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Acquired · 2026年5月15日

Altimeter(ブラッド・ガースナー氏と共に)

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この記事でわかること
  • オルタメーター:クロスオーバー投資の先駆者が語る、ベンチャーとヘッジファンドの融合 本エピソードでは、Acquiredのホストであるベン・ギルバートとデイヴィッド・ローゼ...
  • [5:48] 父の起業と「本当のリスク」の定義 ガースナーはインディアナ州の小さな田舎町で育った。祖父は溶接工でマンハッタン計画に従事し、父はGMやフォードに部品を供給す...
  • しかし、これは英雄譚では終わらなかった。父は町の銀行から借金をし、家と車を抵当に入れた。事業は失敗し、健康を失い、家を失い、結婚生活も破綻した。父は破産を拒否し、残りの人...
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出典Podcast

Acquired / Ben Gilbert and David Rosenthal

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オルタメーター:クロスオーバー投資の先駆者が語る、ベンチャーとヘッジファンドの融合

本エピソードでは、Acquiredのホストであるベン・ギルバートとデイヴィッド・ローゼンタールが、オルタメーター・キャピタルの創業者兼CEOブラッド・ガースナーを迎え、同社がどのようにして「ライフサイクル投資家」という概念を切り開いてきたかを深掘りする。2008年の金融危機直前にわずか300万ドルでボストンに設立された小さなファンドは、現在約150億ドルの運用資産を持ち、Snowflake、Roblox、Plaid、Grabといった企業への投資で知られる存在へと成長した。ガースナー自身の父親の起業失敗という原体験から、投資哲学、そして彼が提唱する「Invest America」構想まで、一貫した思想が語られる、示唆に富んだ対話である。

5:48父の起業と「本当のリスク」の定義

ガースナーはインディアナ州の小さな田舎町で育った。祖父は溶接工でマンハッタン計画に従事し、父はGMやフォードに部品を供給する自動車部品工場のゼネラルマネージャーだった。1970年代後半、日本メーカーの台頭とスタグフレーションの中で工場が買収され、買収側は「人員削減はしない」と約束したが、3ヶ月後に全員解雇を通告した。父は「この小さな町では、言葉があなたの絆だ」と語り、自らの信念に従って競合会社を立ち上げる決断をする。

しかし、これは英雄譚では終わらなかった。父は町の銀行から借金をし、家と車を抵当に入れた。事業は失敗し、健康を失い、家を失い、結婚生活も破綻した。父は破産を拒否し、残りの人生をかけて借金を返済し続けた。ガースナーはこの経験を「本当のリスク」と定義する。「シリコンバレーでは、創業者が失敗しても、誠実に行動していればそれは勇気の証とされる。ベンチャーキャピタリストはポートフォリオで損失を吸収できる。だが、スタンフォードを出たばかりの若者が『リスクが取れない』と言うのは、リスクを理解していない。彼らには学生ローンもなく、VCから資金を得ている。失敗しても返済義務はない。勝てば大きな利益を得る。それのどこがリスクなのか?」

この原体験が、ガースナーの投資家としての姿勢、そして「資本主義システムの恩恵をより多くの人々に届けたい」という彼のミッションの根底にある。

11:01政治の道からビジネスへ:ロス・ペローが示した道

ガースナーは法律大学院を卒業後、インディアナ州の上院議員ディック・ルガーの下で働き、その後エヴァン・ベイ州務長官の下で副長官に就任する。インディアナ州の政界でのキャリアが約束されていた彼は、州務長官選に出馬するか、それとも「金を稼ぐ」道を選ぶかの岐路に立つ。

決定的だったのは、1991年のロス・ペローの大統領選挙キャンペーンだった。ペローは自らの資産を数千万ドル投じてテレビに出続け、国債に反対するポスターボードを掲げた。「誰もこの男を買収できない」とガースナーは思った。ペローはEDS(Electronic Data Systems)を創業した起業家だった。「私は生涯、金を求めて物乞いをするか、それともビジネススクールに行って少し金を稼ぐかを選んだ」。ハーバード・ビジネス・スクールへの出願はぎりぎりで、願書すら完成させていなかったが、面接官に「副長官として働いている」と説明し、合格を勝ち取った。

18:06HBS、インターネットとの出会い、そしてGeneral Catalystの誕生

HBS在学中の1999年、ガースナーはインターネットの可能性に確信を持っていた。彼は法律大学院時代からNetscapeブラウザに衝撃を受け、法律事務所ではドメインスクワッティング訴訟を一手に引き受け、「インターネット担当」として名を馳せていた。HBSでは教室の外にあるBloomberg端末を使ってCMGIをデイトレードしていたという。

彼は同じHBSの同級生であるデイヴィッド・フェッケルマンとジョエル・カトラー(後にGeneral Catalystを共同創業)と出会い、ボストンに留まってベンチャー企業を立ち上げることを決意する。彼らの最初の事業はオンライン旅行のインフラ企業「NLG(National Leisure Group)」だった。これは、ExpediaやTravelocityが航空券以外のバケーションパッケージやクルーズを販売するための「Shopifyのような」プラットフォームを構築するものだった。SoftBankから約5000万ドルを調達し、18ヶ月で総予約額10億ドル超、従業員1000人にまで成長させる。

ここで運命のいたずらが起きる。Expediaのリッチ・バートンと、バリー・ディラーの下でM&Aを担当していたダラ・コスロウシャヒ(後のUber CEO)が同時に買収を申し出た。ガースナーがダラに「すでに別の買収提案がある」と伝えると、ダラは「それならバリーに話してみる。あの会社ごと買ってしまおう」と言ったという。こうして2000年10月から2001年5月にかけて、USA Networks(後のIAC)がNLGとExpediaの両方を同時に買収するという前代未聞の取引が成立した。

28:45クロスオーバー投資の誕生:なぜヘッジファンドなのか

9.11同時多発テロはオンライン旅行会社にとって壊滅的な打撃だったが、ガースナーはIACとの間でソフトランディングを交渉する。その後、彼は再び起業し、Yelp以前のローカルレビューサービスを立ち上げ、売却する。この時点で彼は数百万ドルを手にしていた。

転機はリッチ・バートンからの一言だった。「君は優れた起業家ではない」。バートンは言う。「起業家は可能性の芸術家だ。物事を意志の力で存在させなければならない。しかし君は、常に何がうまくいかないかを考えている。投資家は確率の分布を考える。君は投資家に向いている」。この言葉にガースナーは納得する。

彼は伝説的なヘッジファンドマネージャー、ポール・リーダー(PAR Capital)の下で徒弟制度を志願する。「給料はいらない。毎日一緒にランチを食べて、ヘッジファンドのビジネスを教えてほしい」。リーダーはこれを受け入れ、ガースナーはGoogleやPricelineへの公開市場投資と、ZillowのシリーズBへのベンチャー投資(当時、評価額は数億ドルで、チェックサイズは2000〜3000万ドル)を同時に行う経験を積む。

ここでガースナーが気づいたのは、「公開市場と非公開市場の間に人工的な制約を設ける必要はない」ということだった。ウォーレン・バフェットは1955年から公開・非公開の両方に投資していた。ポール・リーダーもセス・クラーマン(Baupost)も同様だ。しかし、テクノロジー分野では、企業がIPOまでに大規模にスケールし、より長く非公開に留まる傾向が強まっていた。ガースナーは「シリコンバレーに拠点を置き、創業者としての共感力を持ちながら、公開市場までスケールできる資本を持つ」クロスオーバーファンドの構想を描く。

38:282008年の創業:最悪のタイミングが最高のチャンスに

2007年末、ガースナーはリーダーに独立を伝える。しかし、2008年9月から10月にかけて、リーマン・ブラザーズの破綻と金融危機が世界を襲う。彼は結婚したばかりで、第一子が2008年6月に生まれたばかりだった。CNBCをつければ「吐き気がする」ようなニュースばかり。LPからのコミットメントは次々と消え、当初100〜200百万ドルを見込んでいた資金調達は、実質的にゼロからのスタートとなった。

ある大口ヘッジファンドのアドバイザーは「大きな間違いを犯した。ポールのところに戻って仕事を頼め」と言った。しかしガースナーは「馬はもう厩舎を出て行った」と決意を固める。彼の最初の投資家は、ポール・リーダーと、兄だった。兄は建築家として15年かけて貯めた100万ドルをロサンゼルスのヘッジファンドに預けたが、運用者が全額を持ち逃げしていた。兄は残った50万ドルをかき集めて「君に預ける」と言った。ガースナーは「自然に全部失うかもしれないが、盗みはしない」と約束した。この兄の投資は、10年以内に彼を引退させるほどのリターンをもたらした。

2008年11月1日、Altimeterは正式にローンチする。最初のトレードはPricelineを42ドルで買うことだった。後にBooking Holdingsとなるこの株は、2000ドルまで上昇した。しかし、2008年の時点では「クロスオーバーファンド」という言葉自体が悪い意味で使われていた。2007年には多くのヘッジファンドが非公開株を混在ファンドに組み入れていたが、2008年の流動性危機でLPsが大損害を被り、「公開ファンドに非公開株を入れるな」という逆風が吹いていたからだ。

46:50Snowflakeへの投資:非コンセンサスが生んだ1000倍リターン

2012〜2014年、Altimeterは最初の専用ベンチャーファンドを立ち上げる。ガースナーは自らが最大のLPとなり、約1億ドルを集めた。このファンドはわずか6つの投資先で構成され、その中にSnowflakeが含まれていた。

当時、クラウドコンピューティングには大きな懐疑論があった。Salesforceの成長鈍化、クラウドのコスト問題、そして何より「顧客データをクラウドに預けられない」というセキュリティ上の懸念だ。しかしガースナーは逆の見方をしていた。「オンプレミスのデータセンターを維持すると決めた企業は軒並みハッキングされ、顧客データを流出させた。一方、クラウドに移行した企業は、MicrosoftやAmazonが数千人のセキュリティ専門家を抱えているという事実を享受した」。転機はソニーのハッキング事件だった。コリン・パウエルのメールが流出し、SalesforceのM&Aターゲットリストが暴露された。「もし自分のメールがハッキングされたら?」と考えるCEOや取締役が一気に増え、クラウド移行が加速した。

Snowflakeへの投資判断の決め手は、あるクリスマスの出来事だった。Altimeterの若手アナリスト(MIT出身のコンピューターサイエンティスト)が、自社のデータウェアハウスをSnowflakeに置き換える実験を行った。当時SnowflakeはまだGA前のベータ版だったが、彼は「これが勝つ」と確信する。さらに、見つけた10個のバグをレポートにまとめ、創業者のブノワ・デュシャトーに送った。「他の投資家はそんなことをしたことがなかった。ましてやヘッジファンドはなおさらだ」。このバグレポートが、Altimeterがラウンドをリードする決め手となった。

Snowflakeの当時の評価額は約1億7500万ドル。IPO時の評価額は約44億ドル。現在の時価総額は約1000億ドルに達する。ガースナーは「この会社は今後5〜7年で5000億ドル以上の価値になる」と予測する。特筆すべきは、AltimeterがSnowflakeの株式を公開後も長期保有し続けていることだ。これは「ライフサイクル投資家」としての同社の真骨頂である。

1:14:07競争と差別化:なぜAltimeterは初期段階の投資をしないのか

ガースナーは明確に「最初の機関投資家ラウンドでは競争しない」と語る。Benchmarkのチェイトン、Sutter Hillのマイク・スパイサー、Sequoiaのパートナーたちは、企業の最初の2〜3年の「クラフトビルディング」の段階で計り知れない価値を提供する。Altimeterはその後の「スケーリング」の段階で参入し、創業者の共感力と大規模な資本を組み合わせる。

「私たちはTigerのベストとSequoiaのベストを兼ね備えていると言われることがある」。Tiger GlobalやCO2がシリーズAに大量に投資する戦略に対して、ガースナーは「初期段階のベンチャーはクラフトビルディングだ」と述べ、早期の取締役会には経験豊富なベンチャーキャピタリストがいるべきだと主張する。Altimeterの差別化は「創業者NPS(ネットプロモータースコア)」へのこだわりにある。集中ポートフォリオ(1ファンドあたり6〜10社)により、各社に深く関与し、CFOの採用、取締役会の構築、IPOの準備、追加資金調達などを支援する。

1:19:41キャピタルマーケッツ事業:IPO、ダイレクトリスト、SPACの3つの扉

Altimeterのユニークな強みの一つが、キャピタルマーケッツ事業である。ガースナーはIPO弁護士としての経歴を持ち、100以上のIPOに関与してきた。彼はGoldman Sachsの株式シンジケートデスク責任者だったクリス・コンフォルティをヘッドハントし、公開市場へのアクセスを企業に提供する。

「IPO、ダイレクトリスト、SPAC——これらはすべて同じものだ。会社の10%を売却し、優れた公開市場投資家に売り、最小限の痛みと混乱で公開市場に移行する」。ガースナーは、伝統的なIPO、ダイレクトリスト、SPACの3つの「扉」をすべて経験した上で、企業に最適な選択肢をアドバイスする。彼は「銀行はIPOを売りに来るときに、まず私たちに電話してくる。その席に座っているからこそ、内部の事情を創業者に伝えられる」と語る。

特筆すべきは、この事業が「経済的な利害関係がない」点だ。企業が伝統的IPOを選んでも、ダイレクトリストを選んでも、Altimeterはアンカー投資家として参加できる。SPACの場合は自らがスポンサーとなる。この中立性が、創業者からの信頼を獲得している。

1:34:50Invest America:所有社会へのビジョン

エピソードの後半で、ガースナーは自身の最も情熱を注ぐプロジェクト「Invest America」について語る。これは、アメリカで生まれるすべての子供(年間約700万人)に、政府が自動的に投資口座を開設するという構想だ。

「現在、アメリカ人の約30%しか株式を所有していない。政府が介入して市場が回復しても、その恩恵を受けるのは所有者だけだ」。ガースナーは、自身がインディアナ州の小さな町で育った経験から、「株式とは何か」を知らずに育ったことを振り返る。彼の祖父は溶接工として働き、25,000ドルを残してくれた。それが彼を法律大学院とビジネススクールに通わせる原資となった。

Invest Americaの仕組みはシンプルだ。子供が生まれた時点で、社会保障番号と同時に投資口座が付与される。親の収入に応じて、政府が100ドルから5,000ドルを口座に振り込む。親は追加で年間5,000ドルまで拠出できる。資金は60歳まで引き出せず、年率6〜7%で複利運用される。50年後には100万ドルになる計算だ。

しかし、ガースナーが最も重視するのは「心理的効果」だ。「重要なのは金額ではない。子供たちが毎日、自分がAppleやWalmart、Tesla、SpaceXの一部を所有していると感じることだ。彼らはシステムの一部であり、外側から見ているだけではないという感覚が、その子の人生に与える影響は、口座の金額をはるかに上回る」。彼はこの構想をインディアナ州知事選の公約として掲げることを示唆している。

まとめ

このエピソードは、単なる投資ファンドの成功物語ではない。それは「リスクとは何か」「資本主義システムは誰のためにあるのか」という根源的な問いを投げかける。ガースナーの父親は、ベンチャーキャピタルが存在しない環境で、家と健康と結婚生活を失うリスクを負った。一方、現代のシリコンバレーの創業者は、他人の資本で実験できる。この違いを理解しているからこそ、ガースナーは「資本主義システムの恩恵をより多くの人々に届ける」というミッションを持つ。

Altimeterの成功は、単に「良い企業に投資した」からではない。それは、公開市場と非公開市場の間の人工的な壁を取り払い、創業者に寄り添いながら、長期的な資本を提供するというビジネスモデルの勝利である。そして、そのモデルがさらに進化すれば、一般投資家もベンチャー投資のリターンにアクセスできる未来が開けるかもしれない。

要点

  • ブラッド・ガースナーの父親は1970年代に自動車部品工場を創業したが、事業に失敗し家と健康と結婚生活を失った。この「本当のリスク」の経験が、ガースナーの投資哲学の根底にある。
  • Altimeter Capitalは2008年11月1日、金融危機の真っ只中にわずか300万ドルで創業された。最初のトレードはPricelineを42ドルで購入することだった。
  • 同社は「クロスオーバー投資」の先駆者であり、公開市場と非公開市場の両方に投資する。Snowflakeへの投資(評価額1.75億ドル→現在約1000億ドル)はその象徴的な成功例である。
  • ガースナーは「最初の機関投資家ラウンドでは競争しない」と明確に述べる。初期段階はBenchmarkやSequoiaなどの専門家に任せ、Altimeterはスケーリング段階で参入する。
  • Altimeterの差別化は「創業者NPS」へのこだわりと、キャピタルマーケッツ事業(IPO、ダイレクトリスト、SPACの3つの扉を提供)にある。
  • 「Invest America」構想は、すべての新生児に政府が投資口座を開設し、アメリカ人の株式所有率を30%から100%に引き上げることを目指す。ガースナーはこれをインディアナ州知事選の公約として掲げる可能性を示唆した。
  • ガースナーは「資本主義は不完全なシステムだが、他のすべてのシステムよりはましだ」と述べ、イノベーションを促進するシステムとしての資本主義を擁護する。
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