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Cloudbase Mayhem Podcast · 2026年11月4日

#281 リスクとリワード:トーマス・ローンと極限環境を極める

AI generated article / ja / study
この記事でわかること
  • ノルウェー出身の冒険家、登山家、そしてパイロットであるトーマス・ローネは、何をするにも中途半端を許さない人物だ。史上最年少でノルウェー人として七大陸最高峰(セブン・サミッ...
  • [2:35] ノルウェー、ヘムセダールを拠点として トーマス・ローネが暮らすのは、ノルウェー南部の山岳地帯にあるヘムセダールという町だ。彼はもともとスキーのためにこの地に...
  • [3:43] ブロードピークの頂で見た白い点 ギャビンが最初に掘り下げたのは、XCマガジンの記事に書かれた衝撃的なエピソードだ。トーマスはカラコルム山脈のブロードピーク(...
出典Podcast

Cloudbase Mayhem Podcast / Gavin McClurg

この番組のほかの回

ノルウェー出身の冒険家、登山家、そしてパイロットであるトーマス・ローネは、何をするにも中途半端を許さない人物だ。史上最年少でノルウェー人として七大陸最高峰(セブン・サミッツ)を制覇し、現在は2027年のレッドブル・Xアルプス(ヨーロッパアルプスをパラグライダーとハイキングで横断する過酷なレース)出場を目指している。ポッドキャスト「Cloudbase Mayhem」のホスト、ギャビン・マクラーグとの対話では、キットサーフィンから登山、そしてパラグライダーへと至る彼の軌跡を通じて、「リスクをいかに管理し、報酬とどうバランスさせるか」というテーマが縦横に語られる。山で培った「引き返す規律」と「もしも」の想定が、いかにして高速グライダーを操るレースパイロットの冷静さに繋がっているのか。第一子誕生という人生の転機を迎えた今、彼のリスク哲学はさらに深みを増している。会話は終始和やかでユーモアに富みながらも、危険と隣り合わせのスポーツに真摯に向き合う知性が滲む、示唆に富んだ内容となっている。

2:35ノルウェー、ヘムセダールを拠点として

トーマス・ローネが暮らすのは、ノルウェー南部の山岳地帯にあるヘムセダールという町だ。彼はもともとスキーのためにこの地に移り住んだが、後にクロスカントリー飛行の優れた出発点でもあることを発見したという。ノルウェーのフライトシーズンは春が最良とされ、長距離飛行を狙うなら6月から7月が最も可能性が高い。インタビューの時点ではすでにシーズンのピークを過ぎつつあったが、それでも寒冷前線が通過した直後の好条件の日に200km超のオープンディスタンス飛行を達成したと語る。ただし彼自身も「アルプスでは200kmは大したことではないが、ここでは別格だ」と認めており、ノルウェーのスケール感とアルプスのそれを冷静に区別している。

3:43ブロードピークの頂で見た白い点

ギャビンが最初に掘り下げたのは、XCマガジンの記事に書かれた衝撃的なエピソードだ。トーマスはカラコルム山脈のブロードピーク(通称K3、有名なK2の隣峰)に登山中、標高8,000メートル付近で、フランスのパイロット、アントワーヌ・ジラールがパラグライダーで自分の頭上を飛び越えていくのを目撃した。K2を毎日眺めながら2〜3ヶ月かけて準備と順応を重ねる過酷な登山の日々。その最中に空を横切る「小さな白い点」を見た瞬間、彼は「なぜこんなに苦しんで何ヶ月もかけて山に登るのか。パラグライダーを買って飛べばいいのではないか」と自問したという。この体験が、彼をフライトの世界へ本格的に引き込む決定的な契機となった。

5:26屋根から飛ぼうとした少年時代

トーマスの飛行への憧れは幼少期にまで遡る。8〜9歳の頃、彼は納屋のロフトで古いテントを見つけ、母親が料理用に使っていた弱い紐をテントの接続点に結びつけ、5メートルほどの高さの屋根の上から飛び降りようとした。ちょうどその時、仕事から帰宅した母親が大声で叫び、彼は事なきを得たという。それ以来、パラグライダーやスカイダイビングへの思いは持ち続けたが、年齢制限のために始められなかった。代わりに2000年代初頭に登場したばかりのキットサーフィンに出会い、ノルウェーで始めたことが、風と翼の世界への入り口となった。彼は数学と科学、技術的な事柄を愛しており、修士号を持つほどで、風や空気力学、揚力の仕組みへの興味が、このスポーツへの没頭を支えている。

7:33キットサーフィンからスノーカイト、そして軍隊へ

ノルウェーはスノーカイティングのメッカだとトーマスは語る。キットサーファーのうちスノーカイトも行うのはわずか2%程度だが、ノルウェーの広大な山岳台地では冬の大半をスノーカイトに費やした。水上と同じギアを使い、夏はスウェーデンやデンマーク、さらに南へと遠征してキットサーフィンを楽しんだ。18歳で軍隊に入ったことが大きな転機となる。ノルウェーには18歳でも応募できる1年間の指揮官養成課程があり、最初の6ヶ月は非常に厳しい訓練、次の6ヶ月は16人のチームを率いて訓練や野外演習を管理する立場を経験した。睡眠も食料もほとんどない状態で長時間を耐え抜く経験を通じて、限界をはるかに超えて自分を追い込むことに喜びを見出すようになったという。この軍隊での経験が、後に登山へと向かう原動力となった。

17:04セブン・サミッツと「引き返す」規律

軍隊を終えた後、トーマスはノルウェー工科大学(トロンハイム)で学び、3年次にはボストンへ交換留学も経験した。ノルウェーの大学は学期中の継続的な課題が少なく、期末試験さえ受ければ自由な時間が確保できるため、彼は試験を数ヶ月で片付け、その後の時間を遠征に充てるという生活を送った。最初にキリマンジャロに友人と登り、そこで「これが自分のものだ」という感覚を得たという。その後アコンカグアを経て、24歳で史上最年少のノルウェー人としてセブン・サミッツを完遂した。彼は「何かが本当に自分に合っているかを見極めることが大切で、見つけたときは恋に落ちるような感覚がある」と語る。

リスク管理の哲学は、この登山経験から強く形成された。彼はパラグライダー界が事故の話ばかりするのに対し、登山界はリスクをただ受け入れてしまう傾向があると指摘する。自身の目標は常にリスクを最小化することであり、「お金と時間があっても、宿題をやってリスクを下げることで遠征を正当化しなければならない」と考える。ブロードピークでは8,000メートルを超え、スキーで登攀・滑降したものの、天候悪化と7,000メートル以上での連泊による疲労から、頂上を目前にして撤退を決断した。2ヶ月半と多大な資金を投じた遠征で目標を諦めるのは極めて難しい判断だが、この経験が「引き返す規律」を養った。彼は「安全対策の最大の部分は、どの日を選び、どの日を選ばないかということだ」と強調する。

24:29「もしも」の想定と感情の制御

軍隊で叩き込まれた「もしも」の想定(what-ifシナリオ)は、パラグライダーにも直接応用されている。チームで任務を遂行する際、リーダーとして待ち伏せなどの不測の事態に備え、プランB、プランCを用意し即座に移行する訓練を積んだ。パラグライダーでも同様に、何が起こり得るか、その確率はどれほどかを深く理解しようと多くの質問を重ねる。ギャビンが「知らないことを知らない」状態の危険性に触れると、トーマスはリスクを無視していては報酬とのバランスなど取れないと応じた。

さらに彼は、実際に問題が起きた際の反応も山で鍛えられたと語る。雪崩が近くで発生した際などに、アドレナリンに振り回されず理性的に対処する練習ができたという。この能力は、昨年から乗り始めた上級機「エンゾ」(高性能のCCCグライダー)の操縦にも活きており、事態が切迫しても冷静に高度を確認し、足を自動的に動かして対処できると述べる。ただし「リッジでのフルバーでのソアリングはできるだけ避ける」と、リスクを取らない場面も明確にしている。

28:32未踏峰ムチュチシュへの挑戦と探求心

2023年、トーマスは友人アンドレアスとともに、当時未登峰だったムチュチシュ(標高7,000メートル超)の登攀を試みた。頂上には到達できなかったものの、スピードライディング(スキーと小型パラグライダーを組み合わせた滑降)での下山を行った。彼を惹きつけるのは「探求」そのものだ。人類史上誰も立ったことのない7,000メートル超の岩に足を踏み入れる感覚は、他に代えがたい独自性を持つという。多くのチームが挑んで失敗していたことも魅力の一つで、帰国後に「なぜ誰も成功しなかったのか」を理解したほど、トリッキーな山だったと振り返る。この探求心はスピードライディングやパラグライダーにも通底しており、新しい経験を求める姿勢が一貫している。

まとめ

このエピソードは、単なる冒険談ではなく、危険な環境で長く活動し続けるための思考法を具体的に描き出している。トーマス・ローネの強みは、キットサーフィンで培った風の直感、軍隊で鍛えた「もしも」の想定と感情制御、登山で学んだ「引き返す規律」、そして数学的・分析的な自己改善の姿勢が有機的に結びついている点にある。特に「リスクを無視しては報酬とバランスできない」「安全の最大の要素は日を選ぶこと」という言葉は、パラグライダーに限らずあらゆる高危険活動に通じる普遍性を持つ。第一子の誕生という人生の変化を迎え、「80歳まで続けたい」と語る彼の姿勢は、情熱と責任の両立という問いに対する一つの誠実な答えを示している。

要点

  • トーマス・ローネはノルウェー・ヘムセダール在住、24歳で史上最年少のノルウェー人としてセブン・サミッツを完遂した冒険家・パイロット。
  • ブロードピーク登攀中にアントワーヌ・ジラールが飛ぶ姿を目撃したことが、パラグライダー本格開始の決定的契機となった。
  • 幼少期から飛行への憧れを持ち、2000年代初頭にキットサーフィン、続いてスノーカイティングへと没頭した。
  • 18歳時の軍隊指揮官養成課程が「限界を超える」 mindset と「もしも」の想定習慣を形成した。
  • ブロードピークでは8,000メートル超まで到達しながら、天候悪化と疲労により頂上目前で撤退を決断した経験が「引き返す規律」を養った。
  • リスク管理の核心は「リスクを深く理解し、確率を見積もり、報酬と比較する」ことであり、知識不足では適切な判断ができないと主張。
  • 安全対策の最大の要素は「どの日を飛び、どの日を飛ばないか」という日選択の判断である。
  • 2023年には未登峰ムチュチシュに挑戦し、登頂はならなかったもののスピードライディングで下山、探求心を追求した。