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Acquired · 2026年5月15日

Epic Systems(MyChart)

AI generated article / ja / study
この記事でわかること
  • Epic Systems(MyChart)— Acquired エピソード完全ダイジェスト エピック・システムズは、ウィスコンシン州の田舎の農場からアメリカの医療システム...
  • [0:00] エピック・システムズとは何か—知られざる巨人 エピック・システムズは、単なる電子医療記録(EHR)ベンダーではない。病院の患者管理、診療報酬請求、スタッフ配...
  • 特筆すべきは、この企業がまったくマーケティングを行わず、営業活動もほとんどしないことだ。見込み客からの問い合わせを断ることさえある。価格交渉も値引きもしない。47年の歴史...
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Acquired / Ben Gilbert and David Rosenthal

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Epic Systems(MyChart)— Acquired エピソード完全ダイジェスト

エピック・システムズは、ウィスコンシン州の田舎の農場からアメリカの医療システム全体の「中枢神経系」を築き上げた、前代未聞の企業である。創業者ジュディス・フォークナーは47年間、一切の買収もIPOも行わず、ベンチャーキャピタルも受け入れず、たった7万ドルの自己資金で会社を育て上げた。このエピソードでは、なぜエピックがアメリカの病院の90%以上で使われる標準となり、一度も顧客を失ったことがないのか、その驚くべきストーリーが語られる。

0:00エピック・システムズとは何か—知られざる巨人

エピック・システムズは、単なる電子医療記録(EHR)ベンダーではない。病院の患者管理、診療報酬請求、スタッフ配置、スケジューリング、処方、さらには研究に至るまで、病院のあらゆる業務を支えるプラットフォームである。現在、アメリカの医療システムの大部分がエピックのソフトウェア上で稼働しており、医学部を卒業する医師・看護師・医療管理スタッフの90%以上が、学生時代にエピックのシステムで訓練を受けている。

特筆すべきは、この企業がまったくマーケティングを行わず、営業活動もほとんどしないことだ。見込み客からの問い合わせを断ることさえある。価格交渉も値引きもしない。47年の歴史で一度も他社を買収したことがなく、逆に買収されることもない。全従業員がリモートワークをせず、ウィスコンシン州ヴェローナの広大なキャンパスに毎日出社する。そのキャンパスには、地下に11,400席を誇る世界最大の地下講堂、ディズニーランド風のホグワーツ城やエメラルドシティのレプリカが存在する。

4:54創業者ジュディス・フォークナーのルーツ

ジュディス・フォークナー(旧姓グリーンフィールド)は1943年8月、ニュージャージー州アールトンで生まれた。父のルーは地元で薬局兼ソーダファウンテンを営む小規模起業家だった。母のデル・グリーンフィールドは15歳で高校を卒業した才女で、後にベトナム戦争後の平和活動に深く関わり、「オレゴン州医師の社会的責任」組織のエグゼクティブディレクターを務めた。この組織は1985年、国際的な「核戦争防止医師会」と協力してノーベル平和賞を受賞している。ジュディスの母親はノーベル平和賞受賞団体の一員だったのだ。

ジュディスは幼い頃から数学に強い関心を持っていた。中学7年生の時、教師が「3で割り切れる数の各位の和も3で割り切れるのはなぜか」という数論の問題を出したことに衝撃を受け、「これだ」と感じたという。1961年に高校を卒業後、ディキンソン大学で数学を専攻。在学中、ロチェスター大学の素粒子物理学研究所で夏の仕事を得て、FORTRANプログラミングを独学で1週間で習得し、ラボで最高のプログラマーの一人となった。

「プログラミングは数学と芸術とことばの完璧な組み合わせだった」と彼女は後に語っている。この経験が、彼女の人生の方向性を決定的に変えた。

12:14医療とコンピュータの出会い—Chroniclesの誕生

大学院進学にあたり、ジュディスは5つの博士課程プログラムに合格した。そのうちスタンフォードとウィスコンシン大学は、彼女が応募した後に新たにコンピュータサイエンス学科を設立していた。彼女はウィスコンシンを選び、マディソンへ向かう。この選択が後のエピックの運命を決めた。

ウィスコンシン大学在学中、彼女は「コンピュータと医療」という講座を受講した。担当はウィスコンシン医科大学のワーナー・スラック教授で、この講座は世界でも最初期のものだった。スラック教授はジュディスに、医師のオンコールスケジュールを最適化するプログラムの作成を依頼。時給5ドルで始めたこの仕事は、やがて病院内の様々な部門からの依頼へと発展していく。

各部門の医師たちから共通して聞かれたのは、「同じ患者が複数の部門を受診しているのに、お互いの情報が全く共有されていない。患者の生涯にわたるケアを追跡できる単一のデータベースがあれば理想的だ」という要望だった。

1970年代半ばのある日、ジュディスは自宅のリビングでひらめきを得た。「太陽が輝いていて、私はぼんやりしていた。突然、すべてが降りてきた。どうやって統合システムを構築するかが。台所に走ってメモ用紙をつかみ、コードを書きまくった」。こうして生まれたのが「Chronicles」—患者のケアの旅路を記録するデータベースである。このコードは今もエピックの中核を成している。

Chroniclesの革新性は、すべてのアプリケーションが単一のデータベースからデータを読み書きする点にある。臨床用EMR、診療報酬請求モジュール「Resolute」、研究用「Cosmos」、産科用「Stork」、腎臓用「Beans」など、数百に及ぶエピックの全アプリケーションが、この一つのChroniclesデータベース上で動作している。

19:07アメリカ医療保険制度の構造とEMRの必然性

エピックのビジネスを理解するには、アメリカの医療保険制度の歴史が不可欠だ。1942年、戦時中の「安定化法」により賃金と価格が統制されると、企業は優秀な人材を引き付けるために健康保険を福利厚生として提供し始める。当時、健康保険を持っていたアメリカ人はわずか10%だった。

労働組合の働きかけにより、健康保険料は企業にとって税控除の対象となり、従業員にとっても非課税の所得となった。この制度設計が、現在の雇用主ベースの保険システムの基礎となった。1946年には保険加入率が30%に上昇し、1964年には80%に達する。

1965年、メディケア(65歳以上向け)とメディケイド(低所得者向け)が社会保障法の一部として創設される。これにより、医療費の大部分を患者自身が直接負担しないシステムが確立した。現在、アメリカの医療費はGDPの18%を占めるが、英国の11%、シンガポールの6%と比較すると突出している。

この制度の重要な帰結は、医療提供者が支払いを受けるために、何をしたかの厳格な文書化が必要になったことだ。保険会社や政府は「証明」を要求する。これが電子医療記録(EMR)と、さらに重要な電子診療報酬請求システムの存在理由となった。

同時期、マサチューセッツ総合病院では最初の本格的なコンピュータ化医療記録システム「COSTAR」の開発が始まり、そのために新しいプログラミング言語「MUMPS」(マサチューセッツ総合病院ユーティリティ・マルチプログラミング・システム)が開発された。MUMPSの特徴は、言語とデータベースが統合されていることと、複数の同時ユーザーを効率的に処理できることだ。エピックは今もMUMPSの後継であるCacheを使用している。

36:48会社の設立と初期の成長

1979年、ジュディスはついに会社を設立する。社名は「Human Services Computing」という極めて凡庸なものだった。彼女は銀行から7万ドルの融資を受け、友人や家族からさらに7万ドルを集め、Data General Eclipse 16ビットミニコンピュータ(洗濯機サイズ)を購入した。会社の評価額は14万ドル(ポストマネー)で、これがエピックが外部から調達した唯一の資金である。

創業時の社員は3人のパートタイム労働者で、マディソンのアパートの地下で作業を始めた。驚くべきことに、同じオフィススペースを同時期に使用していたもう一つの偉大なアメリカ企業が、アメリカン・ガール・ドール・カンパニーだった。

ワーナー・スラック教授の紹介で、ジュディスはMEDITECHの創業者ニール・パパラルドのもとで3日間の研修を受ける。この研修がエピックの企業文化の基礎となった。パパラルドから学んだのは、ビジネススクール出身の「スーツ」ではなく、プログラマーとして会社を運営する方法だった。マニュアル化された人事システム、給与計算、大学からの新人採用—これらすべてがエピックのDNAとなった。

1983年、社名を「Epic Systems」に変更。「エピック(叙事詩)」は患者の人生という大きな物語を表している。この時点で顧客はわずか9社。1988年になっても売上は150万ドル、従業員もわずかだった。最初の10年間は、決して急成長するスタートアップではなかった。

転機は1987年、診療報酬請求モジュール「Resolute」のリリースである。病院にとって最も重要なのは「いかにして支払いを受けるか」であり、このモジュールがエピックの価値を劇的に高めた。1992年には業界初のグラフィカルユーザーインターフェース(Windowsベース)のEMRアプリケーション「EpicCare」をリリース。2001年には入院患者向けのEpicCare Inpatientを投入し、ついに「聖杯」—単一データベース上の外来・入院・請求の完全統合—を達成した。

1:01:48MyChartの革新とKaiser Permanente契約

2000年、エピックはMyChartをローンチする。これは患者が自宅のコンピュータから自分の医療記録にアクセスできる、世界初の統合患者ポータルだった。HIPAA(医療保険の携行性と責任に関する法律)の厳格な規制下で、ウェブ上に医療記録を公開するという発想は極めて先進的だった。

MyChartの起源は1997年の「Epic Web」プロジェクトに遡る。これは医師が自宅からEMRにリモートアクセスするためのシステムだった。このプロジェクトに取り組んでいた新卒プログラマーのスミット・ラナ(現在のエピック社長)が当時の社長カール・ドヴォルザックに「もっと難しい仕事をください」と申し出たことから、MyChartのアイデアが生まれた。

現在、MyChartのアクティブユーザーは1億9100万人に上る。患者が自分の記録にアクセスできるだけでなく、自己スケジューリングや家族のケア管理が可能になり、病院にとっては予約の無断キャンセル(ノーショー)による収入損失を防ぐ効果ももたらした。

2003年、エピックに最大の転機が訪れる。全米最大の統合型医療システム、Kaiser Permanente(カリフォルニア州、30病院、400以上のクリニック、11,000人の医師、850万人の患者)が、全システム統一EMRの入札を実施した。当時、エピックの売上は約5000万ドルだったのに対し、最大の競合Cernerは約10億ドルの売上を誇る公開企業だった。

Kaiserは当初、入院部門をCerner、外来部門をエピックに分割する提案を行った。しかしジュディスは「それは間違った選択です。一つにすべきです」と断言し、自社に不利になる可能性も顧みずに主張を貫いた。技術デューデリジェンスの場では、カール・ドヴォルザックが前夜に徹夜で作成したトランザクション処理能力の詳細なExcelモデルが、Cernerを大きく上回るパフォーマンスを証明した。さらにKaiserが株式ワラントを要求した際、Cernerが10%の株式提供に応じたのに対し、ジュディスは「絶対にしない」と拒否した。

それでもエピックは契約を勝ち取った。この契約はエピックの売上を一夜にして倍増させ、業界のゴールドスタンダードとしての地位を確立した。LAタイムズは「Kaiserのエピックシステムは、業界のモデルTになるだろう」と評した。

1:33:06ヴェローナ・キャンパスとエピックの企業文化

Kaiser契約後の急成長に伴い、エピックはウィスコンシン州ヴェローナに広大なキャンパスを建設する。ジュディスの息子がマイクロソフトで働いていたことからレドモンドキャンパスを見学し、その「大学キャンパス」的な雰囲気に感銘を受けたことがきっかけだった。

1,700エーカーの土地(うち410エーカーがキャンパス、残りは農場)に89の建物が立ち並ぶ。4つの屋内講堂には合計18,000席があり、メインの「Deep Space」は地下74フィートに位置する11,400席の世界最大の地下講堂である。キャンパスのデザインにはディズニーランド・カリフォルニア・アドベンチャーの改修を手がけた建築事務所と、マイクロソフトのレドモンドキャンパスを建設した事務所が参加している。

エピックの企業文化は「ソフトウェア工場」という概念で理解できる。ジュディスは会社を「ソフトウェア開発者を投入して医療用ソフトウェアを出力する工場」と捉えている。全社に掲示される「エピックの10戒」はその哲学を如実に表している:

1. 公開企業になるな 2. 買収するな、されるな 3. ソフトウェアは動作しなければならない 4. 現実=期待 5. 約束を守れ(暗黙のものも含む) 6. 能力に集中せよ。凡庸を許容するな 7. 基準を持て。すべてに公平であれ 8. 勇気を持て。許容するものは、あなたが支持するものだ 9. 哲学と文化を教えよ 10. 倹約であれ。運転資金のために借金をするな

注目すべきは、これらの「戒律」のどれも医療に関するものではないことだ。すべては「会社の運営方法」についての指針である。

新人は全員、6ヶ月間の集中トレーニングを受ける。メモの取り方、メールの書き方に至るまで「エピックの方法」が教え込まれる。開発者は全員、臨床現場での「イマージョン研修」が義務付けられており、入社時には5回、その後も毎年実施される。バグが見つかれば、元の開発者が即座に修正に取り組む(「自分が書いたバグは自分で直す」原則)。これにより、コードが書かれてからテストされるまでの時間を最小化し、バグの連鎖を防ぐ。

2:00:09HITECH法と「Meaningful Use」—業界を変えた政府の介入

2008年の金融危機後、政府は経済刺激策として「シャベル対応可能なプロジェクト」を模索した。その一つが電子医療記録の普及だった。2009年に成立したHITECH法(医療情報技術経済臨床衛生法)は、アメリカ再生・再投資法の一部として、総額360億ドル(うち270億ドルが直接的な incentive payment)を電子医療記録の導入に充てるものだった。

具体的には、医師一人当たり44,000〜64,000ドルの incentive payment が数年にわたって支払われた。さらに、導入後は「Meaningful Use(意味のある使用)」が求められ、これを満たさない病院は罰則の対象となった。KFF(カイザー・ファミリー・ファウンデーション)の記事はこれを「千のクリックによる死」と表現している。

結果として、電子医療記録の普及率は2009年の9%から2014年には95%へと急上昇した。しかし、この政策には重大な副作用もあった。第一に、議会が「Meaningful Use」の定義を詳細に規定したことで、ソフトウェアの設計と医師の業務プロセスが事実上、立法によって決定されることになった。医師は患者一人につき数十のチェックボックスをクリックする必要が生じ、2016年の研究によれば、患者ケア1時間あたり約2時間をEMRへのデータ入力に費やすことになった。

第二に、この政策は新規参入の可能性を事実上閉ざした。360億ドルという巨額の資金が一時期に集中したことで、将来の競合が登場する余地が大幅に縮小された。オバマ大統領自身も2017年、Voxのインタビューで「HITECH法は期待に応えられなかった。医師や看護師が管理業務に忙殺される状況は変わっていない」と認めている。

あるCIOはこの状況を「HITECH法は業界のデジタル化には大成功したが、デジタル変革(トランスフォーメーション)には全く寄与しなかった」と評した。

2:34:55国防総省契約と競合の凋落

2015年、国防総省(DoD)は全軍の医療システムを統合する世界最大の医療IT契約(43億ドル)の入札を実施した。2年後には退役軍人省(VA)の100億ドル契約が続く。両方とも、エピックとCernerの一騎打ちとなった。

結果はCernerの勝利。しかし、DoDシステムの本格稼働は2024年までずれ込み、9年を要した。VAシステムに至っては、最新の見通しでも「早くとも2031年」とされている。ある関係者は「失敗した政府契約の方が成功したものより儲かる」と皮肉を込めて語る。

この間、Cernerは創業者ニール・パターソンの死去(2017年)、経営陣の頻繁な交代、そして2021年のOracleによる280億ドルでの買収と、混乱の連続だった。Oracleは現在、Cerner(Oracle Health)を「全社の成長と収益性に対する逆風」と位置づけており、業界アナリストの間ではOracleの歴史上最悪の買収の一つと見なされている。

一方、エピックはこの混乱に巻き込まれることなく、着実に顧客を増やし続けた。パートナーズ・ヘルスケア(ハーバード/マサチューセッツ総合病院)、メイヨー・クリニック、ケンブリッジ大学病院(英国)、インターマウンテン・ヘルス、コモンスピリット・ヘルスなど、名だたる医療機関が次々とエピックを選択した。2018年には、USニューズ&ワールド・レポートのトップ20学術病院すべてがエピックを採用していることを発表した。

2:54:18現在のエピックと未来への展望

現在、エピックの顧客は607の医療システム、3,200の病院に及び、一度も顧客を失ったことがない(唯一の例外は、6ヶ月間離脱した後に戻ってきた1件のみ)。59万人の医師と49万5千の病床をカバーし、全世界で3億2500万人の患者(うち米国で2億8000万人)がエピックのシステムを通じてケアを受けている。

2024年の売上は57億ドル(前年比13%増)、従業員数は14,000人。EBITDAマージンは30〜35%と推定される。もし公開企業であれば、その価値は最低でも1,000億ドルと見積もられ、ジュディスの資産価値は約500億ドルに達する可能性がある。これは世界で最も成功した女性創業者という評価を裏付けるものだ。

エピックは現在、Cosmosと呼ばれる匿名化患者データベース(2億9500万人分、150億件の患者エンカウンター)を活用し、製薬会社や保険会社向けの新たな事業を展開している。特に「事前承認(Prior Authorization)」の自動化は、医療システムの非効率を解消する大きな機会と見られている。

また、AIによる「アンビエント・リスニング」(診察中の会話を自動的に記録・構造化する技術)は、医師のバーンアウト(燃え尽き症候群)の主要因であるEMRへのデータ入力を軽減する可能性を秘めている。マイクロソフト(Nuance)やスタートアップのAbridge、Sukiなどがエピックと連携した製品を提供している。

ジュディスは81歳となり、後継計画を策定している。彼女の議決権株式は、彼女の死後、「パーパス・トラスト(目的信託)」に移管される。この信託は、家族、5人の長期経営幹部、3人の顧客CEOの三者によって管理され、会社の非公開・非買収の原則を永久に維持する。次期CEOの条件は「長年のエピック社員であり、ソフトウェア開発者であること」と定められている。

まとめ

このエピソードが最も印象的に描き出すのは、47年という時間をかけて「正しい方法」で構築された企業の圧倒的な強さである。エピックは決して最も革新的な技術を持っていたわけではない。しかし、単一データベースというアーキテクチャの選択、顧客(病院経営陣)への徹底的なフォーカス、外部資本に依存しない経営、そして「ソフトウェア工場」としての規律ある運営が、結果として業界で最も信頼されるシステムを生み出した。

同時に、この物語はアメリカ医療システムの複雑さと矛盾も浮き彫りにする。HITECH法による360億ドルの投入は電子化を推進したが、医師の負担を増やし、新規参入を阻み、既存の大手ベンダーをさらに強固にした。医療費がGDPの18%を占めるシステムの中で、エピックの売上はわずか57億ドルに過ぎない。医療費の大部分は、保険会社、製薬会社、そして何よりシステム全体の非効率に吸収されているのだ。

ジュディス・フォークナーは、ウォーレン・バフェットやイングヴァル・カンプラード(IKEA創業者)と同じく、独自の哲学で会社を築き上げた稀有な創業者である。彼女が確立した「非公開・非買収・非上場」の原則は、信託構造によって永久に維持される。これは、短期的な株主価値の最大化を追求する現代の資本主義に対する、一つの強力なアンチテーゼと言えるだろう。

要点

  • エピック・システムズは1979年、ジュディス・フォークナーが7万ドルの自己資金で創業。47年間、一度も外部資金調達、買収、IPOを行っていない
  • 全アプリケーションが単一データベース「Chronicles」上で動作するアーキテクチャが、信頼性と統合性の源泉。競合のCernerは36社の買収で成り立っていた
  • 2003年のKaiser Permanente契約(当時エピックの売上を倍増)が転機。価格交渉も株式ワラントも拒否する姿勢が、後の圧倒的な交渉力を生んだ
  • 2009年のHITECH法(360億ドルの政府支出)はEMR普及率を9%から95%に押し上げたが、医師の負担増と新規参入の阻害という副作用ももたらした
  • 現在607の医療システム、3,200病院が顧客。一度も顧客を失ったことがなく、売上57億ドル、推定企業価値1,000億ドル超
  • ジュディスの議決権株式は「パーパス・トラスト」に移管され、非公開・非買収の原則が永久に維持される。次期CEOは「長年の社員でソフトウェア開発者」が条件
  • 最大の競合CernerはOracleに買収された後、業績悪化。国防総省と退役軍人省の大型契約は9〜14年の遅延とコスト超過に苦しんでいる
  • 今後の成長領域は、匿名化患者データベースCosmosを活用した製薬・保険会社向け事業、AIによる診療記録の自動化(アンビエント・リスニング)など