
#43: ビーチョ・カレーラ
- 概要 このエピソードでは、パラグライダーアクロバット世界チャンピオンのビクトル・"ピチョ"・カレーラが、ホストのパウル・グシュルバウアーとの対話を通じて、チリの海岸で9歳...
- [0:00] 海岸で育った飛行少年 ビクトル・カレーラはチリの西海岸、海に面した高さ80メートルの崖が10キロメートルにわたって続く場所で育った。父親がパラグライダーパイ...
- 「家に帰って宿題もせずに、『くそくらえ、飛びに行くぞ』って感じでした」とビクトルは当時を振り返る。彼にとってパラグライダーはサーフィンのようなもので、同じ海岸のコミュニテ...
自分では見つけにくい海外Podcastの話題に、日本語で気軽に触れたい人。
WANDERBIRD | ファインド・ユア・パス・ポッドキャスト / Paul Guschlbauer
概要
このエピソードでは、パラグライダーアクロバット世界チャンピオンのビクトル・"ピチョ"・カレーラが、ホストのパウル・グシュルバウアーとの対話を通じて、チリの海岸で9歳から始めた飛行人生、限られた環境での独創的な練習方法、そしてアクロバットの頂点から新たな挑戦であるレッドブルX-アルプスへの挑戦へと至る道のりを語る。幼少期に父親から「世界チャンピオンになんかなれない」と言われた経験、整備士の道を捨ててヨーロッパに渡った決断、そして「自分にはできる」という確信に至るまでの内面的な成長が、この会話の核心にある。パウルとビクトルの間には、同じくパラグライダーに人生を捧げてきた者同士の深い共感と敬意が流れ、技術論から人生観まで幅広いテーマが自然な流れで語られる。
海岸で育った飛行少年
ビクトル・カレーラはチリの西海岸、海に面した高さ80メートルの崖が10キロメートルにわたって続く場所で育った。父親がパラグライダーパイロットであり、彼が生後11ヶ月の時にはすでに専用ハーネスを作って一緒に飛んでいたという。4歳でミニウイングを与えられ、グラウンドハンドリングを始めた。9歳で初めて実際に飛び、その後は学校が終わるたびに毎日のように海岸で飛び続けた。
「家に帰って宿題もせずに、『くそくらえ、飛びに行くぞ』って感じでした」とビクトルは当時を振り返る。彼にとってパラグライダーはサーフィンのようなもので、同じ海岸のコミュニティに属するライフスタイルだった。友達の家に行くにも4〜5キロをパラグライダーで移動し、当時付き合っていた彼女の家までは10キロを飛んで通ったという。標高200メートルまで上がり、海上をトランジションして到着するというスタイルだった。
この環境の特異性は、彼が「飛べる範囲」を極度に制限されていたことにある。父親は彼に、テイクオフエリアの幅80メートルの中でしか動くことを許さなかった。前方に出て遠くへ飛ぶことは禁止されていたのだ。しかしビクトルはこの制限を創造性の源泉に変えた。「地面すれすれを30センチメートルの高さで浮遊し、花を避けながら飛ぶ。それを一日中繰り返す。とても正確に、とても遊び心を持って」。この経験が後の彼の飛行スタイルの基盤となった。
レッドブルX-アルプス・チャレンジャーへの挑戦
ビクトルは2023年のワンダーバード・トロフィー(シュトゥーバイ)を初めてのハイク&フライ競技会として経験し、その魅力に取り憑かれた。そして2024年、レッドブルX-アルプス・チャレンジャーに参加した。この大会は本戦であるX-アルプスの予選を兼ねており、参加者は3日間にわたって過酷なテストを受ける。
1日目はマウンテンラン(標高差1500メートル)のみで、飛行は一切ない。優勝者は1時間20分で完走したが、ビクトルは2時間10分で、45人中カットラインにかかり初日で脱落した。優勝者はイタリアのバイアスロン選手で、オリンピックレベルのランナーだったという。
2日目は標高差400メートルのハイク&フライを3回繰り返す。3日目はマウンテンランに加えて40キロのフライトタスクが課される。この大会の興味深い点は、最終日に飛行技術が決定的な差を生むことだ。ビクトルによれば、2日目までランニングでリードしていた選手が、3日目にはクリゲル(X-アルプスの王者)に1時間もの差をつけられたという。「ランニングが速いだけでは勝てない。飛行の質が最終的な勝敗を分ける」とビクトルは分析する。
ビクトル自身は「もっと期待していた」と率直に認める。しかし彼はこの結果を冷静に受け止め、自分の弱点を明確に認識している。「持久力とクロスカントリーの判断力が不足している。特に弱いサーマル条件での意思決定が課題だ」。一方で、強い条件や乱気流の中では、アクロバットで培ったキャノピーコントロールのスキルが生きると確信している。
「できる」と言える自信の源泉
パウルが「なぜ人は自分の目標を声に出して言うのをためらうのか」と問いかけると、ビクトルは興味深い自己分析を語った。「10年前、12年前の私は『やってみるよ、でもどうなるかわからない』と言っていた。でも年月を重ねて自信がつき、スキルが向上し、自分自身をより深く理解するようになった」。彼は「レッドブルX-アルプスを完走したい」と明確に目標を宣言する。ただし「勝つ」ではなく「完走する」ことが目標だと強調する。
この自信は傲慢から来るものではないとビクトルは言う。「飛行に関しては自己確信がある。それだけだ」。パウルはこの姿勢を称賛し、「頭の中で『できる』という絵を描かなければ、そこに到達することはできない」と付け加える。しかしビクトルは、この確信に至るまでに長い時間と多くの経験が必要だったことも認めている。
彼のトレーニング計画は具体的だ。オーストリアの夏を利用して垂直方向のランニング(登山)を強化し、クロスカントリーフライトの経験を積む。アクロバットのスペシャリストである彼にとって、持久力の向上が最大の課題であり、「飛行ができない日はただ歩くしかない。それを生き延びなければならない」と現実的な認識を示す。
創造性と飛行スタイルの融合
ビクトルのInstagramは、飛行の美しさを強調した映像で知られている。パウルは「あなたの飛行には美学がある。足の動き一つ一つにまで気を配っている」と指摘する。ビクトルはこの指摘を喜び、「オリジナリティが鍵だと思う。できるだけ独自でユニークでありたい」と応じる。
彼のアクロバットのスタイルは「フロー」を重視する。複数の技を連続して行う際、間を一切作らずに一つの技のように見せる。体の位置管理、スピードの調整、技の振幅(大きさ)が重要だという。「他のパイロットが技を決めるときに足がバタバタしているのを見ると、楽しそうだけど制御できていないように見える。私はそれを避け、すべてがコントロールされているように見せたい」。
このスタイルの背景には、毎日の飛行と憧れのパイロットの観察がある。「毎日飛び、自分が目指すパイロットを観察し、スムーズさを追求する。この3つが私のスタイルの源泉だ」。アクロバット競技では、着地の流れ、技術的正確性、ドリフト(風による流され方)などが採点基準となるが、最終的には審判の主観的な評価も入る。そのため、いかに美しく見せるかが勝敗を分ける要素の一つなのだ。
目隠しアクロバットと身体感覚の極致
ビクトルは目隠しをしてアクロバットのフルルーティーンをこなすことができる。もちろん最も難しい技は含まれないが、それでも重要な技を連続して行う。これは「どれだけ自分の感覚と機体が一体化しているかを確認するためのトレーニング」だと説明する。
彼はパラグライダーを操る際の3つの感覚を挙げる。第一にハーネスからのフィードバック。第二に風の方向と強さの感覚。第三にブレーキトグル(操縦索)の感覚。そしてこれらに加えて「ジャイロスコープのような平衡感覚」を発達させたという。「少しでも傾けば、自分がどちらに傾いているか言える。これは訓練で身につくものだ」。
パウルはこの説明に深く共鳴する。「パラグライダーは身体と装備と自然が感覚でつながっている。視覚を奪うと他の感覚が研ぎ澄まされる」。ビクトルは「パラグライダーは安定した飛行物体なので、姿勢を常に制御する必要がない。飛行機とはそこが違う」と補足する。この安定性が、彼のような極限的な身体感覚の訓練を可能にしているのだ。
整備士の道を捨てて世界チャンピオンへ
12歳の時、パラグライダー雑誌で見たアクロバットの写真に衝撃を受けたビクトルは「これだ」と思った。14歳で、限られた海岸の環境でアクロバットの練習を始める。最初はスパイラル、次にSAT(背面飛行の技)を高度150メートルで試した。周囲は「このガキは何をやってるんだ」と怖がったという。
18歳で学校を卒業した後、彼は周囲のアドバイスに従い、チリ北部の鉱山で働くためのディーゼル整備士の学校に通い始める。銅とリチウムの鉱山では大型トラックの整備士が高収入で、10日働いて12日休みという好条件だった。しかし最初の学期が終わる頃、「これは自分がやりたいことじゃない」と確信する。
ある日、60歳の友人が車の中で彼に言った。「お前はなぜこれを勉強しているんだ?お前は飛行が上手い。本当に上手いんだぞ」。ビクトルは「整備士の自分が想像できない」と答えると、友人は「よし、このクソみたいなものは全部捨てろ」と言い、彼は工具箱を友人に譲り学校を辞めた。両親、特に母親は理解を示し、涙を流しながらも応援してくれた。
翌年、彼はヨーロッパ行きのチケットを買い、スペインのオルガーニャで1ヶ月間トレーニングし、子供の頃からの夢だった競技会に出場した。初年度はランキング16位。2年目は5位、3年目は2位。そして2021年についに世界チャンピオンに輝いた。
ここで重要なエピソードがある。12歳の頃、彼は父親に「世界チャンピオンになりたい」と言った。父親は「そんなこと考えるな。忘れろ。お前にはできない」と答えたという。ビクトルは泣いたが、その言葉を「反発の力」に変えたわけではないと語る。「ただ、結局やり遂げたんだなと、今となっては面白く思う」。父親は後に精神的な病を患っていたことがわかり、ビクトルが優勝した時は涙を流して喜んだ。「父はいつも私を誇りに思っていた」。
家族を持っても変わらない飛行への姿勢
現在、ビクトルには1歳の息子がいる。彼は生後7ヶ月の時に専用ハーネスでタンデム飛行をさせ、その動画は700万回以上再生された。「息子は足をバタバタさせて喜んでいた」。パウルも自身の子供をタンデムで飛ばした経験から、「自転車に子供を乗せるのと同じだ。プロである自分にとっては歩くようなもの。なぜパラグライダーだけが問題視されるのか」と疑問を呈する。
ビクトルは「パラグライダーコミュニティの中では誰もが理解している。ただ社会一般にはまだ珍しいというだけだ。これを普通のこととして認知させる必要がある」と語る。彼は子供に飛行を強制しているわけではなく、自分が楽しみたいから一緒に飛んでいるのだと強調する。
家族ができたことで飛行への姿勢は変わったのかという問いに、ビクトルは明確に答える。「テイクオフに立ってウイングを広げた瞬間、すべては以前と同じだ。クラッシュしようと思っていたわけではない。今もクラッシュしようとは思っていない」。時間的な制約は増えたが、飛行に対する自信と決断力は変わらないという。
安全に危険を楽しむ方法
ビクトルはアクロバットの練習を高度150メートルという低空で行っていた。これは通常推奨される方法ではない。しかし彼は「自分は一度も危険な目に遭ったことがない」と言い切る。同じ環境で彼に触発された別の若者も無事に技を習得したという。
安全の秘訣は何か。「楽しんでいる限り、上達し続ける。地面が近いからこそ、絶対に触れてはいけないという意識が常に働く」。彼は「最高のパイロットとは、常に楽しんでいるパイロットだ」という言葉を引用し、遊び心を持ち続けることの重要性を強調する。
パウルはこの考え方を「鳥の飛び方」に例える。鳥は「これはリーサイドだから行くな」とは考えない。今この瞬間の風を感じ、それに従って飛ぶ。ビクトルの飛行スタイルはまさにそれに近いとパウルは評価する。
パラグライダーの魅力と上達のためのアドバイス
ビクトルはパラグライダーの魅力を「シンプルさ」に求める。「2キロか6〜7キロの小さなバッグ一つで、丘に登り、5分でテイクオフの準備ができる。そして夕日の中での最高のフライトを楽しめる」。アルプスでは至る所でそれが可能だと語る。
上達のためのアドバイスとして、彼はまず「目標を明確にすること」を挙げる。「ただ離陸して着陸したいだけなのか、もっと高度なことを目指すのか。それによって必要な練習が変わる」。その上で、グラウンドハンドリングの重要性を強調する。「例えば、横風の中でテイクオフする時、左右両方向へのツイストからの離陸を練習していなければ、ハーフツイストが残ったまま離陸して大混乱になる」。また、強風でウイングが裏返しになった時、ブレーキを引くのではなく、冷静にウイングを寝かせて収納する方法を知っているかどうかが、安全なパイロットとそうでないパイロットの分かれ目だと指摘する。
まとめ
このエピソードが特に印象的なのは、ビクトル・カレーラという一人のアスリートが、限られた環境から世界の頂点に上り詰め、さらにその先の新たな挑戦へと進む姿が、誇張や自己憐憫なしに語られている点だ。父親からの「できない」という言葉、整備士の道を捨てる決断、そして「自分にはできる」という確信に至るまでの内面的な成長は、単なるサクセスストーリーを超えて、目標設定と自己信頼の本質について深く考えさせる。技術的な話題(目隠しアクロバット、身体感覚の訓練、グラウンドハンドリングの重要性)も、単なるノウハウではなく、一貫した哲学として提示されている。パウルとビクトルの対話からは、パラグライダーが単なるスポーツではなく、人生そのもののメタファーであることが伝わってくる。
要点
- ビクトル・カレーラはチリの海岸で9歳からパラグライダーを始め、幅80メートルの限られたエリアでの飛行がその後の卓越したキャノピーコントロールの基礎となった。
- 12歳で父親から「世界チャンピオンになんかなれない」と言われたが、2021年にアクロバット世界チャンピオンを達成。父親は後に涙を流して喜んだ。
- 18歳でディーゼル整備士の学校を辞め、貯金をはたいてヨーロッパに渡り、競技会に出場。初年度16位から3年でトップレベルに到達した。
- 目隠しでアクロバットのルーティーンをこなすことができ、これはハーネスからのフィードバック、風の感覚、ブレーキ操作の3つの感覚を極限まで研ぎ澄ました結果である。
- 現在の目標はレッドブルX-アルプスの完走。持久力とクロスカントリーの判断力が最大の課題であり、オーストリアでのトレーニングに励んでいる。
- 家族ができても飛行への姿勢は変わらず、「クラッシュしようと思っていたわけではない。今もそうではない」と語る。
- パイロットへのアドバイスとして、まず「自分が何を達成したいのか」という目標を明確にすること、そしてグラウンドハンドリングの徹底的な練習を推奨している。