
ベンチマーク パートI
- Benchmark Part I:伝説のベンチャーキャピタル、その誕生と変革 Benchmark Capitalは、ベンチャーキャピタル業界において最も稀有な偉業を二度達...
- [0:00] ベンチャーキャピタルにおけるBenchmarkの位置づけ BenとDavidは、SequoiaやAndreessen Horowitzのエピソードが「帝国を...
- 現在、Benchmarkはまさに世代交代の岐路に立っている。Bill Gurleyは次期ファンドのゼネラルパートナーではなくなり、現在のパートナーの過半数は過去5年以内に...
英語Podcastの要点を、聴く前に日本語で把握したい人。
Acquired / Ben Gilbert and David Rosenthal
Benchmark Part I:伝説のベンチャーキャピタル、その誕生と変革
Benchmark Capitalは、ベンチャーキャピタル業界において最も稀有な偉業を二度達成した伝説的なファームである。同じファンドサイズのファンドとして史上最高のリターンを生み出したファンドを、全く異なるメンバー構成で二度も生み出したのだ。本エピソードでは、AcquiredのホストであるBen GilbertとDavid Rosenthalが、現在のパートナーや元パートナー、創業メンバー、ポートフォリオ企業のCEOなどへのインタビューを交えながら、なぜBenchmarkが「ベンチャーキャピタルはスケールしない」という信念のもと、あえて帝国を築かず、世代交代を成功させることができたのかを3時間半にわたって深掘りしている。
ベンチャーキャピタルにおけるBenchmarkの位置づけ
BenとDavidは、SequoiaやAndreessen Horowitzのエピソードが「帝国を築くことを選んだファーム」の物語だったのに対し、Benchmarkの物語は「帝国を築かないことを選んだファーム」の物語だと位置づける。Benchmarkは有名な「イコール・パートナーシップ」を採用し、ファンドサイズを拡大せず、ジュニアパートナーを置かず、プラットフォームチームも持たず、マルチステージ投資も行わない。CRMすら持っていないとも言われる。それでいながら、eBay、eShop、1-800-Flowers、Ariba、Synopsys、Juniper Networksといった1990年代の企業から、OpenTable、Zillow、Twitter、Instagram、Uber、WeWork、Snap、Riot Games、Asana、Discord、New Relic、Modern Treasuryに至るまで、世界で最も重要な企業の初期の大口投資家であり続けている。
現在、Benchmarkはまさに世代交代の岐路に立っている。Bill Gurleyは次期ファンドのゼネラルパートナーではなくなり、現在のパートナーの過半数は過去5年以内に加入したメンバーだ。eBay世代からUber世代への移行は完了した。そして今、第三世代が再び「ベンチャーキャピタル史上最高のファンド」というBenchmarkの称号を継承できるかどうかが問われている。
1990年代のシリコンバレーとKleiner Perkinsの支配
Benchmarkの物語を理解するには、まず1990年代のシリコンバレー、特にKleiner Perkinsの支配から始めなければならない。John Doerr率いるKleiner Perkinsは、当時のベンチャーキャピタル業界において「800ポンドのゴリラ」だった。DoerrはIntelのAndy Groveの下でキャリアをスタートし、PCの波を見抜いてCompaq、Intuit、Sun Microsystemsに投資。さらにインターネット時代にはNetscape、Amazon、Googleと、次々と歴史的な投資を成功させた。
当時のKleiner Perkinsには二つの特徴があった。第一に、Doerrは「ザ・ガイ」だった。彼はファームのCEOであり、リーダーであり、最高のプレイヤーでもあった。Michael Jordanであり、Phil Jacksonであり、フロントオフィスでもあったのだ。Amazonのエピソードで語られたように、彼はTom Albergの妻に電話をかけ、積極的にディールを奪い、その後はジュニアパートナーにボードシートを引き継がせようとした(Jeff Bezosはそれを許さなかったが)。第二に、Kleiner Perkinsは「現代の系列(Keiretsu)」モデルを採用していた。当時はAOLやNetscapeの時代で、ビジネス開発や流通が今よりはるかに重要だった。Kleinerはポートフォリオ企業間の提携を促進し、時には強制もした。Netscape、Amazon、Exciteといった企業を擁するKleinerの系列に入れば、理論上は全員が利益を得られるという仕組みだった。
しかし、Kleiner Perkinsだけがトップファームではなかった。Sequoia(まだ現在のような支配的ファームではなかった)、Greylock(ボストン拠点)、Venrock(ロックフェラー家のベンチャー部門)、IVPなどが存在した。そして、現在ではほとんど知られていないが、Technology Venture Investors(TVI)とMerrill, Pickard, Anderson & Ayreという二つのファームがあった。この二つは偶然にも同じサンドヒルロードのオフィスビル、2480 Sandhill Roadを共有していた。
TVIとMerrill Pickardの内部対立:イコール・パートナーシップの種
TVIは、Microsoftに100万ドルを投資して5%を取得した唯一のベンチャーキャピタルとして知られていた。Dave Marquardtがその投資を主導した。Merrill PickardもPalmPilotやRambusなどで成功を収めていた。しかし、両ファームでは世代間の経済的格差が問題となっていた。
ベンチャーファームの経済構造を理解する必要がある。各ファンドにはキャリー(成功報酬)があり、その配分はパートナー間で決まる。しかし、それとは別に「マネジメントカンパニー」が存在する。創業パートナーがこのマネジメントカンパニーを所有し、フィー(管理報酬)がここに流れ込む。ジュニアパートナーはキャリーの一部を得ることはあっても、マネジメントカンパニーの所有権は与えられず、従業員としての立場に過ぎなかった。彼らは給与やキャリーの配分をシニアパートナーの裁量に委ねられていたのだ。
1995年のNew York Timesの記事は、この内部対立を報じている。「Merrill Pickardが報酬をより公平に分配していれば、分裂は起きなかっただろう」と匿名の情報源は語る。そして、TVIの若手パートナー、Bob Kagleは「今日では権力ははるかに分散されている。誰も自分がファームのすべての金を稼いでいるとは主張できない」とコメントしている。Bob Kagleの背景は特筆に値する。彼はミシガン州フリントでシングルマザーのもとに育ち、家族はGMの生産ラインで働いていた。大学に行く機会は「GM大学」という従業員家族向けの職業訓練校だけだった。その後スタンフォード経営大学院に進み、Dave Marquardtの誘いでTVIに入社。Synopsysなどの投資で成功を収めたが、10年経ってもファームの「鍵」と経済的利益はシニアパートナーが握り続けていた。
Kagleは「ベンチャーキャピタルにおいて、イコール・パートナーシップ以外の構造は道徳的に間違っている」というほぼ宗教的な信念を持っていた。この公平性への執着が、後にBenchmarkの核心となる。
Benchmarkの誕生:5人の創業者と85百万ドルのファンド
TVI内部での議論が決着しない中、シニアパートナーは「勝利宣言」をしてファームを解散することを決めた。Microsoftで巨万の富を得た彼らには、もはや証明するものは何もなかったのだ。Kagleはイコール・パートナーシップの夢を諦めず、同じビルの上の階にいたMerrill PickardのBruce Dunleavyに声をかけた。Dunleavyはテキサス出身で、ライス大学で英文学を学び、Goldman Sachsを経てMerrill PickardでPalmPilotの投資を成功させた若手だった。Kagleはかつての部下に「対等なパートナーになってくれ」と持ちかけたのだ。これは、Kagleの公平性への執着と、並外れた自信を示している。
Dunleavyは乗り気だったが、二人だけではポートフォリオの分散が不十分だと指摘。Merrill Pickardのもう一人の若手パートナー、Andy Ratcliffeを加え、さらに起業家出身のKevin Harvey(ライス大学の同級生で、Appleに買収された会社とLotusに売却したApproach Softwareを創業)を加えた。さらに5人目の創業者として、バイアウト投資の経験を持つVal Vadenを迎え入れた。
1994年末、5人のバンドメンバーが揃った。彼らは最初のファンドを募るための目論見書を作成し、その名を「Benchmark Capital」と名付けた。これは「この業界に新たなベンチマークを打ち立てる」という野心の表明だった。目論見書には「頂上には常に余地がある」と書かれていた。
彼らが提示した条件は衝撃的だった。業界標準の2%の管理報酬と20%のキャリーに対して、Benchmarkは30%のキャリーを要求したのだ。プレミアムプライシングで自らを最高級品として位置づけたのである。一部のLP(Limited Partner)はこれを歓迎した。特にHorsley Bridgeは最初から大きな賭けに出て、現在に至るまで最大のLPの一つであり続けている。しかし、スタンフォード大学の基金は激怒し、他の大学基金に働きかけてBenchmarkを「ブラックボール」しようとした。スタンフォードは後にこの過ちを認め、現在はBenchmarkのLPとなっている。
こうして85百万ドルのファンド1が組成された。このファンドは後に、同じ規模のベンチャーファンドとして史上最高のリターンを生み出すことになる。
暗黒の時代とDavid Byrneの加入
ファンドを組成したものの、1995年から96年にかけて、Benchmarkは期待通りの成果を上げられなかった。AmazonやYahooといった歴史的ディールを逃し、チーム内のケミストリーも完璧ではなかった。Val Vadenのバイアウト出身というバックグラウンドは、アーリーステージのテクノロジー投資を志向する他のメンバーと合わず、1996年末に彼はファームを去った。投資額はわずか1600万ドルで、ファームの将来は暗かった。
残った4人のパートナーは、新たな5人目のメンバーを迎える決断をする。彼らが求めたのは、最も攻撃的で、最も競争心が強く、最も「スワッガー」のある人物だった。それがDavid Byrneである。Byrneはシリコンバレーでナンバーワンのエグゼクティブ・リクルーターであり、John Doerrのお気に入りのCEOサーチ会社を経営していた。彼はNetscapeにJim Barksdaleを連れてくるなど、数々の重要なCEOサーチを手がけていた。Westchester County, New Yorkからシリコンバレーにコールドコールをかけ、「ハイテク分野でリーディングなエグゼクティブサーチファーム」と自称し、それを自己成就的予言にしてきた男だ。
Byrneの最初のディールはWebvanだった。これは後にドットコムバブルの象徴として語られるが、BenとDavidはこれを「素晴らしい賭け」だったと評価する。Benchmarkは3.5百万ドルを投資し(Sequoiaも同額)、Louis Bordersの「あらゆるものをウェブから注文してバンで届ける」という壮大なビジョンを支援した。Webvanは公開市場で80億ドルの時価総額にまで上昇した(その後クラッシュしたが)。「ベンチャーキャピタルが取るべきリスクとは、まさにこれだ」とBenは語る。
Byrneの加入により、Benchmarkはスワッガーを取り戻した。彼らはRandall Strossにファーム内部への完全なアクセスを許可し、『eBoys』という本を出版させるという大胆な行動に出る。これはベンチャーキャピタルの内部を描いた初めての書籍となった。
eBay:すべてを変えたディール
1997年、Pierre OmidyarはGeneral Magicで働きながら、副業として「Auction Web」というサービスを運営していた。これは後にeBayとなるものだ。彼はIncというペンコンピューティング企業で働いていた時に知り合ったBruce Dunleavyを覚えており、Benchmarkに連絡を取った。
eBayは当時、誰も投資したがらないディールだった。UIは酷く、Beanie Babiesを売るような「本物のビジネスとは言えない」ものと見なされていた。しかし、Benchmarkは違った。彼らは数字を見た。eBayは毎月10%成長し、すでに利益を出していた。サーバー代を払うために渋々導入した出品料で、Pierreのアパートには小切手が山のように届いていた。これはプロダクト・マーケット・フィットの証だった。
Benchmarkは670万ドルを投資し、2000万ドルのプレマネー評価額で20%以上の株式を取得した。Knight Ridderという新聞大手が5000万ドルでの買収オファーを出していたため、BenchmarkはPierreとJeff Skollにそれぞれ75万ドルの株式担保ローンを提供し、買収を受け入れないインセンティブを与えたとも言われている。
1998年9月のIPO時、Benchmarkの持ち分は4億ドルに。ロックアップが解除された1999年春には40億ドル以上に膨れ上がっていた。670万ドルの投資が18ヶ月足らずで40億ドルになったのだ。85百万ドルのファンド全体を47倍にするこの投資は、ベンチャーキャピタル史上最大の成功の一つである。30%のキャリーにより、パートナーたちには15億ドル以上のキャリーが分配された。アシスタントにまでキャリーが分配され、彼らがミリオネアになったという逸話も残っている。
イコール・パートナーシップの真実とその難しさ
eBayの成功後、Benchmarkは岐路に立たされた。Goldman SachsやGM、GEなどからジョイントベンチャーの申し出が殺到し、ヨーロッパとイスラエルへの国際展開、10億ドルファンドの組成など、拡大の誘惑が次々と訪れた。彼らは実際にこれらの多くを試みた。唯一守ったのは「ジュニアパートナーを置かない」という原則だけだった。
しかし、この「迷走の時代」に、彼らはGoogle、Skype、Facebookという歴史的なディールを次々と逃した。Googleは「追求しなかった」、Skypeはヨーロッパファンドとの間で誰がリードするかの調整に失敗、FacebookはFriendsterへの投資がコンフリクトとなった。2004〜5年頃、Kevin Harveyが「なぜ我々はこんなことをしているんだ?カリフォルニアに集中して、適切なサイズのファンドでアーリーステージだけをやろう」と提案し、全員が同意した。ヨーロッパはBalderton、イスラエルはAlephとしてスピンオフした。
ここで重要なのは、イコール・パートナーシップの真の意味である。これは単に経済的平等を意味するだけでなく、全員が同じだけの価値を提供し続けなければ機能しないという、極めてデリケートなバランスの上に成り立っている。もし誰かが「80%の力」で仕事をするようになれば、他のパートナーは不満を感じ、ファームは崩壊する。Benchmarkでは、パートナーが年齢を重ねて「90%モード」になりたいと思った時点で、GPを退くことが暗黙のルールとなっている。
このモデルが機能するための鍵は「信頼」と「心理的安全性」だ。パートナーは互いに100%の信頼を置き、最もリスクの高い決断を支え合う。10時間にも及ぶ月曜日のミーティングは、和やかでありながらも、このデリケートな均衡を維持するための場でもある。Rich Barton(Expedia、Zillow創業者)は「協力して成功する方がはるかに難しい」と語り、この協力の文化こそがBenchmarkの秘密のソースだと指摘する。
Fab Fourの時代:Bill Gurleyから始まる第二世代
1998年から99年にかけて、Benchmarkは新たなGPを迎える。それがBill Gurleyだ。テキサス出身で、Compaqのエンジニアとしてキャリアをスタートし、ウォール街でアナリストとして「Above the Crowd」という有名なニュースレターを発行、その後Hummer Winbladでベンチャーキャピタリストとして経験を積んだ。彼の最初のBenchmarkでのディールはEpinions(CEOはNaval Ravikant)だった。
Gurleyの加入後、Benchmarkは徐々に「Series A投資家」としてのアイデンティティを確立していく。彼らは、AWSの登場により製品リスクが低下し、データに基づいて投資判断ができるSeries Aが「過小評価されたアセットクラス」であることに気づいたのだ。Gurleyはマーケットプレイス投資の第一人者となり、OpenTable、Zillow、Grubhub、そして後にUberへとつながる投資を行う。
2000年代半ば、最初の引退の波が訪れる。David Byrne、Andy Ratcliffe、そしてAlex Palkansky(2005〜6年頃に加入)が引退し、マネジメントカンパニーの所有権を現役GPに移譲した。彼らはテールエコノミクス(過去のファンドからの継続的収入)も取らず、完全な世代交代を実現した。これは、彼ら自身が10年前に求めたことを、今度は自ら実行したのだ。
この時点でのGPラインアップは、Bruce Dunleavy、Bob Kagle、Kevin Harvey、そしてBill Gurleyの4人。しかし、さらなる火力が必要だった。そこで始まったのが、ベンチャーキャピタル史上最も印象的なリクルーティングである。
最初に加わったのはPeter Fenton。Excelから移籍した彼は、当時すでにシリコンバレー中のディールを先に見つけて回っていた。次にMitch Lasky。ゲーム業界の出身で、BillがSeries CをリードしたJamdatのCEOを務めていた。そして最後に、Facebookの5番目の社員であり、LinkedInの初期社員でもあったMatt Kohler。彼は「ベンチャーキャピタリストの仕事は未来を見ることではなく、現在をはっきりと見ることだ」という有名な言葉を残し、スマートフォンが「現実世界のリモコン」になるという予測を2010年頃から語っていた。
この「Fab Four」(Bill、Peter、Mitch、Matt)の時代、Benchmarkはファンド6とファンド7で驚異的な成果を上げる。ファンド7(2011年、5.5億ドル)は、Uber、Snap、Discord、Stitch Fix、Duo Security、Docker、Elastic、Nextdoor、WeWorkなどを含み、2018年のWSJ記事によれば手数料前で25倍のリターンを記録。これはファンド1に次ぐ、同じ規模のファンドとして史上最高クラスのリターンである。
Uberと終わりの始まり
Uberへの投資は、Fab Four時代の頂点であり、同時に終わりの始まりでもあった。2011年、BenchmarkはUberのSeries Aに1000万ドルを投資(ポストマネー評価額6000万ドル)。Gurleyがボードに加わった。当時、Travis Kalanickは「Benchmarkが最高だから」という理由で彼らを選んだと語っている。
しかし、Uberが成長するにつれ、プレッシャーは増大した。非公開市場で600〜800億ドルの評価額に達したUberは、BenchmarkのLP、その先の大学基金や数千人の関係者にまで影響を及ぼす存在となっていた。Susan Fowlerの告発や#DeleteUberキャンペーンなど、問題が噴出する中、BenchmarkはTravis KalanickをCEOから解任するために訴訟を起こすという前代未聞の決断をする。
この訴訟は「Rubiconを渡る」決断だった。創業者を訴えることはBenchmarkの評判に致命的なダメージを与える可能性があった。しかし、結果的には直接的な悪影響は限定的だった。むしろ、この出来事がFab Four時代の終焉を早めたと言える。Matt KohlerとMitch Laskyは2017〜18年に引退し、Bill Gurleyも次のファンドサイクルを最後にGPを退いた。現在、Fab Four時代から残る現役GPはPeter Fentonだけである。
現在のBenchmark:第三世代への継承
2014年にEric Vishria(LoudCloud/OpswareのVPマーケティング)が加入。Confluent、Amplitude、Benchling、Cerebrasなどで成功を収めている。2017年にはSarah Tavelが加入。BessemerでPinterestを発掘し、その後Pinterestで働き、Greylockを経てBenchmarkへ。彼女の最初の投資はChainalysisで、暗号資産の冬の真っ只中という非コンセンサスな賭けだった。2018年にはJathan Sadowski(NEA出身、Elastic、MuleSoft、MongoDBで成功)が加入。そして最近ではMiles Grimshaw(Thrive Capital出身、Airtable、Benchling)が加わった。
現在のBenchmarkのGPラインアップは、Peter Fenton、Eric Vishria、Sarah Tavel、Jathan Sadowski、Miles Grimshawの5人。彼らは今、第三世代として再び「ベンチャーキャピタル史上最高のファンド」の称号を継承できるかどうかの試練に直面している。
まとめ
Benchmarkの物語は、意図的な非スケーラビリティの選択が、いかにして持続可能な競争優位を生み出すかを示している。イコール・パートナーシップ、ジュニアパートナーを置かない、ファンドサイズを拡大しない、プラットフォームチームを持たない——これらの「やらないこと」の選択が、信頼と心理的安全性に基づく文化を醸成し、結果として最高のリターンを生み出してきた。しかし、このモデルは極めてデリケートで、全員が常に最高のパフォーマンスを発揮し続けなければ機能しない。だからこそ、他社が模倣できないのだ。
現在、第三世代への移行が進む中で、最大の問いは「消費者向け投資」の未来だ。Fab Four時代の最大の成功はすべて消費者向け企業(Uber、Snap、eBay、Instagram、Discord)だった。しかし、現在のパートナー構成はエンタープライズ/SaaS寄りである。次に誰がGPとして加わるかが、Benchmarkの未来を占う鍵となるだろう。
要点
- Benchmarkは「ベンチャーキャピタルはスケールしない」という信念のもと、あえてファンドサイズを拡大せず、ジュニアパートナーも置かず、プラットフォームチームも持たない「イコール・パートナーシップ」モデルを採用している
- 創業者Bob Kagleの「公平性への宗教的執着」が、このモデルの原点。彼はかつての部下を「対等なパートナー」として迎えることを提案した
- ファンド1(85百万ドル)は、eBayへの670万ドルの投資が40億ドル以上に膨れ上がり、同じ規模のファンドとして史上最高のリターンを達成
- 1990年代後半から2000年代前半の「迷走の時代」に、Google、Skype、Facebookという歴史的ディールを逃したことが、後に「原点回帰」の契機となった
- Fab Four(Bill Gurley、Peter Fenton、Mitch Lasky、Matt Kohler)の時代、ファンド7(5.5億ドル)はUber、Snap、Discordなどを含み、手数料前で25倍のリターンを記録
- イコール・パートナーシップは「全員が常に最高のパフォーマンスを発揮する」という極めてデリケートなバランスの上に成り立っており、模倣が難しい
- Uber訴訟はFab Four時代の終焉を早めたが、Benchmarkの評判に直接的な致命的ダメージは与えなかった
- 現在の第三世代(Peter Fenton、Eric Vishria、Sarah Tavel、Jathan Sadowski、Miles Grimshaw)は、消費者向け投資の未来という最大の問いに直面している