
1億ドル規模のヘッジファンドマネージャー:金持ちで死ぬという過ちを犯すな
- 『My First Million』の第878回は、ヘッジファンド運用者であり『Die With Zero』の著者でもあるBill Perkins(ビル・パーキンス)を迎...
- そこから話題は一気に「富の作り方」から「富の使い方」へと移っていく。Perkinsの中心命題は明快である。純資産のピークは「金額」ではなく「日付」であり、身体は減価する資...
- [1:03] 天然ガス・トレーダーが語る「保険屋」としての相場観 Perkinsが最初に語るのは、どのようにして元手を作ったかという話である。ニューヨーク・マーカンタイル...
My First Million / Hubspot Media
『My First Million』の第878回は、ヘッジファンド運用者であり『Die With Zero』の著者でもあるBill Perkins(ビル・パーキンス)を迎えた回である。ホストのShaan PuriとSam Parrは、まずPerkinsがどのようにして巨額の富を築いたのかを掘り下げる。ニューヨーク・マーカンタイル取引所の下働きからOTCブローカーを経て、1995年の規制緩和を契機にヒューストンへ移り天然ガスデリバティブのトレーダーとなった経歴、そして「冬になると価格が上がる」という市場の恐怖心理に逆張りしてショートを張り続けることで利益を積み上げた仕組みが語られる。Perkinsは自身の手法を「誇張された保険屋」と表現し、他の賢い投資家たちと競争しているのではなく、市場が織り込む恐怖プレミアムと自分が考える公正価値との差分を取っているのだと説明する。
そこから話題は一気に「富の作り方」から「富の使い方」へと移っていく。Perkinsの中心命題は明快である。純資産のピークは「金額」ではなく「日付」であり、身体は減価する資産である以上、ある年齢を過ぎれば追加の1ドルがもたらす効用はゼロに近づく。だからこそ、若い頃にリスクを最大化し、経験はそれが最適な季節に実行し、「豊かなまま死ぬ」のではなく「ゼロで死ぬ」ことを設計すべきだという。ShaanとSamはこの思想に強く共鳴しつつ、自身の子育てや義父母の資産活用の実例を交えながら、時間・健康・富という三つの資源をどう配分するかという実践的な議論を展開する。以下、回の流れに沿って詳細に見ていく。
天然ガス・トレーダーが語る「保険屋」としての相場観
Perkinsが最初に語るのは、どのようにして元手を作ったかという話である。ニューヨーク・マーカンタイル取引所のフロアで clerks(事務員)として働き始め、天然ガス先物契約が始まったタイミングでOTCブローカーになった。ブローカーとしてそれなりの収入は得たものの、仲介業そのものを嫌っていたという。彼はこの違いを「家を売買する人」と「不動産業者」に喩える。不動産業者として働くのは嫌で、自分は家を売買する側、つまりトレーダーになりたかったのだと。1995年の規制緩和でニューヨークからヒューストンへデリバティブ・デスクを率いる人材が募集され、移住してから本格的にトレーダーとして「本当の金」を稼ぎ始めた。
Samが「原油を買って必要とする人に売るのか」と素朴に尋ねると、Perkinsは「基本的には価格が上がるか下がるかに賭けているだけだ」と答える。ただし重要なのは、彼らが他の賢い連中と直接競争しているわけではないという点である。「我々は誇張された保険屋だ」と彼は言う。保険屋がリスクの分布を評価して公正価値に上乗せして保険を売るように、トレーダーは市場が示す価格と自分が考える公正価値の差分を取る。具体的には、冬が近づくと人々は天然ガス価格の上昇を恐れる。そこで先物契約を売り、上昇リスクを引き受ける。だが実際には冬のリスクプレミアムは徐々に抜け、価格は下がる傾向があった。Perkinsの利益の大半は、この天然ガスを長期的にショートし続けることから生まれた。
Shaanは過去に出演したHoward Marks(ハワード・マークス、Oaktree Capital共同創業者)やRay Dalio(レイ・ダリオ、Bridgewater創業者)のような投資家との対比を持ち出す。勝ち方には「優れた気質」「情報の優位性」「裁定取引」の三つがあると整理し、Perkinsはどれだったのかと問う。Perkinsは「1と2だ」と答える。市場には賭け事感覚で参加する人、ヘッジが必要な人、そして需給を徹底的に研究する人が混在している。自分たちは需給を動かすあらゆる要素を研究した情報優位を持ち、さらに損失に動じないストイックな気質を持っていた。どれほど賢くても、扁桃体が暴走しているときに前頭前野は機能しない。損失に耐えられない人、勝ち負けの比率にこだわる人にはトレードは務まらないと説く。
集中リスクで富を築き、「ゲームに留まる」ことで勝つ
Perkinsのリスク観は、他の著名投資家たちとは一線を画す。Shaanは彼の姿勢を「テキサス・カウボーイ的」と評し、20世紀半ばにテキサスで石油産業を興したH.L. Hunt(H・L・ハント)のエネルギーを感じると述べる。これに対しPerkinsは、それは製品の性質によるものだと説明する。「これは富を築くには楽しいが、富を保つためのものではない。富を築くのは集中リスクだ」。一見「イェーハー」に見えるが、実際は計算されたものだという。自分のファンドに投資すれば100%失う可能性もあるが、300%のリターンを返す可能性もある。重要なのは期待値であり、自分が何をしようとしているのかを理解しているかどうかだ。
実際に「ほぼ全てを失いかけた」ことは何度かあると明かす。具体的な数字として、1億ドルから2億5,000万ドル規模の資金が、年間で50%の下落から250%の上昇まで振れた経験を語る。冬を越えて資金を積み上げ、また「薪を割る」ように働く。ここで彼の有名な言葉が出る。「ゲームの名前はゲームに留まることだ」。徹底的に研究し冷静さを保つ者に優位性をもたらす市場において、完全に吹き飛んでゲームから脱落しなければ、最終的には並外れたリターンを得られる。これは保険業と同じ構造だと彼は言う。ハリケーン保険を引き受けた保険会社が2つのハリケーンでほぼ壊滅しても、翌年には保険料が上がり、また印刷機のように金を刷れるようになる。裁定取引のゲームにいない限り、誰もが「非常に悪い年」を経験するのだ。
Shaanは、かつてあるトレーダーに「昔はマニアックだったのか」と尋ねたところ「床に置いたコーラのボトルに小便をしていた」と返ってきたエピソードを引き合いに出す。Perkinsも、トレーダーはパズルに取り憑かれ、東京市場をチェックするために夜中に起きるような生活になることを認める。ポジションを持っている限り常に働いており、決してオフにはならない。それでも「今の知識があれば若い自分に何を勧めるか」と問われると、彼は「株式市場に行くべきだった」と答える。株式の方が市場が桁違いに大きく、60億ドルや100億ドルのファンドが「まあまあ」のトラックレコードで運営でき、市場全体のドリフト(上昇バイアス)という追い風もある。さらに巨額ファンドの手数料構造は驚くべきもので、60億ドルのファンドが1〜1.5%を取るとなれば、維持費そのものが利益センターになり、上振れの金額も莫大になる。個人の富という観点では、株式の方がはるかに豊かになれたはずだという。
純資産のピークは「金額」ではなく「日付」である
Perkinsが富に対する考え方を根本から変えた転機について語るセクションである。若い頃の目標は「30歳までにミリオネアになる」という、いわばミス・アメリカの回答のような紋切り型だった。女の子にモテてロックスターのような生活がしたい、という願望はあったが、「人生から何を得たいのか、それがいくらかかるのか」を真剣に考えたことはなかった。目標を達成しても天井はなく、「Xを稼いだら辞める」という上限も設定していなかった。転機は30代に訪れる。読んだ本『Your Money or Your Life』が「お金の最良の定義は、自分の人生の時間と交換するもの」という概念を提示し、そこから「自分は人生の時間を資本と交換しているが、その資本は何のためにあるのか」という問いが連鎖的に広がっていった。
彼の中心的な洞察はこうだ。純資産のピークは金額ではなく日付である。身体は減価する資産であり、そのお金を充実した経験に変換する能力は加齢とともに低下する。その低下率は死期に近づくにつれて無限大に近づいていく。つまりある時点を過ぎれば、より多くのお金は何の意味も持たなくなる。この「坂道」は20代でも30代でもなく、30歳から65歳のどこかで急激に立ち上がる。だからこそ、いつ、どの経験を実行するかが決定的に重要になる。彼はまた、University of Iowaのフットボールチームの友人Dwight Sistrunkとの会話を挙げる。友人が「白い柵に囲まれた家に住み、会社で働くような画一的な人生は嫌だ」と言ったとき、Perkinsは「では一体何が欲しいのか」と問い返した。当時の彼はChevy Chaseの映画や社会の刷り込みに染まりきっていて、それ以外の人生を想像できなかった。その会話は何年も彼を苛み、後に「異なる人には異なる価値観があり、充実の意味も異なる。価値観に中立な形でこれらの変数をどう見るか」という問いへとつながっていく。
ShaanはPerkinsの著書から一節を手で書き写して母と妹に送ったエピソードを披露する。「死は人を目覚めさせる。近づくほどに私たちは目覚める。そして終わりが近づくと、突然『自分は何をしているんだ?なぜこんなに待ったのか』と思い始める」。そして「井戸を掘って水を汲み始める。井戸が満ちるとコップでほんの少しだけ水をすくい、一口飲んで、また汲み続ける。人生の終わりに、一生涯汲み続けた後でも、彼らは喉が渇いたままだ。一生を飲むことではなく汲むことに費やしたのだ」という比喩を引く。Perkinsは「人生を無駄にするのが怖い」と率直に認める。多くの人は金を失うことや地位を失うことを恐れるが、自分が恐れるのは人生の浪費であり、金はただの道具に過ぎないのだと。
エゴを叩き潰し、「最大限の説明責任」で人生を書き換える
Perkinsが強調するのは、非標準的な人生を生き、何かを成し遂げたいなら、エゴを絶えず叩き潰す必要があるということだ。起業しない人、機会を追わない人の理由は金銭的リスクではなくエゴであることが多い。金銭的リスクには耐えられても、地位の下落には耐えられない。「かつての友人たちの金儲けランキングで自分が下になる」ことに耐えられず、失敗して他人から馬鹿に見えることを恐れる。だからこそ、人は動機付けられた理由づけをして「難しかったから」「大変だったから」と説明する。Perkinsは友人には率直に「お前はただの臆病者だ」と言うという。そして、誰かが何かに挑戦するとき、周囲が密かに失敗を願うのは、その挑戦が自分たちの臆病さを露呈させるからだ、と指摘する。
では、どうすればその状態から抜け出せるのか。Perkinsは「気づきは戦いの半分に過ぎない」と言う。アルコール依存症者が自分が依存症だと気づいても飲み続けるように、残りの半分は行動に移すことだ。Shaanは「では、ソフトにならずに生きている人でも、一年の何パーセントくらいはソフトになっているのか」と問う。Perkinsは、それは自分自身との絶え間ない対話だと答える。人間関係で謝るべきときにエゴが邪魔をして謝れないこと、間違って見えたくないこと、馬鹿に見えたくないこと。彼は「褒め言葉にも中傷にも、他人がどう思うかを気にしない訓練を積んできた」と語り、それが自分を自由にしてきたと説明する。同時に、妻から「あなたは意地悪だ」と言われることも月に一度はあると認める。議論で正しさを主張しすぎるあまり、相手を傷つけてしまうことがある。「正しい必要はない、愛される必要がある」という言葉をかみしめるように語る。
ここでShaanが持ち出すのが、ポーカープレイヤーのDaniel Negreanu(ダニエル・ネグラヌ)の話である。Negreanuは人生の転機としてトーナメント優勝ではなく自己啓発セミナーを挙げ、「最大限の説明責任」の原則を学んだという。人生でうまくいかなかった出来事を、被害者意識ではなく100%自分の責任として書き直すという課題である。Perkinsは「私もやったし、それ以上のこともやった」と応じる。被害者意識を持たないことは自然なことではなく、文化として教え込まれている。エゴは自分が間違っていることを認めたがらない。だから最大限の説明責任を実践することは絶え間ない練習であり、完璧にはなれないが、練習し続けるしかないのだと。
刷り込みを焼き払い、人生を「タイム・バケット」で設計する
Perkinsは、自分が欲しいと思っていたものの多くが、社会や映画による「優れたマーケティング」に過ぎなかったと気づいた経験を語る。好きな食べ物や行動のほとんどは生まれつきのものではなく「プログラミング」だという。彼は中国で育っていれば揚げコオロギを美味しく感じただろうが、自分には嫌悪感がある。それは単に育ちの問題に過ぎない。すべてのプログラミングが悪いわけではなく、コピー・アンド・ペーストで残せばいいものもあるが、多くは自分が本当に望むものと衝突していた。20数年分の刷り込みを一日で消すことはできない。だからこそ、時間をかけて自分の価値観と向き合い、何が自分の目標に「機能するか」という基準で、刺激に対する反応を一つひとつ選び直していく必要がある。例えば、混雑したクラブで誰かにスニーカーを踏まれても、殴り返さないと決める。反応は無限にあり、その中からなぜその反応を選ぶのかを問い、目標に機能するかどうかで判断するのだ。
Shaanは、成功者に共通する特徴として「内的統制の所在(internal locus of control)」を挙げる。自分がコントロールできるのは自分の感情と反応だけだという態度である。Perkinsはこれを「最大限の説明責任」と表現し、自分が最終的に責任を負うという姿勢だと説明する。そして人生設計の具体的な手法として「タイム・バケット(時間のバケツ)」を提唱する。多くの人はバケットリスト(死ぬ前にやりたいことリスト)を考えるが、人生には一度の死ではなく何度もの死がある。大学生の自分は死に、独身の自分は死に、幼い子どもを持つ自分は死ぬ。それぞれの時期に最適な経験は異なり、次の時期にはうまく移行しない。例えば「友人とスキーに500回行く」という人生を望むなら、その分布は若い頃に偏るべきだ。友人たちは結婚し、生活が変わっていくからである。バケットリスト的に後ろにずらせば、その経験は台無しになる。人生はテトリスであり、順序を間違えるとハイスコア(充実)に届かないのだ。
Perkinsはこの考えを実際の生活に適用している。妻と「Kaiが5歳未満のうちに日本に住みたい」と話し合い、それが夏だけなのか1年なのか2年なのかを検討しているという。人生は多変数の実験であり、すべてのピースをどう組み合わせるかが楽しいと語る。ShaanはJesse Itzler(ジェシー・イッツラー、起業家・『Living with the Monks』著者)の影響で、年に3日間を「残りの99%をどう使うかを考える」ために確保していると明かす。年間の最もエキサイティングなバージョンを想像し、日付を入れ、実現させるのだという。Perkinsも頻繁に妻と話し合うが、イベントに反応して動くことが多く、より大きな弧の会話は継続中だとする。
未来の自分を裏切るな——健康という減価資産との向き合い方
Samが「今の人生で最も不満な部分は何か」と問うと、Perkinsは即座に「健康管理」と答える。4年前に結婚した頃は体脂肪率8%、VO2 Maxは同年代のトップ1%だったが、今は体脂肪率16〜18%、VO2 Maxは同年代の中央値程度に落ちた。小さな子どもがいて夜中に2回起きる、妊娠中に食べ過ぎた、といった「被害者の物語」を自分に語っているが、それはただ怠けているだけだと自嘲する。Samが「それほど悪くないのでは」と慰めると、Perkinsは「それは米国の平均と比べているからだ。米国は肥満率40%だから、実際はかなりひどい」と反論する。
彼が参照するのは、主治医が提唱する「センテナリアン・オリンピック」という概念だ。人生最後の10年間にやりたい活動を50ほどの中から10選び、現在のVO2 Maxと加齢による低下率から、その活動が実行可能かどうかを計算する。Perkinsが選んだ活動の一つがウェイクサーフィンであり、現在の軌道では選んだ活動の80%が実行不可能だという。ここで彼の中心概念が再登場する。「未来のビルを裏切っている」。この本全体が人生の全弧と総充実、その正味現在価値を考えることだという。そして「ほとんどの人は未来の自分を裏切っている」というSamの指摘に対し、Perkinsは「私は今、完全に未来のビルを裏切っている」と認める。対策として、すでにトレーナーを雇い、さらに旅行にも同行できるトレーナーを探しているという。自分で説明責任を果たせないなら、説明責任を外注するのだと。
この文脈で、Perkinsは「若い頃にリスクを最大化すべきだった」という後悔を語る。ヘッジファンドで働いていた頃、「仕事に金がないのはいい、金に仕事がないのもいい、だが仕事も金もないのはダメだ」という理論のもと、ファンドに自分の資金をほとんど入れていなかった。しかし若い頃は常に別の仕事を得られるのだから、全額を賭けるべきだったと振り返る。トレーダーは「獲った分だけ食う」世界であり、独立系ヘッジファンドでは利益の一定割合を受け取る。ブローカーとしてそこそこ豊かになり、トレーダーとして本当に豊かになったが、もし賢ければもっと多くの資金をファンドに入れておくべきだったという。
『Die With Zero』——タイトルの誕生と「ゼロで死ぬ」の真意
Shaanが「最高の書名の一つ」と評する『Die With Zero』の由来が語られる。当初は「Die with Nothing」「Maximize Your Life」など10〜20の候補があったが、核心は「この地球上の休暇で資源を使い切り、フィールドにすべてを残す」という概念だった。人々はお金の側面に執着するため、「Die With Zero」がしっくりきたという。同時に「後悔ゼロで死ぬ」という意味もある。Perkinsは「私の後悔はすべて、最善を尽くさなかったバージョンだ」と語る。怒りを爆発させたこと、太っていたこと、そうしたことは最善を尽くさなかったから後悔する。最善を尽くせば後悔はない。不幸なことは起こるが、それは後悔ではない。出版社は空港で「死ぬ」という言葉が売りにくいと心配したが、挑発的で刺さるタイトルとして採用された。
Samはこの本が自分の人生の二つの側面を変えたと語る。一つは休暇の取り方で、大きな家を借りて「この日程で行く、誰でも歓迎」と両親や義父母に声をかけるスタイルに変えた。もう一つは、成功した義父母が「死んだら何を残すか」を話し合っていたとき、Samが三つの選択肢を提示したことだ。今すぐ自分たちに渡す(最も良い選択ではない)、自分のために使う、全員で楽しめることに使う。義父母は後者を選び、大きな別荘を購入した。Samは「別荘は裕福な人にとっての裏技だ。全員が快適に過ごせる場所があれば、家族と過ごす時間は確実に増える」と語る。Perkinsは「その会話のおかげで、彼らは85歳の死の床で『なぜこれをしなかったのか』と悔やむことがなくなる」と応じる。Samは「恐怖はまだある。特に引退後は『自分を養えるだけの金があるのか』という不安は消えない。でも『今を楽しむ』を大量に摂取するのは良い」と補足する。
Perkinsは読者からの反響のパターンを二つ挙げる。一つは相続で、子どもが60歳になっているのに死ぬまで待って遺産を渡すのは意味がないという明白な事実に気づき、遺産計画を真剣に見直す人が多い。もう一つは引退時期の再考や、親を引退させて「孫と過ごすこと」を専任の仕事にする例だ。裕福でない読者としては、軍人が「年金が死ぬまであるのに、なぜ貯金を溜め込むのか」と気づいた例や、退職した教師が「お金のかからない時間の配分」を変えた例が紹介される。母親に会いに行く、友人とカードをする、子どもを学校に送る——どれも金のかからない決断だが、時間の配分を変える決断である。Perkinsは「人々は三つの道具(富・健康・時間)のうち、どれをうまく使えていないかに気づく。大半はお金に焦点を当てているが、実際には時間の配分が鍵だ」とまとめる。
若さという季節——後悔と羨望の対象
Samが「本の中で一番好きな話」として挙げるのが、Perkinsの20代のエピソードである。当時、友人が「6週間の休暇を取るには仕事を辞めて、戻ってからまた仕事を探そう」と誘った。Perkinsは「責任ある」選択をして行かなかった。友人は「無謀」に見えた。しかし友人が戻ってきたとき、その顔には輝きがあり、Perkinsは「自分が間違っていた」と悟った。友人は仕事も待っていた。「私たちは下っ端だった。何を失うものがあったのか」。そして30代になってようやく同じことをしたとき、33歳でホステルに泊まり、友人も一緒に来ず、一人で電車で寝るバックパッカー生活は「クールではなかった」と振り返る。金はあるのに電車で寝ている自分。「ブージー(気取った)になりすぎていた」。物理的な側面だけでなく、適性の問題でもある。グロースティックを振ってクラブで踊るのはかつては楽しかったが、もう楽しくないのだ。
Samは自分が20代前半に「5万ドルのミリオネア」と自称していた話をする。会議を主催して5万〜10万ドルを稼ぎ、その金でバイクで全国を6〜8週間旅した。6週間の旅は1800ドルしかかからず、Couchsurfing.comで他人のソファに泊まるのが楽しかった。「あの時代に愚かでいられたことに感謝している。今は絶対にやらない。汚すぎる」。Perkinsは「彼の人生が羨ましい」と率直に言う。Shaanは「若い頃の自分が羨ましいと思うことはあるが、今それをやれと言われてもやりたくない。でも当時それを望み、実行できたことは良かった」と応じる。Perkinsはこれこそタイム・バケットの好例だと言う。その経験はその時期に属し、次の時期にはうまく移行しない。今やろうとしても、やりたくないのだ。
富の怪物を倒した後——それでも働く理由と15億円の絵画
Perkinsは「金の怪物を完全に倒したのか」と問われ、「資本を充実に変換できないことはない」と答える。今は二つのスタートアップを運営している。SkyFiは「衛星のUber」とも呼べる地理空間インテリジェンス・プラットフォームで、スマホから衛星画像を注文できる。Simaxはインテリジェンス企業だ。ヘッジファンドも続けている。しかし「もし今日、死ぬまでに使い切れないほどの金があり、追加の1ドルに限界効用がなければ、すぐに全部やめる」と明言する。それでも働くのは、パズルを解くこと自体が楽しいからであり、ヨットやプライベート旅行といった高価な活動のためでもある。「プライベート機では搭乗した瞬間にパーティーが始まる。目的地に着くのを待たなくていい」。ただし「もうすぐ、将来のビルのために現在のビルの時間を犠牲にする価値がなくなる年齢に近づいている」と常に測定しているという。
彼の「農園」の夢は、トラクターのある大農場ではなく、数エーカーの庭、トマト、蜂の巣箱程度のものだ。Samはテキサスで20エーカーの土地を持っていたが「ランチェット(小さな牧場)」と呼ばれたと笑う。Perkinsは「若い頃は冒険を求め、物語を作ろうとする。年を取ると物語を持ち、それを語る友人を求める。膝が壊れ、背中が痛み、認知機能が衰え、世界が縮小していくとき、私は友人に物語を語り、シンプルな喜びを楽しむことを求めるだろう」と語る。これに対しSamは、オフィスの話を持ち出す。Shaanはオフィスを一切恋しく思わないが、Samはマンハッタンで週3日オフィスに通い、前夜に仕事着を準備するルーティンを楽しんでいるという。ただし「家の方が明らかに生産性が高い」とも認める。Perkinsは「オフィスがなくなっても、人と会って食事をし、セントラルパークを散歩する形で再構築できる。若い人にとってはオフィスの方が良いかもしれない。デバイスが人と人とのつながりを断ち切っている時代に、対面の交流の技術が失われつつある」と語る。
そして話題は、Perkinsが1,500万ドル(約22億円)で落札した絵画「Sugar Shack」に移る。Ernie Barnes(アーニー・バーンズ)作のこの作品は、アメリカ美術、特にアフリカ系アメリカ人美術において極めてユニークな位置を占める。奴隷制の時代には黒人のダ・ヴィンチは存在し得なかった。奴隷制廃止後に家族が形成され、画筆を買い時間を確保できるようになって初めて、黒人画家の第一世代が生まれた。この作品は人種分離時代の南部における「黒人の喜び」を描いた、アメリカにしか存在し得ないテーマである。Marvin Gaye(マーヴィン・ゲイ)のグラミー受賞アルバムのジャケットに使われ、Norman Lear(ノーマン・リア、『Good Times』のプロデューサー)のテレビ番組のオープニングにも登場した。Perkinsは子ども時代からこの絵を知っており、John Arnold(ジョン・アーノルド、著名な美術収集家)から出品の知らせを受けたとき「泣きそうになった」という。
オークションは「トレーディング・フロアのようだった」。当初300万〜500万ドルで落とせると考えていたが、7百万ドルを超えても競り合いは続き、最終的に1,500万ドルになった。競っていたのは2席前の美術コンサルタントで、途中で振り返って「私は止めない」と言った。Perkinsは「では、高く払わせてやる」と返した。妻には「気を失っても入札を続けて」と伝えていたという。Perkinsはこの購入を「アービトラージ」と表現する。美術界には「黒人の作品は黒人が持つべきだ」という歴史的な人種差別があり、博物館もアフリカ系アメリカ人美術を収集してこなかった。そのため「世界が持つべき」作品が不当に安く取引されている。彼は「黒人が持つべきではない。ロシアの億万長者が持つべきだ。だが我々は歴史的な人種差別のおかげでこれを盗むように手に入れられる」と語る。この購入はバーンズ市場をリセットし、別の作品が以前なら20万ドルだったのが200万ドルでアジアの買い手に落札されたという。
結びに
この回の核心は、Perkinsの「富は目的ではなく道具である」という一貫した哲学にある。彼は富を築く方法(集中リスク、情報優位、ゲームに留まること)と、富を使う方法(純資産のピークは日付である、タイム・バケット、未来の自分を裏切らない)を、自身のトレーダーとしての経験と失敗から語る。ShaanとSamは単なる聞き手ではなく、自身の子育てや義父母の資産活用、若い頃の冒険の記憶を交えながら、この哲学を自分たちの人生にどう適用するかを探る。特に印象的なのは、Perkinsが「私はロールモデルではないが、インスピレーションにはなれる」と語る謙虚さと、「イエスになりたいが、イエス自身にはなりたくない」というユーモラスな表現である。名声が世界を縮小させ、ペルソナの奴隷にするという洞察は、富と同様に「多すぎる成功」の危険性を指摘している。聴き終えた後に残るのは、「いつか」ではなく「今」、どの経験をどの季節に実行するかという問いである。
要点
- Bill Perkinsは天然ガス先物のショートを中心に富を築き、1億〜2億5,000万ドルの資金が年間で50%下落から250%上昇まで振れた経験を持つ。勝ち方は「優れた気質」と「情報優位」であり、裁定取引ではないと自己分析する。
- 純資産のピークは金額ではなく日付である。身体は減価する資産であり、ある年齢を過ぎると追加の1ドルは充実に変換できなくなるため、経験はそれが最適な季節に実行すべきだ。
- 「タイム・バケット」の考え方では、人生には複数の死があり、それぞれの時期に最適な経験は異なる。バケットリスト的に経験を後ろにずらすと台無しになる。
- 起業しない理由の多くは金銭的リスクではなくエゴである。地位の下落や失敗の恐怖に耐えられないことが本質であり、最大限の説明責任の実践が重要だ。
- Perkinsは1,500万ドルでErnie Barnesの「Sugar Shack」を落札した。アフリカ系アメリカ人美術に対する歴史的人種差別が生んだ市場の歪みを「アービトラージ」と捉えている。
- 現在の最大の不満は健康管理であり、VO2 Maxは同年代の中央値程度に低下。人生最後の10年にやりたい活動の80%が現在の軌道では実行不可能だと認識している。
- 名声は世界を縮小させ、ペルソナの奴隷にする。Perkinsは「イエスになりたいが、イエス自身にはなりたくない」と語り、著者としての名声よりも自身の人生を生きることを選ぶ。
- 若い頃の冒険はその時期にしか属さない。33歳でホステルに泊まるバックパッカー生活は「クールではなかった」が、20代の貧乏旅行は人生で最も楽しい経験だったと振り返る。