
視覚回復から脳の再想像へ、マックス・ホダックとともに
- Max Hodak(マックス・ホダク)は、Neuralinkの共同創業者であり、現在はScience Corporation(サイエンス・コーポレーション)の創業者兼...
- 対談の核心は、脳を「コンピュータ」として扱うことの意味を徹底的に掘り下げた点にある。Hodakは、脳が環境と接続するための「ケーブル」である脳神経と脊髄神経を通じて、...
- [01:03] Science Corporationの設立背景とミッション HodakがNeuralinkを離れてScience社を設立した理由は、単なる医療機器企...
自分では見つけにくい海外Podcastの話題に、日本語で気軽に触れたい人。
ノー・プライアーズ:人工知能|テクノロジー|スタートアップ / Conviction
- Max Hodakは、Neuralinkを離れ、脳をコンピュータとして扱うことで医療に大きな効果をもたらすことを目指し、Science Corporationを設立した。そのミッションは「宇宙に対する差別化された理解を用いて人間の状態を改善すること」である。
- Science社の主力製品である網膜プロテーゼ「PRIMA」は、2024年7月に欧州でCEマークを取得し、商業販売が開始される。これは、盲患者に形態視(形の認識)を回復させた初めてのデバイスであり、患者は数独や読書が可能になった。
- Hodakは「脳は文字通りコンピュータである」と主張し、従来の創薬アプローチ(小さな分子のランダムウォーク)と比較して、工学的手法による脳への介入は即効性があり、効果が明確だと述べる。
- 意識の研究において、Hodakはアイデンティティの連続性を重視し、単なるソフトウェアとしての複製は「現象的な連続性」を欠くため、真の自己とは見なされないと論じる。彼は「劇的な変容だが連続的な経験」を選ぶと語った。
- AIモデルの内部表現と脳の神経活動の間に見られる整列可能性(プラトン的表象仮説)は、知能の普遍的な構造を示唆しており、Science社では実際にこの原理を活用している。Hodakは「十分な計算量を物質に適用すれば、知能のように見えるものが得られる」と述べる。
- Science社のビジネス戦略は、視覚回復(数十万人規模の市場)から始まり、次のバージョンでは数百万人規模に拡大する見込み。価格はSecond Sight社の事例(患者一人あたり約15万ドル)や遺伝子治療(片眼あたり約50万ドル)を参考に、高額になる可能性が高い。
- 長期的なビジョンは、人間の脆弱性を軽減し、最終的には「基質独立性(substrate independence)」を達成することにある。これは、脳を生物学的な基質から解放し、宇宙探査のような過酷な環境にも適応できるようにすることを目指す。
- Hodakは、AIと高帯域で通信する「ブレイン・キーボード」のような製品には意図的に焦点を当てていない。「話すことや書くことは思考そのもの」であり、脳の情報処理速度には「10ビット/秒」の認知的ボトルネックがあるため、本質的な価値が限定的だと彼は考えている。
Max Hodak(マックス・ホダク)は、Neuralinkの共同創業者であり、現在はScience Corporation(サイエンス・コーポレーション)の創業者兼CEOを務める。彼が今回、Sarah Guo(サラ・グオ)との対談で語った内容は、視覚回復から脳の本質、そして人間の存在そのものにまで及ぶ、極めて野心的なビジョンに満ちている。Science社の主力製品である網膜プロテーゼ「PRIMA」は、加齢黄斑変性などで失明した患者に機能的な視覚を取り戻す画期的な医療機器であり、2024年7月に欧州で承認を取得し、商業販売が目前に迫っている。この成果は、脳をコンピュータとして捉える彼の世界観を具現化したものであり、従来の創薬アプローチとは一線を画す「工学による医療革命」の第一歩と位置づけられる。
対談の核心は、脳を「コンピュータ」として扱うことの意味を徹底的に掘り下げた点にある。Hodakは、脳が環境と接続するための「ケーブル」である脳神経と脊髄神経を通じて、視覚、聴覚、平衡感覚、運動指令を自在に出入りさせることができれば、それは医療におけるパラダイムシフトになると主張する。さらに彼は、AIモデル内部の表現と生物学的脳の神経活動の間に見られる「整列可能性(alignability)」に言及し、これが「プラトン的表象仮説」と呼ばれる、知能の普遍的な構造を示唆する重要な手がかりだと語る。この議論は、単なる技術開発の枠を超え、意識の連続性、アイデンティティの本質、そして人間の脆弱性を克服するための長期的な戦略へと発展していく。本稿では、この示唆に富む対談の全容を、投資家の視点と戦略的問いを軸に、詳細に解説する。
Science Corporationの設立背景とミッション
HodakがNeuralinkを離れてScience社を設立した理由は、単なる医療機器企業を超えた、より根本的な問題意識に根ざしている。彼は「小文字のサイエンスのミッションは、宇宙に対する差別化された理解を用いて人間の状態を改善することだ」と述べ、脳との関わり方に関する深い理解を活用して、従来の医療では達成できない大きな効果(effect size)を生み出すことを目指している。この考え方は、彼がNeuralinkで培った脳へのアプローチを、より広範な医療問題に応用しようとする試みとして理解できる。
会社設立当初、Hodakは複数のアイデアを検討していた。その一つが、金属電極を脳に挿入する代わりに、生きたニューロンを移植して新しい生物学的接続を形成する「バイオハイブリッド神経インターフェース」という長期的な研究プロジェクトである。しかし、これは大規模な研究開発を必要とするため、より短期的に事業として成立する柱が必要だった。そこで彼は「我々が利用可能なリソースと、2021年初頭の技術水準で、何が最も価値のあることをできるか」を自問し、失明患者への視覚回復という課題を選択した。この選択は、脳がどのように視覚を処理するかという根本的な理解に基づいている。
視覚回復のアプローチとしては、網膜、視床の外側膝状体(LGN)、そして大脳皮質の視覚野(V1)という三つの経路が考えられる。Hodakは、視神経が健在であるならば網膜に介入するのが最も理にかなっていると判断した。彼らは遺伝子治療、電気刺激、超音波など様々な方法を調査し、最終的に自社開発の遺伝子治療と、外部の最先端技術を組み合わせる戦略を採った。その結果、2022年末にフランスの企業Pixium Visionを買収し、その網膜プロテーゼ技術を獲得した。この買収は、当時他の誰も見ていなかった価値を見出したものであり、結果的に大きな成功を収めている。
PRIMA網膜プロテーゼの臨床試験と商業化への道
PRIMAは、コクレア人工内耳(蝸牛インプラント)を眼に応用したものと考えることができる。このデバイスは、眼の奥の網膜下に埋め込まれる極小チップであり、患者が装着するメガネに組み込まれたレーザープロジェクターが画像をチップに投影し、それが網膜を直接刺激して視覚信号を脳に送る仕組みだ。このアプローチは、光を感じる細胞(桿体細胞と錐体細胞)を失った患者、具体的には加齢黄斑変性症や網膜色素変性症、スタルガルト病などの患者に適応される。
臨床試験の結果は、Hodakにとって「成功は不可能と思われた結果」の実証だった。患者たちは数独パズルやクロスワードパズルを解き、本を読むことができるようになった。彼は「これは真実であるにはあまりにも良い話に思える」と述べ、臨床医たちの反応にも言及している。この成果は、単なる光の知覚ではなく、顔や文字の形を認識できる「形態視(form vision)」を盲患者に回復させた初めての事例であり、既存の技術とは一線を画すものだ。
2024年7月に欧州でCEマークを取得し、商業販売の承認を得たことは、会社にとって大きな節目となる。最初の販売は数週間以内に開始される見込みだ。Hodakは、この分野を「ムーンショット」と呼ぶことに対して異議を唱え、「ムーンショットは実際に成功した。我々は月に足跡を残した」と述べ、長期的な視点と現実的なビジネスモデルの両立の重要性を強調する。現在のPRIMAは視野が狭く「ストローを通して見る」ような状態であり、白黒のみの表示だが、グレースケールの深度を追加し、将来的には赤と緑の色覚を実現する道筋が見えている。次のバージョンは動物実験を経て、来年にはヒトでの試験開始を目指している。
脳はコンピュータか:医学におけるパラダイムシフト
Hodakの主張の中心にあるのは、「脳は文字通り、明確に、平然とコンピュータである」という信念だ。彼はこの比喩を比喩としてではなく、文字通りの意味で語っている。彼の定義では、宇宙全体もコンピュータであり、物質を特定の方法で配置し、手を離して「スタート」を押せば、時間の経過とともに計算問題が解かれる。脳も同じであり、トランジスタに特別な何かがあるわけではない。この見解は、インターネット上で物議を醸すことを承知の上で、彼は「脳をコンピュータと呼ぶと人々を怒らせることができる」と冗談交じりに語る。
この世界観は、医学に対するアプローチを根本的に変える。従来の創薬は「小さな分子のランダムウォーク」であり、自然界の化合物をふるいにかけるような非効率なプロセスだ。Hodakは「人類は分子レベルの詳細な生物学を理解するのがあまり得意ではない」と率直に認める。一方、脳をコンピュータとして扱うアプローチは、コクレア人工内耳や脳深部刺激療法のように、デバイスをオンにした瞬間に効果が現れる。四肢麻痺の患者の運動皮質に電極を埋め込めば、1時間以内にビデオゲームをプレイできるようになる。これは、従来の薬物療法では決して見られない即効性だ。
この考え方は、医療の対象を大きく広げる。Hodakは、心臓、膵臓、肝臓、肺などの臓器は「脳の活動を面白く保つためのサポートキャラクター」に過ぎないと述べる。脳だけは原理的に移植が不可能な臓器であり、その脳を中心に据えた医療こそが、真の革命をもたらすと彼は信じている。彼は「最終的に膵臓に殺されるのは残念だ」と表現し、脳の機能を維持・拡張することこそが、医療の中心的な課題であるべきだと主張する。この視点は、従来の臓器別の医療を超越し、脳を基軸とした統合的な医療システムの構築を目指すものだ。
意識の研究と脳の境界線
対談は、より哲学的な領域へと踏み込んでいく。Hodakは、意識の連続性とアイデンティティの問題について、独自の視点を提示する。彼は「あなたとは何か」という問いを中心に据え、脳をスキャンしてコンピュータにソフトウェアとして複製した場合、それが本当に「あなた」と言えるのかという思考実験を提示する。彼は全身麻酔の経験を例に挙げ、麻酔による意識の断絶は受け入れられても、自分自身のコピーと会話した後に「自分は消えていく」という状況は、多くの人が受け入れられないだろうと指摘する。この非対称性は、単なる情報の保存ではなく、現象的な連続性が重要であることを示唆している。
この議論は、物理学における生成演算子と消滅演算子の概念にまで発展する。人生には、新しい生命や心、魂を「生成」する瞬間と、それらが「消滅」する瞬間があり、また無傷のまま「変化」する方法もある。Hodakは、意識の瞬間がどのように構築され、なぜ自分の視覚と聴覚が他人のものと混ざり合わないのか、という「分割」の問題を研究の対象としている。彼は、アイデンティティの大幅な変化よりも、連続性を重視する立場を表明し、「劇的な変容だが連続的な経験」を選ぶと述べる。
この研究には、コネクトーム(神経回路網の完全な地図)の解明が不可欠だ。Hodakは、ヒトのコネクトームにはまだ遠いが、マウスのコネクトームは実現可能な距離にあり、それが脳の全体像を理解する上で極めて有用だと語る。彼は、脳の全体的なアーキテクチャについての基本的な疑問にさえ、まだ詳細な答えが出ていないことを認める。このように、意識の研究は科学の最先端でありながら、まだ初期段階にあることが浮き彫りになる。
AIと神経科学の融合:プラトン的表象仮説
Hodakは、AIモデルの研究が神経科学にとって最も実りある研究分野になりつつあると主張する。彼は「プラトン的表象仮説(Platonic representation hypothesis)」という概念を紹介する。これは、AIモデルと生物学的脳が、学習の過程で同じような数学的構造を獲得するという仮説だ。実際に、AIモデルの内部表現と動物の脳の神経記録の間に整列(alignment)が見られることを、Science社では実際に活用している。彼は「十分な計算量を物質に適用すれば、知能のように見えるものが得られる」と述べ、これは物理法則のように感じられると語る。
この仮説は学界では議論を呼んでいるが、Hodakは「明らかに何か本物が起きている」と確信している。AIモデルが概念を表現する方法と、脳が概念を表現する部分には、非常に類似した幾何学的構造が見られる。これは、AIが単なる「まやかし」や「行き止まり」ではなく、宇宙の根本的なデータ構造を捉えている証拠だと彼は考える。彼は、この現象がなぜ物議を醸すのか理解できないと述べつつ、その構造が全体的なものか局所的なものかなど、未解明の点が多いことも認める。
この考え方の実践的な応用として、HodakはOpenAIやAnthropicにいる神経科学の友人たちを引き合いに出す。彼らは「神経科学を離れた」と冗談を言うが、実際には「モデル上で神経科学を行う方がはるかに簡単」なのだという。この視点は、AI研究と脳科学の境界を曖昧にし、両者が同じ知能の原理を探求していることを示している。Hodakにとって、AIは単なるツールではなく、知能そのものを理解するための新しいレンズなのである。
ビジネス戦略と長期的ビジョン:人間の脆弱性からの解放
Science社のビジネス戦略は、視覚回復から始まり、より広範な医療問題へと拡大していく。Hodakは、この分野で「1億ドルの経常収益(run rate)ビジネス」を確立することが重要だと語る。視覚回復は、特に加齢黄斑変性症が高齢者に多いことを考えると、優れたビジネスになり得る。米国と欧州では、現在のPRIMAの適応患者は数十万人規模であり、次のバージョンでは数百万人規模に拡大する見込みだ。価格設定はまだ公表されていないが、過去の事例を参考にすると、Second Sight社の網膜プロテーゼが患者一人あたり約15万ドル(約2,250万円)で販売されていたことや、遺伝子治療が片眼あたり約50万ドル(約7,500万円)で保険償還されていたことから、高額になることが予想される。
長期的なビジョンは、単なる医療機器の販売を超えている。Hodakは、人間の状態に内在する「脆弱性」と「危機感」を軽減することを目指している。彼は、心血管疾患と(脳に転移していない)癌という二大死因が、このタイプの工学的手法によって攻撃可能になると考えている。さらに、宇宙探査という究極の目標を見据えれば、人間は地球の環境に適応した身体を、宇宙環境に適応させる必要がある。彼は「私たちは地球をどこにでも持ち運ぶことはできない」と述べ、身体の部品を交換・アップグレードする能力こそが、最終的には「基質独立性(substrate independence)」、すなわち脳を生物学的な基質から解放することにつながると語る。
この壮大なビジョンに対して、Hodakは「ブレイン・キーボード」と呼ばれる、AIモデルと高帯域で通信するためのデバイスには意図的に焦点を当てていない。彼は「話すことや書くことは思考そのものだ」と主張し、言語化される前の特別な潜在状態が存在するという考えを否定する。脳の情報処理速度は有名な「10ビット/秒」の認知的ボトルネックがあるとされ、思考を高速化するためのインターフェースは本質的な価値が限定的だと彼は見なす。彼の関心は、あくまで視覚や聴覚の生成、そして基質独立性の達成といった、より根本的な変革に向けられている。
結びに
今回の対談は、脳をコンピュータとして捉えるという、一見過激に思える世界観が、実際には極めて実践的な医療応用へとつながっていることを示した点で、非常に示唆に富むものだった。Max Hodakのビジョンは、失明患者の視覚回復という具体的な成果から、意識の本質、人間のアイデンティティ、そして宇宙探査に至るまで、一貫した論理で貫かれている。彼の「脳はコンピュータであり、工学的手法で修理・交換・アップグレードできる」という考え方は、従来の生物学アプローチの限界を克服する可能性を秘めており、医療の未来を考える上で重要な視点を提供する。
特に印象的だったのは、AIと神経科学の融合に対する彼の確信だ。プラトン的表象仮説に基づき、AIモデルの内部表現と脳の神経活動が同じ構造を共有しているという発見は、知能の普遍的原理の存在を示唆している。この考え方は、AI研究が単なる技術開発ではなく、人間の知性そのものを理解するための探求であることを再認識させる。また、彼が「ブレイン・キーボード」のような短期的な製品ではなく、視覚や聴覚の生成、基質独立性といった長期的な目標に焦点を当てる姿勢は、真の変革には時間と持続的なコミットメントが必要であることを教えてくれる。この対談は、テクノロジーの最前線で何が起きているのかを知るだけでなく、人間の未来について深く考えるきっかけを与えてくれる、貴重な内容だった。
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