
AI時代におけるグローバル組織の拡大:ServiceNow会長兼CEO ビル・マクダーモットとの対談
- ServiceNowのCEOであるBill McDermott(ビル・マクダーモット)は、16歳でデリカテッセンを購入した経験から、ビジネスの本質は顧客にあると確信した。...
- マクダーモットは、現在のAIを巡る議論において、エンタープライズプラットフォームの価値が過小評価されていると警鐘を鳴らす。彼は、大規模言語モデル(LLM)が情報提供やコー...
- [0:00] デリ購入から学んだビジネスの原点とリーダーシップ マクダーモットは、16歳の時に5,500ドル(利子込みで7,000ドル)の借金でデリカテッセンを購入した経...
自分では見つけにくい海外Podcastの話題に、日本語で気軽に触れたい人。
No Priors:人工知能 | テクノロジー | スタートアップ / Conviction
ServiceNowのCEOであるBill McDermott(ビル・マクダーモット)は、16歳でデリカテッセンを購入した経験から、ビジネスの本質は顧客にあると確信した。彼は、AI時代においても人間同士の繋がりがリーダーシップの根幹であり、AIは人間の野心を代替するのではなく、それを拡大するために使われるべきだと主張する。本エピソードでは、ホストのSarah Guoが、マクダーモットにその生い立ちから、SAP、ServiceNowでのプラットフォームビジネス構築の哲学、そして生成AIが企業向けソフトウェア市場と労働市場に与える影響について深く掘り下げて聞く。
マクダーモットは、現在のAIを巡る議論において、エンタープライズプラットフォームの価値が過小評価されていると警鐘を鳴らす。彼は、大規模言語モデル(LLM)が情報提供やコード生成に優れる一方で、企業の複雑なワークフローを完結させるためには、ServiceNowのようなプラットフォームが「AIコントロールタワー」として機能する必要があると論じる。同社のビジョンは、単なるITサービス管理ツールから、企業全体の業務プロセスを自律的に実行する「エージェンティック・ビジネス」の中枢へと進化しており、その実現に向けた具体的な戦略と、顧客との対話の変化が明らかにされる。
デリ購入から学んだビジネスの原点とリーダーシップ
マクダーモットは、16歳の時に5,500ドル(利子込みで7,000ドル)の借金でデリカテッセンを購入した経験を、自身のキャリアの原点として語る。彼は当時、複数のアルバイトを掛け持ちしていたが、それらを一つの店舗に統合することで効率化を図った。この決断の背景には、単なる商才ではなく、「チャンスが欲しい」という強い願望があった。彼は、支払いを一ヶ月でも滞れば全てを失うという厳しい条件を受け入れ、サプライヤーとの関係を活用して初回の仕入れを委託で行うなど、限られたリソースの中で創造性を発揮した。
このデリ経営で彼が得た最大の教訓は、「顧客だけが勝敗を決める」というシンプルな真理だった。彼は、ブルーカラー労働者、高齢者、そして子供たちという三つの主要な顧客セグメントを明確に理解し、それぞれに異なる価値を提供した。特に、子供たちを7-Elevenから自店に引き寄せるために、当時流行し始めたビデオゲーム「Asteroids」や「Pac-Man」を設置したエピソードは象徴的である。ある子供が「良い食事と尊厳をもって扱われたい時はあなたの店に来る。盗みたい時は7-Elevenに行く」と言ったという逸話は、顧客体験の本質を突いている。
この経験は、後にXeroxでの就職活動にも活かされる。彼は、面接の最後に人事担当者から「後日連絡する」と言われた際、「21年間父親に約束を破ったことがない。今日、社員バッジを持って帰ると約束した」と直談判し、その場で採用を勝ち取った。このエピソードは、彼のキャリアを通じて一貫する「自らの運命をコントロールする」という強い主体性(agency)を示している。マクダーモットは、この主体性は教えることが可能であり、特に仕事を通じて人と関わる実践的な経験が重要だと述べる。
AI時代におけるリーダーシップと人間的繋がりの重要性
マクダーモットは、現在の変化の速さを「これからはさらに速くなる。これが新しい常態だ」と認識し、そのストレスを「インスピレーション」に変換する姿勢がリーダーには必要だと語る。彼は、XeroxのCEOであったDavid Kearnsが、日本の高品質・低価格製品に対抗するために同社を変革した故事を引き合いに出し、困難な状況こそがリーダーの真価を問うと主張する。AIによる不確実性の高まりは、むしろリーダーシップが最も重要になる瞬間である。
彼が強調するのは、AI時代においても、いや、むしろAI時代だからこそ、人間同士の深い繋がりが不可欠だという点である。マクダーモットは、自身を採用してくれたXeroxの上司Emerson Fullwoodとの25年にわたる友情を例に挙げ、人材に対する「細やかな注意」と「ユニークさへの配慮」が組織の成功を左右すると述べる。彼は、スマートフォンが人間的な繋がりを希薄にしている現状を憂慮し、AIは人間の野心を奪うのではなく、それを増幅させるために使われるべきだと明確に主張する。
この哲学は、ServiceNowの企業文化にも反映されている。マクダーモットは、AIエージェントが多くの定型業務を代行する未来においても、人間の役割は「重要な思考と判断」と「人間同士の信頼構築」にシフトすると予測する。彼は、AIが単なるコスト削減ツールではなく、人間をより創造的で価値の高い仕事に解放するための「フォースマルチプライヤー(力の増幅器)」であるべきだというビジョンを提示する。
ServiceNowのビジョン:AIコントロールタワーとしてのプラットフォーム
マクダーモットは、ServiceNowを「ビジネス再発明のためのAIコントロールタワー」と位置付ける。彼は、多くの企業がAIの実験段階から抜け出せずにいる現状を指摘し、その原因の一つが「言語モデル」と「エンタープライズプラットフォーム」の役割の違いに対する理解不足にあると分析する。LLMは質問に対して優れた回答を生成するが、実際のビジネスプロセスを完了させるためには、複数の部門やシステムにまたがるデータとワークフローを統合・実行するプラットフォームが必要不可欠である。
同社の強みは、ハイパースケーラー(AWS, Azure, GCP)や主要なLLMプロバイダー、そして様々な業務システム(システム・オブ・レコード)と統合し、それらを繋ぐ「ファブリック(布地)」として機能する点にある。マクダーモットは、このアプローチにより、顧客は特定のベンダーにロックインされることなく、最適な技術を選択できると説明する。さらに、ServiceNowはサイバーセキュリティ分野にも進出し、世界第3位の経済規模(米国、中国に次ぐ)であるサイバー犯罪(月間1兆ドルの問題)に対抗するため、Armisの買収を通じてITとOT(運用技術)の統合管理を目指している。
彼は、このプラットフォームの優位性を数値で示す。同社のプラットフォーム上では現在850億以上のワークフローが稼働し、7兆のトランザクションが処理されている。そして、同社のプラットフォーム上の単純なアプリケーションをLLMで再現しようとすると、そのコストは10倍になると試算する。さらに、LLMは確率的(非決定的)であり、ビジネスユーザーは「人のミスは許容するが、ソフトウェアのミスは決して許容しない」という現実を指摘し、エンタープライズプラットフォームの信頼性と責任の所在の明確さが持つ価値を強調する。
SaaS終焉論とプラットフォームビジネスの定義
マクダーモットは、一部で囁かれる「SaaS終焉論(SaaS apocalypse)」に対して明確に反論する。彼は、この議論が無視している基本的な事実として、ほとんどの企業が内部で使うワークフローソフトウェアを全て自社開発したいとは思わないこと、そして何か問題が起きた時に責任を持って対応してくれるベンダーを求めていることを挙げる。特に、複数の部門にまたがるミッションクリティカルなシステム・オブ・レコードは、そのデータとコンテキストの蓄積により、非常に強固な参入障壁(moat)を持つ。
彼は、真のプラットフォームビジネスの条件として、高いスイッチングコストと、他のシステムが統合される「ハブ」としての地位を挙げる。ServiceNowは、約800もの主要なシステム・オブ・レコードと統合されており、企業の「中央神経系」として機能している。さらに、同社のプラットフォームは「ゼロコピー」統合を可能にし、データを移動させることなくトランザクションを完了できるため、リスクを最小化する。このアーキテクチャこそが、同社を単なるSaaSアプリケーションベンダーから、企業運営に不可欠なプラットフォームへと押し上げている。
一方で、彼はAIと生成コードによってリスクに晒される可能性があるセグメントとして、「単一機能」に特化した「部門レベルの企業」を挙げる。もしその提供する価値がCEOの優先順位リストの上位になく、付加価値が低いのであれば、脆弱性は高まる。しかし、ServiceNowのように水平方向(全社横断)と垂直方向(業界特化)の両方で価値を提供し、エンタープライズスタックの上下をカバーする企業は安全だと主張する。
AIが変える実装速度と労働市場の未来
マクダーモットは、AIの活用によりエンタープライズソフトウェアの実装期間が劇的に短縮されていると報告する。ServiceNowの自律型プラットフォームを利用すれば、大企業でも30日以内での本番稼働が可能になっており、これは金融危機の時代にSaaSアプリケーションの実装に数ヶ月を要していた状況とは隔世の感がある。この高速化は、SIer(システムインテグレーター)のビジネスを脅かすと懸念する声もあるが、彼はむしろ、実装が容易になったことで企業がより多くのプロジェクトに着手できるようになり、結果的にSIerの仕事量は増えると予測する。
AIエージェントの導入は、ServiceNow社内の業務プロセスも大きく変えている。同社のカスタマーサービスケースの90%はすでにAIエージェントによって処理されており、人間が関与するのは残りの10%のみである。この変化は、従業員の仕事の内容を「単純な作業の繰り返し」から「クリティカルシンキングと判断」へとシフトさせ、従業員の幸福度を高めると同時に、企業の生産性を飛躍的に向上させる。
マクダーモットは、今後5年以内に20億以上のAIエージェントが労働力に加わると予測する。この結果、企業は成長を続けながらも、純増する従業員数を劇的に減らすことができるようになる。ServiceNowのような成長企業では、従来であれば財務、人事、サポート部門で数千人単位の追加採用が必要だったが、AIエージェントがその多くを代替する。人間の役割は、エンジニアリングによる革新、顧客との信頼関係構築、そして戦略的判断といった、エージェントでは代替できない高次元の業務に集中することになる。
エンタープライズ顧客のAIに対する姿勢と変化
マクダーモットは、エンタープライズ顧客のAIに対する姿勢を「多様性に富む」と表現する。ブラジルの例を挙げると、企業のわずか11%しか実験段階を超えて本格導入に至っていない。公共セクターでは依然として部門間の連携や複雑性の解消に苦慮しており、医療業界では患者体験を向上させるための近代化フェーズにある。一方、金融サービス業界はAIを使ってビジネスモデルそのものを根本的に再考し、人員管理の最適化に全力で取り組んでいる。このように、業界や地域によってAIへの準備態勢と活用方法は大きく異なる。
過去1年間で顧客との会話が最も変化した点について、マクダーモットは「顧客が非常に具体的で処方的なアドバイスを求めるようになった」と指摘する。かつては「問題を発見してほしい」というニーズが中心だったが、今では「私のビジネスを理解した上で、どう変革すべきか、具体的に教えてほしい」という要求に変わっている。顧客はAIが「フォースマルチプライヤー」であることを理解しており、迅速に価値を提供できるソリューションを求めている。彼らは「助けが必要だ」と率直に認め、答えを持っているふりはしない。
この変化に対応するため、マクダーモットはServiceNowの営業チームに対して「顧客よりも深くビジネスを理解していること」を必須条件としている。彼は「同じ部屋に同じ意見を持つ二人がいたら、一人は冗長だ」という持論を述べ、独自の視点と価値を提供できないのであれば、顧客と会う意味はないと断じる。顧客は決断力があり、フェアである一方で、非常にせっかちであり、実行力とスピードが何よりも重視される時代になったと総括する。
CEOの一日とリーダーシップの哲学
マクダーモットの一日は、グローバルなタイムゾーンに合わせて構成される。カリフォルニアにいる場合、朝は欧州のチームと連絡を取り、昼は米国、夜はアジアと、常に世界経済の動きを意識しながら業務を進める。彼は、世界各地のチームと直接会話し、顧客の状況やビジネスの進捗を深く理解することに多くの時間を割く。決断は押し付けず、観察に基づいた提案を行い、チームとのオープンな対話を通じて迅速に合意点を見つけるスタイルをとる。
彼が特に重視するのは、現場の声を聞くことである。例えば、前日には17人の営業担当者と個別に会話し、今月の予定では72人との面談が組まれている。彼は、顧客に最も近い社員と話すことで、会社の素晴らしさや社員の知性、そして彼らが持つ多くの良いアイデアに触れることができると語る。ある女性社員が顧客の「ヘルスチェック」(顧客満足度やシステムパフォーマンスに関する指標)に誇りを持っていると話したエピソードは、彼にとって大きなインスピレーションとなった。
一日の締めくくりとして、ブラジルから来た800人のビジネスリーダーを前に講演を行った。彼らはリーダーシップについて学び、成長したいと願い、同時に不確実性と恐れを抱えていた。マクダーモットは彼らに「非常口を探してはいけない。水が荒れている時こそ、リーダーが本当に重要になる。潮が引いた時に、君は完全に装備を整えていなければならない」と語りかける。彼は、この困難な時代こそが真のリーダーを試す瞬間であり、自らはこの瞬間のために生きていると力強く宣言する。
結びに
本エピソードは、単なるテクノロジー企業のCEOインタビューを超えて、変革の時代におけるリーダーシップの本質を問い直す貴重な機会となった。Bill McDermottの語る「顧客中心主義」と「人間的繋がりの重視」は、AIという最新テクノロジーの文脈においても、あるいはそれゆえに、一層の輝きを放つ。彼の「AIは人間の野心を代替するのではなく、拡大するためにある」というメッセージは、AIに脅威を感じる多くのビジネスパーソンにとって、希望と方向性を示すものだろう。
また、ServiceNowの「AIコントロールタワー」戦略は、生成AIの登場によって「SaaS終焉論」が語られる中で、エンタープライズプラットフォームの真の価値と持続可能性を具体的なデータと事例で示した点で、投資家や創業者にとって極めて示唆に富む。マクダーモットのキャリアを通じた一貫した哲学と、ServiceNowの具体的なビジネス戦略が交差するこの対話は、AI時代を生き抜くための羅針盤として、リスナーの心に長く残るだろう。
要点
- Bill McDermottは、16歳のデリ経営で「顧客だけが勝敗を決める」という原則を学び、Xeroxでの就職活動では自らの主体性(agency)で採用を勝ち取った。この経験が彼のリーダーシップ哲学の基盤となっている。
- AI時代においても、リーダーシップの本質は人間同士の深い繋がりであり、AIは人間の野心を代替するのではなく、拡大するために使われるべきである。
- ServiceNowは、LLM、ハイパースケーラー、各種システムを統合する「AIコントロールタワー」として、企業のビジネス再発明を支援する。同社のプラットフォーム上のアプリをLLMで再現するコストは10倍になる。
- 「SaaS終焉論」は、エンタープライズプラットフォームの高いスイッチングコストと、顧客が責任あるベンダーを求める現実を無視している。真のプラットフォームは、複数システムが統合されるハブとしての地位を持つ。
- AIエージェントの導入により、ServiceNowのカスタマーサービスケースの90%が自動化され、エンタープライズソフトウェアの実装期間は大企業でも30日未満に短縮されている。
- 今後5年で20億以上のAIエージェントが労働力に加わり、企業は成長を続けながらも純増人員を劇的に減らすことができる。人間の役割は、創造性と信頼構築といった高次元の業務にシフトする。
- エンタープライズ顧客のAIに対する姿勢は業界や地域で大きく異なり、現在は実験段階から本格導入への移行期にある。顧客は今、非常に具体的で処方的なアドバイスと迅速な実行を求めている。