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ハイパー起業ラジオ · 2026年5月14日

#12-2 非リアルタイムなのに同期?「ニコニコ動画」を拡散させたワクワク設計

AI generated article / ja / study
この記事でわかること
  • 非リアルタイムなのに同期?「ニコニコ動画」を拡散させたワクワク設計 本エピソードでは、IT批評家の尾原和啓と連続起業家のけんすうが、ひろゆき(西村博之)が関わった「ニコニ...
  • [0:29] 2ちゃんねるの運営設計:負担をかけないスケーラビリティ まず、前回の2ちゃんねるの話を補足する形で、その運営設計の特異性が語られる。2ちゃんねるは株式会社の...
  • [4:11] ニコニコ動画の誕生:非同期なのに同期体験 ニコニコ動画の核心は、動画の上にコメントを流すという仕組みにある。尾原は、これは正確にはひろゆきの発明ではないとし...
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出典Podcast

ハイパー起業ラジオ / 尾原和啓 / けんすう

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非リアルタイムなのに同期?「ニコニコ動画」を拡散させたワクワク設計

本エピソードでは、IT批評家の尾原和啓と連続起業家のけんすうが、ひろゆき(西村博之)が関わった「ニコニコ動画」の立ち上げとその設計思想に迫る。動画の上にコメントが流れるという、当時としては画期的な仕組みがどのような発想から生まれ、なぜ爆発的に普及したのか。テレビでもYouTubeでもない、「みんなで見ている感覚」をどうやって実現したのか。ひろゆきの「いかに自分に負担をかけずにサービスをスケールさせるか」という一貫した哲学が、2ちゃんねるからニコニコ動画、そして現在のYouTuberとしての活動に至るまで、どのように貫かれているかを、具体的なエピソードを交えながら解き明かしていく。

0:292ちゃんねるの運営設計:負担をかけないスケーラビリティ

まず、前回の2ちゃんねるの話を補足する形で、その運営設計の特異性が語られる。2ちゃんねるは株式会社の仕組みをほとんど使っておらず、運営の多くはボランティアの「削除人」によって担われていた。削除人には「削除管理委員長」や「トールさん」と呼ばれるやや権限の高い存在もいたが、基本的に階層化されておらず、削除ガイドラインに沿って対応するため、判断が難しいもの以外はひろゆき自身が出てくることはなかった。けんすうは「義務でもなく名誉職ですらなく、本当にこの場のために良くしようと思っている人たちで運営されていた」と振り返る。この仕組みは1999年から2000年頃にはほぼ確立されており、最初の設計のまま10年以上改善を必要とせずに運営が回っていたという。尾原は「天性の怠け者」という表現を使い、ひろゆきには「スケーラブルな運用のためにいかに負荷をかけないか」というシミュレーション機能が異常に優れているのではないかと分析する。

4:11ニコニコ動画の誕生:非同期なのに同期体験

ニコニコ動画の核心は、動画の上にコメントを流すという仕組みにある。尾原は、これは正確にはひろゆきの発明ではないとしつつも、2004年頃にライブドアの下でひろゆきと堀江貴文が、テレビに2ちゃんねるの実況板のコメントを流す実験をしていた記憶を挙げ、「一緒にテレビを見た方が面白いよね」という発想が元々あったと指摘する。この仕組みの画期性について、けんすうは「非同期だけど同期的に楽しんでいるようにする」と説明する。つまり、ユーザーがアクセスしている時間はバラバラ(非同期)だが、同じ動画の同じ瞬間にコメントが流れることで、あたかも一緒に盛り上がっているかのような感覚(同期体験)を生み出せる。これは「発明」と言っても過言ではないと両者は評価する。

6:13ニワンゴ設立の経緯:プレスリリースを打つためだけの会社

ニコニコ動画は、ドワンゴの子会社「ニワンゴ」で開発された。驚くべきことに、ニワンゴという社名はもともと「メールによる非同期検索サービス」の名称だった。ドワンゴ創業者の川上量生がひろゆきに「一緒にやらないか」と提案し、ひろゆきが取締役管理人として就任した。その理由について、川上は「プレスリリースを打ちたかったから」と語っているという。つまり、会社を作った目的そのものが、まずプレスリリースを出すための器を作るという、極めてアジャイルな発想だった。ひろゆきの紹介で「未来検索ブラジル」という検索エンジンを採用したところからスタートし、そこからニコニコ動画のアイデアが出てリリースに至った。

7:19ひろゆきの著作権観:価値の付加としてのコメント

リリース当時のITメディアのインタビューで、ひろゆきはYouTubeを「他者の著作物をそのまま劣化させて広告モデルにしようとしている」と批判していた。当時のYouTubeには著作権違反の動画が大量に投稿されていた。ひろゆきは「YouTubeの上に、素材にユーザーが突っ込むことで新たな価値を作るのが重要だ」と主張した。具体的には、ミュージシャンのMVはファンしか見ないが、それに突っ込みコメントがつくことで「このPVが実は面白い」という発見が生まれ、ファン以外のトラフィックも獲得できるという。つまり、コメントを付加価値として動画に上乗せするという思想が根底にあった。

9:05ユーザー層の真実:2ちゃんねるからの荒らしとネット初心者

歴史的に、ニコニコ動画と2ちゃんねるのユーザー層は地続きだと思われがちだが、実際の経緯は異なる。2006年12月にニコニコ動画が仮オープンすると、すぐに「ビッパー」と呼ばれる2ちゃんねるのコアユーザーたちが押し寄せ、1週間ほど徹底的に荒らした。その後、ひろゆきが「車査証された」というくだらない動画を投稿したところ、それが当時としては驚異の7万再生を記録し、そこから爆発的にユーザーが増えていった。アクセス解析の結果、初期のニコニコ動画のユーザーはネット初心者が多く、Yahoo!ユーザーやmixiユーザーが中心で、「ネットサービスはニコニコ動画以外使っていません」という人も多かった。この事実を知った2ちゃんねるのコアユーザーが「ここは俺たちの植民地だ」と戻ってきて、結果的に2ちゃんねるのコアユーザーとネット初心者の二重構造が形成されたという。

12:25YouTubeからのバンとインフラの大転換

ニコニコ動画は当初、YouTubeの動画を借りてその上にコメントを載せるだけの仕組みだった。これはインフラが極めて楽で、動画という重たい部分はYouTubeに任せ、盛り上がる部分だけをニコニコで担当する「フリーライド」の状態だった。しかし、YouTubeのランキング20位以内がすべてニコニコ動画のものになるという事態が発生し、YouTube側から見れば「意味不明な動画がめちゃくちゃ上がっている」状態になった。しかも日本語字幕がないため、YouTube側には何が起きているか理解できなかった。結局、YouTubeからバン(禁止)されてしまい、どうするかという話になった。当時社長ではなかった川上量生が、小林社長に「20億用意してもらって」動画投稿機能も自前で作る決断をした。実際には40億円かかったという。尾原は「よく間に合ったよね」と当時のギリギリの状況を振り返る。

14:15広告モデルへの批判とフェーズの変化

ひろゆきはニコニコ動画の初期において、広告に関する発言も積極的に行っていた。テレビ局は広告で生きるモデルだが、それは「番人受けするわかりやすい無難なコンテンツ」ばかりになってしまう。テレビ局と同じ層の食い合いをしても意味がないというのが彼の持論だった。1000万ユーザーを超えたあたりからは、女性やネットのコアユーザーではない層を取り込む戦略が意図的に取られた。「踊ってみた」「歌ってみた」といったジャンルを確立したのは実際にニコニコ動画であり、これが後のTikTokや中国のビリビリ動画につながる流れの源流だったと指摘される。

16:22ひろゆきの退任と「面白くなさ」への批判

2013年頃、ひろゆきはニコニコ動画を離れることになる。退任時のインタビューで彼は「ネット系の企業はあまり面白くないところが多い」と述べた。ゲームや小説はクリエイターが面白いものを作ろうとしているが、ネット企業は「お金を儲けたい」「上場するための材料を作っている」だけだから、出てくるものが面白くないというのが彼の分析だった。また、ニコニコ超会議のようなリアルイベントへの進出についても、東京にいない人の方が多いのに東京近郊の人が優先的にフィーチャーされることで、「自分のサイトじゃない」と思わせてしまうという問題を指摘していた。こうしたスタンスの違いから、記者会見では川上量生やドワンゴの関係者が前面に出るようになり、最終的に「いろいろめんどくさいのでやめてくれない」と言われて厄介払いされたと、ひろゆき自身が発言しているという。

23:27フェーズ論とひろゆきのゲーム思考

尾原は、ニコニコ動画にもフェーズがあったと指摘する。初期は非同期の動機を楽しむ「お祭り」的な段階で、クリエイターが作ったものをみんなで盛り上げることが重要だった。しかし、会社として大きくなるにつれて、放送っぽい方向やイベントでの盛り上がりが経営的に求められるようになる。設計思想がずれた時点で、ひろゆきは「次行きますよ」と割り切る。これは彼の一貫したゲーム思考によるものだ。けんすうは、ひろゆきは「会議で社長がこうしたいと言っていると、それを否定しない。そのゲームルールの中で一番パフォーマンスが出るのは何かで行動する」と説明する。論破というイメージについても、テレビ的に「取れ高」があるから求められているからやっているだけで、本人は儲けや実績にはあまり興味がないという。尾原は「結果的に自分が出役で議論番組に出るときは、論破というものが一つのゲームハックとして有効だからやっている」と補足する。

まとめ

本エピソードで最も印象に残るのは、ひろゆきという人物の一貫した「設計思想」である。2ちゃんねるで確立した「自分に負担をかけずにスケールさせる」という哲学は、ニコニコ動画の「YouTubeの上にコメントを載せるだけ」という最小限のインフラ設計にそのまま引き継がれている。そして、サービスが成長し会社の論理が優先されるようになると、自分の設計思想と合わない部分が生じた時点で潔く身を引く。この「ゲームのルールが変わったら、次のゲームに移る」という姿勢は、起業家やプロダクトマネージャーにとって極めて示唆に富む。また、ニコニコ動画が生み出した「非同期なのに同期体験」という発明が、後のTikTokやライブ配信文化の源流になったという歴史的視点も、このエピソードの価値を高めている。

要点

  • 2ちゃんねるの運営はボランティアの「削除人」によるフラットな仕組みで、最初の設計から10年以上改善不要だった
  • ニコニコ動画の核心は「非同期だけど同期的に楽しめる」コメント機能で、これは発明と呼べる画期的なものだった
  • ニワンゴは「プレスリリースを打ちたい」という理由だけで設立された、極めてアジャイルな発想の会社だった
  • 初期のニコニコ動画ユーザーはネット初心者が中心で、2ちゃんねるのコアユーザーは最初に荒らして去っていた
  • YouTubeからバンされた後、ドワンゴが40億円を投じて自前の動画インフラを構築した
  • ひろゆきは「面白くないネット企業」を批判し、クリエイターが面白いものを作る環境を重視した
  • サービスが成長し会社の論理が優先されると、設計思想のずれを理由に潔く身を引く姿勢が一貫している
  • ニコニコ動画の「踊ってみた」「歌ってみた」文化は、後のTikTokやビリビリ動画の源流となった