
ディズニー:ルネサンスと帝国
- 1984年、ウォルト・ディズニー・カンパニーは「死んでいる方が価値がある」とさえ言われる状態にあった。ウォルトが遺したアニメーションスタジオは長年停滞し、才能は流出す...
- 本エピソードは、Acquiredの二人のホスト、ベン・ギルバートとデビッド・ローゼンタールが、ディズニーの1984年から現在に至るまでの壮大な歴史を、経営戦略とドラマ...
- [0:00] 1984年:崩壊寸前のディズニーと救世主の登場 1984年、ディズニーは深刻な危機に瀕していた。ウォルトの死後18年間、ディズニー・アニメーションは「か...
英語Podcastの要点を、聴く前に日本語で把握したい人。
Acquired / Ben Gilbert and David Rosenthal
1984年、ウォルト・ディズニー・カンパニーは「死んでいる方が価値がある」とさえ言われる状態にあった。ウォルトが遺したアニメーションスタジオは長年停滞し、才能は流出する一方で、企業買収屋たちは映画ライブラリーをMGMに売却し、テーマパークをホテル運営会社に売り払う計画を練っていた。しかし、そこから始まったのはメディア史上最大のターンアラウンドだった。マイケル・アイズナーとフランク・ウェルズという二人の人物が会社を救い、『美女と野獣』や『ライオン・キング』を生み出し、ブロードウェイ進出、VHS・DVDによる「ディズニー・ボールト」の家庭開放、そしてメディア史上最大の買収であるESPN獲得へと繋げていく。しかし、その栄光の後、会社は再び崩壊の危機を迎える。ユーロ・ディズニーの失敗、経営陣の内紛、アニメーション部門の凋落、そしてComcastによる敵対的買収の試み。その混乱の中から、ボブ・アイガーという新世代の経営者が現れ、Pixar、Marvel、Lucasfilmの買収によって21世紀を定義するメディア帝国を築き上げる。だが、その帝国もテック企業の台頭によって今、かつてない戦略的岐路に立たされている。
本エピソードは、Acquiredの二人のホスト、ベン・ギルバートとデビッド・ローゼンタールが、ディズニーの1984年から現在に至るまでの壮大な歴史を、経営戦略とドラマチックな転換点を織り交ぜながら語り尽くす。単なる企業史ではなく、「イノベーターのジレンマ」とどう戦い、何が本質的に永続するのかという、現代のメディアビジネスが直面する最も深遠な戦略的問いを浮き彫りにする。アイズナーとウェルズによる奇跡的な再生、ESPNという「偶然の金鉱」、アイガーによるPixar買収という歴史的和解、そしてストリーミング時代におけるディズニーの苦闘。このエピソードは、ディズニーという企業の物語を通じて、メディア産業の構造的変化と、いかにして企業が適応し、生き残るのかという普遍的なテーマを描き出す。
1984年:崩壊寸前のディズニーと救世主の登場
1984年、ディズニーは深刻な危機に瀕していた。ウォルトの死後18年間、ディズニー・アニメーションは「かつての輝きを失った腐った死骸」と化し、1971年から1984年までの13年間に公開した映画はわずか3本だった。フロリダのエプコットはウォルトの理想とした「未来の都市」ではなく、予算超過と期待外れに終わった万国博覧会の模造品であり、会社は多額の負債を抱えていた。ロイ・E・ディズニーは会社を辞任し、ウォルトの娘婿で当時のCEOロン・ミラーを追い落とそうと画策していた。株価は1983年に82ドルから52ドルへと暴落し、会社を分割して売却した方が価値があるという状況だった。
この危機を乗り切るため、経営陣はフォートワースの石油・不動産ブローカーであるバス家とその投資マネージャー、リチャード・レインウォーターと提携し、同家に会社の25%を保有させることで買収防衛策とした。1984年9月7日、ロイ・E・ディズニーとスタンレー・ゴールドは取締役会でクーデターを起こし、ロン・ミラーをCEOから追放した。その後わずか14日間で、彼らはメディア企業史上最も偉大な二人組の経営チームを採用することになる。それがマイケル・アイズナーとフランク・ウェルズだった。ウェルズはワーナー・ブラザースの元社長で、ゴールドの旧友であり、アイズナーはバリー・ディラーと共にパラマウントで『インディ・ジョーンズ』『スター・トレック』『サタデー・ナイト・フィーバー』など数々のヒットを飛ばしたハリウッドで最もホットな経営者だった。
アイズナーとウェルズは、パラマウントで確立した「シングルス・アンド・ダブルス戦略」をディズニーに持ち込んだ。これは制作費を抑え、スター俳優や監督に依存せず、脚本とストーリーの質に焦点を当てるというものだ。アイズナーが書いた有名な内部メモには「我々には芸術を生み出す義務も、歴史を作る義務も、声明を発表する義務もない。しかし、金を稼ぐためには、歴史を作り、芸術を生み、何らかの重要な声明を発表することがしばしば重要である」と記されていた。この戦略は功を奏し、『ダウン・アンド・アウト・イン・ビバリーヒルズ』『スリーメン&ベビー』『グッドモーニング・ベトナム』『いまを生きる』『プリティ・ウーマン』などが次々とヒットし、最初の33本の映画のうち27本が利益を上げた。
アニメーションの復活:ディズニー・ルネサンスとCAPS技術
アイズナーとウェルズが会社を立て直す一方で、アニメーション部門はなおも低迷していた。しかし、そこに希望の光があった。ウォルト自身が遺言で設立したカリフォルニア芸術大学(CalArts)の地下室、教室A113で、ジョン・ラセター、ブラッド・バード、ティム・バートン、ジョン・マスカー、アンドリュー・スタントン、ブレンダ・チャップマン、ピート・ドクターといった才能が育っていたのだ。彼らの多くはディズニーに直接雇われた後、一度は解雇されたが、後に戻ってくることになる。ラセターが学生時代にディズニーランドを訪れた際、当時のガールフレンドが「いつかこのパークはあなたたちが創るキャラクターで埋め尽くされるわ」と言ったという逸話は、彼女の予言が正しかったことを後になって証明することになる。
アニメーション部門の再建には、ピーター・シュナイダーとジェフリー・カッツェンバーグが重要な役割を果たした。シュナイダーは「ブラック・コールドロンよりはマシなものが作れると分かっていた。1階から落ちることはないからね」という名言を残し、既存のプロセスを疑い、コンピューターの活用を模索した。そして、カッツェンバーグがデヴィッド・ゲフィンの紹介でハワード・アシュマンという才能を連れてくる。アシュマンは「アニメーションとミュージカル劇場の間には繋がりがある」と直感し、作曲家のアラン・メンケンと共に、ディズニー映画を「ミュージカル」へと変革する。アシュマンは「すべての偉大なブロードウェイ・ミュージカルでは、3曲目でヒロインが座って、世界に向けて自分が何を望むかを歌う」という洞察を『リトル・マーメイド』に応用し、「パート・オブ・ユア・ワールド」という伝説的な曲を生み出した。
1989年の『リトル・マーメイド』は興行的には『恋人たちの予感』に敗れたが、1990年のホームビデオ発売で子供たちが繰り返し視聴できるようになると、その真価が発揮された。続く『美女と野獣』は制作費2,500万ドルで興行収入3億3,000万ドルを記録し、『アラジン』は2,800万ドルの制作費で5億ドル、そして1994年の『ライオン・キング』は4,500万ドルの制作費で7億5,000万ドルという空前の大ヒットとなった。この成功の裏には、1990年から導入されたCAPS(コンピューター・アニメーション・プロダクション・システム)という技術革新があった。これはロイ・E・ディズニーが推し進めたもので、手描きのアニメーションの彩色と撮影をデジタル化し、従来のマルチプレーン・カメラでは不可能だった複雑な映像表現を可能にした。『リトル・マーメイド』ではわずか3カットだったマルチプレーン撮影が、『ライオン・キング』では数百カットに及んだ。このCAPSシステムの開発パートナーこそ、後のPixarだった。
フライホイールの拡張:ホームビデオ、小売、ブロードウェイ
ディズニー・ルネサンスの成功により、会社の中心にあるアニメーションIPは再び輝きを取り戻した。アイズナーとウェルズはこの勢いに乗り、ビジネスモデルに3つの革新的な拡張を加えた。第一はホームビデオである。従来、ディズニーの名作は7年ごとに劇場で再公開される「ディズニー・ボールト」方式だったが、アイズナーはVHSでの販売を決断する。ロイ・E・ディズニーや一族は「冒涜だ」と反対したが、1985年に『ピノキオ』を29.95ドルという高価格で限定170万本販売したところ、即完売した。翌年の『シンデレラ』はVHSが600万本売れ、劇場再公開の興行収入3,400万ドルと合わせて2億ドルの収益を生んだ。この成功を受け、ホームビデオはディズニーにとってテーマパークに次ぐ第二の収益源となり、『アラジン』は1993年に3,000万本、『ライオン・キング』は1995年に3,200万本を売り上げ、歴代最高のVHSセールスを記録した。
第二の拡張は、全米のモールに750店舗以上を展開したディズニー・ストアである。ホームビデオで繰り返し映画を観た家族が、週末にモールへ行き、ディズニー・ストアでグッズを買うという、ウォルト時代の全盛期を彷彿とさせるサイクルが再構築された。第三の拡張はブロードウェイ進出だ。『美女と野獣』の成功を受け、ディズニーはニューヨークのニュー・アムステルダム劇場を買収し、『ライオン・キング』のミュージカルを上演する。このミュージカルは歴代最高の興行収入を記録するブロードウェイ作品となり、30年間の上演とツアー公演を合わせた総収入は110億ドルに達した。これは映画、音楽、テレビ、ゲームを含むあらゆるメディアの中で、単一のエンターテインメント作品として史上最高額であり、ディズニーは毎年3億5,000万ドルの収益をこの作品から得ていることになる。
アイズナーはまた、パークの変革も推し進めた。単なるテーマパークからリゾートへと進化させ、グランド・フロリディアンなどの高級ホテルを建設し、バケーション・クラブのタイムシェア制度を開始した。ハリウッド・スタジオ、アニマル・キングダムといった新しいパークも追加され、ディズニー・ワールドは「土曜日に野球観戦に行く」という選択肢ではなく、「ヨーロッパへの5日間の休暇」と競合する存在へと変わった。この変革により、パーク事業は現在、年間100億ドルの営業利益を生み出す巨大ビジネスへと成長した。しかし、ユーロ・ディズニーは40億ドルを投じながら長年赤字が続き、欧州の親が子供を遊ばせながらワインを飲みたいという文化的差異を理解するのに10年を要した。パリの住民が「ユーロ」と呼ばれることを好まないという問題もあり、後にディズニーランド・パリと改名された。
栄光の終焉とESPNという偶然の金鉱
1994年、ディズニーはビジネス面では絶頂期を迎えていたが、会社としては壊滅的な年となった。イースターの日曜日、フランク・ウェルズがヘリスキー中のヘリコプター事故で急死したのだ。ウェルズはアイズナーの「陰の立て役者」であり、大きな個性を持つアイズナーとカッツェンバーグの間を取り持ち、会社をまとめる平和維持者だった。その3ヶ月後、アイズナーはサンバレーで開催されたアレン社の会議中に胸の痛みを訴え、緊急の心臓バイパス手術を受けることになる。そして、この混乱の最中、カッツェンバーグが辞職する。彼はフランク・ウェルズの後任として社長になることを約束されていたと考えていたが、ロイ・E・ディズニーは彼がその地位にふさわしくないと判断した。カッツェンバーグはスティーブン・スピルバーグとデヴィッド・ゲフィンと共にドリームワークスを設立し、ディズニーを相手に訴訟も起こした。さらに、ハワード・アシュマンも数年前にエイズで亡くなっており、アニメーション部門は創造性の空白に陥っていた。
アイズナーは自ら社長兼COOを兼任することを決断するが、その頃、彼はテレビネットワーク買収を計画していた。1993年にFCCが「フィナンシャル・インタレスト・アンド・シンジケーション・ルール」を撤廃したことで、ネットワークが自社で放映する番組を所有することが可能になったのだ。1995年のサンバレー会議で、アイズナーはバークシャー・ハサウェイのウォーレン・バフェットとトム・マーフィーと駐車場で会話し、ABCキャピタル・シティーズを190億ドルで買収する契約を結ぶ。これは当時史上2番目に大きな買収だった。しかし、この買収の真の価値はABCではなく、その中に埋め込まれていたESPNにあった。ESPNは、ケーブルテレビのバンドルに自社チャンネルを追加してもらう代わりに、ケーブル事業者から1世帯あたりの視聴料(アフィリエイト・フィー)を受け取るというビジネスモデルを確立した先駆者だった。スポーツ中継の放映権を盾に、ケーブル事業者に対して値上げを迫るという強力な交渉力を手に入れたのだ。
ディズニーによる買収後、ESPNは「意図せずして」会社の王冠 jewel となった。アフィリエイト・フィーは1世帯あたり月額9.42ドルと、他のどのチャンネルよりも3〜4倍高い水準にまで上昇した。2008年から2011年にかけて、ディズニーのケーブルネットワーク部門(その約4分の3がESPN)は、会社全体の営業利益の60%を占め、50億ドル以上の利益を生み出していた。ESPNはディズニーに、アニメーションの浮き沈みに左右されない安定したキャッシュフローをもたらし、その後のPixar、Marvel、Lucasfilmの買収資金を提供することになる。しかし、この買収はディズニーに戦略的明確さを失わせる代償ももたらした。かつての「フライホイール」という単純明快なビジネスモデルに、ケーブルテレビという異質なビジネスモデルが加わることになったのだ。
アイズナーの凋落とComcastの敵対的買収
1990年代後半から2000年代にかけて、ディズニーは再び暗黒時代に突入する。アニメーション部門はカッツェンバーグの退社後、『ポカホンタス』『ノートルダムの鐘』『ヘラクレス』『ムーラン』などを発表するが、どれも『ライオン・キング』の域には達しなかった。アイズナーは友人でスーパーエージェントのマイケル・オーヴィッツを社長として迎えるが、この人事は大失敗に終わる。エージェントとしてのスキルと、大企業のNo.2としてのスキルは全く異なり、オーヴィッツは1年余りで1億4,000万ドルの退職金を受け取って辞任した。2001年9月11日の同時多発テロは、パーク事業を壊滅させ、ディズニーの株価は25%下落した。さらに、バス家が他の投資のマージンコールに直面し、保有するディズニー株20億ドル分を売却せざるを得なくなり、アイズナーの最大の支援者を失うことになった。
2003年11月30日、ロイ・E・ディズニーは取締役を辞任し、「経営の方向性とスタイルについて深刻な意見の相違がある」と声明を発表した。彼はスタンレー・ゴールドと共に、史上初の草の根株主運動「savedisney.com」を立ち上げ、アイズナーをCEOから追放するための委任状闘争を開始した。ロイの辞任状は、ABCプライムタイムの視聴率低迷、マイクロマネジメントによる士気低下、テーマパークへの投資不足、Pixarとの関係悪化、後継者計画の不在など、アイズナーの7つの失敗を列挙していた。2004年3月の株主総会では、43%の株主がアイズナーのCEO続投に反対票を投じ、取締役会は彼を会長職から解任した。この混乱に乗じて、フィラデルフィアのケーブル会社Comcastが、ディズニーを540億ドルで敵対的買収しようと試みた。ESPNとの年間の値上げ交渉に苦慮していたComcastにとって、自社の最も重要な供給元を買収することは魅力的な提案だった。
しかし、このComcastの動きは皮肉にもアイズナー追放運動を後押しすることになった。「ディズニーがここまで落ちぶれたのか」という世論が形成され、アイズナーは2006年末の契約満了をもって辞任することを発表した。取締役会は後任のCEOを公募し、社内候補としてボブ・アイガーが名乗りを上げた。アイガーは、不人気な現職の副大統領という立場を逆手に取り、「過去ではなく未来だけを見る」というキャンペーン戦略を展開する。彼は取締役会に3つの柱を提示した。第一に、高品質なブランドコンテンツの創造に注力すること。第二に、テクノロジーを最大限に受け入れること。第三に、中国やインドなど世界市場への展開を拡大することだ。この戦略が評価され、2005年3月、アイガーが次期CEOに指名された。
ボブ・アイガーのビジョンとPixar買収
アイガーがCEOに就任すると、彼はすぐにスティーブ・ジョブズに電話をかけた。アイガーはディズニー・アニメーションが内部で立て直すことは不可能だと確信しており、Pixarのリーダーシップに全面的に任せるしかないと考えていた。2005年の香港ディズニーランドのオープニングパレードで、過去10年間に生まれたディズニーのキャラクターが一つも登場せず、パレードがPixarのキャラクターで埋め尽くされていた光景が、彼の決意を固めさせた。Pixarの歴史は、ディズニー・アニメーションの精神的な後継者としての物語だ。ジョン・ラセターはディズニー・アニメーターになるという夢を抱きながら、コンピューターアニメーションの可能性を主張したために解雇された。エド・キャットマルはユタ大学でコンピューターグラフィックスの先駆者となり、ジョージ・ルーカスのルーカスフィルムに招かれて、後のPixarとなるコンピューターグラフィックス部門を立ち上げた。
1986年、ルーカスフィルムの部門をスティーブ・ジョブズが500万ドルで買収し、Pixarが正式に設立された。ジョブズは当初、PixarをAppleに対抗するコンピューター会社にしようと考えていたが、ラセターとキャットマルのビジョンに共感し、映画制作を目指すことになる。Pixarはディズニー向けにCAPSシステムを開発するベンダーとして関係を築き、その後、『ティン・トイ』の短編を基にした長編映画の提案が『トイ・ストーリー』として実現する。1991年に結ばれた契約は、ディズニーが全制作費を負担し、Pixarは利益の10%未満しか受け取れず、IP権もディズニーが保持するという、Pixarにとっては不利なものだった。しかし、1995年11月22日に公開された『トイ・ストーリー』は全世界で約4億ドルの興行収入を上げ、その年の全映画の中で最高の興行収入を記録した。公開から1週間後、PixarはIPOを実施し、時価総額15億ドルで初日の取引を終えた。ジョブズはこれにより、Pixar単独で億万長者となった。
『トイ・ストーリー』の成功後、アイズナーはPixarとの契約再交渉を望み、50対50の折半契約が結ばれた。しかし、アイズナーとジョブズの関係は悪化の一途をたどる。アイズナーが『ファインディング・ニモ』の初期リールを見て「失敗作だ」と取締役会に書き送ったメモが漏洩し、ジョブズは激怒した。『ファインディング・ニモ』は結果的に8億7,100万ドルの興行収入を上げ、DVDは6,500万枚を売り上げる大ヒットとなったが、両者の溝は埋まらなかった。2004年1月、Pixarはディズニーとの交渉決裂を発表し、「ディズニーがPixarの未来の成功に参加しないのは残念だ」というジョブズ自身が書いたと思われる声明を発表した。アイズナーはPixarのIPを使った続編を制作するため、社内にサークル7アニメーションというスタジオを設立したが、これは後に廃止される。
アイガーはCEO就任後、Pixar買収の可能性を取締役会に提案した。取締役会は「スティーブが承諾するはずがない」と考え、承認するのを忘れるほどだった。アイガーがジョブズに提案したのは、Pixarを独立したスタジオとして完全に維持し、ラセターとキャットマルがディズニー・アニメーションも統括するというものだった。2006年1月、ディズニーは74億ドルのディズニー株でPixarを買収することで合意した。これによりジョブズはディズニーの筆頭株主(約7.7%)となり、取締役会にも加わることになった。買収発表の朝、ジョブズはアイガーに「癌が再発した」と打ち明け、買収を撤回する選択肢を与えたが、アイガーは契約を続行することを決断した。この買収により、ディズニー・アニメーションは『プリンセスと魔法のキス』『塔の上のラプンツェル』『アナと雪の女王』『ベイマックス』『ズートピア』『モアナ』といったヒット作を次々と生み出すことになる。
Marvel、Lucasfilm買収とストリーミングへの転換
Pixar買収の成功後、アイガーは同じ戦略を繰り返した。2009年、ディズニーはマーベルを40億ドルで買収する。当時、マーベルはX-MENの権利をFoxに、スパイダーマンの権利をソニーに売却しており、買収当時は「残り物のキャラクターを買っている」と見なされていた。しかし、マーベル・スタジオはアイアンマンから始まるマーベル・シネマティック・ユニバース(MCU)を構築し、相互に連関する映画群を生み出して、2025年までに歴代最高の興行収入となる約320億ドルを記録するフランチャイズへと成長させた。2012年にはルーカスフィルムを40億ドルで買収し、『スター・ウォーズ』の新三部作や『ローグ・ワン』などを制作した。これらの買収は、ESPNが生み出す安定したキャッシュフローによって支えられていた。ESPNのケーブル事業による約4年分の利益で、Pixar、Marvel、Lucasfilmの3社を買収したことになる。
2015年8月4日、ディズニーのQ3決算説明会で、アイガーはESPNが「ケーブルテレビの解約(コード・カッティング)による加入者減少」を経験していると発言した。この発言はメディア業界全体に衝撃を与え、翌日にはディズニーの株価が10%下落し、Fox、タイム・ワーナー、ディスカバリーも同様の下落に見舞われた。ディズニーの株価は現在も11年前とほぼ同水準であり、その間にS&P500は3.5倍に上昇している。この出来事をきっかけに、メディア業界はパニック状態に陥り、タイム・ワーナーはAT&Tに買収され、バイアコムはCBSと再合併するなど、業界再編が加速した。ディズニーはこの流れの中で、自社のストリーミングサービスを立ち上げることを決断する。2016年、ディズニーはメジャーリーグ・ベースボール(MLB)傘下のストリーミング技術会社BAMTechの33%を買収し、2017年には過半数を取得して、2018年にESPNのストリーミングサービス、2019年にDisney+を立ち上げることを発表した。
2017年12月、ディズニーは21世紀フォックスのエンターテインメント資産を520億ドルの全株式取引で買収すると発表した。ルパート・マードックは、フォックスのライブラリーが単独ではストリーミング競争に勝てないと判断し、ディズニーに売却することを選択した。この買収には、X-MENやデッドプールといったマーベルのキャラクター権利の回収、Huluの支配権取得、インド市場への進出といった戦略的意義があった。Comcastが横やりを入れたため、買収額は713億ドルまで釣り上がったが、地域スポーツネットワークの売却やスカイの株式売却などにより、実質的な買収額は約440億ドルに抑えられた。2019年11月、Disney+は月額6.99ドルという低価格でローンチし、初日で1,000万人、最初の四半期で2,600万人の加入者を獲得した。しかし、このストリーミング戦略は、ディズニーに新たなジレンマをもたらすことになる。
Disney+の苦闘、チャペック時代、そしてアイガーの復帰
Disney+のローンチは、新型コロナウイルスのパンデミックと重なり、皮肉にも加入者数の爆発的な増加をもたらした。2021年3月までに加入者数は1億人を突破し、ディズニーの株価は最高値の3,600億ドルに達した。しかし、この成功の裏で、ディズニーは深刻な戦略的問題を抱えていた。ストリーミングサービスは、従来のケーブルテレビのような「チェックが自動的に入ってくる」ビジネスではなく、加入者の獲得と維持に常にコストがかかるビジネスだ。ディズニーはNetflixに対抗するため、コンテンツの生産量を大幅に増やさざるを得ず、その結果、IPの価値を希薄化させるというジレンマに陥った。『オビ=ワン・ケノービ』のようなスピンオフ作品が、元の『スター・ウォーズ』の価値を毀損するという問題も生じた。
2020年2月、アイガーはCEOを退任し、パーク部門の責任者だったボブ・チャペックが後任となった。しかし、チャペックの時代は混乱の連続だった。ストリーミング事業の損失は拡大し、フロリダ州知事との対立、スター・ウォーズをテーマにした高額ホテルの開業と即閉鎖など、経営判断の失敗が相次いだ。2022年11月の決算説明会で投資家からの厳しい質問に答えた後、取締役会はチャペックを解任し、アイガーがCEOに復帰した。アイガーは、ストリーミング事業の収益性改善に取り組む一方で、パーク事業への投資を拡大した。2023年には、今後10年間でパークとクルーズに600億ドルを投資する計画を発表した。パーク事業は現在、ディズニーの営業利益の約60%を占めるまでに成長しており、ESPNとスポーツ事業は16%にまで低下している。
2026年2月、ディズニーはパーク事業の責任者であるジョシュ・ダマロが次期CEOに就任することを発表した。ダマロは、Foxから移籍したダナ・ウォルデンを社長兼最高クリエイティブ責任者に迎え、アイガーは2026年末まで上級顧問兼取締役として残ることになった。現在のディズニーの事業は、エンターテインメント部門(映画、ストリーミング)が420億ドルの収益に対して営業利益47億ドル、エクスペリエンス部門(パーク、クルーズ)が360億ドルの収益に対して営業利益100億ドル、スポーツ部門(ESPN)が180億ドルの収益に対して営業利益30億ドルとなっている。劇場配給部門の収益は26億ドルで、会社全体の収益のわずか3%に過ぎない。ディズニーはもはや「映画会社」ではなく、パークとストリーミングを中心とした企業へと変貌を遂げている。
分析:ディズニー+戦略と新メディア環境、ブル・ベア両論
ディズニーが2015年から2019年にかけて選択したストリーミング戦略は、はたして正しかったのか。ホストたちはこの問いに対し、「何もしない」という選択肢は存在しなかったと指摘する。他のメディア企業のように、買収されるか、大幅に縮小するしかなかったからだ。ディズニーがNetflixと対等に戦うために自社ストリーミングサービスを立ち上げたのは、ある意味で必然的な選択だった。しかし、この戦略には大きな代償が伴った。ディズニーのブランドは「希少性」に基づいていたが、ストリーミングは「多産性」を要求する。毎月新しいコンテンツを提供し続けなければ、加入者は解約してしまう。この「コンテンツの絶え間ない供給」という要求は、ディズニーのフライホイール戦略と根本的に相反するものだった。
ホストたちは、ディズニーが「キッチンシンク(何でもあり)」型のストリーミングサービスを目指すべきだったのか、それとも高品質なコンテンツだけを厳選した「ブティック」型サービスに留まるべきだったのかを議論する。ベンは、ディズニーがNetflixのアルゴリズムに依存せず、自社のコンテンツを確実に顧客に届けるためには、ある程度の規模が必要だったと認めつつも、Disney+がNetflixの3億2,500万人に対して1億3,200万人という「サブスケール」に留まっている現状を指摘する。デビッドは、Netflixのアルゴリズムは映画館のような「皆に見せる」仕組みではなく、興味のある人にだけ届ける仕組みであり、ディズニーのコンテンツが最大限のリーチを得るには、自社サービスが必要だったと主張する。しかし、両者とも、ストリーミング事業が従来のケーブルテレビのような高い利益率を生み出すことはなく、ディズニーがNetflixに追いつくことはおそらく不可能だったという結論に達する。
ブル・ケースとして、デビッドはディズニーのフランチャイズは「高級ブランド」のようなもので、一時的な低迷はあっても決して死なないと主張する。『スター・ウォーズ』は失敗作があったとしても、世代を超えて受け継がれる神話であり、子供たちは常に新しいファンとして生まれてくる。ベンは、ディズニーが過去の収益源の衰退を加速させたにもかかわらず、2026年には純利益の過去最高記録を更新する見込みであることを指摘する。さらに、ディズニーは依然として世界最高のキャラクターとストーリーの「家」であり、ブルーイや任天堂のようなIPが新たな居場所を求める際の受け皿になる可能性があると提案する。ベア・ケースとしては、ディズニーが過去10年間に商業的に成功した新しいフランチャイズを生み出していないこと、Pixar、Marvel、Lucasfilmの買収が20年間の燃料にはなったが、50年間持続するものではないかもしれないという懸念が挙げられた。
結びに
このエピソードが示すのは、ディズニーという企業が、環境の変化によっていかにその繁栄の条件を変えられてきたかという物語だ。ケーブルテレビのバンドルはESPNに自動操縦のような莫大な利益をもたらし、映画館はディズニー映画に文化的なイベント性を与え、ホームビデオはそのIPに第二の収益の波をもたらした。しかし、コード・カッティング、映画館離れ、ストリーミングの台頭により、これらの構造的条件はすべて崩壊した。ディズニーは現在、かつてのような「余裕のある」環境ではなく、 shrewd な経営判断が常に求められる環境で戦っている。それでも、ディズニーは「大丈夫」であり、慎重に管理されれば、繁栄し続けるだろう。同社は今後も愛されるキャラクターと物語を生み出し続けるが、1990年代後半や2005年から2019年までのような繁栄は、構造的な幸運に支えられた異常値だったのかもしれない。
リスナーの心に残るのは、デビッドの「ディズニーは世代を超えた神話の家であり、決して殺すことはできない」という確信と、ベンの「環境が変わった」という冷静な分析だろう。ディズニーは20年周期で浮き沈みを繰り返してきた。10年後、再び世界の頂点に立っていても不思議ではない。しかし、そのためには、ディズニーが「希少性」と「多産性」のジレンマをどう乗り越え、IPの価値を最大化する新しいビジネスモデルを構築できるかが鍵となるだろう。このエピソードは、ディズニーという一企業
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