entropy as a Service」といったビジネスモデルが構想されている。これは、AI業界におけるScale AIのようなデータプロバイダーの役割を量子コンピューティング分野で担うことを意味する。Nakashoji氏は、暗号解読は量子コンピュータの応用例の一つに過ぎず、同社は新材料開発や創薬につながる「量子化学(quantum chemistry)」など、より広範な応用分野に注力していく考えを示した。
結びに
今回のエピソードは、量子コンピューティングが単なる理論上の可能性から、具体的なエンジニアリングとビジネスの課題へと移行している過渡期にあることを鮮明に描き出した。長年「あと10年」と言われ続けてきた技術が、アルゴリズムの進化とハードウェアの多様化により、初めて現実的なタイムライン(2030年)に乗ったという主張は、説得力を持って受け止められた。特に、中性原子方式によるコスト優位性の主張や、AIとの相互進化シナリオは、量子コンピューティングの未来像に新たな具体性を与えている。
また、この対談は、ディープテック・スタートアップが直面する現実、すなわち大学とのIP交渉、国際的な人材獲得、サプライチェーンの構築、そして国家の安全保障と技術のデュアルユース問題といった、技術以外の複雑な課題にも光を当てた。Nakashoji氏の「トヨタの量子版」を目指すというビジョンは、垂直統合型のビジネスモデルが、まだ標準化されていないこの分野でいかに重要かを示している。そして、暗号解読の脅威「Harvest Now, Decrypt Later」は、量子コンピュータの実用化がもたらす社会的・地政学的なインパクトの大きさを改めて認識させる、強烈な警鐘であった。
あわせて読む
同じ番組の別エピソードや、近いテーマの記事から続けて読めます。





