
イーサリアム
- 概要 イーサリアムは、単なる暗号通貨を超えた「世界コンピュータ」という野心的なビジョンを掲げ、10代の天才ヴィタリック・ブテリンによって生み出された。ビットコインが「計算...
- [0:00] イーサリアムの誕生:天才高校生の物語 ヴィタリック・ブテリンは1994年、ソ連崩壊後のロシアで生まれた。両親はコンピュータサイエンスを学ぶ大学生で、彼が5歳...
- 2011年、ヴィタリックが高校3年生の時、父親からビットコインの存在を聞かされる。最初は興味を示さなかったが、インターネットで自ら調べるうちに熱中し、単にビットコインを買...
英語Podcastの要点を、聴く前に日本語で把握したい人。
Acquired / Ben Gilbert and David Rosenthal
概要
イーサリアムは、単なる暗号通貨を超えた「世界コンピュータ」という野心的なビジョンを掲げ、10代の天才ヴィタリック・ブテリンによって生み出された。ビットコインが「計算機」だとすれば、イーサリアムはチューリング完全な「コンピュータ」であり、コードとマネーを融合させ、分散型アプリケーション(dApps)の基盤層となることを目指している。本エピソードでは、2011年に17歳の高校生がBitcoin Talkフォーラムに実名で登場したところから始まり、創設メンバーの確執、The DAO事件によるハードフォーク、ICOブーム、DeFiとNFTの爆発的成長、そしてスケーラビリティ問題とEth2.0への移行という壮大なドラマが、ホストのベン・ギルバートとデイヴィッド・ローゼンタール、そしてゲストのパッキー・マコーミックによって語られる。
イーサリアムの誕生:天才高校生の物語
ヴィタリック・ブテリンは1994年、ソ連崩壊後のロシアで生まれた。両親はコンピュータサイエンスを学ぶ大学生で、彼が5歳の時に家族でカナダのトロントに移住した。トロントの公立学校の英才プログラムに入れられた彼は、7歳の時に「ウサギの百科事典」という30ページの英文書を書き、科学的な論文のように構成したという逸話が残っている。高校はアベラード・スクールという1学年わずか10人の超少人数制の学校に通い、そこで自由に自分の情熱を探求できる環境を得た。
2011年、ヴィタリックが高校3年生の時、父親からビットコインの存在を聞かされる。最初は興味を示さなかったが、インターネットで自ら調べるうちに熱中し、単にビットコインを買うのではなく、コミュニティに参加して「稼ぐ」方法を模索し始める。彼が選んだ方法は、ビットコインについて書くことだった。Bitcoin Talkフォーラムでライター募集の投稿を見つけ、5ビットコイン(当時約4ドル、現在は約15万ドル)で最初の記事を執筆。その後、Bitcoin Magazineの共同創設に至る。
特筆すべきは、ヴィタリックがフォーラムで実名を使用したことだ。当時の暗号コミュニティでは、サトシ・ナカモトをはじめ、ほとんどの参加者が偽名を使っていた。17歳の高校生だった彼には「隠すものも失うものもなかった」からだ。この決断が、後に彼を暗号世界のカリスマ的リーダーへと押し上げることになる。
ビットコイン2.0からイーサリアムの構想へ
2013年夏、ヴィタリックはウォータールー大学を休学し、世界中のビットコインカンファレンスを巡る旅に出る。アムステルダムで出会ったアミール・チェトレットの招待でイスラエルを訪れ、そこで「ビットコイン2.0」を自称する一群のプロジェクトと出会う。Colored Coins(現実資産のブロックチェーン上での表現)やMastercoin(ビットコイン上での新通貨発行)など、ビットコインの上に様々な機能を追加しようとする試みだった。
これらのプロジェクトのためにホワイトペーパーを書く過程で、ヴィタリックはある重要な洞察を得る。彼らは皆、ビットコインという「計算機」に個別の機能を「スイスアーミーナイフ」のように追加しているに過ぎない。しかし、真に必要なのは、任意のプログラムを実行できるチューリング完全な「コンピュータ」そのものを作ることではないか。ビットコインのスマートコントラクトは限定的な機能しか持たないが、もし汎用的なプログラミング言語をブロックチェーン上で実行できれば、開発者は許可なく何でも構築できる。
ヴィタリックはまずMastercoinチームにこのアイデアを持ちかけるが、「まずはMastercoinのコア機能を完成させてから」と断られる。そこで彼は自ら行動を起こす。サンフランシスコに飛び、RippleのCTOステファン・トーマスのソファに泊まり込み、2週間でイーサリアムのホワイトペーパーを書き上げる。当初のタイトルは「究極のスマートコントラクト&分散型アプリケーションプラットフォーム」だったが、後にSF用語から「エーテル(第五元素)」を借用し、「イーサリアム」と命名する。
創設メンバーの形成と「赤い結婚式」
2013年11月27日、ヴィタリックはホワイトペーパーの初稿を少数の知人に送る。彼は「これだけ大きなアイデアなら、誰も試さなかった理由があるはずだ」と批判を覚悟していたが、返ってきたのは熱狂的な支持と協力の申し出だった。こうして中核チームが形成される。
初期メンバーは5人:ヴィタリック、Bitcoin Magazineの共同創設者ミハイ・アリシエ、Colored Coinsのアミール・チェトレット、トロントのビットコイン愛好家アンソニー・ディ・イオリオ(初期の資金提供者)、そしてチャールズ・ホスキンソン(分散型取引所とDAOの先駆者)。その後、天才プログラマーのギャビン・ウッド(C言語でイーサリアムクライアントを実装)とジェフ・ウィルキー(Go言語版を実装)、そしてゴールドマン・サックス出身のジョセフ・ルービンが加わり、最終的に8人の共同創設者となる。
2014年1月、マイアミ・ビットコインカンファレンスでヴィタリックがイーサリアムを発表。会場は熱狂の渦に包まれ、スタンディングオベーションが起きた。しかし、その後スイスで開かれた組織形態を決める会議は、カミラ・ルッソの著書『The Infinite Machine』で「赤い結婚式」と称される大混乱となる。チャールズとアンソニーは営利企業(Google路線)を主張したのに対し、ヴィタリックとミハイは非営利財団(Mozilla路線)を支持。開発者たちは「まだ何もできていないのに、組織形態の議論なんてしている場合か」と苛立った。
最終的にヴィタリックが決断を下す。彼はテラスで長時間考え込んだ後、「イーサリアムは財団とする。チャールズとアミールは脱退」と宣言。この決断が、後のイーサリアムの方向性を決定づけた。
ICO、The DAO事件、そしてハードフォーク
2014年7月22日、イーサリアム財団はクラウドセールを実施。最初の12時間で220万ドル、最終的に60百万イーサ(当時1830万ドル)を調達した。これは暗号史上最大のクラウドセールだった。2015年7月30日、最初のフェーズ「Frontier」が公開され、イーサリアムネットワークが始動。わずか2週間後には、Augurという分散型予測市場が初のICOを実施した。
ICOブームは加速度的に拡大する。2016年には64件のICOで1億ドル以上、2017年には966件で100億ドル以上が調達された。フロイド・メイウェザーやパリス・ヒルトンまでもがICOを宣伝する異常事態に発展する。イーサリアムの価格は2018年初頭に1,350ドル(時価総額1,000億ドル)の最高値を記録した後、ICOバブル崩壊とともに84ドルまで暴落した。
このブームの頂点で起きたのがThe DAO事件だ。Slock.itという分散型Airbnbを目指すプロジェクトが、さらに一歩進んで「何にでも投資できる分散型組織」を名乗り、1億5,000万ドルを調達。これは当時の全イーサの14%に相当する巨額だった。しかし、スマートコントラクト言語Solidityにセキュリティ上の欠陥があり、ハッカーが資金をゆっくりと引き出し始める。
ヴィタリックは全取引所にイーサの取引停止を要請。ホワイトハッカー集団「ロビンフッド・グループ」が結成され、ブラックハットより速く資金を奪還しようと奔走する。最終的に、コーネル大学のエミン・ガン・シラー教授の助言もあり、イーサリアムはハードフォーク(履歴の書き換え)を決断。これは「コードは法」という暗号コミュニティの理念に反する決断だったが、ヴィタリックは「世界コンピュータを本気で作るなら、これは合理的だ」と判断した。
フォーク後、一部のマイナーは旧チェーンを維持し続け、それが現在の「イーサリアム・クラシック」(時価総額約40億ドル)となっている。
スケーラビリティ問題と競合の台頭
イーサリアムの最大の課題はスケーラビリティだ。現在のネットワークは秒間15〜45トランザクションしか処理できず、これはVisaのピーク時5万件と比較して圧倒的に遅い。ガス代(手数料)は需要が高まるにつれて高騰し、2021年初頭には1回のトランザクションで70ドル以上かかることもあった。
この問題に対し、複数の競合ブロックチェーンが台頭する。チャールズ・ホスキンソン(追放された元共同創設者)のCardano、ギャビン・ウッド(天才プログラマー)のPolkadot、42億ドルをICOで調達したEOS、そしてバイナンス・スマートチェーンなどだ。しかし、これらの多くはまだ本格的な稼働に至っていない。一方、Solanaは異なるアプローチで注目を集めている。
Fred Wilson(USV)は2018年のカンファレンスで「誰かスイスに行って、あの連中をクビにしてこい」と激怒。イーサリアム財団の開発速度の遅さを痛烈に批判した。これに対しヴィタリックは「君はVCだから成長を求めるのは当然だ」と反論するが、スケーラビリティ問題が深刻であることは認めざるを得なかった。
DeFiとNFT:キラーアプリケーションの爆発
NFT(非代替性トークン)の起源は、2017年のCryptoKittiesにある。バンクーバーのスタートアップAxiom Zen(後のDapper Labs)がイーサリアムのハッカソンで生み出したこのゲームは、ピーク時にイーサリアムネットワーク全体の15%のトランザクションを占めた。各キティがユニークなERC-721トークンとして表現されるこのアイデアは、後にNBA Top Shotなどの巨大市場へと発展する。
DeFi(分散型ファイナンス)はさらに大きなインパクトをもたらした。MakerDAOが分散型ステーブルコインDAIを、Uniswapが流動性プールによる分散型取引所を立ち上げる。2020年6月、Compoundが「イールドファーミング」と呼ばれる新たなインセンティブ機構を導入したことで「DeFiサマー」が幕を開ける。2020年初頭に10億ドルだったDeFiのロック総額は、2021年5月には1,000億ドルに達した。
パッキー・マコーミックは、イーサリアムを「AWSのようなもの」と例える。AWSを使うためにAmazon株を買わなければならないとしたら、どうなるか。イーサリアムでは、ネットワークを利用するためにETHを購入し、ガス代として消費する。さらにEIP-1559の導入により、基本手数料が「バーン(焼却)」されるようになれば、ETHはデフレ圧力を受ける可能性がある。また、Proof-of-Stakeへの移行により、ETH保有者はステーキングを通じてネットワークのセキュリティに貢献し、その対価として報酬を得られるようになる。
ブルケースとベアケース:イーサリアムの未来
パッキーが描くブルケースは「需要増加と供給減少」に集約される。DeFi、NFT、DAO(分散型自律組織)の爆発的成長により、ETHの需要は高まり続ける。一方、EIP-1559による手数料の焼却とProof-of-Stake移行による新規発行の減少により、供給は抑制される。さらに、ネットワークの価値が上がれば上がるほど51%攻撃のコストが高くなり、セキュリティが強化されるという好循環が生まれる。
しかし、ベアケースも存在する。最大のリスクはEth2.0への移行が失敗するか、大幅に遅延することだ。シャーディング(チェーン分割)によりコンポーザビリティ(異なるスマートコントラクト間の相互運用性)が損なわれる可能性もある。また、Solanaのような競合がより高速で低コストのプラットフォームを提供し、開発者コミュニティを奪うリスクもある。さらに、すべての暗号資産がビットコインの値動きに連動している現状は、独立した価値評価ができていないという不安材料だ。
政府の規制リスクも無視できない。中国がビットコイン採掘を禁止したように、主要国が暗号資産を全面的に規制する可能性がある。ただし、Uberの事例が示すように、十分なユーティリティとユーザー基盤があれば、規制との戦いに勝つことができるかもしれない。
まとめ
このエピソードが最も印象的に描き出すのは、イーサリアムが「人間的な」ブロックチェーンであるという事実だ。ビットコインがサトシ・ナカモトという正体不明の存在によって「宇宙から与えられた」ような神秘性を持つ一方、イーサリアムはヴィタリック・ブテリンという実在の天才が、創設メンバーの確執や技術的失敗を乗り越えながら、人間らしい決断(ハードフォーク)を下して進化してきた。この「弱い主観性」は欠点でもあり強みでもある。コードは絶対ではないが、だからこそ現実世界の問題に対応できる柔軟性を持つ。イーサリアムは、暗号の理想主義と現実主義の間で、世界コンピュータという壮大な実験を今も続けている。
要点
- ヴィタリック・ブテリンは17歳でBitcoin Talkフォーラムに実名で参加し、Bitcoin Magazineの共同創設を経て、2013年にイーサリアムのホワイトペーパーを執筆した
- イーサリアムはビットコインと異なりチューリング完全な「世界コンピュータ」であり、コードとマネーを融合させたスマートコントラクトを実行できる
- 2014年のクラウドセールで1,830万ドルを調達し、2015年7月にネットワークが稼働。その後ICOブームを引き起こし、2017年には966件のICOで100億ドル以上が調達された
- 2016年のThe DAO事件では1億5,000万ドルがハッキングされ、イーサリアムはハードフォークを決断。これによりイーサリアム・クラシックが誕生した
- 現在のネットワークは秒間15〜45トランザクションと遅く、ガス代高騰が課題。Eth2.0への移行(Proof-of-Stakeとシャーディング)が進行中だが、遅延が続いている
- DeFiとNFTがキラーアプリケーションとなり、2021年5月にはDeFiのロック総額が1,000億ドルに達した
- 最大のリスクはEth2.0移行の失敗と競合チェーン(Solanaなど)への開発者流出だが、リンディ効果とネットワーク効果によりイーサリアムの優位性は依然として強い