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ゆるコンピュータ科学ラジオ · 2026年5月14日

日本最悪のDX失敗事例を調べました #217

AI generated article / ja / study
この記事でわかること
  • 日本最悪のDX失敗事例を調べました #217 本エピソードでは、かつて日本のフォント業界で圧倒的なトップシェアを誇った「写研」という会社が、なぜ没落したのかを掘り下げてい...
  • [0:05] DX失敗の象徴としての写研 DX(デジタルトランスフォーメーション)という言葉が日本で流行り始めたのは2018年ごろだが、堀元は「日本最悪のDX失敗事例」は...
  • 一方、写研から分裂して生まれたモリサワは、今やフォント業界の代名詞的存在だ。この両社の命運を分けたのが、デジタルフォントへの対応だった。モリサワはDXを推進し、写研は拒否...
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英語Podcastの要点を、聴く前に日本語で把握したい人。

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日本最悪のDX失敗事例を調べました #217

本エピソードでは、かつて日本のフォント業界で圧倒的なトップシェアを誇った「写研」という会社が、なぜ没落したのかを掘り下げている。ホストの堀元見と水野太貴は、デジタルトランスフォーメーション(DX)の失敗が直接の原因とされるこの事例を、単なる「経営判断の誤り」ではなく、創業者の信念を継承した二代目社長の歪んだ愛情と、それがもたらした悲劇として描き出す。1986年にアドビから日本語フォントの電子版制作を持ちかけられながら断固拒否した決断の背景には、父親が心血を注いだ写真植字機への誇りと、その「神が宿る細部」へのこだわりが、やがて会社を蝕む「呪い」に変わっていく過程があったという。

0:05DX失敗の象徴としての写研

DX(デジタルトランスフォーメーション)という言葉が日本で流行り始めたのは2018年ごろだが、堀元は「日本最悪のDX失敗事例」は実に1986年に起きていたと指摘する。その主役は、フォント製造販売会社「株式会社写研」である。かつて写研は日本の印刷物の8〜9割を支える文字を提供し、道路標識の丸ゴシック体「NAR」など、今なお日本中で見られる名作フォントを生み出したリーディングカンパニーだった。しかし現在、その存在感は極めて薄く、従業員数は最盛期の10分の1を遥かに下回るまでに凋落した。

一方、写研から分裂して生まれたモリサワは、今やフォント業界の代名詞的存在だ。この両社の命運を分けたのが、デジタルフォントへの対応だった。モリサワはDXを推進し、写研は拒否した。堀元は「これがざっくり言う日本のフォント業界の勢力図」と説明する。

1:04写研の創業と写真植字機の革新

写研を創業したのは、石井茂吉と森澤信夫の二人の男だ。彼らはもともと星製薬という製薬会社で印刷技師として働いていた同僚で、そこから独立して写研を設立した。星製薬の創業者は星一(星新一の実父)であり、この縁も後にドラマを生むことになる。

写研の最大の功績は、世界に先駆けて「写真植字機」を実用化したことだ。それまでの印刷は、鉛で作られた活字を一つひとつ並べて版面を組む活版印刷が主流だった。しかし日本語は常用漢字だけでも2000文字以上あり、活字のセット作業は英語圏に比べて格段に負荷が高かった。写真植字機は、ガラス板に規則的に並んだ文字に光を当てて感光させ、写真技術で版下を作る方式であり、この革新により日本の印刷効率は飛躍的に向上した。堀元は「世界初の実用機を作ったのはこの二人で、欧米の記録より15年ほど先んじていた可能性がある」と述べている。

8:19二代目社長・石井裕子の登場と凋落の始まり

写研の凋落の直接の原因は、アドビからの提携申し出を断ったことにある。1986年、アドビ(PhotoshopやIllustratorを開発した企業)は、日本語フォントの電子版(デジタルフォント)の制作を写研に依頼した。当時、フォントといえば写真植字機用のガラス板に印字されたものであり、コンピュータ上で使えるデジタルフォントはまだ黎明期だった。アドビはDTP(デスクトップパブリッシング)という、パソコンでデジタル文章を作成し印刷する新たなアプローチを始めており、日本上陸にあたり業界最大手の写研に協力を仰いだのだ。しかし写研はこれを断固拒否した。

この判断の背後にいたのが、創業者・石井茂吉の娘である石井裕子社長だ。堀元は「後継ぎがポンコツだった」と率直に述べるが、同時に「単純にアホな経営者という話ではなく、そこには深いドラマがある」と強調する。裕子社長のエピソードは枚挙に暇がない。社員研修では、ただの水を注いだコップを「私が念を込めた霊的なグラスです。いくらで買いますか?」と社員に迫り、忖度した社員から3000円を強奪した。また、自分が面白いと思ったテレビ番組を全社員に視聴するよう強制し、見なかった社員を社員旅行から追い出そうとして土下座させた。さらに、自身の感想が意に沿わなかった社員に対しては、不機嫌になって部屋にこもり「天岩戸事件」と呼ばれる事態を引き起こした。

13:0385億円の裏金と歪んだ会社愛

裕子社長の「暴れっぷり」はこれだけではない。彼女は150億円もの所得を隠し、85億円もの裏金を地下金庫に保管していた。国税庁が脱税を疑って査察に入ったところ、地方銀行の金庫並みの現金が出現し、読売新聞の一面を飾る大事件となった。しかし興味深いのは、この巨額の裏金を私服を肥やすために使ったわけではないという点だ。業績が悪化した際に、裏金から架空の売上を計上して赤字を隠蔽し、「うちは黒字企業です」と見せかけていたのである。

堀元は「これは歪んだ愛だ」と分析する。裕子社長は会社へのこだわりが異常なほど強く、自ら政策本部の部長を兼任し、現場のデザインにまで口を出した。その結果、優秀なデザイナーの半数が辞めていった。彼女は父親の仕事を誇りに思い、会社を潰したくなかった。だからこそ、節税や将来の危機に備えて裏金を蓄え、赤字を隠して父親の築いた「黒字企業」の看板を守り続けたのだ。水野は「ちゃんと儲かっている時期に黒字にしちゃうと、後に赤字が出た時に赤字企業になってしまう。裏金で架空の売上を形成できれば永遠に黒字でいられる。父親の顔に泥を塗らなくて済む」と、その論理を解説する。

17:38神は細部に宿り、呪いに変わる

堀元はこのエピソードから、「神は細部に宿る」という格言の続きとして「そして神は呪いに変わる」という持論を提示する。裕子社長がアドビの申し出を断ったのは、単なるテクノロジー嫌いではなかった。父親・石井茂吉が完成させた写真植字機への絶対的な誇りがあったからだ。彼女は「コンピューター上の未完成なデジタルフォントなどに、完璧な写植機の品質を任せられるか」と考えた。ソフトとハードは一体であり、美しい組版のためには専用機器から切り離せない——この思想は、スティーブ・ジョブズのアップルの哲学と驚くほど似ている。堀元は裕子社長を「ダメなジョブズ」「間違えたジョブズ」と評する。

しかし、両者の決定的な違いは、信念が「自分で作り上げたもの」か「受け継いだもの」かにあると堀元は指摘する。ジョブズの信念は自ら生み出したものだから、時代に合わせてアップデートできた。一方、裕子社長の信念は父親から受け継いだものだった。父親が寝る間も惜しんで写植機の0.01ミリの精度にこだわった姿を幼少期から見てきた彼女は、そのこだわりを捨てられなかった。父親が亡くなった後、その信念をアップデートすることは「墓に泥を塗る」ように感じられたのだ。水野は「形式だけ信念が残るのが一番危ない」とし、イエスがユダヤ教の厳格な律法主義を批判した故事を引き合いに出しながら、形式化した信念の危険性を語る。

26:13受け継ぐべきは信念ではなく情熱

水野はこの事例から、「先代から受け継ぐべきものは信念ではなく、情熱だけなのではないか」と提案する。父親が写植機にかけた情熱だけを受け継ぎ、手段や方法は自由に選べていたら、写研はここまで凋落しなかったかもしれない。裕子社長には情熱は確かにあったが、信念も同時に受け継いでしまったために、ガチガチの固定観念に縛られたのだ。

堀元はさらに、二代目に共通するジレンマを指摘する。創業者自身が無茶なことを言っても、その実績やカリスマ性があれば周囲は従う。しかし二代目にはその「貯金」がない。裕子社長が現場に口出しした結果、優秀な人材が去ったのはその典型だ。また、父親が自営業を営んでいた堀元と水野自身も、この問題を他人事ではないと語る。堀元は「うちは病院だったけど、相続した瞬間に売り払う」と笑い飛ばしつつ、後継ぎの難しさを認める。

27:37写研の現在と未来

裕子社長は93歳まで社長を務めた後、亡くなった。その後、新たな社長のもとで方針は大きく転換され、長らくデジタル化が封印されていた写研の名作フォント群が、2020年代に入って続々とデジタルフォントとして解放され始めた。現在では、モリサワが提供するサブスクリプションサービスの中に写研のフォントも多数含まれており、かつて袂を分かった両社が再び合流する形となっている。堀元は「何十年も封印されていたフォントが解放された喜びがある」と語る。また、写研は2019年になってようやくウェブサイトを開設したというエピソードも紹介され、デジタル化への抵抗の根深さを物語っている。

まとめ

このエピソードは、単なる企業のDX失敗事例を超えて、家族経営の宿命、信念の継承がもたらす悲劇、そして「神は細部に宿る」というクリエイターの美徳が、いかにして組織を蝕む呪いに変わりうるかを描き出した。堀元と水野は、写研の凋落を「ポンコツな二代目」という単純な物語にせず、父親への愛情と誇りが歪んだ形で表出した結果として捉える。その視点は、技術革新の判断を下す経営者だけでなく、何かを「受け継ぐ」立場にあるすべての人にとって示唆に富む。フォントという一見ニッチなテーマから、人間の心理と組織の力学に迫る、深みのある回だった。

要点

  • 写研はかつて日本のフォント業界で8〜9割のシェアを誇ったトップ企業だったが、デジタルフォント化に失敗して凋落した。
  • 1986年、アドビから日本語フォントの電子版制作を持ちかけられたが、二代目社長・石井裕子が断固拒否したことが没落の直接の原因。
  • 裕子社長は社員への強制視聴や霊感商法まがいの研修、85億円の裏金隠しなど、数々の「暴れエピソード」を持つ人物だった。
  • しかし裏金は私服ではなく、赤字隠しに使われており、父親の築いた会社を守りたいという「歪んだ愛」が動機だった。
  • 裕子社長の信念は父親から受け継いだものであり、自分で作り上げた信念と違ってアップデートできなかった。
  • 「神は細部に宿る」というクリエイターの美徳が、後継者にとっては「呪い」に変わるという構造が浮き彫りになった。
  • 受け継ぐべきは具体的な信念や手段ではなく、先代の「情熱」だけであるという示唆が語られた。
  • 現在、写研のフォントはモリサワのサブスクで利用可能になり、2020年代に入ってようやくデジタル化が進んでいる。
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