
AI時代にスキルよりも主体性が重要な理由 | Max Schoening(Notion プロダクト責任者)
- Lenny's Podcastのエピソード「Why cultivating agency matters more than cultivating skills in...
- 議論は、NotionにおけるデザイナーとPMのコーディング実践の起源から、AI時代に求められる「エージェンシー」の本質、そして「ソフトウェアの可塑性(Malleable...
- [01:55] デザイナーとPMがコードを書く文化の起源 SchoeningがNotionにジョインした当初、チームはFigma上でチャットインターフェースを設計していた...
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Lenny's Podcast: プロダクト | キャリア | 成長 / Lenny Rachitsky
Lenny's Podcastのエピソード「Why cultivating agency matters more than cultivating skills in the AI era」では、ホストのLenny RachitskyがNotionのプロダクト責任者Max Schoeningを迎え、AI時代におけるプロダクト開発とキャリアの在り方について深く掘り下げた。Schoeningは、デザイナーやプロダクトマネージャー(PM)が自らコードを書き、AIを活用してプロトタイピングを行う文化をNotionで推進してきた第一人者である。本エピソードの核心は、AIがソフトウェア開発の初期段階を劇的に容易にした今、成功を分けるのは「スキル」ではなく「エージェンシー(主体性)」であるという主張にある。Schoeningは、世界は自分より賢くない人々によって作られているという認識を持ち、物事を「作り変えられる」という感覚を育むことの重要性を強調する。同時に、ソフトウェアの「質」が依然として重要な差別化要因であり、AIによって量産される「ヴァイブコーディング」の産物には、真のエンジニアリングとクラフトマンシップが欠けていると警鐘を鳴らす。
議論は、NotionにおけるデザイナーとPMのコーディング実践の起源から、AI時代に求められる「エージェンシー」の本質、そして「ソフトウェアの可塑性(Malleable Software)」という概念へと広がる。Schoeningは、優れたプロダクトには必ず「小さな核(Tiny Core)」となる超パワーが存在すると説き、iPhoneのマルチタッチ、GitHubのプルリクエスト、Notionのブロックなどを例に挙げる。さらに、SaaS終焉論を「大げさ」と断じ、AIによってソフトウェアの量は爆発的に増えたが品質は向上しておらず、そのギャップこそが大きな機会を生み出していると指摘する。エピソードの後半では、トークン消費とROIの関係、プロダクトの「味(Taste)」を磨く方法、そしてユニバーサル・ベーシック・インカム(UBI)に関する独自の見解など、多岐にわたるトピックが、Schoeningの鋭い洞察と共に語られる。
デザイナーとPMがコードを書く文化の起源
SchoeningがNotionにジョインした当初、チームはFigma上でチャットインターフェースを設計していた。しかし彼は、Brett Victorの「Stop drawing dead fish」という講演に触発され、静的なデザインではAIの動的な挙動を捉えきれないと痛感する。そこで彼は、もう一人のデザイナーと共に、LLM(大規模言語モデル)が扱いやすい最小限のコードベースからなる「プレイグラウンド」を構築した。これは、Notionのメインのコードベースとは切り離された実験環境であり、デザイナーやPMが気軽にAIツールを試し、プロトタイプをコードで表現するための「安全な砂場」として機能した。この取り組みは、AIのモデル能力が向上するにつれて、彼らが本番のコードベースにも貢献し始めるきっかけとなった。
Schoeningは、デザイナーやPMがコードを書くことの本質的な価値は、本番環境へのデプロイそのものにあるのではなく、「素材(Material)」を深く理解することにあると強調する。Figmaのような静的デザインツールではなく、コードという動的な媒体で思考することで、エージェントループやシステムの振る舞いに対する理解が格段に深まる。彼は、たとえ書いたコードが最終的に破棄されたとしても、そのプロセス自体がデザイナーやPMにとって計り知れない学びになると語る。現在Notionでは、デザイナーがコードでプロトタイプを作成した後、マーケティングチームがその動きをFigmaで逆に再現するという非効率が発生しており、この流れが将来的には変わっていくであろうと予測する。
現在の状況についてSchoeningは、小さな変更やスタイルの調整であれば、デザイナーやPMがコードで直接対応するのが当然になりつつあると述べる。しかし、彼は「ヴァイブコーディング(Vibe Coding)」、すなわちAIに任せきりでコードを量産する傾向に対しては懸念を示す。過去12ヶ月でソフトウェアの「量」は確かに増えたが、「質」はそれに伴って向上していないと指摘する。信頼性の高いソフトウェアを見つけることがますます困難になっており、真の価値は、エンジニアリングチームが引き継いだ後に実際のプロダクトとなる「媒体」の中で思考し、設計することにあると結論づける。
AI時代に成功を分ける「エージェンシー」の重要性
Schoeningは、AIがスキルの壁を取り払った今、個人の成功を決定づける最も重要な要素は「エージェンシー(Agency)」であると断言する。かつては「スキルがないからできない」という言い訳が通用したが、AIがそのスキルを手の届くところに置いた現在、残された差は「やろうとするかどうか」、つまり主体性だけになった。彼は、エージェンシーは世界に均等に分布しているわけではなく、この能力を持つ人々がAI時代に大きく躍進すると予測する。逆に、「PMの役割とは何か」「デザイナーの仕事とは何か」といった固定観念に固執する人は、取り残されるリスクが高いと警告する。
Notionにおける高エージェンシーの具体例として、SchoeningはBrian LevinとEric Liuを挙げる。Levinはエンジニアリングとデザインの境界を曖昧にしながら、組織にとって必要な人材を自ら積極的にリクルートするなど、自分の役割を超えて影響力を発揮している。Liuは、将来スタートアップを起こす際に最初の5人に雇ってもらえるよう、自ら戦略を練り、Figmaでの作業からコードでのプロトタイプ作成へとスキルシフトを図った。これらの例は、彼らが「役割」に縛られるのではなく、「自分がどうありたいか」に基づいて行動を変えていることを示している。
エージェンシーを育むためのアドバイスとして、Schoeningは「作ること(Making)」の重要性を強調する。Steve Jobsの「世界は自分より賢くない人々によって作られている」という言葉を引き合いに出し、何かを「作る」という行為が、世界は変えられるという感覚を目覚めさせると語る。日曜大工や料理といった小さな「作る」経験の積み重ねが、やがてソフトウェアや組織といった大きなものを変える主体性へとつながる。彼は、エージェンシーを「上司を回避するための手段」と捉えるのではなく、まずは「ものづくり」から始めることを推奨する。
「ソフトウェアの可塑性(Malleable Software)」というビジョン
Schoeningが提唱する「Malleable Software(可塑性のあるソフトウェア)」とは、ソフトウェアがそれを提供する企業の都合ではなく、ユーザーの利益に沿って動作するという考え方である。彼は、現在のアプリ中心の世界を、自分で家具を配置できない家に例える。ユーザーは与えられたインターフェースとデータ構造に縛られ、少しでも動作を変えたいと思ってもそれができない。一方で、完全な自由を得るためにLinuxディストリビューションを自分で運用するのは、あまりにも大きな負担が伴う。Schoeningは、この二極化の間に、ユーザーが自分のコンピューティングライフに対して真の所有権を持てる「可塑性」の領域が存在すべきだと主張する。
AIの登場は、この「可塑性」の概念を一気に身近なものにした。かつては難しかった「自分専用のツールを作る」という行為が、AIの支援によって誰にでも可能になりつつある。Schoeningは、ポッドキャストの収録準備や特定のワークフローを効率化するための小さなツールを、個人がAIを使って作り出す例を挙げる。しかし彼は、これが単なる個人の「小さな道具」の氾濫で終わらないように、この可塑性を支えるプラットフォームやオペレーティングシステムの重要性を指摘する。Ink and SwitchのJeffrey Litらと共に、リアルタイムコラボレーションやセキュリティを維持しながら、より可塑性の高いソフトウェアの未来を模索している。
この議論は、Dieter Ramsの椅子を批評するバイラルビデオへとつながる。Schoeningは、このビデオを自身のTwitterプロフィールに固定している理由として、デザインはまず「有用」であるべきであり、その次に「美しい」のであるという信念を挙げる。ビデオの中でRamsは、有名デザイナーの作品を「座れもしない」と容赦なく批判する。Schoeningは、この姿勢こそが「作られたものは変えられる」という可塑性の精神そのものであると語る。彼は、Stuart Brandの「How Buildings Learn」の概念を引用し、最高の住まいは建築家によって一度に作られるものではなく、長い時間をかけて住む人の生活に適応していくものであると述べ、ソフトウェアもまた同様であるべきだと示唆する。
SaaS終焉論は大げさである
AIによって誰もが簡単にソフトウェアを作れるようになった現在、「SaaS apocalypse(SaaS終焉論)」、すなわち従来のSaaS製品は不要になり、各社が自社専用のツールを内製するようになるという予測が一部で語られている。しかしSchoeningは、この見解は「大げさである」と明確に否定する。彼は、SaaSの価値は単なるソフトウェアの機能提供ではなく、「サービスとしての維持・管理(As a Service)」にあると指摘する。ユーザーは、自社でフルスタックのソフトウェアを維持する労力や、セキュリティ、コンプライアンス、継続的な機能改善といった専門家の知恵にお金を払っているのであり、そのニーズはAIによって消えることはない。
Schoeningは、Slackを例に挙げる。Anthropicのような最先端のAI企業でさえ、社内コミュニケーションにはSlackを利用しており、自社でチャットツールを再発明しようとはしていない。これは、Slackが持つ「通知を確実に届ける」ための複雑なシステムや、長年のユーザーフィードバックに基づく洗練されたUXを、一から構築するコストと労力を考えれば当然の選択である。彼は、ソフトウェアは「庭」のようなものであり、常に手入れが必要であるというBret Taylorの言葉を引用し、その手入れこそがSaaSの対価であると説明する。
Schoeningは、変化の方向性として、ツールがより「汎用的」になることを予測する。Notion自身がその例であり、AIアシスタントの登場によって、これまでNotionを使いこなせなかったユーザーが、AIを「チューター」として活用し、より複雑なワークフローを構築できるようになった。彼は、ソフトウェアは1990年代のワードプロセッサやスプレッドシートのような汎用ツールへと回帰しつつあり、その上でセキュリティなど特定の領域に特化した専門ツールが共存する未来を描く。SaaSの基本的なビジネスモデルは変わらないが、その形はより柔軟でパワフルなものへと進化するというのが彼の見解である。
プロダクト開発の変化:最初の10%は「無料」になった
Schoeningは、AIがプロダクト開発のプロセスを根本的に変えたと語る。最も顕著な変化は、「すべてのプロジェクトの最初の10%が無料になった」という点である。以前は、アイデアを検証するためにPRD(プロダクト要件文書)を書き、Figmaでモックアップを作成し、エンジニアリングチームの空きを待つ必要があった。しかし現在では、PMやデザイナーがAIを使って直接、動く「ジャンキーなバージョン」を数時間で作り上げることができる。これにより、「デモがメモに勝る(Demos, not memos)」というGitHub時代の教訓が、かつてないほど容易に実践できるようになった。
この変化は、プロダクト開発の初期段階における「探索」のコストを劇的に低下させた。Schoeningは、10個の異なるエージェントに10通りのアプローチを探索させ、その結果を比較するといったことが、現実的なコストで行えるようになったと説明する。しかし彼は、最初の90%が容易になったとしても、最後の10%、すなわちプロダクトを本番環境で何百万、何十億ものユーザーに安定して提供するための「エンジニアリング」の部分は、依然として全体の90%の労力を要すると警告する。ここで重要なのは、単に機能を量産することではなく、品質と信頼性を担保する真のエンジニアリングである。
今後の大きな飛躍として、Schoeningは「推論速度」の向上がもたらす影響に注目する。現在のAIモデルは推論に時間がかかるため、ユーザーはタスクをキューに投入して結果を待つという非同期のワークフローを強いられている。しかし、推論がほぼ瞬時に行われるようになれば、ユーザーはコードを「直接操作(Direct Manipulation)」する感覚を取り戻すかもしれない。これは、粘土を直接こねるように、コードをリアルタイムで変形させる体験につながる。彼は、モデルの知能が「Retinaディスプレイ」のように、人間にとって十分なレベルに達した後は、さらなる知能の向上よりも、速度やコスト、新しいモダリティが重要になると予測する。
トークン消費とROI、そして人々の働き方を変える難しさ
Notionでは、プロダクトチームのメンバーによるAIトークンの消費に上限は設けられていない。Schoeningは、現時点ではトークン消費を最適化するのは「間違った指標」であり、まずは探索と実験を促進することが重要だと述べる。しかし彼は、6〜12ヶ月以内に、多くの企業がAIへの投資に対するROI(投資対効果)を厳しく問うようになるだろうと予測する。その時、トークン消費が一人の従業員の給与を超えるようなケースが当たり前になり、その費用対効果を正当化する必要が生じる。彼は、トークン消費量を自慢する文化を「1日に書いたコード行数を自慢する」ことと同列に扱い、本質的な価値の指標ではないと批判する。
人々の働き方を変えることの難しさについて、Schoeningは自身の経験を語る。エンジニアリングから遠いロール(例えばマーケティングなど)の人々は、AIによって得られる「超能力」にすぐに魅了され、積極的に活用する。しかし、エンジニア自身は、従来のワークフローに固執し、AIエージェントを日常業務に組み込むことに抵抗を示す傾向がある。彼は、コードへの手動介入は「バグ」であると感じるべきだというSimon Lastの考えを紹介し、コードレビューを除けば、人間の介入は最小限であるべきだと主張する。この考え方は、ソフトウェア開発を「工場」のように自動化するというビジョンに基づいている。
Schoeningは、人々の行動変容を促すために、メタが社内でAIツールの使用量リーダーボードを作成した事例を理解を示す。これは、何万人もの従業員を抱える大企業において、新しい働き方への「プッシュ」として有効な手段の一つである。しかし彼は、真の変化は「内発的な動機」から生まれるとも語る。Notionのデザイナーたちが、Figmaからターミナルでのコーディングへと移行したのは、AIによって自分たちの創造性が飛躍的に拡張されるという「 intoxication(陶酔感)」を体験したからである。重要なのは、トップダウンの指示ではなく、個人が「超能力」を手に入れたという実感を持てる環境を整えることだと結論づける。
品質を維持しながら迅速に出荷するためのバランス
NotionのようなPMF(プロダクト・マーケット・フィット)を達成した企業では、「次の一手」を巡って慎重になりすぎる「 preciousness(過度な慎重さ)」が生まれがちである。Schoeningは、この状態を打破するために「Shots on goal(ゴールへのシュート数)」を増やすことを重視している。ユーザーは、たまに機能が壊れることよりも、革新が止まることの方をより強く不満に思うというのが彼の信念である。彼は、最初の大ヒットを生み出したチームは、同じ力で第二の成長曲線を描けるはずだと信じ、チームに「ただやればいい」と繰り返し伝えている。
しかし、機能の量を追求する一方で、Schoeningは「ソフトウェア品質」の低下に対して強い危機感を抱いている。彼は、AIツールを提供するラボ自身の製品でさえ、2週間ごとに同じバグが再発するなど、品質管理がおろそかになっていると指摘する。彼が理想とするのは、Appleが実現したような「削り出しアルミニウムのユニボディ」に例えられる、徹底的に磨き上げられたエンジニアリングである。この品質とスピードのバランスを取るための社内スローガンが「Obviously Good(明らかに良いものだけを作ろう)」である。これは、iPhoneやChatGPTの登場時に誰もがその素晴らしさを直感したように、説明不要なレベルの品質を目指すという意味である。
Schoeningは、この「Obviously Good」を実現するための方法として「インクリメンタル・コレクトネス(段階的正確性)」、すなわち優れたイテレーションの重要性を説く。Notionには現在、6つの異なる自動化プリミティブが存在するが、これは異なるアイデアを同時に育てた結果である。しかし、最終的にはそれらを統合し、本質的な「核」となるシンプルな機能に還元するという、困難な作業が必要になる。彼は、この「統合と還元」のプロセスこそが、真のプロダクトの価値を決めると語る。業界全体としても、Claudeのデスクトップアプリに複数のタブが存在するように、未整理の機能が乱立している現状を憂い、よりシンプルで強力なコアを追求する必要性を訴える。
「味(Taste)」を磨くことはモデルを訓練することに似ている
AIがコードを生成する時代において、人間の役割は「味(Taste)」を持つことだと言われる。Schoeningは、この「味」を「与えられたアイデアに対して、特定のターゲットグループがそれを好きかどうかを、頭の中の仮想マシンで予測する能力」と定義する。この能力を磨く唯一の方法は、実際にプロダクトを作り、ユーザーからのフィードバックを得て、それを次のイテレーションに活かすという「レップス(反復回数)」を重ねることである。彼は、このプロセスを「モデルの訓練」に例える。入力(アイデア)と出力(ユーザーの反応)の関係を、バックプロパゲーションのように学習していくのである。
「味」を高めるためには、優れたプロダクトやデザインに日常的に触れる環境も重要である。Notionでは、すべての会議室に「最初のタイプライター」「Macintosh」「ポルシェ911」など、歴史的に有名なオブジェクトの名前を付けている。Schoeningは、これらの部屋で仕事をすることで、自分が作っているものがこれらの偉大なプロダクトの水準に達していないことを常に意識させられ、より高い目標に向かって努力する動機になると語る。また、優れた「味」を持つデザイナーは、常に新しいアプリを試したり、自分自身でサイドプロジェクトを持ち、プロダクトの全体像を責任持って作る経験を積んでいる傾向があると指摘する。
Schoeningは、「味」こそが人間に残された最後の砦であるという風潮に対しては懐疑的である。なぜなら、この「入力→予測→フィードバック」というループは、まさにAIモデルが学習する仕組みそのものだからである。彼は、将来的にはAIも人間の「味」を模倣できるようになる可能性を示唆する。しかし、だからこそ、今この瞬間においては、人間が自らの「味」を磨き、AIが生成した無数の選択肢の中から「明らかに良いもの」を選別する能力が、これまで以上に重要になっている。結局のところ、「味」とは、日本職人のように、長い時間をかけて一つのことを極めることでしか獲得できない、かけがえのない人間の資質なのである。
優れたプロダクトの「小さな核(Tiny Core)」
数多くの成功プロダクトに貢献してきたSchoeningは、プロダクト成功の本質を「小さな核(Tiny Core)」という概念で説明する。彼は、優れたプロダクトには必ず、一つだけ「驚くほど優れた」小さな機能の核が存在すると主張する。iPhoneにおけるマルチタッチ、GitHubにおけるプルリクエスト、Notionにおけるブロックとスラッシュコマンド、Figmaにおけるリアルタイムコラボレーション、Herokuにおける「git push heroku master」のワンライナー、Dropboxにおけるメニューバーのアイコン。これらはすべて、プロダクトの他の部分がどんなに未完成でも、ユーザーが何度も戻ってきたくなるような、魔法のような「超パワー」である。
彼は、多くのプロダクトチームが陥る最大の落とし穴は、「あと一つ機能を追加すれば、ついに素晴らしいプロダクトになる」というループに陥ることだと警告する。機能を追加すればするほどプロダクトは複雑になり、本来の「核」が曖昧になってしまう。Schoening自身も、2014年にNotionの競合を目指してスタートアップを起こした際、この過ちを犯した。彼のチームはマークダウンの編集体験を極限まで磨き上げたが、Notionの初版は編集体験が「ひどい」ものであったにもかかわらず、「ブロック」という核となる概念の強さで勝利した。この経験から、彼は「核」の強さこそがすべてであり、周辺機能の完成度は二の次であると学んだ。
「最初であること(First Mover Advantage)」は過大評価されているとSchoeningは指摘する。重要なのは「最初」ではなく「正しいこと」である。AirPodsはBluetoothヘッドフォンの先駆者ではなかったが、接続のしやすさという「核」で市場を席巻した。AnthropicはOpenAIより後発でありながら、現在では業界をリードする存在である。彼は、Dario Amodei(Anthropic CEO)がOpenAIとAnthropicという二つの異なる組織で、同じように成功を収めたことを高く評価する。結局のところ、プロダクトの成功は、市場のタイミングや幸運もさることながら、この「小さな核」を発見し、それに集中し続けるチームの力に依存するのである。
ユニバーサル・ベーシック・インカム(UBI)に関するホットテイク
Schoeningは、AI時代のUBI(ユニバーサル・ベーシック・インカム)に関する独自の「ホットテイク」を披露する。彼の主張は、「我々はすでにUBIを手にしている。それは『ナレッジワーク(知識労働)』だ」というものである。これは半分冗談でありながら、半分は本気の洞察である。彼は、自分自身を含む知識労働者が、実際に生活に必要最低限の収入をはるかに超える報酬を得て、空調の効いた快適な部屋でコンピューターに向かい、仕事をしている現状を指摘する。これは、人類史上類を見ない「恵まれた」状態であり、ある種のUBIがすでに実現していると彼は言う。
このテイクの背後には、人間は常に自分たちの存在意義を確保するために、新しい「仕事」や「役割」を発明してきたという歴史観がある。AIが現在の知識労働の多くを代替したとしても、人間はまた別の形で「ループの中に自分を挿入する」方法を見つけるだろうとSchoeningは予測する。彼は、人間は「宇宙で最も重要な種」であり、自らの存在を不可欠なものにするための理由を常に作り出してきたと述べる。したがって、AIによって仕事がなくなるという恐怖よりも、人間の創造性と適応力に楽観的な見方を示す。
もしAGI(汎用人工知能)が実現し、働く必要がなくなったとしても、Schoeningは今と全く同じことをしていただろうと語る。彼は、コーディングを「ユーティリティ」ではなく「知的チャレンジ」として捉えており、それはチェスや囲碁をプレイすることに似ている。AlphaGoに敗れた李世ドルが囲碁を諦めたように見えることを悲しみながらも、彼自身は機械が自分より優れていようと、ものを作り、世界をより可塑的にするための探求を続けるだろうと断言する。彼にとって、ものづくりとは目的ではなく、生き方そのものなのである。
結びに
本エピソードがリスナーに残す最も強烈なメッセージは、AI時代において「スキル」よりも「エージェンシー」が重要であるという逆説的な真実である。AIがスキルの獲得を民主化した今、個人の差を生むのは「世界は変えられる」という確信と、実際に行動に移す主体性である。Max Schoeningの語り口は、単なる理論ではなく、Notionという実際の現場で起きている変革に根ざしており、その具体性と実践性がこのエピソードの価値を高めている。彼の「ソフトウェアの可塑性」や「小さな核」といったフレームワークは、プロダクト開発の本質を突いており、AIに振り回されるのではなく、AIを道具として使いこなすための羅針盤を提供する。
このエピソードが重要なのは、AIによる「量」の爆発的な増加に対して、「質」の重要性を改めて強調した点にある。Schoeningは、ヴァイブコーディングの隆盛を冷静に評価し、真のエンジニアリングとクラフトマンシップの価値がむしろ高まっていると主張する。彼の「最初の10%は無料になったが、最後の10%は依然として90%の労力を要する」という指摘は、AI時代のプロダクト開発における新たな常識を示している。リスナーは、このエピソードを通じて、AIを活用して「より速く、より多く」を作るだけでなく、「より良く、より深く」考えるためのヒントを得ることができるだろう。
要点
- AIがスキルの壁を取り払った今、個人の成功を分ける最も重要な要素は「エージェンシー(主体性)」であり、世界は変えられるという認識を持ち、実際に行動に移すことが求められる。
- プロダクト開発において、最初の10%のプロトタイピングはAIによって「無料」になったが、最後の10%の品質と信頼性を担保するエンジニアリングは依然として全体の90%の労力を要する。
- 優れたプロダクトには必ず「小さな核(Tiny Core)」となる一つの超パワーが存在する(例:iPhoneのマルチタッチ、GitHubのプルリクエスト、Notionのブロック)。機能の追加ではなく、この核を磨くことに集中すべきである。
- 「SaaS終焉論」は大げさであり、ユーザーはソフトウェアそのものではなく、その「サービスとしての維持・管理」にお金を払っている。汎用ツールと専門ツールが共存する未来が予想される。
- 「味(Taste)」とは、特定のターゲットグループの反応を予測する能力であり、これはモデルを訓練するように、実際のプロダクト開発とフィードバックの反復(レップス)によってのみ磨かれる。
- ソフトウェアの「可塑性(Malleability)」、すなわちユーザーが自分たちのニーズに合わせてソフトウェアを自由に変更できる能力は、AIによって現実味を帯びてきた重要なコンセプトである。
- AIへの投資対効果(ROI)は、6〜12ヶ月以内に多くの企業で厳しく問われるようになる。トークン消費量は、コード行数と同様に、本質的な価値の指標としては不適切である。
- 我々はすでに「ユニバーサル・ベーシック・インカム」を手にしており、それは「ナレッジワーク」という形で現れている。人間は常に新しい役割を発明することで、AI時代においてもその存在意義を確保し続けるだろう。