
#40: Jakob Herrmann - レコードフォーカス
- オーストリア最強のスキー登山家、ヤコブ・ヘルマンが語る「記録への集中」と「引退の決断」 このエピソードは、オーストリア・ヴェルフェンヴェンクの標高1,600メートルの山小...
- [0:00] 突然の引退決断 — 「もう何も追いかけない」 ヤコブは、世界記録を達成した直後から、競技への情熱が急速に冷めていったと語る。ある日、自宅の裏山であるビシュリ...
- 「もう永遠に何かを追いかけ続けたくない」と感じたヤコブは、勤務中の妻アンドレアに電話をかけ、「やめるよ」と伝えた。その週末、チームメイトのパウル・ヴェルベニャクと最後のセ...
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WANDERBIRD | Find your Path Podcast / Paul Guschlbauer
オーストリア最強のスキー登山家、ヤコブ・ヘルマンが語る「記録への集中」と「引退の決断」
このエピソードは、オーストリア・ヴェルフェンヴェンクの標高1,600メートルの山小屋「Minimal:isst」で収録された。ホストのパウル・グシュルバウアー(レッドブルX-アルプス退役選手)が、オーストリア最多のスキー登山国内選手権6回優勝、24時間で24,242メートルの高低差を登る世界記録保持者であるヤコブ・ヘルマンを迎え、頂点で突然キャリアを終え、山小屋経営者へと転身した背景に迫る。この対談は、極限の集中、自己欺瞞のない目標設定、そして「自分を騙さない」ことの重要性を軸に、アスリートとしての全盛期から次の人生の山頂へと移行する勇気を描き出す。
突然の引退決断 — 「もう何も追いかけない」
ヤコブは、世界記録を達成した直後から、競技への情熱が急速に冷めていったと語る。ある日、自宅の裏山であるビシュリングでトレーニング中に、「今日は初めて『やらなきゃ』と思った」と自覚した瞬間があった。それまでは365日中ほぼ全てのトレーニングが純粋に楽しかったが、その日は違った。
「もう永遠に何かを追いかけ続けたくない」と感じたヤコブは、勤務中の妻アンドレアに電話をかけ、「やめるよ」と伝えた。その週末、チームメイトのパウル・ヴェルベニャクと最後のセッロンダ(イタリアの名門チームレース)に出場し、それが彼の競技生活の終わりとなった。このレースは彼にとって「最悪のレース」だった。普段はチームで最も強い選手だったが、その日はスタートから精神的に崩れ、パウルが彼を引っ張り、励まし、3位に導いた。「彼がいなければ完走すらできなかった」とヤコブは涙ぐみながら振り返る。
この決断の背景には、オリンピック競技としてのスキー登山が短距離(3〜4分)とリレー(10〜15分)に設定されたこともあった。彼の得意とする4〜5時間の長距離種目ではなく、短距離での競技は自分に合わないと悟った。「オリンピックが自分の種目だったら、まだモチベーションは続いていた」と彼は認める。
世界記録への道 — 24時間、24,242メートル
ヤコブのキャリアにおける最大の目標は、キリアン・ジョルネが持っていた24時間の高低差世界記録を破ることだった。彼はこの目標に何年も前から集中し、2018年頃から本格的に準備を始めた。彼のトレーニング量は尋常ではなく、週に25〜35時間の持久運動をこなし、時には1日で7,000メートルの高低差を登ることもあった。
特筆すべきは、彼のトレーニング方法の独自性だ。彼は「高さ」に焦点を当て、時間ではなく獲得標高を基準にトレーニングを設計した。ロードバイクでは、サルツブルク地方の坂を次々と攻略し、110km走っても標高差がほぼゼロになるようなルートを選んだ。また、食事と水分補給の極端なトレーニングも行い、130グラムの炭水化物を1時間で摂取する練習や、500mlの水だけで5,000メートルを登る練習もした。
記録挑戦の日、彼は当初1月24日(24という数字にこだわった)を予定していたが、悪天候のため3日延期した。この柔軟性も彼の特徴だ。レース当日、最初の713メートルを30分未満で登り、周囲から「ペースが速すぎる」と警告された。彼は34周のうち22〜24周目(朝7時から9時頃)に深刻な精神的・身体的スランプを経験した。気温はマイナス16度、彼はろれつが回らないほどだった。しかし、妻アンドレアが温かいスープを差し入れ、サポートチームが適切に対応したことで回復。最終的には残り6時間で6,000メートルを登り切り、記録を達成した。
集中の代償 — 社会的孤立と自己犠牲
ヤコブは、自身のキャリアの中で「社会的には嫌な奴だった」と率直に認める。彼は目標に完全に集中するため、友人関係や社交的な活動を犠牲にした。トレーニング中に友人に出会っても、短い挨拶だけで去り、一緒に行動することはなかった。「後からビールを飲みに行くことはできるが、トレーニング中はトレーニングだ」と彼は言う。
彼は2度の交際を経験したが、どちらも「自分と目標だけ」の生活に理解を示す女性だった。しかし、この集中が時に過剰になり、2019年には「プロスポーツ選手としての時間が増えたことで、あらゆる調整を試みすぎて逆効果になった」と振り返る。彼はこの時期を「最悪の年」と呼び、栄養学の勉強を始めたことでバランスを取り戻した。
「すべての細かい調整が裏目に出た。大事なのは、シンプルさと楽しさを取り戻すことだった」と彼は語る。この経験から、彼は「一つのことだけに集中するのではなく、友人や家族、別の関心事を持つことの重要性」を学んだ。
キリアン・ジョルネとの関係 — シンプルさの教え
ヤコブにとって、キリアン・ジョルネは単なるライバルではなく、師でありインスピレーションの源だった。キリアンが2018年にチームレースのパートナーとして彼に電話をかけてきた時、ヤコブは「ついに認められた」と感じた。二人は同じ部屋で寝泊まりし、キリアンが世界記録に挑戦する計画を打ち明けたこともあった。
キリアンから学んだ最大の教訓は「シンプルさ」だった。「朝食にヌテラを食べようが、ハチミツパンを食べようが、最終的には関係ない。大事なのは頭と足だ」とキリアンは言ったという。この考え方は、ヤコブのトレーニング哲学に大きな影響を与えた。彼は「細かい栄養計算よりも、楽しみながら長く続けること」の重要性を再認識した。
また、キリアンが2013年のパトルイユ・デ・グラシエ(チームレース)で、夜通し嘔吐と下痢に苦しみながらも完走したエピソードを紹介。キリアンは「チームとして完走する必要がある」と言い、ヤコブがロープで引っ張りながらも、最後まで諦めなかった。「この『決して諦めない』精神は、私の妻アンドレアからも学んだ」とヤコブは付け加える。
頭と身体の戦い — 24時間の精神的ジェットコースター
ヤコブは、24時間の記録挑戦中に経験した精神的な浮き沈みを詳細に語る。彼は「身体よりも頭が重要」と断言する。記録挑戦中、彼は22〜24周目に深刻なスランプに陥った。その時点で既に16,000メートル以上を登っていたが、「まだ8,000メートルも残っている」という考えが頭をよぎり、パフォーマンスが急激に低下した。
しかし、彼はこのスランプを乗り越えるために、サポートチームを「騙す」戦術を使った。彼は山頂と山麓のサポートチームにそれぞれ「レッドブルをくれ」と頼み、5分以内に2本のレッドブルを飲んだ。このカフェインの過剰摂取が功を奏し、その後は「残り6,000メートルなら、普段のトレーニングで朝食前にやっている」と考え直し、再びペースを取り戻した。
「頭が『もう無理』と思った瞬間に身体は止まる。逆に『これならできる』と思えば、身体はそれに応える」とヤコブは説明する。彼は、短距離(数分)では頭が弱いと自認する一方、5時間以上の長距離では「頭の強さで身体の限界を超えられる」と確信している。
身体の適応とリバウンド — プロスポーツの隠れた代償
ヤコブは、プロスポーツ選手としての身体の適応が、引退後に大きな課題をもたらしたことを明かす。彼は世界記録達成後、脛骨の疲労骨折により10週間の完全休養を余儀なくされ、その間に10キロ以上体重が増加した。「身体は毎日5,000メートルを登ることに適応していた。チョコレート1枚で3,000メートル分のエネルギーとして使われていた」と彼は説明する。
この「極端な適応」は、休養日にも影響を与えた。彼は「休養日でも同じ量を食べてしまい、夜には『自分は太った』と感じる。実際は痩せているのに」と語る。この感覚は、プロスポーツ選手特有の「正常な感覚の歪み」であり、一般の人には理解しがたいものだ。
現在、山小屋経営者としての生活では、このバランスを取り戻すのに苦労している。冬の4ヶ月間は毎日フル稼働し、睡眠時間が3時間の日もある。しかし、シーズンが終わると「身体が『もういい』とサインを出し、風邪を引いたりする」という。彼はこの「ピークと休息のサイクル」を自覚し、それを受け入れている。
妻アンドレアの影響 — 「諦めない」精神の源泉
ヤコブは、妻アンドレア・ヴィスマンから受けた影響を繰り返し強調する。アンドレアはウルトラトレイルランナーであり、100km以上のレースに出場するが、トップレベルではない。しかし、彼女は一度もDNF(途中棄権)をしたことがない。「彼女は週に1時間しか走れない週があっても、週末に20時間かけて100kmを完走する。その精神的強さが私の支えだった」とヤコブは語る。
彼は世界記録挑戦の前夜、アンドレアに「あなたは決して諦めない。私はプロで、あなたよりずっとトレーニングしている。だから、絶対に諦めない」と誓ったという。この「諦めない」精神は、彼のキャリア全体を貫く価値観となった。
また、アンドレアは彼の引退後も「あなたは必ず次の道を見つける」と励まし続けた。多くの人が「世界記録保持者がなぜ山小屋経営者に?」と疑問を呈する中、彼女だけは「マスターズ部門で優勝しようとする元選手にはならないでほしい」と願い、彼の決断を支持した。
山小屋経営者としての新たな山頂
ヤコブは、現在の山小屋経営を「次の山頂」と表現する。彼は「世界記録よりも、自分で事業を始める勇気を持てたことの方が誇りだ」と語る。かつては「自営業には絶対になりたくない」と言っていたが、今では「自分のペースで、自分の料理を提供できる喜び」を感じている。
彼の山小屋「Minimal:isst」は、小さなカフェスタイルで、最大80〜100人を収容できるテラスがあるが、店内は数席のみ。彼は「大きくしたくない。自分の作ったケーキを提供し続けたい」と語る。冬はスキー客で賑わい、夏はハイカーやサイクリストが長居するという。
「もし今、夢から覚めても、同じ場所で目覚めたい。ただ、もう少し羊が増えていれば完璧だ」と彼は笑う。この発言は、彼が現在の生活に完全に満足していることを示している。
まとめ
このエピソードは、単なるスポーツ選手の引退インタビューではない。それは「自分を騙さない」ことの重要性、目標への集中とその代償、そして人生の転換点で勇気を持って決断する力についての深い考察である。ヤコブ・ヘルマンの物語は、頂点で辞めることの難しさと、次の山頂を見つけることの大切さを教えてくれる。彼の「社会的には嫌な奴だった」という自己認識や、妻アンドレアへの感謝、キリアン・ジョルネから学んだシンプルさの哲学は、アスリートだけでなく、人生の岐路に立つすべての人に響く内容だ。
要点
- ヤコブ・ヘルマンは24時間で24,242メートルの高低差を登る世界記録を達成したが、その直後に「もう何も追いかけない」と決断し、突然の引退を発表した
- 彼のトレーニングは週25〜35時間に及び、極端な栄養・水分管理(130g炭水化物/時間、500ml水で5,000m登攀)も含まれていた
- 24時間記録挑戦中、22〜24周目(朝7〜9時)に深刻なスランプを経験したが、サポートチームを「騙して」カフェインを過剰摂取し、回復した
- キリアン・ジョルネから学んだ「シンプルさ」—細かい栄養計算よりも、楽しみながら長く続けることの重要性
- 妻アンドレアの「一度もDNF(途中棄権)をしない」精神が、彼の「絶対に諦めない」姿勢の源泉となった
- 引退後、10週間の休養で10キロ以上増加するなど、プロスポーツ適応の代償(リバウンド)に苦しんだ
- 現在は山小屋「Minimal:isst」の経営者として、自分のペースで料理を提供することに情熱を注いでいる
- 「自分を騙さない」ことと「現実的な目標設定」が、彼のキャリア全体を貫く哲学である